音響監督の覚書27(AIによる本人の声でマルチリンガル)
ついに出てきましたね!
この技術については進んでいると言う事を耳にしていましたし、それが結実したわけです。
https://x.com/GorillaVideos/status/2087023147900104894?s=20
「自動吹き替え機能」が実装されました。
AIによって自動翻訳され、本人声を素材としてAI生成で喋りを吐き出し、さらにリップシンクは音に合わせて映像の方を弄る。
生成AI技術によって音声も映像も加工出来るようになったわけです。
現時点で「アクセントが変なところがある」「抑揚がおかしい」「AIっぽさがまだある」と言うネガティブな感想も多く上がっていますが、それらは学習深度が向上したら改善されます。
決定事項です。
今後「デジタル翻訳版」と言う商品は出るでしょう。ほぼ間違えなく。
むしろ、役者本人の声そのままでマルチリンガルになることを大事にする人たちが少なくないから、求められている技術です。
なんなら、英語の訛りすら日本の方言を使って表現するくらいまで出来るようになると思いますよ。
「主人公は標準語で!脇役で調子のいい地方訛りのあるキャラは関西弁で!田舎から出てきたおっとりキャラは山形弁でしゃべらせろ」みたいな、どう云うアレンジをするかと言うのを考える仕事が演出の派生で生まれるかもしれない。
ビッグデータが完成したら、どの言語においても方言があるわけでそれを認識するようになるでしょうから。
ただ、そのまま行きつく先は「全員が模範的になる」だろう。
しかしそれも、そもそも声優なら標準語を習得した上で正しいアクセントを使うべき!って教えられてるし求められているのだから、ある種の声優の完成形とも言えるわけです。
じゃあ、吹替は全てAIによって作られる「デジタル翻訳版」に置き換わるのか……
否だろう。
吹き替えの面白さって、別の人が演じることによってその人の手癖などが出てそれが味になる。
AIではどうしても収斂した「パターン」が決まってくるだろう。
しかし人間の強みはエラーする事。
これを音楽で例えてみようか。
原曲があります。
すでにAIによって、曲調も変えてリアレンジして、さらに日本語の歌を英語に変えたりすることが出来るようになりました。
本当にそれっぽいです。
しかし、癖みたいなのが「AIらしい」と言われるわけです。
AIでカバーすることが出来ても、人間によるカバーが無くなる事もないでしょう。
AIで『誰々っぽく』と言うのも出来ますが、それでもその人の手癖みたいな部分ってその誰かの人格であり、だったらその人にやって貰うのが一番ってことになるんです。
その人が直接カバーしたら、AIに物真似させるよりも価値があるものとなります。
つまり、役者を集めて吹き替える事と言うのは、役者たちの「人格」があった上で、役をお借りして演じて貰う。つまり、カバーをして貰うんです。
歌い方をしっかり寄せる人もいれば、自分の芝居で成立させる人、そう言うのがバラバラに「集まる」んです。
それを監督や脚本家が解釈した時点で原作に色が被せられます。
さらに役者がそれぞれのアプローチで演じてくる。
個性が色とりどり、なんならちょっと滑ったりトチったりして、模範的優等生なものとは程遠いポンコツな部分すら可愛い「不格好な可愛さ」になるんです。
それって、デジタル的には非効率的な話です。
それを調整するくらいなら、人間を集めて吹き替えた方が「楽」だし、また違う楽しさの商品価値なわけです。
AIがリメイクなら、吹替はリビルド。
……なんか違うかな……
つまり、未来の声優は丁寧な芝居よりも「人間と知っての個性」を伸ばすような、舞台的な要素が求められるように変わるかもしれませんね。
不完全な失敗をする人間が集まるからこそできる「作品」がある以上、これからの外画は「オリジナル版・字幕」「日本語吹き替え版」「デジタル翻訳版」の3つが作られたり、制作メーカーの意思でどちらかだけ作られたりするんじゃないでしょうか。
つまり、新しい「デジタル翻訳」と言う表現が誕生したと言う事だけの話だと、私は考えています。
杓子定規なパターン芝居しか出来ない人は、AIに置き換わってしまうでしょうね。
でも吹き替えと言う手法はAIの登場で全滅はしない確信を持っています。




