35話 禁断
かつて、私はエキナセアの教会を一目見て、あまりの荘厳さに圧倒された。
聖区の大教会はエキナセア以上だった。
神々しくて、威厳があって、絶佳で、人間が建築したとは思えなくて……とにかくすごいのだけれど、私は何ら臆すことなく進んで行くことが出来た。
私、成長したな。
今代大神官長ピーターは、勇者フレッドを称えた後、何と私を大教会公認の聖女にしてくれた。
私、すごい! ついに正式な聖女になっちゃった!
ピーターは他のみんなも褒めた後、私と二人きりで話をしたいと言った。
「ソフィーよ。君は随分と禁断聖術を使ったようだね」
バレてる! ヤバイかな?
「これまで過酷な戦いをしてきたのだろう。デルフデアで行ったという魔人との戦闘や、大規模瘴気の浄化は、禁断聖術に手を染めざえるを得なかったようだな」
何だか許してもらえるような雰囲気になってきた。
「君の行いは立派なものだ。しかし……」
ピーターは辛そうな表情をする。
「体力や聖力、魔力の他に『命の力』というべきものがある。禁断聖術を極度に行ったことで、君の寿命は削られた」
そうか……
「短くてもあと10年、長くても15年ほどで君の命は尽きてしまう」
なんだ。それなら問題ない。最低でも10年あれば二作目対策は間に合うから。
ヒロインという栄冠に酔いしれながら生きるのにも不足ない年数だ。
「それだけ生きることが出来るのなら十分です」
自然と笑みが浮かんだ。
部屋を出ると仲間たちが待っていた。
私は最後にピーターから聞いたことを伝える。
「邪神降臨の地はアンゼルク王国の果てです」
みんな、緊張しているような表情をしている。
「邪神を討ち、この世界を護りましょう」
邪神のもとへ行くためには、アンゼルクの王都を通過する必要があった。
そこで私たちは王城に招かれ、歓待を受けることになる。
王族に謁見することになり、私は久しぶりにリアの姿を目にした。
今のリアは王女らしく、綺麗なドレスを身に纏っている。
私は一応、驚いた表情をした。
「お久しぶりです。私の本当の名はクーデリア。この国の王女です」
「そうだったのですか……」
私たちは一晩、王城で休み、邪神のもとへ旅立った。
【アナザーストーリー】
ソフィーが退室した後、ピーターはそっとため息を吐いた。
ソフィーを聖女と認めたことに何ら後悔はない。
彼女はそう称されるに相応しい人物だと今でも信じている。
ただ、気がかなりなことがある。
己が短命に終わると知ってなお、幸福そうに微笑んだソフィーを見て、何故か『この娘は地獄に落ちる』と感じてしまった。
格の高い神官の中には、稀に予知能力を発現させる者がいる。
それは託宣なのかどうか定かではなく、妙に勘が冴えているだけだと言っていいのかもしれない。
ピーターもそんな能力を持つ一人だ。
あれが勘違いだったらしい。
長生きすることができない彼女への憐れみを錯覚しただけならいい。
あんなにも清廉な娘が地獄に落ちるなどありえない。
彼女は勇者と婚約していることは聞いている。
邪神が討伐された後、二人の結婚式をこの大教会で挙げて、盛大に祝福したいとピーターは思った。
アンゼルクの王城、フレッドに与えられた客室にて。
フレッドは憂鬱だった。
聖区では、大神官長から過剰なほど褒められたものの、『僕は大したことをしていない』と言い出せなかった。
これまでの旅で一番活躍したのはソフィーだ。
だから、ソフィーが聖女と呼ばれるようになった時は何の違和感もなく、当然のことだと思った。
その後『勇者と聖女が結ばれるのは相応しいことだ』という話しを聞いて、気分が沈んでしまったが。
思えばソフィーと婚約することになったのは、彼女に手を出そうとしたことが原因だから自分が悪い。
ソフィーのことは好きだ。嫌ってなどいない。
ただ、根拠のない不安と、リアへの未練が断ち切れない。
ソフィーと婚約する前に、もっと早くリアと出会いたかった。
リアが実は王女であったことも衝撃だった。
たとえ己が勇者でも、果たして仲良くなることが出来たのか不安だ。
そもそも、本来はソフィーも高嶺の花だったはずなのだ。
今更、ソフィーを裏切ることは出来ない。
約束どおり、ソフィーと結婚しよう。
きっと彼女となら幸せになれる。
考えを打ち切ったとろこで、ドアをノックされた。
深く考えることなくドアを開くと、そこにはネグリジェを纏ったリアがいた。
「……っ!?」
「こんばんは、フレッドさん」
フレッドが思わず後ずさりすると、リアが室内に入ってきた。
「どうしても、お話ししたいことがあるのです」
「……なに?」
リアは思いつめた表情で話す。
「私はフレッドさんを愛しています」
「えっ!?」
「あなたがソフィーさんの婚約者だと知ってなお、想いは消えませんでした。あなたがあの人と結ばれることは分かっています。だから、どうか『思い出』がほしいのです……」
リアはフレッドに縋りつき、フレッドもリアの身体に腕を回した。
リアが何を望んでいるのか分かっている。
それがソフィーに対する裏切りであることも。
ソフィーはギルからの求愛を断った。己もリアの望みを拒むべきだ。
けれど、この甘美な誘いに抗うことができない。
せめてリアに『僕も君を愛している』と言わないことが、ソフィーに対するフレッドなりの誠実さだった。
――裏切っておきながら、その程度のことで『誠実』だとは言えない。
誘惑したリアも、誘惑を受け入れたフレッドも、今の二人は『狂っている』と言ってよかった。
愛は時に狂気へと変わるそうだが、今の二人はその状態なのか?
二人は禁断の行為を行い一つになった。
翌朝、勇者一行は王城を出発し、旅を続けて邪神降臨の地へと辿り着く。
激しい戦いが行われ、フレッドは邪神にトドメを刺した。




