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「はあー」という溜息が出る。汚いとわかっていても、地べたに足を広げ、後ろに手を突いて座ってしまった。


 結局、うどんがなくなるまでこの負のスパイラルは続いた。全部のうどんが売り切れたのは十六時。あれから二時間も調理室の中を一人で走り回った。まあ、最後の一時間は客も疎らだったし、そんなに忙しくなかったから実質走り回ったのは一時間だった。安広は安広で忙しかったんだろうけど、なんか楽そうな顔して運んでるから、疲れてなさそうに見えて多少腹が立った。が、それは憤りにまで達しない。


「彼方ー。先生がアイス買ってきてくれたぞー」


 スーパーの袋を高く掲げながら安広と先生が調理室へと入って来る。

 というか、ええっ。先生、アイス買いに行ってたんすか? 生徒見殺しにして? とんでもないな。


「ごめんねー。ちょっと息子が急に怪我しちゃって。大変だったでしょう? いない間大丈夫だった?」


そんな汚いところに座ってないでこれに座りなさいとでも言うように、三つ重なった丸椅子を持って来て、調理台の周りに並べてくれる。


「大変なんてもんじゃないですよ。午後から入る二人は来ないし、後輩には見捨てられるし。まあ、先生はしょうがないですね。お子さんの体調大事ですから」


 そう話しながら、三人とも丸椅子に座る。


「本当にごめんねー。午後に入る二人どうしちゃったのかしら」

「もう考えたくもないです。どうでもいいです」


 袋をピリピリと破き、アイスをかじる。


「まあ無事に終わったんだからよかったじゃん。僕らもいい思い出になったってことで」

「心が広いなー安広は。この先生の買ってきてくれたアイスと安広の言葉を、俺の高三の文化祭の思い出にするしかないのかー」

 と言っている裏腹、アイスと言葉がなくても思い出になってしまうと思うだろうな、なんて思っている。悪い意味で。


 もうこの時間になると、模擬店や教室の展示物の片付けに取り掛かる生徒が多い。俺と安広はこっちが忙しいだろうからということで、当初からクラスの片付けの担当は外されていた。だから、ここだけ片付けてしまえばもう用のない学校にはいなくて済む。


「じゃあさっさと片付けて帰りますか」

 そう言って俺が椅子から立ち上がると、「待って」と先生の声が俺を制止させた。


「先生やっておくからいいわよ。高校最後の思い出なのに、忙しい思い出だけなんて申し訳ないから。早く帰って休みなさい」

「いいんですか? 先生」

 安広が言う。

「私も一応主婦だからね。この程度の片付けなんかパパッと終わらせられるから」


 先生は腕組みをして見せた。


 まあ、やってくれるって言うならお願いしてもいいんじゃないか。そう、安広と目配せをする。

「お願いします。ありがとうございます。お疲れ様です」

「はいはい。わかりました。今日はお疲れ様」


 笑顔で手を振る先生。一度背を向けたが、なんとなくもう一度振り返ると、そこにいつもの先生の顔はなく、ただ、揺れるショートカットの髪だけが俺の目に映った。


 どこか抜けているのか本当に優しいのかよくわからない先生だが、他の教師よりはよっぽど好きだ。教師は教師で大変なのだろうが、俺ら生徒側の立場に立ってみると悪役でしかない。同情はするが、共感はしない。だが、彼女はちょっと違った。安広なんかは、よく会いに行くようだし。


 下駄箱に安広と一緒に向かう。


「あー散々だったな、今日は。三年間で一番酷かったんじゃねーか?」

 廊下にサンダルを引きずる音を響かせながら、慣れた口調で話しかける。

「いや、僕は去年の方が酷かった。忘れもしない。氷水の中にスマホが水没したし」

「ああー! そうだった、そうだった。それで、振替の休みの間、彼女の連絡ずっと未読無視したまんまで別れたって伝説な」

「勝手に伝説にするな」

 地味に気にしていたようで、安広の声は低い。

「まあ明日休みだし、彼女はいないけどよかったんじゃないの?」


 少し大きな俺の声が、廊下に響いた。


 そう。明日は休み。本当は片付けがあるのだが、三年間うどん作りをさせられた俺らにだけ与えられた特権と言ってもいい。たった一日の休みだが、今日の忙しなさを思い返すとそれでも足りないくらいで。


 調理室から三十メートル近くしか距離のない玄関。込み入った話をするまでもなく下駄箱の前に着き、靴に履き替える。数センチ先に右、左、と蹴り出されたサンダルを揃えるように右手で掴み、開かれた下駄箱に放り込む。これが無造作に毎日行われているとなると、俺の性格は歪んでいるのかもしれないと噛み締める。


「じゃあ、また明日な。あ、明後日か。バイバイ彼方」

「おう。また」


 そう言って、何も思い残すことなどない、早く家へ、と安広は歩を進め、校門を通って見えなくなった。


 俺も歩き出す。


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