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翌日登校した俺は、吾妻にお礼を言われる。
「マジ助かったわー。俺も最初に疑われてたんだよ。マジ、サンキューな」
結局、自分の疑いを俺に向けるための偽造工作だったらしい。担任は俺以外の男子生徒を疑っている様子はなかったけれど、彼がそう言うのならそうなのだろう。彼が犯人であろうとなかろうと、もうどうでもいいことだ。過ぎたことはしょうがない。
読んでいた本に視線を戻そうとすると「あのさー……」とまた何か話しかけようとするので、再び重い顔を上げる。
「今度は何ですか?」
ちょっと強めに、且つ、表情は柔らかになるよう意識した。本を読むのを邪魔されるのは嫌いだからね。でも、吾妻はそれに怯えることはなく話を続けた。
「ちょっと先輩とややこしいことになっててさ、放課後付き合ってくれない?」
また手を合わせてきた。具体的に説明しない時点で、怪しいことはわかる。なのに、次の瞬間には「しょうがないなあ」なんて上から目線で答える俺は、彼を助けたことで自分に酔っていたんだと思う。学校では誰とも話さないのが当たり前だったから、話の話題が何であろうとうれしかったのかもしれない。酔いしれて、よく考えもせず、素直に反応してしまった。
放課後。校舎裏に向かう。行くと、そこには三人の柄が悪そうな男子生徒が立っていた。
「吾妻。誰だこいつは?」
「同じクラスの彼方です」
俺が自己紹介するよりも早く、彼が紹介してくれた。
すると三人の生徒は、何かこそこそと話し出し、真ん中に立っていた男が俺の前に手を出す。
「えっ?」
意味がわからなくて、俺が声に出すと、三人は一斉に吾妻の方を向く。
「吾妻。ちゃんと伝えたんじゃなかったのか?」
その口調は重く、吾妻もそれにつられてか必死に弁解しようとしていた。
「伝えました! 伝えました! こいつ、ちょっと変わってまして」
え、俺が変わってるって? 確かに人望はないが、変わっているっていうほど変わっているとは思わない。AB型でもあるまいし。
柄の悪い生徒は、「しょうがねえなあ」と呟く。そして次の瞬間、隣にあった影がフッと消えた。反射的に後ろを見れば、倒れている吾妻が見える。何が起こったのかわからず、そこに立ち尽くしていたが、数秒経って「あっ」と吾妻のもとに寄って声をかける。
「大丈、」
「大丈夫だよっ!」
俺が想像していたのとは別の声が聞こえて、同時に、「うっ」と想像していた声が聞こえる。
人が蹴られる瞬間を初めて見た――。
「な、何してるんですか」
震える声音で出た言葉は、それが精一杯。
「見てわかんねーのか? 蹴ったんだよ」
「なん、で、蹴る必要があるんですか……」
「あ? むかついたからだよ」
それだけの理由だった。次の瞬間には目の前が揺れて、気づいたら三人に見下ろされていた。後は、事が終えるまで耐えるだけという、時間任せな解決法。
初めて殴られた。
初めて蹴られた。
こんなに人間って脆いんだなと。腹は痛いし、鼻も痛い。腕が地面に擦れて、砂と血が混ざった。髪の毛を何度も引っ張るから痛いし、視界は狭くなってきたし――。
気づいたら、真っ暗だった。
隣を見ようと思って身体を捻るが、「あいたー」と声が漏れた。それに気づいたのか、隣で何かが動くのがわかった。
「金出さないと殴るぞって脅されて。代わりの奴でもいいから、とにかく持って来いって言われた」
まあそうだよね。一番どうでもいい奴だし、俺。
「それで俺が来たって訳かー。でも俺金持ってないんだよね。貧乏だから」
身体はもう動かない。今見えているのは空だけ。
砂を削る音が聞こえ、だんだん近づいてくる。直後、側頭部に強烈な痛みを感じる。
「お前が金出さねーから悪いんだ! ふざけるな貧乏野郎!」
そう言って、俺の横腹を蹴る――。
足音はいつの間にか消えていった。
「はあー。痛いなあ」
なぜか起こりもしない現実を想像してしまった。これをきっかけに、一緒に耐えていこうね、いつかやり返そうね、なんて言って、仲良くなる未来を。顔を何度も殴られても、腹を蹴られても、貧乏を馬鹿にされても友達が欲しかったなんてな。
月は隠れている。その明かりのおかげで雲を認識できる。ノイズのような音が周りから聞こえて、車の音も聞こえない。
横腹が妙に傷んだ。どっちかと言うと、吾妻の蹴りの方が効いていた。
「今何時だろうなー」
このときにばあちゃんの顔が浮かんだのは、救いだった。




