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切ない銀杏並木(5章 大きな鳥かごとカラスの群れ)

作者: 三枝一裕

第5章  大きな鳥かごとカラスの群れ


普通の校舎だと教室の南面は窓が腰までしかないのが一般的で景色もそれほど広がりはない。

この校舎の南面は各階を横につなぐ一体のバルコニーになっていて窓は床までしかもバルコニーの手すりがタテ格子になっていたからこそ最高のパノラマが鑑賞できる。

休み時間にでもなると多くの生徒達がこの特等席に移動して ただ景色をボー

っと眺めたり 生徒同士でペチャクチャやり始める。

そして このバルコニーの最大のウリは横方向に延々とつながっている点だ。

第2の廊下として機能している。

普通の校舎の場合だと 別のクラスの生徒に用事がある場合 廊下から教室の中に向けて手招きをするのが よくあるパターン。

でもこの場所があるおかげでそんな心配は要らない。それこそ好き勝手に移動

しては その社交場で贅沢な時間を満喫できたりする。

学年全体でも何組かのカップルが誕生していて公開デートの場所にもなっていたが 見せ付けられる方には チョット複雑な風景になるコトもある。

この憩いの場所に生徒達がギッシリ横並びになっている光景を校舎南の校庭から眺めると これが凄い。「大きな鳥かごとカラスの群れ」に見えチョット怖い。

でもこの「鳥かご」で代々多くの生徒が風を感じ 夢を語り 苦悩にため息し

スケール違いの夕日に癒され 詩人になったり哲学者になったり・・・

俺のお気に入りのハートの「ゆりかご」でもあった。

しかし・・・この場所は美しい思い出作りのみを提供している訳ではなかった。


校舎の1階は特別室 1年生は4階 進級の度に下の階へ移動していく。

1年の頃は最上階だからあまり気にしてはいなかったが 休憩時間などにこのバルコニーに立つと下がザワつく。「何だろっ」そっと下の階をのぞき込むと

3階の2年生たちが手すり上部から顔を突き出して こっちを見上げている。

やっとザワつく意味が解った。俺を見てるワケじゃなくて 下から女子生徒を

逆パノラマで「パンチラ」狙いしてるらしい。何て情けない先輩達だよと非難しつつ 心のどこかで「早く2年になりたいっ」なーんて考えたりすると

バルコニーの女神様から「パンチ」くらうだろーな きっと・・・

実際2年になると上階は男子クラス。たまに飲み残しの紙コップや学校指定の上履きが落下する「期待の出来ない場所」になっていた。「これがパンチだ!?」

「何とかしてヨ バルコニーの女神様」

少し前に4階の「インテ1」の位置が「軽い悲劇の現場」と紹介した。

その悲劇は入学して少し落ち着いた頃 突然襲ってきた。

4階インテ1のバルコニー前にだけ大きな鉄の箱が設置してあり通る時に邪魔で仕方なかった。幅が約2m高さは手すりと同じくらいの大きさの箱。

この小汚い箱こそ もうじき繰り広げられるショーの主役だったのだ。

彼の名前は「避難シューター」

非常時に箱からチューブ状の袋を1階まで垂らして落下いや降下する避難機具

そんな機具あったとしても 実際に使うことなんか無い訳で 万が一火災に遭ったら それはそれで ありがたく使う程度の代物だ。

あー それなのに ある日突然 何の前触れもなく担任からこう告げらける。

「避難訓練で実際に使用するからー」と

当然 組立て方や使用方法の説明までは避難訓練に必要だからこのクラス

の誰かが代表でやらされるイヤな予感が教室内に漂い ザワつき始めていた。

「誰がやるんー」「何人やるん」「男子だけだよねー」声があがる。

説明の途中なのにザワつきどころか もうすでに大騒ぎになっている。

担任が「静かにしろっ」「最後まで聞けっ」大声を出しても事態収拾がつかない。

「絶対ムリっ」「落ちたら死ぬがー」「スカートでぇ」「・・・」「・・」

女子チームは もう半狂乱で声と言うより悲鳴に近い。もうパニックルーム。

担任は 騒ぎなんか お構いなしで一方的に絶叫し続ける・・・要約すると

その空中アクロバットショーが避難訓練のメインイベント。他の全校生徒は階段から避難し校庭で待機している。その注目の中で落下いや降下するらしい。

避難機具の使い方を全校生徒に説明したい訳だから注目されなきゃ意味ないのも解るけど これじゃ「インテ1 サーカス一座」だよなぁー ・・・

担任は生徒個々の質問には聞こえないフリをして説明を続けている

「ケガの危険性があるから当日は実習服に着替えるよーに」 以上。

と一方的に話を完結させて教室からスタスタ退散していった。

おいおい「キケンって何だよっ」「ケガって何だよっ」「・・・」「・・・」

休憩時間 箱の前には何人かの生徒が説明書らしきシールをのぞき込んでる。

この箱がこれだけクラスの注目を集めるなんて誰が想像しただろうか 普段は休憩時間のジュース置き場だったり立ち話の時に背もたれにされたり 挙句の果ては通行の邪魔だと蹴飛ばされたり。「はーん この箱の無言の逆襲かァ」

説明シールには下手なイラストが書いてあるそれによると箱を開くと中に長いチューブが鯉のぼり状に収納してあり それをバルコニーから落下させて1階のフック金物に引っ掛け 箱に備え付けられたステップで箱の上部から降下してください。とバンザイした人のイラストがコミカルに書かれているけど全然笑えない。4階のバルコニー手すりより高い位置に立ってバンザイかよ。

しかも「スピードは手で調整して下さい」と書いてあるが手でどうするんだよ「グーなのか」「パーなのか」・・そんな問題じゃないよなぁ

魔の宣告日から一週間もしないうちに そのイベントの日はやってきた。

朝から教室内の空気は凍りついていた。全員 青色の実習用つなぎ服に身を包み いつもより深めに着席しているが言葉も少なく落ち着きが無い。

とうとう その時間がやってきてしまった。

教室正面上部のスピーカーから「ただ今から避難訓練を行います」と落ち着き払った声が凍りついた教室内に響く。すでに主役のシューター君は白い衣装でバッチリ決めてスタンばっていらっしゃる。 白く大きな口を一杯に開いて この教室の生徒達を無言で待ち構えている。ホオジロザメを演じている感じ。

この待ってる時間がキツく長い。早く次ぎの放送を流してくれと祈ること数分

「ただいま 火災が発生しました 速やかに避難してください」お約束通りの放送に合わせるように教室内にイスが床を擦る音と上履きの音ばかり響く。

皆 落ち着いているのには正直 俺も意外だった。

担任の手際のイイ指示で窓際の生徒から順番にバルコニーに移動し始める。

窓際に近づくとインテ1の真下付近のグランドには砂糖に群がるアリのようにインテ1以外の生徒が集まり始めている。あの数分は観客誘導の時間かよー

箱の前で担任が一人一人に声を掛けている。そしてステップを何段か昇って

例のバンザイポーズをした後しゃがみ込むとスッと音も無く吸い込まれて行く。

皆 無言だから逆に怖いじゃないかー。

ついに ついに俺の順番が来てしまった。

安っぽい階段を一段ずつ上がるたびに 風景が徐々に変化してる感じがするが直視する余裕なんか持ち合わせていない。

4階のバルコニー上部に立ってるワケだから普通だったら気絶してるけど 今気絶したら それこそ死刑台の階段になる。

少し足が震えてる感じだけど 高所恐怖症じゃなくてもビビるって この場所。

後ろからの「しゃがまんかー」の声に押されてヒザを折り曲げた後 両足を揃えて大きな「ホオジロザメ」の中に軽く入れた。足先に下界の冷風を感じる。

もう「どうにでもなれー」その得体の知れない大きな穴に全てを任せた。次の瞬間 体がフッと軽くなると同時に「シューー」と大きな摩擦音と経験したことも無いスピードを感じながら落下していく 手のひらがやけに熱い。

ほんの数秒の出来事だったけど実に長く感じた。目の前に眩しい視界が広がり無事に着地できたのには「ホッ」とした。

チューブから抜け出ると何人かの女子は恐怖からの開放や安堵からか涙ぐんでいる。後から滑り降りてくる生徒達にグランドの観客から拍手が沸き起こっているのを無事に着陸してから気付いた。

長々とした回想シーンだったが本当に言いたいのはここから先だった。


俺は情けないヤツだった。浮き足立ってて自分のコトだけでイッパイイッパイだった。N美がどうしてるかさえ意識から飛んでいた。

そんな自分が急に恥ずかしくなり。N美が心配だった半面 こんなに情けない自分を見せたくない思いから彼女の顔を見られなかった。


極限に近い状態になって初めて その人の真の姿が見えてくるものだ。俺って小さいナ 。こんなんでN美のコト守れるのか・・・

でも次回こんな機会があったら絶対「男らしくカッコ良く決めてやるゾ」そう誓わずにはいられなかった。


しかし・・・その決意をN美に見せ付けるチャンスは二度となかった。

なぜって 2年になれば下の階へと教室が移動するのだから・・・・・


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― 新着の感想 ―
[一言] すごくすんなり読めました。 WEB小説にありがちな奇妙な言葉のやり取りもなく、実に参考になりました。
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