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 俺は俺じゃなくなった。メルの亡骸さえも見ることができない自分を恥じた。そして、俺の中の希望は完全に消滅し、もう止められなかった。


 教室に入るなり、吾妻を殴り飛ばした。瞬間的に、だんだん近づく標的に心躍らせながら。周りは黄色い悲鳴で溢れ変える。護衛たちは、貞操を気にしてか手を出してこない。軽いな。軽すぎる。その程度だったのか、お前たちは。そんなカスにやられていたとなると、俺の顔の傷が穢れる。


 胸倉を掴んで何度も顔を殴る。よろけて後ろに下がったなら、窓に叩きつけて、力の限り腹を顔を殴る。鼻はもう折れているんじゃないかというのは俺にもわかった。が、同情などしない。そんなものがあったら躊躇っていただろう。この痛みを知っているからこそ、痛みを与えられる。


 また窓に叩きつけたら、窓ガラスが割れた。窓の外に首を垂らし、目を閉じている。標的は護衛に移る。護衛の一人をちょっと睨んだら、逃げた。それを追いかける。廊下であろうとお構いなしに、スライディング。廊下っていい感じに滑るんだよね。テカテカのフローリング。間合いがよかったせいか、逃げた護衛はすっ転び、俺の上に背中から倒れた。ヘッドロックしながら立ち上がり、さらに首を絞める。


 このとき気づくんだけど、意外と俺って力あるんだよね。散々痛めつけられたせいで、筋肉も強化されたとか? 

 

 それと、意外と「見切れる」んだよね。今も、後ろから教師が突っ込んできたけど、それを避けて、手前に見えた背中に、腕の中にいる護衛を押して衝突させる。これもずっと殴られてきたからかなあ。


 今、こうしてメシウマな思いさせてもらえているんだから、痛めつけられることは不利益なことばかりではなくて、美点もあったってことだね。耐えた甲斐があるってもんだよ。


 来た道を振り返れば、野次馬どもで溢れていた。教室の窓から顔を出す大多数の生徒。いかにも脆弱そうな教師があたふたしている。マジで笑いそうだった。教壇に立てば、偉くなったと思い込んでいるようだが、実際は違う。マジでくだらねえ。滑稽すぎる光景。


 不意に気配を感じて、後ろを振り返ると、刺又を持った体育教師が俺を壁に押し付ける。刺又って壁がないとほぼ意味をなさないんだけど、このときはちゃんと壁に挟まった。でもさ、抜けちゃったんだよね。だって中学生だし。スルッと下に抜けて、立ち上がりながら教師の手の甲を強蹴。そしたら刺又を落とすもんだから、瞬間的にそれを拾うよね。


 ここまで上手くいくと笑えた。防犯教室とか何の意味もないと思ったよ。中学生の俺一人捉えられないんだからね。


 急に自分が上の人間になった気がして、ゴミみたいな人たちが虫けらのように思えた。


 三百六十度見渡せば、みんなが俺を見ている。

 怯えている者もいれば、怒りの目つきの者もいる。


 逃げた人がいないだけすごいと思うよ。一人の暴れた男子生徒が、武器を手にしているんだからね。しかも奪い取った武器を。


 気づけば黄色い声は静寂に変わり、何も聞こえなくなっていた。端から一人ひとりの表情を細かく見る。笑う者。隣の生徒と話す者。目を逸らす者。ただ見つめる者。ちょっと覗き込んだら、席に座っている者もいた。そいつの心情を代弁しよう。


〈くだらない。どうでもいい。頭が固い〉


 こんなあたりだろう。いい意味で他人に興味がないんだよ。だから無駄なことをしない。そして、そいつから見れば、俺のしていることは無駄なことって訳。


 わかるんだよなあ、その気持ち。いじめられる前までの俺も、少しだけそういうところがあったから。誰かと友達になりたいっていう気持ちはあったけど、それは、いつの間にか『そうであったらいいな』に成り下がっていた。自分から行って玉砕されることを想像しただけで、無駄に思えた。それよりも、待って、絶対的な確信のある問いかけにだけ反応すればいいんだ。無意識にそんなことを考えるようになっていたんだと思う。


 簡単に言うと、信じられるものが少なかったんだ。いつの間にか人間不信、軽度の対人恐怖症になっていたのかな。自分では気づいていなかったけれど。


 自分の行動に対して、相手がどう動くかを常に考える。そのせいだろうな。


 さてどうするか。このままだと警察に捕まるのかな。男性教師らは何か企んでいるように見えるし、そろそろ幕を引かないと……。


 刹那、背後で歪みを感じる。粋がった小動物がこっちに走ってくる。

すごいな俺。こんなこともできるのか。吾妻に殴られる際に、ずっと睨みつけていたからかな。そのせいで「目つきがむかつく」と言われ、もっと殴られたけど。


 身体を外側に受け流し、男教師の右手首を掴んだ。それを背中側に引っ張り、左手で持っていた刺又で床に押し付け、捉えようとする。


「駄目っ!!」


 突然発された甲高い声に、驚き、慄いた。反射的に声のする方へ向く。ああ、白石か。こりゃ駄目だ。


 緩んだ右手から手首は抜け、そっぽを向いた俺は、股間を思いっきり蹴り上げられる。悶える少年を、ここぞとばかりに寄って集って押さえつける大人。


「観念しろ!」「もう逃げられないからな」


 そんな言葉を聞くたびに、ずるいなあと思ってしまう。同情など腐ってもしない。予期せぬ出来事で、一発逆転を狙うような大人にはなりたくない。それでいて、自分はできる大人だと思い込んでいるような大人になるのはご免だ。


 嫌いだわー。ちゃんと嫌いになったのは初めてかもしれない。俺を殴った先輩よりも、散々いじめられた吾妻よりも、なぜかイライラするんだよなあ。何もわかってないのにわかったふりをして、面倒事から逃げて、怯えていたかと思ったらマグレで調子に乗って。


 ああ、こいつらと生きるぐらいだったら、吾妻に殴られていたほうがまだ生きた心地がする。

 でも、そんな奴らに負けたんだよな。


 いじめって、ハイリターンしかないじゃん? リスクなんてないんだよ。対象は一方的にやられるだけだから。でもそれは、加害者と被疑者だけだったらの話。周りの大人、法律なんかが絡んでくると、大きなリスクを伴う。拡散なんてされたら、人生詰んだようなものだからね。


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