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同窓会の傍らで

「かんぱーい」


 騒がしい声が止んだと思ったら、また騒がしくなる。なんとなく出席すると連絡して、なんとなくこの場に立っている。そんな俺が声を掛けられる訳もなく、ただ立ち尽くすのみ。


 手にしていたグラスをオードブルの乗った丸いテーブルの端にそっと置き、そっと部屋の扉を開けた――。


 ポケットに入っていた煙草を箱から雑に一本取り出す。ワイシャツの胸ポケットに入っているライターを手に取った。


 火をつける。

 吸う。

 吐く。


 高校時代は忘れたくても忘れられない。こんな同窓会に来て、昔話をしなくとも全部覚えている。忘れられなかった。


 怪我のせいで一浪した。入ったのは三流大学。俺の想像していたパリピの大学生活とは違い、高校のような縛られた生活を送った。毎日が憂鬱で、何がしたいのかわからない。


 大学一年になってなんとなく時間が流れ始めた頃、教授が、「とりあえず君らは公務員を目指しなさい」と言った。そして「でも、君らが一般教養で他の大学の生徒に勝るのは不可能に近い」と言った。

大学を知った瞬間だった。


 自分の頭の悪さをわかっていたとはいえ、高校の教師は言葉を濁して、生徒に可能性を持たせた。だがここは違う。本心を言う。現実を見せる。説得力がある。


 親には悪いがもうやめようかと思った瞬間だった。皮肉を言われて立ち上がれるのは、意志が強い奴と本物のアホだけ。


 でも、その教授はその後にこう付け足した。「専門の面で勝ちなさい」と。「君らの強みを生かしなさい」と。「他の大学生は遊び散らしているんだから、その間に専門分野を勉強しなさい」と。「大学の知名度なんかで、人の能力の価値は測れない」と言った。


 ここまで言い切ってくれるのかと思った。高校の教師はどこか責任を逃れるような態度で、進学の相談には乗るけど、その後は知らない。受からなかったらあなたのせい。そういう想いが俺みたいなクズにでもひしひしと伝わってきていた。


 ここは違う。現実を見せてくれる。いい意味でも、悪い意味でも。そして親身になって最後まで見届けてくれる。そのおかげで、公務員として働けた。いい思いもたくさんした。多分、この同窓会に来ている人の中では、給料は一番高い……はず。


 教授は、「大学時代に遊んで一般企業で三十年働くのと、今勉強して給料も高い、昇級もできる職で三十年働くのとどちらがいい? これを選ぶのは君たち自身だ」と言った。「金に興味のない人や、この仕事が嫌な人は公務員の専門職なんて目指さなくていい。そこは自由だ」そう言い切った――。


 先輩や後輩、仕事環境にも恵まれ、就職してから何不自由なく過ごせた。


 でも、辞めた。


 二年で辞めるなんてどうかしていると、上司にも先輩にも後輩にも言われた。


 俺は、紛れもなくどうかしていた。


 やめた後は、バイトで稼いだ金で暮らす毎日。親に迷惑をかけるのは勘弁だったので、就職を期に家賃の高いアパートに引っ越したのだが、大学時と同じアパートに戻った。減ったとはいえ、家賃、食費、光熱費すべてが襲い掛かった。また、憂鬱な毎日に逆戻りだった。昔だったら殴りたくなるようなガキが目の前を走り回っていても、どいてあげるほど謙虚になった。意識的にではなくて、いつの間にかそうなっていた。


 いつか教授が言っていた。「生ぬるい環境にいれば育つものも育たない。厳しい環境で、限界の取り組みを毎日重ねるからこそ、その先に行ける」と。


 何不自由なく過ごせていたからこそ、辞めてしまったのかもしれない。




 今、俺が同窓会に出席しているのは、いないはずの誰かを追ってここにいるからなのかもしれない。こればっかりは俺も素直になれない。もしかしたら来ているかもしれない。俺がずっと抱えてきた申し訳ない気持ちを吐露できるかもしれない。自己満足だが、それらを晴らしたい。そういう感情がとめどなくにじみ出てきてしまって、今ここにいるのかもしれない。



 それが叶うことは絶対にないのに。



人を殺したと聞いたときは、正直、何も感じなかった。日常に流れる報道の一つにしか感じられなかったのだろう。でも、日に日にその事実が自分の身近に起きたことなんだと理解するようになった。


 口を膨らませ、尖らせた口先から煙を吹く。


「安広ー! タバコ吸ってんのかー!」


 視線を移す。


 どこぞやのモデルかと思った。

 ヒールにベージュのワイドパンツ。トップスは白いTシャツみたいな……。いかにも都会のキャリアウーマンという風貌だった。とにかく白石だなんて思えなかった。


「なんか変わったね。高校のときは彼方と話してるイメージしかなかったけど、今は、ザ・仕事人みたいな!」


 自分で言ってぎゃはぎゃはと笑う顔を見ても、釣られるほど面白くもなんともない。


「給料は?」


 彼女の顔がギョッとした。


「いきなりそんなこと聞かないでよー。今日は仕事のこと忘れに来たんだからー」

「忙しいんだ」

「それなりにねー。安広は?」


 煙草の煙にけほけほとむせていたので、煙草を角型の灰皿に突っ込んだ。


「忙しいよ。それなりにね」


 俺の肩をひっぱたきながら、「ちょっとー、真似しないでよー」なんて言うので、陽気なおばさんみたいだった。


「ほんとに忙しいのよ。まだ、入社するまでの就活の方が楽だったかもしれないと思っちゃうくらい。結構いいところだからみんなプライド高くてさー。仕事も人間関係も面倒臭いんだよね」


 手を後ろで握って、時に髪をいじったり、ふらふらしている。目線はハイヒール。彼女の言葉に嘘はないのだろう。本気で信じた訳じゃないけど。


「今思うと彼方はさ、前から今の俺や白石みたいに自分がなるって見えていたんじゃないかって最近思うんだよね。高校が平和で、彼方にとって居づらい場所だったから、これが社会に出たらもっとやばいんじゃないか、みたいな」

「そうー? でも、彼方って意外と謙虚なところあるんだよね。そういうところが陰で女子にモテてたんだけどさ」

「顔じゃなくて?」

「それも当然あったと思うけど、それに性格が加われば尚よしって感じでしょ? うん、まあ否定はできない。やっぱ顔から入るのは当然じゃなーい」


 じゃなーいが癇に障った。


「謙虚に生きれば何でも綺麗に見えるよ」


 白石は「え?」と声に出し、聞き取れなかったとでも言うように、口を少し開いてアホ面で首を傾げてきた。


 急に顔が熱くなる。


「年収はっ! 四桁ですかあーー!」

「ばっ、馬鹿あ! そんな大声で言わないでよ」


 また肩を叩かれる。


 否定はしないんだな。

 とりあえず俺の去年の年収を超えているようだから、前言撤回。


 口角が上がる。

 自然と視線は上の方へ。




 吐き出した煙は、薄い青空と錆びれたホテルに消えていった。




読んでいただきありがとうございました。

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