バカップル
日曜日の昼下がり、散歩がてら近所の行きつけの喫茶店を覗いてみると、中はほぼ満杯状態で、唯一空いていたのは、カップルらしき若い男女の隣の席だった。
俺はどうしようか一瞬迷ったが、店員に勧められたこともあり、嫌々ながらもその席に座った。
「いつものやつ頼むよ」
愛飲しているブルーマウンテンを注文すると、俺はいつものようにスポーツ新聞を手に取り、プロ野球の記事に目を向けた。
すると、隣から「すいませーん!」と店員を呼ぶ声がしたので、別段興味はなかったのだが、何の気なしに目を向けてみた。
そしたら……
「えーと、俺たち、食後のコーヒー二つね」
「えっ? あの、すみません。それは、食事をした後に頼まれるということでしょうか?」
「はあ? 食事なんかしないよ。コーヒーって言っただろ。この食後のコーヒーって、他のよりかなり安いから、頼まないと損だよな」
「そうよね。大体、コーヒーなんて、どれも似たような味なんだから、安いのを選んだ方が断然お得よね。きゃははっ!」
「あの、すみません。盛り上がっているところ大変恐縮なんですが、この食後のコーヒーというのは、食事をされた方のみが頼めるものですので、食事をされていない方は、注文することができないんです」
「はあ? 言ってる意味がよく分からないな。そもそも、この食後のコーヒーって、種類は何なんだよ」
「ブレンドです。食後のコーヒーは、すべてブレンドに統一しておりますが、それが何か?」
「ブレンド? メニューに書いている金額と全然違うじゃないか! これは一体どういうことなんだ!」
「……えーと、まあ簡単に言うと、この食後のコーヒーというのは、いわばサービス品のようなものです。なので、他のコーヒーとは分けて考えてほしいのですが」
「ますます意味が分からないな。同じ種類のコーヒーが、食事をするかしないかで、こんなに値段に差が付くなんておかしいじゃないか! というわけで、食後のコーヒー二つよろしく!」
これ以上言っても無駄だとあきらめたのか、店員は困惑した表情のままカウンターの奥に消えていった。
この二人が、店員を困らせようとわざとやっているのか、それとも本当に意味が分かってないのか、その真意を測りかねていると、再び妙な会話が隣から聞こえてきた。
「それにしても、この前の鳩はなんだったんだろうな」
「そうね。せっかく、こっちがエサあげてんのに、全然食べようとしなかったもんね」
「そうだよな。売店の壁に〈鳩のエサ百円〉と書かれた貼り紙があったから、わざわざ千円札を全部百円玉に崩したっていうのに、あいつら見向きもしなかったもんな」
──はあ? 何言ってんだ、こいつら。〈鳩のエサ百円〉というのを、鳩のエサが百円玉だと解釈したのか? だとしたら……
こいつら、本物のバカだー!!
半ばあきれている俺のことなど知る由もなく、このバカップルは、またも意味不明な会話を始めた。
「おお! そう言えば、この前おかしな事が起こってさ」
「何があったの?」
「家の近所に新しいラーメン屋がオープンするって噂で聞いて、見に行ったんだ。そしたら、その店はまだオープン前で、看板に〈幻のラーメン〉と書いてあったんだ。
俺、ラーメン大好きだろ? だから、〈幻のラーメン〉という店名に魅力を感じて、オープンするのをすごく楽しみにしてたんだ。なのに、その店が、オープンする前になぜかつぶれちゃってさ」
「えっ、どういうこと?」
「俺にも、何がなんだかさっぱり分からないんだ」
「えーと、ちょっと待ってよ。今考えるから…… あっ、分かった! 〈幻のラーメン〉って、そういう意味だったんだ!」
「なんか分かったのか?」
「そのラーメン屋は、元々オープンする気なんてなかったのよ。だから、店名を〈幻のラーメン〉にしたんだわ。つまり、冷やかしよ、冷やかし」
「おお! なるほどな。お前、なかなか冴えてるじゃないか」
「でしょう。きゃははっ!」
俺は(なるほどなじゃねえよ!)と、心の中でツッコミを入れながら、これ以上は聞いていられないと、逃げるように席を立った。