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そんなことがあったとはいえ、それからも今まで通り学校に通った。全校集会や、教師たちの本音ではない、貞操を気にした「いじめはやめましょう」といった内容の声掛けがいくらか続いた。それは、本当にただ言うだけ。私は関係ない、ちゃんと忠告した、だから私は関係ないんだと、表層しか見えていないような態度だった。
それでも周りの目を盗み、いじめに懲りない吾妻に殴られながらも、俺も殴り返すので、もういじめではなくなっていた気がする。毎回毎回俺がやり返すもんだから、いつしか殴られることはなくなり、気づけばいつから殴られなくなったのかも忘れてしまうほど、日に日に傷は癒えていった。当然、話すことさえない。
『いじめ』が『喧嘩』に変わって、プラマイゼロになってしまった。自分の利益が大きくなくなってしまった。そう無意識に感じたであろう吾妻は、自分の中から『彼方』という存在を消した。俺がすぐ隣の席で本を読んでいるにもかかわらず、何食わぬ顔で近しい間柄の友人たちと、くだらないことやたわいもないことを話す。
彼は、俺をいないも同然にして過ごしていった。いじめとはいえ、あんなにも時間を共にし、関わりが深かったはずなのに。
終わりも始まりもあっさり。きっかけ、原因なんてそんなものだった。悪いとも思わなければ、いいとも思わない。ただ、動き続けるものがある限り生きるだけ。格好よさそうに聞こえるけど、つまらないもんだよ。例えるなら、授業中にただ座っているのと同じようなものだからね。わかるだろう?
そんな時間が砂のように流れ、時には長いようにも思え、暴力を受ける前の自分に戻ったような気もするが、やっぱりどこか前の自分とは違う人間になった気がしていた。
余計なことを考えなくなったんだ。周りの騒ぎに見向きもしない、いつかの教室に座っていた生徒と同じように。
結果論だが、俺の中学人生は俺を急成長させた。周りの人間とは違う成長だったが、それでも周りよりは賢くなったと自負している。感謝さえしないけれど、悪くはなかったと思っている。普通じゃ考えられないのだろうけど。




