どらぐにか ~小さき龍の恋路~
あらすじにも記載しましたが、本編がございますので
そちらもぜひ宜しくお願いします。
今年初の短編となります。宜しくお願いします。
それでは、数分間の物語をどうぞ。
我の名は偉大にして、高潔、誇り高き龍ウロボロスである。
「お前、何で偉そうにしてるんだ?」
本を読みながら、我に話し掛けたこの少年。彼は我の主人であり、下僕の霧原零という者だ。表面上は無愛想で人付き合いが悪いように思えるが、基本的には甘い優しい性格をしておる奴だ。
「我が何をしようと勝手では無いのか?」
「人間の姿を真似るのは良いが、人間世界の法律は守れよ?ハメを外し過ぎて迷惑掛けたりしなけりゃ、好きにしろ」
……とまぁ、根は少し真面目な奴である。だが勝手に歩き回る事を言わなかったという事は、自由に出入りして良いという事だ。我は『勝手に』ではなく、許可を得た上で自由に行動している。何も問題は無い。
「――さて、外へ来たは良いが何をするか。人間は普段、何をしておるのだ?」
退屈は嫌いなのだが、その退屈な日常で人間たちが何をしているのかを知りたい。そんな感情がある以上、我はこうして街に度々遊びに来ている。だがしかしだ。観察し続けたが、何も分からない。それどころか、何をしているのかが全く分からないのが現状である。
「はぁ……人間は何をして過ごしておるのだろうな。こうも暇では、人間に化けた意味が無い」
「なぁにをしてるのかな?」
「何だ、ジャバウォックの小娘か。我に何用だ?」
「一人でブランコに乗って、難しい顔をしてる子が居るなぁって思ったら知り合いだったから。ちょっと声を掛けてみただけ。てかあーしこそ聞くけど、ここで何してるのさ」
この馴れ馴れしい小娘は、壬生岬玲奈。我が主人と共に行動していた、えっと、何だったか。せぶんすあびす?という組織に居た主人の旧友。もとい戦友の方がしっくり来るか。信用している訳ではないが、建前上は我が主人の味方である。
「何って、見たままだが?」
「子供にしか見えないけど、それで良いの?誇り高い龍なんじゃなかったの?」
「退屈過ぎて、何もやる気で出んだけだ。そもそも我は自由だ。何処で何をしようが、貴様には関係の無いはずだが?」
「確かにあーしには関係ないかもだけど、レイが大事にしてるからあーしも心配しとこうと思って」
「何だ、その成り行き全開の理由は。というか貴様、我が主に近付きたいだけだろうが」
「使える物は何でも使う。これ鉄則」
何を言ってるのだと突っ込みたいが、この小娘もそうだが他の小娘共も、どうして我が主人をそこまで好いているのかが気になる。そこまで魅力的でも無かろうが。ふむ、良い機会だ。この小娘から、他の者から見た我が主の事を知っておくとしよう。良い暇潰しになりそうだ。
「なぁ小娘」
「玲奈、ね。れ・い・な!小娘呼ばわりは相手に失礼だからね?」
「別に我は、貴様と仲良くするつもりもその気も無いんだが?」
「えー、良いじゃん別にぃ。減るものじゃないし」
「減るぞ、我の価値が減るぞ。……ったく、貴様のような小娘に好かれる我が主も大変だな」
「あー、それってどういう意味さ。あーしがレイに迷惑掛けてるとでも言うの?」
「当然だ」
「へぇー、そっか~♪」
何を思ったのか。突然、にへらにへらと憎たらしい笑みを浮かべてくる。何を考えているのか知らないが、何だろうか。この異様に苛立つこの感覚は、我が主人との約束が無ければこんな小娘一人、八つ裂きにしてくれるというのに。
「ウロボロスってさ、もしかしてレイの事好きなの?」
「……は?」
好きという言葉を聞いた瞬間、この者の言っている意味が分からなかった。だが、なんとなくだが、この者に言われるのは何故か腹立たしい。本当に食い殺してしまおうか。
「何を言っておるのだ?貴様は」
「いや、だってさ。あーしがレイと仲良く話してるから、妬いてるんじゃないの?だからレイの事を話題に出したのかなぁって思ったんだけど?」
「貴様と我が主が仲良く?……そんな風には聞こえない会話ばかりだったと思うのだが?どんだけ図太いんだ、貴様は」
「えー、あーしとレイって付き合ってた事もあるし。まぁ立場的にはあーしの方が上だし?」
「何だろうな。今の貴様の話し方といい、態度といい、ちと我を馬鹿にしておるだろ?そうだろ」
「馬鹿にはしてないよ?おちょくってるだけで」
「やはり馬鹿にしておるではないか!!!」
よし、後で我が主に許可を取ろう。この者の事を殺して良いかと許可を取れば、何も問題は無かろう。うむ、完璧に殺してくれるぞ小娘が……――。
「――ダメだろ、普通に」
「何故だ!?あの女を殺してはダメなのか!?我が主、何故だ!」
許可が取れなかった。それどころか、呆れた様子で冷たく言われてしまった。
「今のお前は人間の姿になってるし、人間のルールに従うと言ったのはお前だろ?殺す理由も理由で『馬鹿にされたから』って理由になってないし、そもそもあいつを殺させる訳にはいかない。あれでも一応、仲間だからな」
「何だ?あの娘が そんなに良いのか!!そんなにあの娘の事が好きであるのか!?」
「はぁ?何でそうなる。嫌いじゃないが、好きでも無いぞ。あいつはああ見えて喧嘩っ早いし、傍若無人な所もあって、勝手過ぎる所もあるんだ。だがその前に今までの経緯で、結構な借りがあるんだ。だからおいそれと殺させる訳にはいかないんだよ」
そう言われてしまった我は、一人だけで施設の中にある浴場で天井を仰ぐ。人間は一日の終わりに身体を洗うと聞いたから、今はこうして湯の中に入っているという訳だ。だが何故だろうか。冷静になってみれば、我も我であの者の事は良く知らない。それがこの湯の中に入った途端、そう思えるようになってしまった。
「……ふむ、いったい何なのだ。あの壬生岬玲奈とかいう小娘は。ただ乳のデカい阿呆ではないか」
「誰が阿呆だって?」
「――のうおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!?!?!?」
ぴたっと首筋に触れられた冷たい手によって、我は自分自身でも予想していなかった驚きを見せた。
「わぁ、びっくりした。今どこから声出したのさ、あんた」
「びっくりしたというのは我のほうだ!何だいきなりに首に触れおって!」
「いやぁ、一人でブツブツ何か言ってるなぁと思ったら、あーしの事だったからさ。脅かしてやろうと思ったら、予想外の反応だったから。ごめんって」
「ごめんで済むなら警察はいらんわ!……ぐぬぬ……はあぁ」
両手を合わせて苦笑いを浮かべながら、ぺこぺこと頭を下げている。全く、本当に何を考えているのかが分からない。我が主人の言っていた通り、勝手な奴だ。
「……ん?」
「何?あーしの身体が気になる?あ、もしかして、本当はそっちの趣味が?」
「どれくらい痛め付ければ貴様は黙るのだろうな?」
気になる。この者の身体を見た瞬間、そんな感情を出してしまったのは本当だ。何故ならこの者の身体には、女とは思えない擦り傷と切り傷があったのだから。気にならない訳が無い。これが我々と戦った代償という訳か。
「……貴様は、我を憎んではおらぬのか?」
「はい?何を言って……」
「良いから答えろ」
「……うん、今でも憎いよ?あーしだけじゃない、きっとレイだってそう」
「何故、我に構う。貴様も我が主も、我らが憎いからその手を汚し、武器を取ったのでは無いのか」
「そうだよ」
「ならっ……」
「――でもね?別にあーしもレイも、あんただけは別だと考えてると思う」
「別、だと?」
別、その言葉の意味が分からない。憎いのならば、そのまま我の精神を喰らい、消滅を願えば良いだけではないか。この者にしたってそうだ。今この場というだけではなく、いつでも我を殺す事だって出来たはずではないか。何故そうしない、何故この者と我が主人は……我を。
「何故、我を殺さない?」
「……殺さないよ」
「どうしてだ!」
「あーしもレイも、あんたの事が嫌いになれないから。じゃないかな?」
そう言いながら、その者は力無く笑った。悔しかった。悲しかった。辛かった。その感情を持ったから、この者たちはあの場に集まった。にもかかわらず、我が嫌いになれなかった理由一つで、我の消滅を願わないというのか。分からない。人間とは何だ、この者たちは何なのだ。本当に……。
「あ、そうそう。レイが前に言ってたよ」
湯の中から出ながら、我の方を振り返ってそう口を開いた。そこから続く言葉を聞いた瞬間、我は我自身の気持ちが、分からなくなった。
「……すぅ……んん……」
生徒会室。その部屋で眠る我が主人の寝ている隣で、我はそれを眺めながらあの者の言葉を思い出す。
それを思い出しながら我は、寝息を立てている我が主人の頬に触れるのだった。
――レイが戦線から離れる時、あんたの事をこう言ってたよ。『俺の中でしか生きられないこいつが、もし人間と同じように生きたいと願うなら、その時は俺が守って自由にしてやる。だからこいつの敵は俺の敵だ。こいつが俺を選んだっていうのなら、俺はこいつと共に生きていくだけだ』ってね――。
「……お前は、馬鹿な人間だ。甘い人間だよ、本当」
我は我自身の事にも詳しく無いし、我が主人の事も詳しくない。だからこそ、この時思ってしまったのだろう。この者の、我が主人の事をもっと知りたいと。ずっと共に在りたいと。そう願ってしまうのだろう。
「…………我も、お前と共に」
狭い。そう思ってしまうぐらいに狭い椅子だが、今はこのままで。我はこのまま、この無愛想な主人と傍に居たい。いつまでも、ずっと。許される事の無い願いを願いながら、我はゆっくりと目を閉じるのだった。