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 放課後は綺麗だ。話し声でうるさい教室には誰もいなくなり、代わりにグラウンドがうるさくなる。でもそれはうるさくなんかなくて、綺麗だ。雨の日に廊下を走り回っている人でさえもそう見えてしまうのだから、よっぽど教室が不快なんだろうね。



 今日も安藤さんの家に行く。そういえば名前なんだろう。朝海だったっけ?



 家に着いて早々謝られた。


「ごめんなさい。昨日あんな時間までここにいさせて。よく言っておきますから」

 そう謝る母親の姿が、なぜかばあちゃんと重なって見えてしまった。


「いえ、自分がいてしまったというか、いさせてもらったというか、まあそんな感じなんで娘さんに怒るのは……」

「彼方君がそう言うのなら……。今日も部屋に行く?」

「あ、お願いします。入れてくれるかわからないんですけど」


 結果、普通に入れてもらえた。母親も潔ければ子も子である。この前みたいに声を掛けたら、いきなりドアが開き、手を引っ張られ、ドアは強く絞められた。壊れないのかな。


 この前来た通り、カーテンは閉められ薄暗い。この前と違うのは、彼女が寝ていなかったことだ。膝を立てて、ぬいぐるみと一緒に膝を抱える。ぬいぐるみの上に顎を乗せていて、不謹慎だけど正直可愛いと思ってしまった。おまけに、そのぬいぐるみがウォンバットに似ていたから愛おしいとは思えども、複雑だよね。



「フラッディングって知ってる?」

「……」

「わざと恐怖に近づかせて、それを取り除こうっていう方法なんだけど、これって恐怖が何かわからない人には使えないんだよね」

「恐怖が何か教えて欲しいとでも?」


「逆だ」


 珍しく彼女は反応した。顔をこっちに向けるが、目が合った途端に逸らされた。だが、それは前から知っていた。


「今何がしたい? 飯が食いたいか? 遊びたいか? それとも死にたいか? こうだったらいいなとか、未来のことじゃない。今何がしたいかだ。欲望に素直になれ」



 黙ったまま時間だけが過ぎていった。



 この日以降も、何度も安藤朝海の家を訪ねたが、門前払いだった。部屋にすら入れてもらえなくなってしまっい、潔い人間ではなくなってしまった。でも、逆に言えば、最後に言った俺の言葉を気にかけてくれているのだろう。と思うことにしている。言いたいことは言ったし、気づいて欲しいことへのヒントも与えたから、あとは彼女がどうするかで変わってくる。


 彼女の人生なのに、他人が主役になっていいはずがない。俺はそこら辺にいるおじさんの立ち位置を保ちながら、きっかけを与えるに過ぎない。それで彼女が道を外れた状態のままならば、それは彼女がそこまでの人間だったということだ。俺のせいなんかじゃないよ? だって自分の感情に素直になれない奴にいくら何かを施そうとしたって、変わる訳がない。変わったとしても、いずれ襤褸が出るのは目に見えている。それに、たとえ襤褸が出なくて輝かしい人生だったとしても、それは彼女の人生じゃなくて俺が操った人生になってしまうからね。おじさんの立ち位置とは言っても、あしながおじさんにはなりたくないよ。知っての通り、一瞬だけの手助けとか嫌いだからね。


 そういうのが嫌いだから、他人にそういうことはしない。自分にやられて嫌なことは、友達にもやらないって小学校のときに教わらなかったかい?


 人々の「普通」は、時々違っていたりする。自分がされて嫌なことが他人にされても嫌だとは、完全には肯定できない。


 じゃあ何を信じればいいの?



 まあ、自分の好きなことがわからないっていうのはよくあることだと思う。実際、俺自身もそんなふわふわした感じのまま生きてきた訳だし。でも、いつかは自分で決断しなければならない。たとえ間違った道だったとしても、それを自分で選ばなければならないのが定。道を逸れるのは当たり前ぐらいに思わなければならないのかもしれない。嫌いだけど。


 とはいえ、放課後暇なのには変わりないので、形式的だったとしても、一応これからも彼女の家には通い続けようと思っている。本当に暇なんだね、俺。高三のこの時期に。



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