6.騎士
アズールからの連絡を受けたアレンと第八騎士団団長のナタン─ティメオの双子の弟─は、かれこれ30分ほど、ルセイアの地図と睨み合いをしていた。
場所は今回の作戦の本部となっている第五騎士団の詰所。
1ミリたりとも微動だにしない2人を見て、ようやく声をかける気になったのだろう。ここの主たるオスカーが団長用の席から立ち上がった。
だが、
「干渉しないでください」
「え」
「黙れオスカー」
「え」
眉間に皺を寄せている2人から放たれた威圧に強制的に座らされる。
それに、オスカーの周りにいた第一~第三の団長が一斉にため息をついた。
「ダメじゃないか、オスカー」
「俺にはこれ以上無理だ」
身長が2メル以上ある第一騎士団団長のエヴァンがオスカーの肩を叩く。レフェーブル侯爵家現当主の弟で、エドガーの叔父である。
「地図を奪い取るくらいやらないと」
「ぐぇっ」
出るところが出て引っ込むところは引っ込んでる理想的な体型の女性─第二騎士団団長メリッサは勢いよくオスカーの背中を叩いた。元ペリー侯爵家の令嬢かつ、王太子の婚約者ナタリアの姉かつ、エヴァンの妻である。アレンの従姉妹でもある。
「オレがベルトラン派の阿呆を抑えてんだから、そのくらいの漢気見せろや!」
「いい加減にしてくれ……」
無駄にガタイの良い第三騎士団団長バシルはまだ昼下がりだと言うのに酒を飲み始めている。中立派のエタン伯爵家出身だが、アズールとの決闘で彼女にボロ負けしてから彼女のイイ友人である。
「そこ煩い」
「すまん」
ナタンから飛んできた怒気をオスカーが受ける。オスカーはどうして俺が……と呟いているが、彼が残念な役回りなのはいつものことである。
「やあみんな、元気かい?」
「……オスカー、いつもご苦労様」
「ティメオは黙れ。スザンナはそう思うならもっと早く来てくれ……」
「えー?」
「ごめん」
そんな状態だった執務室に新たにやって来たのは、第七騎士団団長のティメオとメリッサの一つ下の妹で天馬騎士を纏める第六騎士団団長のスザンナ。バシルの婚約者である。ちなみに天馬騎士には女性しかいない。
「ティメオ、やっと来たか」
ここでようやくナタンが地図から目を離す。アレンはまだ見つめたままだが。
「やっとって酷いな……俺はアズールがいなきゃ基本動かない主義なのに」
「死ね」
「ナタン殿、それに構う暇はありません」
「そうだな」
「えっ、酷い」
アレンが目線は地図に向けたまま、ナタンもそこに戻る。そのため、ティメオとスザンナはオスカーの方に自然とやってきた。
「ねえ、あれどうなってるんだい?」
「知らん」
小さい声でティメオがエヴァンに問いかける。ティメオは双子の弟が昔から完璧主義かつ繊細で細かい人間だとわかっているが、彼自身はその場のノリで何とかなってしまっている人生を歩んできたため理解し難いのだろう。
それは他の大体の団長も同じで。団長と言えど、基本皆脳筋なのである。だからこそ、ナタンは1人で作戦を練るのが嫌でアレンを連れてきたのだが。
「失礼します。申し訳ございません、皆様。遅れました」
そこへ、第四騎士団副団長のクラリスがやって来た。相変わらず、影が薄く音も立てずに動くためオスカーの苦手な人ランクナンバーワンである。
「クラリス、アズールの方は?」
「無事に子供達を確保しました。今はフェンリルの少年とボス攻略を楽しんでおられます」
アズールがいない今、実質的に指揮を執っているアレンがクラリスに問う。
クラリスは自分も参加したかったという顔をしながら答えた。気づいていないだろうが。彼女達はアズールのこと以外には全く表情筋が動かないが、逆に彼女のことならならよく動くのだ。
「わかった。彼の"体質"はアズールに任せていいんだよな?」
「はい。今回、魔物が来るのは塞げないけれどこれ以降来ないようにはできると」
ジークが持ってきた情報は彼らを驚愕させるには十分だった。少年が迷宮にいるとわかった時、そこに閉じ込めたままでもいいのではと思うくらいには。
しかし、アズールは何とかなるから任せろと言った。彼女が何とかなると言うなら何とかなるのだろうけど、やはり怖いものである。何しろ、彼女がどうやって少年の体質を解決するのかわからないのだから。
「みなさーん、こんにちはーって姉さん、いたんですかー?」
のんきな声でやってきたのは、クラリスの妹で冒険者ギルドの受付嬢クロエである。のんきな声と動きから彼女が一流の冒険者であることを見抜ける人物は少ないだろう。
「クロエ、冒険者達の準備は?」
「バッチリオッケーです!」
"バッチリ"も"オッケー"もアズールが使っていた言葉だが、このクロエにはいち早く移り彼女の特徴にもなっている。
「サイモンさんもやる気満々ですよー」
サイモンは冒険者ギルドのルセイア支部のマスター。隠密部隊の元リーダー、ダニエルと共に数多の戦場を駆け抜けた強者である。
「後は……」
「失礼いたします」
招集をかけた人物が全員揃っているか確認し始めたところにやってきたのは、筋肉の塊のような他の面々とはあまりにも違う可憐な少女だった。
彼女が普段着るような豪奢な服よりは質素だが、彼女のその可憐さを引き立てる淡い緑のワンピースを着た少女の名は─ナタリア。
「メリッサ姉様、スザンナ姉様。お久しぶりです」
「あら、ナタリア。あなたも呼ばれていたのだっけ?」
貴族令嬢らしく、スカートを摘み腰を折るナタリアに話しかけるメリッサ達姉妹。2人は貴族の生活に嫌気がさして騎士を目指した変わり者の元令嬢である。結局、結婚相手も騎士とはいえ貴族だったのだが。
「呼ばれてはおりませんが、戦力は多い方がいいと。殿下達と共に戻って参りました」
「そういうわけだ」
ナタリアの言葉を引き継ぐように、執務室に入ってきたのは、この国の王太子フィリップ。左腕に何故かぐったりした様子のジークを抱えている。
「殿下、随分と早いお戻りですね。それに、ジークは……」
本来ならここから遠く離れた学園にいるはずの王太子に声をかけるアレン。一応、友人の様子にも気を使っているようだが、大方彼がまた何かやらかしたのだろうと見当はついていた。
「ああ、こいつのことは気にするな。早いのはアルフォンスが頑張ってくれたからだな」
「そう思うなら、早くアズールに会わせてください……」
「やめとけアルフォンス。そういうこと言うと、またアズールにシスコンと言って嫌われるぞ」
「リュカよ、"何言ってるの、お兄様気持ち悪い"とあの可愛い声で罵られるのがいいんだ……!」
「……」
ジークと同じようにぐったりした様子で入ってきたアルフォンス。リヴィエール公爵家嫡男で将来の宰相である。
彼の言葉に答えたのは次の聖騎士と名が高いリュカ。リヴィエール公爵家の養子でアルフォンスやナタリア、王太子と同い年である。クララの血の繋がった兄でもある。
「アズールは今迷宮攻略中ですよ」
「よし、俺も行く。俺が行ってたまにはかっこいいところ見せつけてやる」
「件のフェンリルの少年も一緒のようですし、そろそろ終わるのでは?」
「もう、やだ……」
クラリス達並にアズール大好きなアルフォンスの考えをバキバキ折っていくアレン。笑顔でやっていくところがアズールに似てるな、とリュカは現実逃避するように思っていた。彼も義妹のことが大好きだし、兄弟になる前から親友であったアルフォンスの心が折れていく様を見るのは心苦しいのであった。
「では、改めて作戦の確認をいたします。アズールとフェンリルの少年は最初から別行動になります。僕らは2人の行動がわかりませんが、アズールがこちらを把握してるので大丈夫でしょう」
「いつも見られていると思うと……イイですよね……ふふ」
恍惚な表情で微笑を浮かべるクラリス。隣で妹がドン引きしているが、反対側の隣ではティメオが頷いているので、この2人は末期だろうとアレンは判断し話を続ける。
「まず、攫われた子供達の救出ですが、これは第五騎士団にお願いします。子供の中にベルナード家のクロードとその友人のアンナがいたようで、当初の予定よりもスムーズにいくと思われます」
「あいつら何やってんだ……?」
クロードの伯父であるナタンが頭を抱える。
「ナタン殿、説教は後でお願いします。そして次に……」
アレンの話は続く。
ふと、ティメオは嫌な予感がして、窓の外─ルセイアの街の先を見つめた。
(何かが来る……)
ナタンの怒気を孕んだ静かな声でティメオは窓から目を離した。
❁❁❁❁❁❁
「あんまり強くなかったね」
「そうだな」
ベルトラン家の地下にあった迷宮の最奥部─迷宮内で最強の魔物が鎮座する、通称ボス部屋。
あっさりと迷宮を攻略し終えた2人─アズールとフェンリルの少年は、つまらないと言いながら、クララ達が待つ方へ向かっていた。
ここの迷宮はどこまでも長い一本道になっていて、仄暗いレンガ調の通路のあちこちにガーゴイルが配置されていたが、今はその形を見ることが出来ない。
言うまでもなく、遠慮なく爆発魔法をぶっぱなしていったアズールのせいである。
「……!」
「……!」
2人は同時に何かを感じたように上を向いた。
しかし、そこは盛大に罅が入ったレンガの天井。
「来るね」
「……ごめん」
「いいんだよ。ラヴィーニ」
「ありがとう、アズール」
2人は拳を付き合わせ、同時に床を蹴り走り出した。