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凡ミスで始まる異世界冒険記  作者: ライスパディ
アクステリア王国編
2/6

第1話 冒険の始まり

2話目と3話目は長めです。

長い交渉(脅し)を終え、俺は『転送の間』というところに来ていた。


 この転送の間という場所はその名の通り、様々な世界へと転送する為の部屋らしい。


 この部屋は初めにいた白い空間とは違い、様々な機械が置いてあり、何だか男心をくすぐられる感じだ。


 …しかし、白いのは変わらないのになんかこっちの方が豪華だな…まさかとは思うが、一つ目の空間は家具とか機材とかをけちったりしていたのか?


 そんなことを考えながら神に目を向けると、見たこともないようなスピードで目をそらした…おい!けちってたのか?けちってたんだな!…よし、もう一度睨んでおこう!


 そうして睨むと、更に顔をそらし始めた。

 そしてもうそれ以上逸らせないだろというところまで行くと、今度は体を捻ってまで目をそらしていく。

 体を捻るのも限界になり、とうとう足も使って回り始めたので、それ一周しない?と考えていると、案の定と言うかなんと言うか、一周して目があった。と同時に今度は顔を上にそらし始め、限界まで行くとさっきと同じように体を上に捻っていく。

 体柔らかいな~と思いながら体を捻っていくのを見ていると、とうとう股の間をくぐり抜けて一周した…こいつ体柔ら…キモッ!


「…悪い顔をしてる最中に申し訳ないのですが」


 俺がなんとも微妙な表情をしていると、秘書さんが話しかけてきた。


 どうやら秘書さんは俺が真顔以外の顔をしていると悪い顔と言うらしい。交渉(脅し)中に発狂しだした神を完全に引きながら見ていた時に「あっこの人真顔以外悪い顔だ」とか言ってたから間違いない。何だか悲しくなってきたが間違いではない。

 …あれ、目から何か暖かいものが…みっ見てないし!秘書さんが引いてたのとか見てないし!


「なっ泣いてる!?…そっそろそろ転送しますよ…」


 秘書さんが三歩ぐらい後ろずさったのを見て、なんだか更に泣けてきた…とりあえず交渉中にわかったこの場所や、秘書さん達のことを話して気を紛らわせよう。うん!それがいい…と思う。


 まずはこの場所…というよりは世界といった方が正しいのだが…まあそれはひとまず置いといて、ここ一帯は『神界』と呼ばれ


「あの、泣き止んだのなら転送していいですか?」


「あっああ。はい」


 俺は気を紛らわせることも許されないのか!という心の叫びを抑え込み、俺は笑顔で返した。そう、たとえひきつっていても、たとえ涙ぐんでいても笑顔なんだ!…あれ、なんだかまた目から何か暖かいものが…でっ出てないから!涙なんか出てないから!


「そっそれじゃあ、転送開始しますね」


 秘書さんが更に後ろずさった気がする…とっとにかく、俺が転送される場所の説明をしておこう。


 俺が転送される場所は『コミーエンツの草原』という開けた草原らしい。


 この草原のすぐそばには『アベントゥーラ王国』という国に属する町があり、騎士団が毎日見回りと魔物の討伐をしているため、その草原一帯は比較的安全な地域とのことだ。


 こんな感じで、説明をすることで必死に心を落ち着けていると、秘書さんから転送が始まる合図がきた。


「それでは、いってらっしゃい」


 その言葉を最後に、俺は異世界へと旅立った



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「これが…異世界」


 転送された俺が目を開けると、そこにはかなり幻想的な光景があった。


 時おり吹いてくる風になびくきれいな草花、回りが森なことも相まって、この場所にだけ降りてくる太陽の光、何て言うか全体的に物凄く渋いサイクロプス…正に渋ク…


「なんか違う!」


 俺の心からの叫びは、若干エコーしながら響いていく。


 そして今、目の前にいる渋クロプスと目があった。それはもうガッツリとあった。「あっどうも」って感じで会釈をしてくるので、とりあえず「あっこちらこそ」って感じで会釈を返す。そこからしばらくの時間俺と渋クロプスは見つめ合っていた。


 すると、不意に渋クロプスが動き始めた。俺は小さく声に出しながら、その動きを観察していく。


「近くにある棍棒を取って…雄叫びをあげて…襲ってくる…」


 俺は反転し…走り出す…


「ですよねー」


 俺の涙を流しながらの心の叫びは、森の奥へと消えていった…



~10分後~


「いっけな~い遅刻遅刻(追い付かれる)~」


 俺、桐山優介16歳♪今、物凄く渋いサイクロプスに追いかけられてるんだ♪今ね、チラッと後ろを見たら、鬼の形相の渋クロプスと、木が倒された事で出来た一本道が見えたの♪こっわ~い…いや怖いわ!


 あの心の叫びから10分、俺は全力で渋クロプスと現実から逃げていた。


 いやね、初めは反撃しようとしたんだよ…だけどね、チラッと後ろを見た瞬間、俺の倍ぐらいの大きさがある大きな岩がね、砕け散ったの。一撃で粉々だよ!そんな相手に勝てるか!


 そんなことがあって、逃げの一手に徹しているわけだが、渋クロプスのスピード自体は、一本道を作っている影響からか余り早くない。俺の方も慣れない森の中というのも相まって、そこまで早くはないのだが、それでも渋クロプスよりは早いので、結構距離が空いてきた。


 結構余裕も出来てきたので、ここまでの経緯を少し話しておこうと思う。


 俺は始め、遮蔽物に身を隠しながら、なるべく渋クロプスの視界に入らないように、逃げていた。

 どのように視界を切ってたいかというと、まず巨木や、巨石の裏に隠れて渋クロプスが近付いてくるまで息を潜める。

 そして渋クロプスが近付いてきたら、覗いてくるのを待ち、遮蔽物の裏側へと入ってくるタイミングで、入ってくるのとは反対側へと走り出す。

 流石に渋クロプスよりは小回りが利くようで、何度か渋クロプスは俺を見失っていたみたいだ。まあ、木の影から出た瞬間を渋クロプスが見てたり、背の高い草に隠れてたら渋クロプスと目が合ったりと、逃げ切ることは出来ていなかったのだが。


 そして三回目に渋クロプスが見失ったとき、謎の発狂ともとれる雄叫びを上げた。そして咄嗟に耳をふさいだ時に木の幹から出ていたのであろう俺の腕を見つけ、俺との直線上にある全ての物を破壊しながら追いかけて来た。それはもう鬼の形相で。


 俺はこそこそ逃げるのから全力逃走へと切り替え…というか全力で逃げる以外の事を考える暇もなく走り、今に至る。


 俺との差が空いてきたことに渋クロプスも焦っているようだ。木の倒れる音が聞こえてくるスパンが少し短くなったように聞こえる。


 そしてとうとう木が倒れる音が止まった。恐る恐る後ろを見てみると、どうやら渋クロプスは俺のことを見失ったみたいで、俺のいる付近をじっと見ている。とりあえず、今回は距離は十分にあるので、遮蔽物や背の高い草を通りながら更に距離をとることにしよう。

 この距離でばったり、というのは流石に勘弁してほしい。


 そんな風にこそこそと隠れながら歩いていると、前の方に同い年位の銀髪の女の子が辺りを警戒しながら歩いているのが見えた。まだこちらには気付いてないようだ。


 銀髪の女の子の格好は、動きやすそうな格好に剣っぽい物を腰から下げている…正に冒険者って感じの服装だ。


 そんなことを考えながら近づいていると、向こうもこちらに気づいたみたいだ。


「「あっこんにちは」」


 同時に挨拶をしてしまった。しかも仕草まで同じだった…なんだか恥ずかしい。


 因みに言葉はこっちの世界に転送される時に()()()()が、何とかしてくれたみたいだ。流石に、転送されたけど何喋ってるかわからないではどうしようもないしな。


 そして、この()()()()という部分がかなり重要だったりする。神だと何をされるかわからないからな。


 もう1つ言っておくと、文字は流石に無理らしい。「言葉はしばらく続くけど、文字は一瞬で変わるうえに種類も多いから覚えて無いんです」とは秘書さんの言葉だ。


 一度も聞いたことのない言語を喋れていることに感動を覚えていると、冒険者さんの後ろの方で何か物音が聞こえたような気がする…まあ、そんなどうでもいいことよりも、今はこの感動を味わっていたい。


「いい天気ですね」


「ああ、そうですね」


 冒険者さんが話しかけて来たので、ここは素直に返しておくことにする。


 因みに天気自体は渋クロプスに追いかけられたころから段々と悪くなってきていて、今ではもう降りだしそうな勢いだ。うん…きっとこの世界ではいい天気なんだろう。そうなんだろう。


「ところで、あなたはどうしてこんなところに?」


 これは…どう答えたら良いのだろうか。

 さすがに、神様に飛ばされた先に渋クロプスがいて逃げてきたでは訳がわからないだろう。


「魔物に襲われてしまってね。荷物もすべて捨ててここまで逃げてきたんだよ」


 この説明なら嘘もつかずに、さらに大事なところはあやふやにできる。魔物に教われる原因は俺が作ってるし、荷物も初めからないが、嘘はついてないはずだ。なぜだか冒険者さんの顔が若干ひきつっている気がするが、気のせいだろう…きっと気のせいだろう


「冒険者さんは何でこんなところに?」


 この答えはかなり重要だ。もしここで冒険者さんも逃げているとかだと、渋クロプスと冒険者の人も逃げるぐらいの魔物に挟まれることになる。そうなると、逃げるのはさらに困難になってしまう。


 冒険者さんの顔はひきつりっぱなしだ。そして俺の質問にもひきつりながら答えてくれた。


「私も…同じような感じかな」


 その時の俺達の光景を見た人がいるならこう答えるだろう「人間ってあそこまで顔をひきつらせることができるんだ」と。それほどまでに俺達の顔はひきつっていたと思う。


 そのあとも「顔の渋い一つ目の巨人」とか「私もサイクロ…一つ目の巨人が二体」と、会話が進むにつれて二人の顔はひきつっていった…


 冒険者さんと話をして分かったことはいくつかある。


 まず1つ目は、一つ目の巨人はやはりサイクロプスという名前で、渋クロプスはサイクロプスの変異種らしい。変異種自体は何種類かいるらしいのだが、肝心の渋クロプスの能力は、サイクロプスの親玉…というか指揮官みたいなことをする能力のようだ。


 まあ要するに、渋クロプスと他のサイクロプスが合流すると戦闘力が跳ね上がるらしい。しかも数が多いと戦闘力が一国に匹敵するレベルになってしまい、国や軍隊もおいそれと手がつけられなくなるとか。


 その話を聞いたときの俺の顔はどれぐらいひきつっていただろうか。そしてその直後に俺達を追いかけていたサイクロプス達が合流したのが見えたときにはどれぐらいになっていただろうか。まあ、途中から死んだ魚のような目をしながら真顔で会話をしていたので関係のない話か。


 他に分かったことは、サイクロプスは基本的に定住することはなく、常に移動を繰り返しているということだ。その為サイクロプスの群れの目撃情報があったとしても、既に移動している可能性が高く、国も軍を動かすことができず困っているとか。まあそんなことを喋っている間にも続々とサイクロプス達が集まってきているのだが。


 そして、俺達が生き残る唯一の道も分かった。

 どうやらサイクロプス達の間には決闘のような文化が根付いているらしく、それは人間が相手でも有効らしい。ただ、決闘を受けてるくれるのは成人した男だけらしく、女子供は決闘をさせてくれないらしい。過去に男装した女性や、背の高い子供が決闘を申し込んだらしいのだが、それらは全て拒否され、決闘を挑んだ人達はサイクロプス達と一対多で戦うこととなり、命かながら逃げ切ったらしい。


 そしてこの世界での成人は15歳…つまり、サイクロプスと決闘できるのは俺だけらしい。「なら一番弱そうな奴に」と思っていたのだが、その企みもむなしく、決闘ではその群れの中で一番強いサイクロプスと戦うらしい。「そんなの勝てるわけねぇだろ!」と半ば自暴自棄になっていたのだが、最早生き残る道はそれしかなく「膝をつかせれば勝ちだから」と言っている冒険者さんの顔が余りにもかわいそうだったため、俺はその決闘をすることにした。



「サイクロプス!俺はお前達に決闘を申し込む!」


 決闘を申し込むことを決めてから10分後、俺はサイクロプス達に決闘を申し込んだ。


 決闘を始める前に、この決闘の簡単なルールを説明しておこう。


 まず武器や魔法の使用の禁止。この魔法という言葉を聞いたときに、ちょっとわくわくしたのは秘密だ。そして、先に膝をつかせた方の勝ちというシンプルなルールだ。


 決闘を申し込むことを決めてから10分間、俺が何をしていたかというと


「………これでルールは全部ね」


「えっこれだけ?」


「これだけね」


「えっほんとにこれだけ?」


「本当にこれだけよ」


「えっほんとに…ほんと~にこ(以下略)」


「本当に…本当にこ(以下略)」


 という実にしょうもないやり取りをしていた。本当に気になったのだからしょうがない…と思いたい。


 そんなしょうもないやり取りをしている最中に、何で人間が魔物の決闘のルールを知っているのかと疑問になり、聞いてみたのだが「こんなの冒険者として当たり前の知識よ」と返されてしまった。


 何でも冒険者は、狩をしている最中に移動してきたサイクロプスの群れと当たることも、たまにだがあるらしく、最終手段として決闘をすることもあるそうだ。


 その為決闘の時のルールも「覚えなくてもいいが、覚えてないと後々後悔するぞ」という脅し文句の元、冒険者になるときにしっかりと教えられるらしい。


 因みにルールを破った奴は全サイクロプスから地の果てまで追いかけられるらしいので、注意が必要とのこと。一つ目の巨人にひたすら追いかけられるとかどんなホラーだよ!


 勿論と言うかなんと言うか、全サイクロプスから追いかけられるというのにも前例があるそうだ。


 何でも、決闘で追い詰められた魔剣士が咄嗟に魔法を使ってしまったらしく、その日はなんとか逃げ切り、次の日には仲間の魔導師の力で、その魔剣士がいた町から国の反対側に位置する町まで転移してもらったそうだが、サイクロプス達の追跡は止まることなく続き、決闘から3日後には、汚い字で『報復』とかかれた紙が張られた、死んだ魔剣士が転移先の町にある門の前に捨てられていたそうだ。


 …怖ッ!いや怖すぎるだろ!本当に地の果てまで追いかけて来てるじゃねぇか!


 しかも魔剣士の仲間だった魔導師は、結構高位の魔導師だったらしいのだ。そんな魔導師が全力でバックアップしていたにも関わらず、たった3日で殺られるとかサイクロプスはどんな力を持ってんだよ!と思っていたのだが、その答えは以外とシンプルだった。


 その答えとは、サイクロプスの変異種の一つに魔法が使えるやつがいて、決闘のルールを破った瞬間に上空に閃光弾のような魔法を打ち上げるらしい。


 それを見た他の変異種が同じ魔法を打ち上げる事で、ルール違反者の情報はねずみ算的に伝えられ、大陸中のサイクロプスがルール違反者の情報を共有するらしい。サイクロプス怖ッ!


 因みに閃光弾を上げて状況を伝えたり援軍を要請したりする方法は人間の軍もやっているみたいで、町や村では他国が攻めてきたと思った人々が混乱したり、力自慢の村人や、緊急依頼として集められた冒険者、そして領主の命で集められた軍が防衛戦をしようと集まったりしたらしい。


 そんな注意事項を思い出して顔をひきつらせていた俺の前に、一体のサイクロプス…というか俺を追いかけていた渋クロプスが現れた。そしてついてこいと言わんばかりに歩き出した為、俺と冒険者さんは渋クロプスの後を急いで追いかけることとなった。


 渋クロプスに連れられてついた場所は、どこか見覚えがある…というか俺がこの世界に降り立った場所だ。確かにこの場所には木も生えてないし、草も芝生みたいな草しか生えてないから決闘には丁度いい。


 やはりここは幻想的だな。隣にいる冒険者さんなんかは「うわぁ」と目を輝かせながら声をあげているし、やっぱり何度見ても綺麗な景色だ。渋クロプス達さえ居なければ…


 実は渋クロプスに連れられている間、冒険者さんに「決闘中に逃げれば安全に逃げれるんじゃない?」と聞いていたのだが「近くにいる全てのサイクロプスの群れが、決闘を見るために進路上の生きとし生けるもの全てを駆逐しながらやって来るからむしろ危険よ」と死んだ魚のような目で教えてくれた。

 因みにその道中にサイクロプスよりも強い魔物がいる場合は、完全な物量作戦でごり押すらしい。


 そう教えてくれた時の事を思いだし、顔をひきつらせていると、冒険者さんが俺と渋クロプスの間にやって来た。これも、連れられている間に冒険者さんが「はぁ、なんだか緊張してきたわ」と言うのを疑問に思って聞いていた。


 理由はこれまた簡単で、過去の決闘でサイクロプスの開始の合図が分からず、開始の合図の後に準備運動をして負けた人間がいるらしい。

 なんとも間抜けな話だが、それ以来サイクロプスは人間と決闘をするときは、近くにいる人間をスタートの合図をする係として、勝手に任命して拉致するらしい。なんとも迷惑な話だ。


 まあ、スタートの合図をするか駆逐されるかなので、開始の合図を選ぶ人が圧倒的に多いそうだが。

…やっぱサイクロプス怖いわ!


「両者準備は良いわね」


 渋クロプスがうなずく。

 人間の言葉がわかるのか、頭いいな。


 続いて俺も頷く。

 準備もなにも、ついさっきまで渋クロプスに追いかけられてたので、体はぽっかぽかだ。むしろ暑いぐらいだな。


「それでは…」


 冒険者さんが緊張した顔で、手を上げていく。

 一応俺の作戦を説明しておこう。

 といっても、作戦の内容は簡単だ。俺の奥義をぶつけて膝をつかせる。ただそれだけだ。


「決闘………始め!」


 始めの合図と同時に、渋クロプスが雄叫びを上げて襲ってくる。


 俺も、半引きこもりのような生活の中で編み出した奥義をぶつけるべく体を起こして走り出す。


 勝負は一瞬だ。俺の勝っている所は体の小ささと小回りだけだから、そこを駆使して初手で奥義を決める!と言うか決められなければ負ける!


 まず始めに、渋クロプスは挨拶代わりの右ストレートを放ってきた。


 大きく顔を逸らしながらの大振りの一撃は、視線も逸れ、拳も遅い。


 どうやら渋クロプスは、俺の事を舐めまくってくれているらしい。


 まあ、なめているのは間違いないが、この攻撃のポイントは、そこではない。


 強烈に振りかぶり、そして顔を逸らしながらのなめまくった攻撃。

 しかしこの攻撃には、一つだけ利点がある。


 その利点とは、顔を逸らすほどに体を傾けて打つ事により、傾けた分だけ、腕のリーチを伸ばすことにある。


 別に顔を逸らす必要は無いのだが、顔を逸らした方がこいつにとってはやり易いのだろう。


 普通の勝負なら、一発目はまだ様子見の段階なので、この攻撃は、もしかしたらその状態で繰り出す不意打ちの技なのかも知れないが、速攻をかけている俺にあまり意味はない。


「うおぉぉぉぉぉ」


 俺は叫びながら渋クロプスの()()へと突撃していく。


「ちょっと!あいつまさか自分から死にに行くつもり?」


「ガァッガァッガァッ」

「グァグァグァグァ」

「ゴォゴォゴォ」


 冒険者さんの驚く声や、勝ちを確信したのだろうサイクロプス達の笑う声が聞こえるが、ここが正念場だ!


 拳速が遅いこの攻撃だが、決して脅威がないわけではない。と言うか一撃で死ねる。


 そして、そのことは渋クロプスの方も分かっているはずだ。


 だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()


 拳の射程圏内に入り、渋クロプスの視線が完全に逸れる―――


「いま!」


 ―――と同時に体を寝かし、腕を畳み、頭を下げて、極限まで的を小さくする。


「なっ!」


「ガァッ!」

「グァッ!」

「ゴォッ!」


 一撃で決めに来ている渋クロプスが、足を狙っているはずもなく、胴体を狙った大振りの一撃は、的が無くなった為に大きく空振る。


 そして、攻撃が外れた俺は渋クロプスの()へと抜ける。


 攻撃が空振り、顔を剃らしたままの渋クロプスは、ここで完全に相手を見失ってしまう。


 渋クロプスの裏へ回った俺は、半ばスライディング気味に反転し、全力で距離を詰める。


 そして、渋クロプスに気付かれる前に完全に後ろをついた俺は全力で()()を殴った。


 そう。俺の奥義とは、俗に言う膝カックンだ。


 長い半引きこもり生活の中、家族をおちょくる為だけに編み出したこの奥義。


 数えきれないほどの回数をこなしたため、今では初対面のどんな体の人にも一発で決めることが出来る。


 …しかしその代償に、家族や親友からは禁止令が発令され、これまでに一度でも膝カックンをやった人全員に、土下座をして回ることになった曰く付きの奥義である。


 そんな俺の奥義が完璧に決まり、渋クロプスは膝をついた。

 …つまり、俺の勝ちだ!


 サイクロプス達は一瞬静まり返り、次の瞬間には沸き立っていた。仲間がやられたってのに薄情な奴等だな…


「うわっ!」


「勝った!勝ったのよ!私達まだ生きれるのね!」


 冒険者さんに抱きつかれた。


 おっおう。この状況は彼女いない歴=年齢の俺には非常にキツイ状況だ。

 俺の理性よ!頑張ってくれ!


「うっううぅ生き残れたよぉ」


 冒険者さんは感極まって泣いている。

 しかしそうだな、まだ俺は生きれるんだよな。


 この世界に飛ばされた瞬間に死にかけたが、生き残ったんだよな。


 そう思うと何だか泣けてきたが、俺がなく暇もなく、渋クロプスが俺の前にやって来た。


 そして何か一言二言言うと、半ば強引に俺と冒険者さんに首飾りのような物を掛けてきた。


 後に分かった事だが、その首飾りはサイクロプスの友人足り得る資格があると判断したものだけに贈られる物らしい。魔物の友人と言うのもどうかと思うが。


 まあつまり、沸き立っていたサイクロプス達は、新しい友人の誕生に沸き立っていたようだ。


 そのときの俺はかなり疲れており、半ば放心状態だったので、熱心に何かを語りかけてくる渋クロプスに対して、とりあえず頷きながら首飾りを受け取っておいた。


 その後は、渋クロプス達に森の外まで連れていってもらって、城壁のような立派な壁が見える草原で別れた。見渡す限り魔物はゼロ。平和な草原のようだ。

 あれ?魔物がいなくて城壁の見える平和な草原…


「俺が転送される場所ここじゃねぇか!」


 本日三度目の俺の叫びは、森中に響き渡った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 今俺は、冒険者さんと一緒に宿屋に向かって町の中を歩いている。


 中世ヨーロッパを彷彿とさせるような町並みは、異世界に来たんだという思いをよりいっそう強くしていた。


 あの三度目の叫びのあと、俺は自分が無一文なことを思いだして頭を抱えて居たのだが「命の恩人なんだからこれくらいはさせて」と冒険者さんに半ば強引に今日の宿屋まで用意してもらう事となった。


「そういえば冒険者さんって何て名前なんですか?」


「そういえばお互いに自己紹介してなかったわね、私の名前はストレよ。スーとか呼ばれてるけど、そのままストレって呼んで。それでそっちは?」


「俺は桐山優介って言います。桐山が苗字で優介が名前ですね」


「ユースケね…苗字があるってことはまさか貴族様!?」


「いやいや、俺の故郷では皆苗字があるんです。俺が貴族な訳無いですよ」


 まず貴族なら無一文にならないと思う。


「それもそうね。ユースケがもし貴族なら一文無しになっても自分で何とか出来るわよね」


 ストレさんにまで言われてしまった。


 しかし、この世界の貴族がどのぐらいの力を持っているか知らないが、無一文からでも何とか出来る貴族って、やっぱり凄いんだろうな。


 何か近くで「皆苗字が有るとか、どんな故郷よ」とか「しかも苗字と名前が逆とか解りづらいじゃない」とかぶつぶつ言っている人がいるが、気にしないでおこう。


「ユースケ、ここが今日の宿『風切亭』よ」


 少しボーっとしていたのだが、どうやら宿屋に到着したようだ。


「元冒険者の人が宿主をしてて、安くていい宿なのよ」


「そうなんですね」


 門から15分位歩いたところにある、風を纏った剣の絵が描いてある看板が掛けられたその宿屋は、両隣にあるお店よりも一回り大きく、ずっしりとした店構えをしていた。


「それでユースケ、お願いだから敬語やめてくれない?命の恩人っていうのもあるけど、何だか慣れなくてムズムズするのよ」


 俺は元の世界でラノベとかを読んでるときによく思うことがあった。それは『主人公敬語からの切り替えうますぎない!?』ということだ。


 俺の感覚なのだが、敬語で喋っているところからいきなりため口になると、どうしても一度『そっそうで…だ…す』みたいな敬語とため口が混ざった物が出来てしまうものだ。それをラノベの主人公達は、一発で『そうか、分かった。それじゃあ…』という風に一度も詰まることなく言い切るのだ。あんなのはとてもじゃないが俺には出来る芸当じゃない。


「そうか、分かった。それじゃあこれからはこんな感じでいくな」


「そうそう。そんな感じでお願い」


 俺には出来る芸当じゃないと言ったな…あれは嘘じゃないです何か出来ちゃいました。


「じゃあユースケ、入るわよ」


 宿屋に入りながら、フラグは時に、人智を超えた力を発揮するんだな、と思った優介であった。

 ストックとの戦いが始まってしまいました(笑)


 週1投稿頑張るぞ!


 次回も一週間後の5月21日予定です!


2018年6月1日訂正:読みやすいよう、一部文章を訂正しました。

アクステリア王国編追加に伴いプロローグをプロローグ(0)のみに変更し、この話をアクステリア王国編1話に変更しました。


2018年8月20日訂正:読みやすいよう、一部文章を訂正しました。

渋クロプスとのバトルシーンを一新しました。それに伴うストーリーの変更は有りません。

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