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魔王はまだこの世界にいない

月は高く昇っていた

草木は優しく囁いている。

少し肌寒い空気に魔力が混じる感触を感じる。

暗い部屋に小さな光の粒が一瞬だけ灯り、そして消えていく。

...なんて言ったっけ。飽和した魔力が溢れ出して散っていくときの光だと、先生が言っていたのを思い出しながら僕は目を覚ました。

いつもとは違う、そのことだけは感じることができる。

ベッドから降りて明かりを手に取る。今日は多分何かが起こる。そんな気がした。

小さく扉を叩く音の後にゆっくりと扉が開いた。「起きてた?」姉弟子のルーニャだ。

外套を着込んで帽子まで被っている。完璧に外に出るつもりの格好だ。

「フィール、あなたも感じたでしょう?今日の空気は最高よ。これならあの花もきっと咲いていると思うのよ。」

呆れた。彼女はまだ懲りてないんだ。

最近彼女は自分の杖を育てることに熱くなっている。様々な性質を持つ草木や鉱物を編み上げたり組み込んだりして、杖は少しずつ持ち主の色に染まっていく。そしてそれに魔力が編みこまれるごとに杖は成長していくらしい。

しかし僕ら魔術師に杖は必要ない。僕たちに必要なのは組式が書ける石灰やロープ。ちょっとした触媒くらいだ。

杖は古い魔法使いの伝統の品みたいなもので、とりたてて何かの役に立つものではない。

どちらかといえばアイテムに宿る魔力がノイズとなって魔術のコントロールを乱すこともある。

以前石灰をはめ込んだ容器に、ルーニャはどこからか仕入れてきたペリドットの原石を組み込んだ。すると魔術の組式が大きなエラーを吐いて魔術は大失敗に終わった。そのせいで何の関係もない僕まで一緒に罰を受けたのだった。

「もう充分じゃないかなぁ。あまり魔力のあるものを組み込みすぎるのも、きっと良くないと思うんだけど...」

「そんなことない。マナの溢れる月夜。その夜露に濡れたフランベルの花。素敵じゃない。この日をずっと待ってたの」

待ってたって言ったってほんの3日前、喫茶店に置いてあったいい香りのする栞にフランベルの花が使われてただけじゃないか。マスターがその花に強い魔力があるとかないとか適当なことを言っていたから、それに影響されてしまったんだろう。

「ねぇ、お願い。ついてきてよ。一人だとちょっと怖いし」

「怖いぐらいなら行かなきゃいいじゃん」

「怖いなら怖くない方法を見つけて行く。修練っていうのはそうやって積まれて行くものなのよ。今度つむじ風の組式教えてあげるから、ね」彼女は無駄に自信たっぷりな様子で論説を吐いた。

「つむじ風...。約束だよ」僕もちょろいもんだ。


月夜は明るく、灯りがなくても道がよく見えた。それにポッポっと灯る魔力の光が更に明るさを加えてくれた。


「わたしの杖、だいぶいい感じに育ってきたと思わない?」ルーニャは杖を抜きながら自慢が始まった。コルトクルールの木を芯材にしてそこらでとってきたツタを持ち手に編み込んだり、忘れられた道具箱の隅に落ちてた縫い糸をツカに巻いたり、芯材を彫り込んで、先生からもらったお土産の石をそこにはめ込んであった。僕にはそのそれぞれの意味はよく分からないが、正直あまりいい趣味とは言えない出来だ。

「最近はこの子から意思を感じるの。喜んでいたり、嫌がっていたりってね。なんとなくだけど、確かに私に何か伝えようとしてるの」ルーニャはけっこう夢見がちだ。だから先生からもよく怒られるし、正直魔術向きではない頭をしている。しかし腕は確かだ。

「その杖には名前はあるの?」

「そうね、まだ決めてないけど、そろそろつけるべきよね」

「んー、いや、無くてもいいんじゃないかな。ルーニャの杖はそれだけなんだから、ルーニャの杖って名前なんじゃないかな」

「それもそうだけど、でもあった方がきっと魔力も強くなるわ」

「あ、そう...」

ルーニャは目をキラキラさせて前を向いて黙って歩く。きっと名前を考え始めたのだろう。

僕たちは魔術師見習いだ。ルーニャは姉弟子で僕は弟弟子。ルーニャの方が1年ほど先に先生のもとに入った。彼女はもう空気や大気に干渉する組式を習得したけど、僕はまだ組式を何一つ教えてもらえていない。弟子になって半年も経つのに魔術らしいことは何もだ。ルーニャは凄い才能を持っている。だからどんどん新しい魔術を成功させるし、巧みに操ることができるようになる。僕はまるっきりダメみたいで、先生は組式一つ教えてくれない。組式を発動できるほどの魔力が体内に無いらしい。魔力はあるにはあるんだ。でも、足りない。魔術は魔力のない人でも魔法のような力を使うことができる方法だ。でも僕は少し特殊な体質らしく、魔術が発動しないのだ。それが分かって以降、先生は僕に魔術の理論だけを教えることにしたらしい。魔術師ではなく、魔術学者を育てるつもりなのだろうか。できないことは理解しているけどやっぱり悔しい。だからルーニャが羨ましいし、たまに嫉ましくも思う。

でもいいのだ。ルーニャといると絶望することは無いし、やることがなくなることもない。そう。なんだかんだ楽しいのだ。


「フルルク」

唐突にルーニャが口走った。

「フルルクにするわ!名前、杖の名前!」

「ん?意味は?」

「そんなもの無いわよ。フルルク。なんだか幸せな気持ちになる言の葉。いいじゃない。空気が巻くようなそんな名前」

「ふーん、いいんじゃないかい?」

ルーニャは誇らしげに杖を見ながら歩いていた。僕は斜め後ろからそんな彼女を見る。

突如彼女が消えた。

「あーもう!」

転んだのだ。

彼女の帽子が転がり癖っ毛の長い髪の毛が表情を隠す。

僕は彼女の帽子を拾い上げる。

「杖は折れてない?大丈夫?」

「うーん。多分」

立ち上がろうとするその時、彼女は目的の花を見つけた。

「あった!フランベルよ!」

「ええ?どこだい」

ルーニャはフルルクを地に当て光の式と拡張の式を描く。導線を描いてそれらと自分を結ぶ組式を描くと、ルーニャから光が導線を伝って式に流れていく。そして拡張の式に至った光は大きな光球となってあたりを照らし出した。

早業だ。

「あれよ、見て」自らの杖でその方向を指した。

そこには三枚の紅い大きな花びらを持つ植物が月に向かって顔を上げていた。

「これがフランベル?」

「そのはずよ。図鑑で調べたの。魔力の多い月夜はその花を月に向かって咲かせるの。月の光が少ない夜は花はつぼみになって眠ってしまっているからなかなか見つけられないんだって」

「綺麗な花だね。蔓が随分ぶっといけど、これ、採っていくのかい?」

「もちろん。何か問題でも?」

「いや、もしも本当に魔力の強い花なら、下手に触ると祟られるんじゃないかと思って」

「そうね、確かにありえるわね」

少しの沈黙の後、彼女は何か思いついたように花に向かって杖を構えた。

「私が摘まなきゃいいのよね」

熱のシンボルを反乱の式と静寂の式に結んで大きな象徴として、それらをいくつか地面にさらさらと描いていく。これはたしか、大気を操る組式だ。

組式をさらに組式に組み上げていく。たまに手を止めながらかれこれ四半刻ほど熱中して式を描き重ねていく。

そして最期の導線をひいていくと、彼女は満足そうにそれらの組式を眺めた。

「フィール、これはどんな魔術か分かる?」

「んー、空気が動く...のは何となく分かるけど、やたらと同じ組式を連ねてるね」

「まだ習ってないのね。これは増幅回路よ。見てなさい」

しゃがみこんで導線の先に息を吹きかける。

導線の上を風が走る。風が各セクションの組式に入るたび大きなうねりに変わって行く。風の音がだんだんと大きくなる。そしてふと音が消えたと思うと鋭い音と共にフランベルの花の茎が断たれる。

花が茎と共に地に落ちた。

「すごい...けどそんな大掛かりにする必要あった?」

「あはは、試して見たかっただけよ」

「フィール、祝福はできたっけ」

「え、僕がやるのかい」

「お願い、私は少し疲れちゃった」

祝福とは、魔力供給を断たれた物から魔力の残り香を注ぎ落とすことだ。魔を祓う。僕ができるのなんてこれくらいだ。ルーニャは苦手らしい。きっと逆に魔がさすのだろう。

地に落ちた花に向かって言霊を唱える。

「トールフトール フェルトール ルフトトトール セムトトフィルフト トルフ フルトトークン... ... ... 」言葉に意味はないけど、音の波に魔力を注ぎ落とす効果があるものをたくさん組み合わせているものらしい。

「イルトスバラスト トルフェン シールケ ハーケン...」

フランベルの花の周りに光の粒が小さくいくつも弾けた。魔力を払えた証拠となるものだ。

「よし!ゲットだね!」

「うん、でも魔力払っちゃってるよかったの?」

「・・・っあ!」


結局フランベルの花ではなく、まだ魔力の残っていたツタの部分を祟られ覚悟で拝借した。なんのための魔術だったんだろう。

ルーニャは本当に魔術を使うこと以外は残念なことばかりだ。

帰ろうとしたその時、ルーニャが巻き起こした風のカッターが通った道、草木がねじり切られたように横たわる中に、ふと、何か生き物のような塊が見えた。

まさか、獣か何かが巻き込まれたんじゃないだろうか。急いでそこに駆け寄った。

「どうしたの?」

「ルーニャ、大変だ」

「え...?」

裸の女の子。しかもカマイタチに巻き込まれたのか肩に傷を負って気を失っているようだ。

「え、どうしよう、なにこの子!服は?え?生きてるの?」

「落ち着いて、おちついて!」

ルーニャは女の子の側に駆け寄ると首筋を触る。

「脈があるよ!呼吸も...小さくてゆっくりだけどしてる!...これは気を失ってるの?寝てるの?」

「分からないけど、なんか変だよ!こんな所に女の子なんて!おかしいよ!」

「フィール、これって盗賊か何かに襲われたのかしら...」

あまりに突然の出来事でなにも考えられなかったが、とりあえず生きていること、怪我をしていること、周りに誰もいなくて、自分たちでこの子をどうにかしないといけないことは分かった。

「どうしよう...」ルーニャは少し弱々しく言った。

「とにかく、一度工房に連れて帰ろう」僕は混乱した頭をパシッと叩いて宣言した。


帰り道はなんだか不満そうな、煮え切らない表情のルーニャが僕の後ろからついてくる。

ルーニャの外套を女の子に羽織らせて、僕がその子を背負って歩く。

もう夜は白み始めていた。

僕とルーニャは無言だった。

なにを話していいか、どんな言葉を発するべきか、考えつかなかったのだろう。

工房が見えてきた。

ルーニャがつぶやいた。

「先生には、なんて言おう」

無断で夜中に外に出たこと。無断で魔術を使ったこと。魔術で人を傷つけたかもしれないこと。女の子のこと。どれを嘘にして、どれを本当のことにすべきか。何なら怒られず、何なら力になってもらえるか。波紋にされたらどうしよう。色々とまずいことが多すぎる。

「とにかく、魔術を使ったことは伏せて、無断でフランベルの花を採りに行ったこと、女の子のことはちゃんと先生に話そう」僕は提案した。

「んんん、とにかく一度部屋でこの子を手当てして、様子を見ましょう」ルーニャは先生に女の子を見せたくないようだった。

「...わかった」


ルーニャのベッドに女の子を寝かせた。銀の髪。白い肌。まだ少し幼い、6歳くらいにみえた。

不思議なことに肩の傷は、なくなっていた。

ルーニャの様子がなんだか変だ。

「この子、ちょっとおかしいよ」

「おかしいって?」

「魔力の流れ方が、人のそれじゃない。この子、きっと人じゃない」

「え?でも、、どうみたって子供じゃないか。人じゃないってなんだよ」

「わからないわよ!でも、なんだか変な感じ。...少し怖い」

ルーニャはおびえていた。

「やっぱり先生起こしてこようか」

「ダメ!... ...とにかく、私とここにいて」

と言ってももう朝食の時間だ。支度を済まさないと先生に叱られてしまう。どうしたものか。

「あ!私、朝食の準備してくるね!」

「ええ?!」

「フィール、その子のことちゃんと見てるのよ」

「ちょっと!ルーニャ!ずるい!」

「とにかく!この部屋にいること!」

「今、私とここにいてって言ってたばかりだろ!ずるい、、!」

ルーニャはパタパタと急いで部屋から出て行ってしまった。なんてことだ。本当に強引で自分勝手なんだから...。

閉まった扉から女の子に目を移すと、彼女は目をパチクリ開いてこちらと目があった。

ん?起きてる...!

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