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05話 個人レッスン

 道徳的な内容は、前世の世界の価値観とほぼ同じなんじゃないかなと思う。


 『人間同士で協力しましょう』

 『家族や友人を大切にしましょう』

 『喧嘩をしてはいけません』

 『他の人間に迷惑をかけてはいけません』


 他にも『前向きに生きていこう』的な内容も多かった。


 『将来の夢を持つのは良いことです』

 『他の人間に迷惑がかからなければ、自由に生きて構いません』


 それらに中に混じって引っかかる内容がある。


 『運命に逆らってはいけません』


 3日間かけて読み終えたけど、『運命』に関する記述が妙に気になる。

 夢を叶えるために頑張っていい、自由に生きていいといった、人間の自主性を認める記述と合ってないんじゃないかな?

 そもそも、聖典が示す『運命』がどういうものなのかもはっきりしていない。



 どうしても気になったからアリアさんに質問することにした。

 まだ教わっていない漢字が多用されている、ルビが振られていない聖典を読めたことを不審がられそうだけど、ちょうどいい言い訳がある。

 聖典を読んでいる最中、思い出したことがあるんだよね。


 聖典に関する質問をしに行くと、アリアさんはとても驚いた。

 「漢字を読めたの?」と聞かれたから言い訳開始。


 「以前、母が私に聖典を読み聞かせてくださった時のことを思い出しながら読みました]


 聖典を読んでいる最中に思い出したけど、そういうことがあったんだよね。

 この孤児院に来る前。多分、私が1歳か2歳かそれくらいの時だったんじゃないかな?

 当時は意味がまったく理解できなかったけど。

 その時に見せられた文字だって覚えていない。

 ただ『母親らしき女性が私に聖典を読み聞かせた』ということを思い出しただけだ。


 今よりもっと幼かったころの記憶をもとに漢字を読むことができるものか……?

 ちょっと苦しい言い訳かなと思うけど通用してほしい。


 「……そう。お母さんのことを思い出したのね」


 アリアさんはしんみりとした表情をする。

 よし! 通用したっぽい!


 「少し待っていて頂戴」

 アリアさんはこの場を離れ、言った通り少し経つと戻ってきた。

 「ソフィーが不思議に思ったことについて、明日ジョゼフ様が話してくださることになったわ」

 



 翌日、私は教会内の小部屋に案内された。

 「ようこそ、ソフィー」

 ジョゼフ様が笑顔で出迎えてくれる。私は言われるがまま椅子に座った。

 私を送り届けてくれたアリアさんは退室する。子供たちの世話があるから仕方ない。


 「君について、アリアが色々話してくれたよ。神官を目指していることも、文字を覚えるのが早かったことも、聖典を読んだということも。君は実に聡明な子供だ」

 褒められるのってやっぱり嬉しい。もっと褒めて。

 「さて、君が疑問を抱いた『運命』について、私が知ることを話そう」

 待ってました。

 「聖典には確かなことだけが記されている。神より直接、言葉を賜ったのは3人だけだ。初めの王イース、邪神討伐の勇者、大神官長メアリー」

 聖典にも記される歴史上の有名人トップスリー。

 イースと勇者については、歴史というより神話っぽさが強いけど。

 なお、勇者の名前は残されていない。

 「彼らが賜った言葉と、彼らをよく知る者たちによって残された記述をまとめたものが聖典だ」

 前者がいわゆる『神の教え』で、後者が神話や歴史だろうな。

 「『運命』とは何なとか。それについて記されていないのは、神のお言葉がなかったからだ」


 「メアリー様は託宣により、運命は変えられないことを知った。けれど、神が定める運命がどのようなものなのか、託宣に含まれていなかった」


 「そこでメアリー様は独自の解釈を行った。運命とは、神が定めた最低限の事象なのではないかと」


 「人間は己が歩む人生の道を選ぶことが許されている。しかし、どうしても避けられないことがある。たとえば、君が母を喪ったことのように」


 「死別の悲しみや、どうにもならない苦悩。努力や知恵では避けることができない受難が運命なのだとメアリー様はお考えになられた」


 うーん……つまり『都合が悪いことは運命』ってことかな?


 「だが、それはメアリー様の解釈であり、神から賜った言葉ではない。だから聖典には記されていないんだ」


 ジョゼフ様の話しがひと段落したようだから質問してみる。

 「『運命に逆らってはいけない』というのは、どういうことなのでしょうか?」

 『逆らってはいけない』ということは、『逆らうことはできる』ということにも思えてしまう。


 ジョゼフ様による授業が再開される。

 「運命による受難に打ち勝つことはできない」


 「嘆き悲しむことになっても、憤慨することになっても、あるがままに受け入れなければならない。それらに抗するのは精神に余計な負担をかけてしまう」


 「だから、自分自身のために、運命に逆らってはいけない」


 ジョゼフ様が微笑む。

 「このようなことを、見習い神官になると勉強することになる。その幼さで疑問を持ち、知りたいと願うとは、君はとてつもない素養を持っている。きっと偉大な神官になるだろう」


 褒められるといつもは嬉しいのに、今はそれを感じない。


 『運命に逆らってはいけない』


 そのことに何故か胸がざわめいた。

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