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そんなに力説されるとそうかもって気になる第2話

 叔父の何やら嫌な雰囲気を感じる。


 ただ、評価のスキルで覗いて、怪しいと感じるだけだからどうしようもない。具体的な証拠たるものが全くないのだから。子供の直感なんてものは、信用されなくて当たり前だ。


 叔父がレティやパリスに対して牙を向けるようなことは考えられない。意味がない。むしろそこに手を出したら終わる。


 だが、万が一、という場合がある。俺は考える。別に自分から身を引くという手もあるのではないか、と。無理に叔父とやりあう必要はないんじゃないか、と。


「父さん、ちょっと聞きたいんだけれど」


 俺は、その夜、父さんの書斎の扉をたたいた。


「お、なんだ。いいぞ」


 読んでいた書類から目を上げて父さんは笑った。


「あのさ、父さんは僕にサリス商会を継いでほしいと思っている?」


 もし、あまり父さんに拘りがないのならば、あえて継ぐ必要はないと思っている。俺にとっては平穏が一番。冷めているというのは、批判にあたらない。少なくとも何千回と人生をやり直してきたのである。


 危険は避ける。出来得る限り、だけれど。


 父さんはかけていた眼鏡を置いて、ふう、と息を吐いて俺の目を覗き込んだ。


「うん、そうだな。父さんはお前に継いでもらいたいと思っている。ただ、お前に分かるかどうかわからないが、俺はお前たちが生まれてくるとても感謝している」


 父さんはにっこりと笑った。


「15年以上子供に恵まれてなかった俺たちに、やっと生まれたお前たちは、まさに宝のような存在だ。その前にこの店を継いでもらえることができたならば、俺はそれに勝る喜びは無い」


 父さんは逡巡するかのように天井を見上げた。


「俺の小さい頃はこの家は貧しかった。物が食えないから体が温まらない。ヒルディと寒さに震えたときもあった。貧乏はしたくないもんだな、と真剣に話したもんだ。」


「そんなに苦しかったんだね」


「ああ、そうだな。苦しかった。だから金が欲しい。がむしゃらに働いて、働いて、そりゃあ、子供のお前に話したくないようなこともした。それで今のこの商会がある」


 父さんは俺を手招きして膝の上に乗せた。さすがに少し恥ずかしいが、まあ、子供の生活にも慣れているので、素直に従った。


「――しかしな。貧乏というのは品をない。そもそも品などという文化的な教育などされてないからだ。気品などというもので飯は食っていけないからな。まあ、なんとか、勉強して所謂、気品を表に張り付けて生活はできるが、一枚皮をめくれば、ボロボロの小汚い貧乏な男が出てくる。ああ、少し難しいか?」


「ううん、父さんにそんな話を聞くのは初めてだからね。少し楽しい」


 比較的まともに育った前世でも、親とこんな風に話したことは少なかったな、と思う。


「母さんを見てみろ。あれだけ気品のある人間は平民では考えられない。俺は母さんのことを愛していると同時にとても尊敬している。父さんの女神だ」


 俺は膝にのっているので、父さんの顔は見えないが、少し照れているんじゃないか、と思う。ははっと少し笑い声が漏れた。


「俺はお前たちには母さんのように品のある人間に育っていってもらいたい。俺はそのために金と環境整備は惜しまない。実のところ、伯爵の息子とレティの結婚は父親としてあんまり気が乗らなかったが、一つの目標でもあったからな。娘は親が幸せに生きられるようにしなくてはならんと思う。」


「そして、ライト。お前もだ。もしお前が、いろいろ世界を見て、その中で商人になりたくないと言うのならば、ならなくてもそれは構わない。お前にしてもレティにしても良い人になってほしい、と言うのが最終的な俺の結論だ」


 そこまで言って父さんは息を深く吐いた。7歳になる息子に誠意をもって話しているのを感じる。


うすうすわかっていたけれどいい人だな。致し方ない。期待に応えたいと思う。


「父さん、僕は父さんの後を継いで商人になりたいと思っている」


「そうか、それは嬉しい。」


 そういって父さんは僕の頭をガシガシと撫でまわした。


「あのさ、父さんは、商品の良し悪しってどうやって見抜いているの。」


 少し気恥しくなって俺は話題を変えた。ただ、前から聞きたかったことだ。実のところ父さんに俺のスキルを話していいか少し迷っていた。これは家族の埒外のことだ。息子ライトではない、世界を漂流するものとしての能力。それを告げることがなんだか裏切りのような気もしていた。


 考えすぎではあるけれど。


「お、さっそく商人の勉強か、頼もしいぞ!」


 父さんは上手に勘違いしてくれた。


「まあ、そうだなぁ。それは1つの経験だ。俺もそこそこたくさんの失敗をしてきた。だがそれは失敗ではなかった。すべてが俺の経験になった。経験が俺を育て、目利きにさせてくれた。鑑定なんて法術があればいいんだが、有効に働くスキルではないといわれている。結局のところ頑張るしかない。これはお前もいろいろ経験すると良い。まずはスクールの勉強ってところだな」


「うん、わかった。――んと、鑑定スキルってそんなに役に立たないの?」


「レアスキルな上に、適正がSランクでやっと俺と同レベルの情報しかない。俺は間違えることがあるけれど、向こうは間違えないといった違いはある。しかも過去にSランクは一人しかいないらしい。今現在は、世界最高でもBランク程度だと言われている。これだと、名前がわかる程度らしいな。結局そこからは勉強だ。勉強で追いつくものなら、そんなスキルいらないだろう?」


 術よりも役に立つのは人の知恵と技術。父さんには明確な信念が見えた。あるいは、何ら術適正がなかった俺を遠回しに慰めてくれているのかもしれない。


「わかったいろいろ勉強するよ。お父さん、今まで失敗した商品ってどうしたの?」


 父さんは苦笑いをして俺を膝から降ろした。


「売れるものに関しては売った。二束三文でも売れないよりはましだ。売れなかったものに関しては倉庫にしまってある。大概が何かわからないマジックアイテムとか、呪いのかかった道具とかだな」


 父さんは立ち上がって机の後ろの本棚に手を伸ばした。


「それがバカにならない量でな。しかし俺を育ててくれた道具だ。愛着があるからな。見てみるか?母さんたちには内緒だ」


 いたずらをする少年のような顔して父さんは、本棚から本を一冊取り出した。ガクン、と音がする。何かが外れたような音。そのまま父さんは本棚を扉のように開いた。


 その本棚の扉の先には12畳くらいの隠し部屋があった。そこに丁寧に陳列された棚がある。


「すごい!すごい!なにこれ、すごい!」


 精神が肉体に引っ張られる。つい嬉しくなって飛び跳ねてしまった。


「まあ、ガラクタ、だと思う。いずれな、調べてみたいと思っているよ。繰り返すぞ、母さんには内緒だ」


「もちろん、おとことおとこのやくそく!」


「あはは、そうだな、お前ほんとに面白い」


「父さんの子供だからね」


「ハッハッハッそれは頼もしい」


そう言って父さんは倉庫を案内してくれた。


「呪われたものに関してはここにはないから好きに見ていいぞ」


「ありがとう、お父さん」


そう言って俺は倉庫の中を眺めて目についたアイテムを手に取る。俺はスキルの評価を起動させると片っ端からそのもののステータスを見ていく。


しかしさすがガラクタと言うだけに、しょうもないものが多い。しかも内容がわかりにくいように偽装されている。俺の評価で見れば、それがどういったものかまでわかるので、父さんの失敗が手に取るようにわかった。


例えばマジックポーション。表面上は回復量が3分の1とされているが、ここに仕舞われているものはその実、回復量が3だ。さすがにこれを売るのはためらわれたんだろう。23個、つまり2ダースひく1個がここにある。返品されてきたのかもしれない。


「回復量3ってすくなっ!」


 思わず声に出して笑った。子供でもMPは100を超える。3では何の足しにもならない。30回復するのに10本飲んだらお腹パンパンだ。


 なんて考えていた。


「え?」


 父さんが声を上げた。


 ――しまった。


 正確に失敗した。正しく失敗。


「――ちょっとまて」


「ああ、いや、父さん、あのさ、1/3ってすくなって……」


「違う。今、お前は「3」と言ったはずだ」


「え、そうかな」


 父さんは俺の腕をグッとつかんだ。


「Mポーションの回復量が1/3、これは少ないなんてことはない。お前は今、正確にそのマジックポーションの回復量を当てたはずだ。」


 父さんの簡潔で論理的な追及に俺は諦めた。


「え、えーと。おとこと、おとこのやくそく?」


 俺は父さんに小指を差し出した。父さんの目が怒っていなかったからだ。俺はスキルについて話すことに決めた。


「いいだろう、お前のそのおもしろそうな目のことを話してみろ、我が天才なる息子よ!」


 父さんは小指を絡めた後、反対の手で俺の手を握りしめた


「買いかぶりすぎだって」


「あほう、お前はお前の親のことをわかっていない。俺の目利き技術は鑑定スキルで表現すればSランク。買いかぶってなどいない!」


「あーはい。あのね、まず僕の目は鑑定じゃないよ」


俺は倉庫の床に腰を下ろした。父さんも俺の目の前にドカッと腰を下ろす。


「鑑定スキルじゃない。いや、そんなことはわかっている。お前に鑑定スキルの適正はなかった。」


「うん、ないよ。これは鑑定じゃない。僕のは評価っていうスキル。名前は僕がつけているから、固有スキルだよ」


「おお、神よ……」


 父さんが天を仰いだ。そこまで?


「息子に固有スキルが宿っているなんて、神に感謝をしなくてはならない」


「大げさだよ」


「大げさではない、さあはやく、もっとお前の見えるものを話してみろ」


「まずそうだな、父さんでいえば、とりあえず基礎は体力268精神力523魔力230――」


「ひっ」


 俺が並べた父さんの数値に父さんが引いている。


「妻と子供の名前、これは僕たちの名前だよね。持っているスキル:アイテムボックス120㎏は破格値だよね!」


「まてまてまて、お前、なんだ、そのスキル」


「だから評価ってスキル。対象の能力を評価する、なのかな。」


「おぅ。。。」


 絶句。


「数値がどれくらいのものかわからないけれど、世界の基準があるのかな。」


「いや、正確だ。数年前に高額な魔道具ではかったことがあるが、ほとんどずれていない」


父さんは今日何度目かの息をのんだ。


「例えばその水晶球。そこに映し出された未来は、対象の願望が現れるって。見えるのは未来ではない。残念アイテムだね。」


 僕は適当に転がっている水晶球を指さした。


「当たっている。これは信用しなくてはならんな。いつから、見える?」


 父さんは必至で息を整えた。


「スキルだから発動しないと見えないけど、僕が自覚したのは4歳の頃だよ」


 さすがに8か月です、とは言えない。


「そのころは、相手の僕に対する評価が見えるだけだった。今はステータスと心理状態が見える」


「――神よ」


「何回神に祈るのさ」


「感謝を。俺は今から感謝をし続けても足りぬ。世界最高峰のスキルを与えてくれたのだぞ。世界を相手に渡り合える能力だ」


「言いすぎだよ」


「だが、な」


 ――父さんは俺を抱きしめた。


「ライト、お前のその早熟な思考はこの影響か」


 ちがうよ、ずーっと生きてきたからだよ、とは言えない。


「その年で、人の心を見つめてきたのか。一人で戦ってきたのか。すまない、知らなくてすまない」


 抱きしめられた俺の顔に温かいものが伝わる。


 ――おれが、ないている、のか。


 驚いた。思った以上に心を揺さぶられている。そしてそれはとても嬉しく心地よい。


「ありがとう、父さん、話せてすっきりした」


「ああ、俺も、聞いておけてよかった。親として、遅くならずに済んだ」


 父さんの俺を抱きしめる手に再び力がこもった。


「世界が、お前を祝福している。お前は世界を支える五賢人に並ぶ力の持ち主。俺はお前の父親としてお前を守り、育て、この世界に送り出す」


「それほどのものではないんだけれど。ん、とレティもすごいんだろ」


「お前に隠し事など無駄か。あのな、父親が娘に願うのは幸せな人生。息子に託すのは世界だ。」


 父さんはそう笑って立ち上がった。


「お前は俺を継がなくていい。くだらない!サリス商会?くだらない!!こんなもの、俺だけで十分だ!!お前が手に入れるは世界!!お前は『俺の跡継ぎ』ではない!!理解しろ!!賢き、そして畏き俺の息子よ!」


 父さんは興奮している。


「俺が『ライト=サリスの父親』なのだ。お前は『ライト=サリス』そのものだ。」


 父さんは震えながら言った。


「それを、理解しろ」


 ――おっけ。理解したよ。


楽しそうな父さんですね。

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