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非業の死を遂げたら日常だったというプロローグ

 ――教育は評価することだ。


 と、小学校教諭である俺、鈴木光は思った。9年目に差し掛かった、そろそろ中堅と言われる年齢である。30を超え余裕ができてきたこともあり、学級運営も順調だった。


 親からのそれなりの評判と子供たちからの悪くない信頼に、自分の教育技術の成長を感じていた。

 

 幸いなことに恋人もでき、結婚まであとわずかだ。


「今回はなんとかうまくいったかな」


 俺は1人つぶやいた。何かよくわからないが今回はと言う言葉がついた。今回も前回もないのにな。


 教員の給料は決して高くない。しかしながら妻と子2人程度なら余裕を持って養うことができる。妻となった彼女が仕事がしたいと言えばしてもらってもいい。


 料理は好きだし、家事も嫌いではない。結構素敵なイクメンにでもなれる気がする。俺は幸せな人生を送れるはずだった。


 2時間目が終わり、20分間の少し長めの休み時間になった。俺は体をぐっと伸ばしながら、教室の教師用椅子に腰をかけた。


 子供たちが「先生遊ぼうよー」と、声をかけてくる。


「仕事が溜まっとるんだわ」と答えた。


 実際仕事が溜まっていた。しかも今日は夕方からデートで残業できない。今しかやる時がなかった。


 気合を入れずに、仕事をスタートさせる。俺は若干仕事を先延ばしする癖があり、その解消法として仕事はダラダラとスタートすることにしていた。


 ダラダラとであってもスタートさえしてしまえば、生来の手際良さと能力の高さで仕事はどんどん片付いていくのだった。


 たくさんあったテスト用紙が全て消えていく。解答を暗記することができたため丸つけもどんどん終わっていく。


「やっぱりあいつできんなぁ、もう少し問題あったらしておくべきだったな」


 そんなことを呟きながら、丸をつけていく。


 俺はなるべくテストで子供たちに高得点を取らせたかった。高い得点を取らしてくれる先生は子供にとって良い先生だ。なぜなら自分の評価を高めてくれることが数字でわかるからだ。


 当然親にも評判が良くなる。評判が良ければ多少のミスをしても親は許す。


「今年の先生は当たりだわ」


「うちははずれ」


 と言った親たちの容赦ない評価が、スマホのメッセージアプリでなされていることを、俺は知っている。


 教師は子どもを評価する以上に、自分が子供や親から評価されていると考えるべきなのだというのが、俺が初任者の時に指導受けた先輩教師のアドバイスだった。俺自身もその言葉を常に念頭に置いている。


 ティロリンティロリン


 丸つけが終わりそうになったとき、学校中に緊急放送が流れた。


 俺は咄嗟に身構えた。


「中庭がスタートしています」


 中庭がスタート、これは暗号である。くだらない暗号だが、不審者が学校に侵入した場合、場所+スタートと言う言葉で放送がかかることになっている。


 不審者を刺激しないためだ。自分の校務分掌に避難訓練が追加された時に(下らねえなあ)と思いながら、適当に作った暗号だ。


 ――まさか、ほんとに使われるなんてな。


 そんなことを思いながら、俺はとりあえず走った。


 俺はその現場にいなくてはいけない。華麗に対応しなくてはいけない。子供に怪我があったとしても、自分はその場でその不審者相手に対応しなくてはならない。とにかくその場に居ることが重要である。


 それが自分の評価を高めることであることを俺は知っていた。


 中庭に到着すると、木刀を手にした男が目に入った。子供たちは幸いにして既に校舎に入っている。対応しているのは教頭だ。


「アズサを出せ!!」


 男は騒いでいた。職員打ち合わせで出ていた転校生の父親であろう。母親と娘が北陸から逃げてきたが、市の職員がミスってDV常襲犯の父親の問い合わせに学校名を漏らしてしまったらしい。


 昨日、再度注意喚起があったが、やはりきた。


 俺はほっとしながら近づいていく。これならいないことを告げれば、去っていくだろう。もうその母子はこの学校にいない。当然、とんでもない失態を犯したの市が引っ越し費用出して、隣の市に転校させていったからだ。


 俺は教頭の横に立つと「お父さんもアズサさんはこの学校にはいませんよ」と声をかけた。


「うるせー何度も言うんじゃねええ!」


 男は怒鳴った。


 そして。


 ゆっくりと木刀を振り上げて、それを当たり前のように俺の頭に振り下ろした。


 ――あれ。


 これは痛いのでは、とふと考えたが、その心配はなかった。


 痛くはなかった。


 幸いなことに、いや不幸にも、たった一撃で、薬物中毒の男の手加減のない一撃で、俺の生命は絶たれたからである。


 ――え?


 あっさりしてるなあ、と、大変残念なことに俺は死んだ。


―――――――――――――


 ゆっくりと目を開く。と同時に、いろいろと思い出した。何百か、何千回目かの人生に、俺はまた失敗したようだ。


 目の前の笑わない女神様は、俺が死ぬたびに現れて次の転生先に誘導する。


 何故かは、よく覚えていない。


 知的生命体として命を受けた世界で、神に対する禁忌を犯した、と言うような理由だようだが、昔すぎて、ついでに何度も何度も人生をやり直させられているだけに、記憶も曖昧だった。


 記憶を奪われた上で、赤子から何度も繰り返させられてきた。あまりうまくいったことがない。悲惨なことが多かった。


 まさに前世の呪いとでも言うべきか。神罰というだけはある。


 今回が最も成功ルートではあったが、ジャンキーに殺されると言うつまらない最後だった。


「もう何度目ですかね女神様」


「そうですね。なかなか終わりませんね。ですがお喜びください」


 言葉とは裏腹に、平坦な口調で話し続ける女神。


「あなたの転生は次が最後です。なぜなら今回のあなたの人生は、とても評価が高かったからです。あなたは多くの人から慕われ愛されました。あの世界でのあなたは、とても素晴らしい人間だったと言われてます。TVでも繰り返し放送されていましてね。あなたの葬式は、知らない人まで訪れて、それはもう涙・涙・涙でしたよ」


「――それはよかった」


 俺は力なく笑う。


「俺は記憶がなかったけども、自分の評価を高めることには一生懸命だったように思いますよ」


「それは良いことです。――さて次の人生ですが」


 女神は事務的に切り出した。


 切り替え早いな。もっと褒めてほしい。


 しかし重要ではある。次の世界はどんな世界であろうか。できれば戦争などないほうがいい。核戦争後の世界などもあまり好きではない。


 牧歌的といえるような、そんな世界に生きていきたい、とは思う。


 ――なにせ最後の転生らしいからな。


「次はこの長い長い転生の中で最後になりますので、特別サービスを差し上げたいと思います」


 それはありがたい。


 貧乏世界の貧乏家庭に生まれ、生後2日で間引かれた時には苦笑いしか無かったからな。


 最後くらい裕福な家庭の坊ちゃんに生まれたい。


「まず1つは、これが最後ですので、あなたの今までの記憶は封じません。どうぞ全力で生きてください」


 それは返す返すもありがたい。


 最初から記憶や知識がある事は、それだけで人生が優位に立てる。繰り返す。ありがたい。


「もう一つ。あなたに特別なスキルを1つ付けましょう。ご希望はございますか?」


 おお、それはとてもありがたい。


「それはなんでも?」


「そうですね、まぁしかし、行く世界によっては使えないこともあります。例えば、魔法が使えない世界で魔法のスキルはあっても使えませんからね」


 そうか。だとすると、剣や体術のスキルもダメか。先程の世界、現代日本に生まれたら、ただの格闘家になるしかない。


 俺はしばし考えて1つの結論に至った。


「わかりました。じゃあ、評価のスキルをください」


「評価スキルですか?」


「はい、前の世界では教師はとても楽しかった。特に評価って、大切なんですよね。テストの点だけじゃなくて、言葉がけや態度なんかも含めてすごく有効で。もし評価がスキルとして目に見える形であったら、すごく活用できそうな気がするんですよ」


「なるほど、しかし欲のない話ですね」


「まぁ、ホントのところは、なんとなく、ですけどね。お願いなんですが、異能というか今の自分のレベルではなくて、はっきりとした評価スキルお願いします」


「わかりました。異能といったレベルでの評価スキルをあなたに差し上げます」


「ありがとうございます。次の世界では充分活用して死なないようにしたいと思います」


「そうですね、そうしてください」


なんだかこの無愛想な女神様が、少し微笑んでいるような気がした。


「では、どうぞ、素晴らしき人生を」


その次の瞬間、俺は、新しい世界で産声を上げた。


とりあえず気負わずにスタートしてみました。

最後までお付き合い頂けましたら幸いです。

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