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偽装誘拐事件が少年時代に終わりを告げる第5話

「さあ、聞きたいことはあるかな!」


 エルフの長老にして人類の柱石の一人ことプラローロは、もう一度、同じことを言った。さすがに、みんな、無言。父さんも母さんもレティも、当事者である俺も、無言。ただ俺は純粋に疲弊していただけだが。


「えー、次代のイル=サン、もしかしたら名称も変わっちゃうかもしれないんだけど、とにかく次のイル教主がライト君なんだよ!質問ある!?」


 聞きたいことはたくさんある。死ぬほどある。体力と魔力が足りない。


「――なぜ、ですか」


 父さんが重い口を開いた。


「うん、良い質問だから全部答えるね!なぜ『ライト君』なのか。天才だから。なぜ『教主』なのか。ライト君が天才だから。なぜ『名前が変わる』のか。ライト君が天才だから。なぜ『650年前にそんな神託があった』のか。逆。神託があったからイル教をライト君のために私が作った。なぜ『そんな事態になっている』のか。」


 そこまでいって表情から笑みを消し、まとっている雰囲気を凍らせるプラローロ。


「あなた方が思うよりもライト君が重要人物だからだ」


 壮絶な笑み、冷たい笑み、なんだかよくわからない、魂を握りつぶされかねない笑み――そんな笑みを張り付けて、プラローロはつづけた。


「サリス殿は言った。神に感謝を、と。そう我々は感謝すべきなのだ。その神々の選択に」


「なにを――」


 との父さんの問いかけは、ふっと力を抜いたプラローロの笑みにかき消された。


「答えられないことも、実はあるのだよ――」


 プラローロは俺の目を見据える。


「――ライト君がスキルについて話せなかったように、だね!」


 ――知っている、このエルフは俺の何かを知っている。


「お兄ちゃんはだいじょうぶなんですか!?」


「うん、それはこの私プラローロが保証するよ。そこそこしたら戻らせることも可能。今生の別れなんてことは絶対にしない。」


「それは、母としてもありがたいと思います」


 母さんが、目をつぶっている。いろいろ必死で受け入れているところなのだろう。


「んでも、アッティラにとって私がライトくんを公然と連れ去っては問題があるんだよね――」


 それはそうだ。


 平民とはいえ国民を黙って連れ去ると外交問題に発展する。公表してつれていっても外交問題。手続きを踏んでも外交問題。プラローロの名はそれほどに大きい。それぞれに起こる問題は違うが、膨大な手間があることには違いない。


「そういうわけで、作戦会議と行こうじゃないか!」


 偽悪的な笑顔。いくつの笑顔を張りつかせる気だ、と思いながら、またきっと驚かされるんだろうな、と思う自分がいた。



―――――――――――――――



 さて。


 あれから一か月がたった。この一か月のことは、ちょっと思い出したくない。プラローロこと師匠の訓練がスタートしたのだ。


 今日はスクールに入学するために向かう日だ。叔父が用意してくれた派手な馬車に乗り込むレティに俺。


心配そうに見つめる父さんと母さん。あと、同乗する伯爵家の3男にしてレティの許嫁のパリス。


「レティとライトと一緒に行けるのはうれしいです!」


「パリス様、それはよかったですね。ねえ、レティ」


「――はい、お兄ちゃん」


 レティの顔に緊張と俺にしかわからないような怒りに似た思いが見える。


「叔父さん、僕たちのためにこんな馬車を用意してくれてありがとう!しっかり勉強してくるよ――」


 全力でね、と心の中で付け加えた。


「ああ、そうだな。がんばってくれ!期待しているぞ――」


 きっと叔父も心の中で付け加えているのだろう。――呪詛に似た言葉を。


 レティとパリスが並んで座り、その対面に俺と叔父が並んで座る。事前の予想通り、である。父さんが、心配そうに馬車を覗き込んだ。いや、確かに心配だろう。


「大丈夫か、ライト」


「もちろん。父さん。しばらく家を留守にしますけど、待っててくださいね。必ず連絡しますから。」


 ああ、と答える父さん。


「大丈夫だ、兄さん、ライトは私が守るから」


「――頼むぞ」


 父さんは答えて、叔父からふっと顔をそらす。怒りに似た思いを持ちながら、さすがにそこまではしないだろうという思いが交差しているのかもしれない。


「ヒルディ、俺たちが子供の頃を――覚えているか」


「覚えているが思い出したくないな、兄さん」


「ああ、でも俺たちは互いに助け合ってこうして生きてきた。今、この時に至っても、その思いは変わらない――」


 だから、という言葉を父さんは飲み込んだ。


「ああ、分かっているさ、兄さん。任せておけ」


 父さんの心は伝わっていない、だろうな。


「いってらっしゃい。ライトにレティ。パリス様もどうぞお気を付けて――」


 母さんがゆっくりとかみしめるように言葉を紡いだ。


 ゆっくりと馬車がスタートする。俺たちの住むゼナの町から領都ザーリスに向かって。道中には波乱しかない。予定調和の。叔父にとっても俺たちにとっても。


 行程は馬車で6時間ほど。途中休憩も含めて80kmほど走ったところにある。


 馬車をスタートさせて4時間。見晴らしの悪い丘陵の狭間の街道にでた。


 ――ここかあ。


 そんなことを思っていると、叔父が口を開いた。


「いやあ、ここが一番怖いんだよな」


「なにがですか?」


 俺は問い返した。


「盗賊が襲ってくることがあるんだよ」


 と言って、叔父はおどけて見せた。


 ――うん、知ってるさ。


「へえ、こわいですねえー。レティも怖いよなあ」


「はいお兄ちゃん。人が一番怖いんですね」


 レティの目が鋭くなる。もっとも睨み付けたいであろう叔父には向けられず、床をにらんでいたが。


「や、野盗だ!!」


 御者が大きな声を上げる。ヒュンッと風を切って矢が飛んでくる。数本の矢が馬車に突き刺さる。


「固まれ!密集するんだ!」


 叔父が自分の手下である護衛勢に声をかけた。


「レティ!パリス!伏せて!」


 俺も叫ぶ。同時にレティがパリスに覆いかぶさりながら呟く。がんばってください、と。


「お前も伏せろ!!」


 そう叫んで叔父がこちらに右手を伸ばしてくる。緊張。そして俺は、この手を瞬時に評価した。


 ――突き落としか!


 叔父の狙いは、野盗の来襲に対して俺を突き落として、走り抜けることだ。当然バランスを崩して自ら落ちた、という理由で。領主の息子パリスを守るためという理由があれば、平民の俺を見捨てることも悪くはない選択だ。


 だが、それは選択肢の一つだ!


 ――つまり、想定内。


 集中が極度に高まり、叔父の手の動きをつぶさに観察する。時の流れがずいぶんゆるやかに流れているように感じる。


 前世。宮本武蔵に傾倒したことがある。五輪の書を読み漁り、その思考や行動を理解しようとした。


 当時はなぜこんなにムキになっていたのか、今ならわかる。実は負けたことがあるからだ。だが、さすが剣豪宮本武蔵、間違っていない。


 ――切り結ぶ 太刀の下こそ 地獄なり 飛び込んでみよ 極楽もありってね!!


 突き出された手を一歩踏み込んでかいくぐる様に腕をかわすと、叔父の袖の中頃を左手でつかんで、順方向に力を添えてやる。


バランスを崩して覆いかぶさるように俺の体に倒れ込む叔父を、肩にのっけて流れに逆らわず跳ねあげる。


「これぞ柔よく剛を制すだ!」


 小さく呟いて意趣返し。こちとら元そこそこ有名な剣豪やぞ。この手の体術は組打ちで身に着けていたし、この一か月間、それ思い出しながら鬼のような師匠に散々練習させられたんだ。


「ああぁぁっっ」


 吹っ飛んでいく叔父。しかし致し方ない。俺も併せて馬車を飛び降りる。


 当然、これも想定内だ。


 俺が着ている服には緩衝作用のある魔道具が仕込まれている。ちなみにレティやパリスの着ている服にも同様の魔道具が仕込まれている。パリスは知らないが。


 叔父が盛大に地面に体を叩きつけられると、俺はその脇に着地する。もっとも慣性は無視が出来ず、回転して受け身を取った。


 ――すごい、これほどの勢いでも全く痛くない。


 馬車の方を向くと、すごい勢いで馬車は走り去っていく。御者も護衛も言い含められていたのだろう。それに普通の場合、ざっとみても10人以上の野盗に応戦しても勝てるわけがない。


「ぐぉぉぉォッゥ」


 叔父が酷い声を上げて転げまわる。ああ、ありゃアバラかどっかが折れとりますな。


「あー叔父さん、大丈夫ですか?」


 やっばい、やばい。一歩間違えれば、俺があの状況かよ。


「グフォッ、グフォッ――なんてことしやがる、このクソガキが!」


 叔父が仰向けに寝転び、天を仰ぐ。呼吸を整えているのだろう。


「なんもしとらんですよ。叔父さん」


 俺は立ち上がりながら、埃を払った。一つ目はクリア。


 次は、と周りを見渡す。


 じりじりと十数名の野盗が俺と叔父を囲み、その範囲を狭めていく。


「はやく野盗の方に指示をしてくださいよ、さっさと――」


 俺の言葉に叔父の動きが止まる。


「このガキを攫えってね!!」


 俺は大きな声で叫んだ。


「――なんだと」


「分かってますよ。叔父さんの手配でしょ?この野盗の皆さん」


 まさに唖然とした顔。


「俺を突き落として、野盗に攫わせて、適当に身代金か何かを要求させて、折り合いが合わずに殺される――でしょう?」


「――なぜ」


「なぜか、というのはどうでもいい話なので。俺はここで殺されるわけにはいかない。だから、なんとかこの場を生き残らなくてはならない。そして――」


 俺は大きく息を吐いた。


「叔父さんも、俺が暴れてここで殺されたら、自分一人で生きて帰ったあとの始末が難しくなるはずだろ」


 叔父が痛むであろう体を起こしてこちらをみた。叔父は俺だけを突き落として馬車で逃げるはずが、一緒に落ちてしまった。


 ならば必死に抵抗して守ろうとしたが、攫われてしまったという事実がいる。


「お前は――何者だ」


「ほんとにただの叔父さんの可愛い甥っ子ですよ。――ああ、富の簒奪者なんかじゃないですって」


 ぐッ、と叔父の顔が引きつる。


「大丈夫ですよ。父さんは何も知りません」


 はい、嘘です。俺はここでとにかく上手に攫われなくてはならないのだから。


「叔父さんはキツネにつままれたような気がしてもいいから、さっさと叫ぶんですよ。こいつを攫えって」


「――分かった、ああ、わかったさ。そうまで言うなら、そうしてやろう!――おい、こいつをさっさと攫え!」


 叔父は憮然とした表情で、しかし元よりそうするつもりだったのだろう。大きな声で野盗に指示を出した。


 その声に呼応するかのように、野盗が大きな声を上げる。


 パンパンパン、と俺は手を叩いて見せた。


「そう、叔父さんは必死に抵抗した。俺をかばって馬車から落ちた時に負傷したので、思うように動けずに攫われるのを見ているしかなかった。結果、メッセンジャーとして、うちの商会へ手紙を届けろと言われて満身創痍で戻る。この事態はイレギュラーでしょうから手紙はちゃんと用意してくださいね」


「ハッハハッ、最後まで気持ち悪いガキめ。賢いようだが、所詮ここで終わりだな」


「ええ、叔父さん。そのようですね!次はないと思いますが、どうぞ今後ともよしなに願いますよ!」


 馬に乗った野盗の一人がこちらにかけてきた。そうして俺を抱え上げ、自分の馬の前に乗せた。俺はちらりとそのフルフェイスのマスクをかぶったその人を見つめる。


 野盗――プラローロは笑っている。俺は苦笑い。あなたは5賢人なんですよね?何楽しそうに野盗役やってるんですか。


「野郎ども、戻るぞ!!」


 ――野原に響くプラローロの声。魔法で声を変えてあるので、野太い野盗そのものだが。


「おう!!」


 周りの野盗――アッティラに根を張るイル教の暗部の皆さんたち――は、ノリノリで大きな声を上げた。


 そのまま、いずこかへ走り去っていく。


 叔父は一人そこに取り残されていた。


 ――大丈夫。この辺りにはもう野盗はいないそうですよ、だからしっかりと生き残ってください、と俺はしんみりと思った。



――――――――――――――――――――――――――――――――――



――後日。


ゼナの町と領都ザーリスに大商人サリス家の息子が誘拐にあったニュースが駆け抜けた。居合わせた叔父は奮戦したが、大けがを負い満身創痍で逃げることしかできなかった。


盗賊団からの多額といってもいい身代金の要求があったが、身代金をアジトにもっていくと盗賊団は壊滅していた。その死体は明らかに死後の時間が経ったものであったが、そのことを気に留める者はいなかった。


 被害者である息子ライト=サリスの行方はようとしてわからなかったが、おそらく殺されたのではないか――。


「という話を、今聞いてきましたよ、師匠」


「師匠じゃない。お義母さんだ」


「勘弁してくださいよ。まだプララさんにも会ってないのに」


「お、あったらお義母さんと呼ぶんだね!」


「なにいってるんすか――」


 俺とプラローロ――師匠は、サザーリン伯爵領の北端にある港町リンドで朝食を食べていた。


 ここからイル教の用意した魔道船に乗り、北に進路を取り、いわゆる北極を通り抜け南下し、最短コースで世界の反対側に位置するのイル教の聖都に向かう予定である。


「寒くないんですかね」


「ああ、なるほど。よくわかっているね。大丈夫。たしかに北極域も南極域も寒帯に属するが、海に氷も張らないレベルだ。魔道船内は、当然、ガードもかかっているから、ゼナの町の冬より暖かい」


「魔道船なんてよく使えましたね。すごいんでしょ?まさに至れり尽くせり、ですね」


 揚げたパンとミルクを食べながら、俺は感心した。魔道船といえば、この世界のこの時代における完全なるオーバーテクノロージーと言っていいもので、イル教国にしか存在しえないものだ。


「婿殿は天才なのにお馬鹿でございますか?」


「婿殿はやめてください」


「じゃあ、ちゃんと考えてほしいものだね!ここにいるのは誰と誰だい?」


 言って師匠はソーセージを突き刺したフォークをこちらに向ける。


 数瞬、その言葉を反駁し――理解。


「そう。分かることは聞くものではないよ。ここにいるのは、神に定められたキミと国母といっていい私だよ?ことは現教主よりも優先される事項なのさ」


 ――イル=サン27世に優先されるんですか。そこまで気が付いてなかったです。


「そもそも、魔道船を作ったのは私だよ?私が使って何が悪いのさ」


 やばい。普通に話しているけれど、この人ほんとにやばい人だ。


「あ、話を戻すよ。これは暗部の仕事の範囲なんだけれど」


「ええ」


「叔父さんね。しっかり仕事をしてもらった後で、自殺なさいましたよ」


「――え?」


「うん、自責の念に堪えられなかったんだろうね。このことはお父さんにも話を通していることさ。たった2人の兄弟だからさ。話を通しておかないとね」


 つまり、叔父さんは自殺させられた。どのような手段かはわからないけれど。


「――そう、ご愁傷さまでした、と言っておくべきかな」


 そうして俺の瞳を覗き込む。


「ショックだったかい?」


「いや、別に叔父さんの死自体になんの感傷もないんですけどね。でも、父さんは、叔父さんのことを最後まで信じたいみたいだった。苦しい時期を二人で乗り越えていたみたいですし。ショックだったのではないか、と思いまして」


「うん、暗部の報告では、叔父さんの妻と息子二人、さらにはお妾さんとその子二人、引き取ってるらしいよ。君に手を出されたことは許せないことだったようだし、今後のことを考えれば致し方ないという思いはある。だけど、最後の兄弟の情として、叔父さんの家族の面倒を見ようと思ったんじゃないかな」


「なるほど、父さんらしい――」


 父さんは厳しさと優しさをもった人ではある。


「さて――故郷を後にしようじゃないか!婿殿!」


 師匠はしんみりした空気を打ち払うように各段大きな声を上げた。


「さあ、世界は広い。そして、まだ見ぬ君の婚約者がまっているぞ!!」


 ――しつこいよ、師匠。


 と思いながら、続けて独り言を言った。


「かわいい子だといいなあ――」


「おい少年、心と言葉が逆だぞ」


 ――それは失礼しました。


 こうして俺のあたたかな少年時代が幕を閉じたのである。


休みの日に書く小説って楽しいですね。

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