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~下の動向 1~

私達が撤退してからというもの、下の介護施設は、成り立たなくなった。


 認知症の方々は、物ではない。気持ちを考慮せずに、ただ扱っていたのでは、上手くいくはずはないのだ。又、そんな殺伐とした職場に、人が集まるはずもなく、人手不足は、非人道的な介護を、ますます蔓延させた。もはや、<収容所>と、呼ばれている始末。今迄のかたきを討つと言うのならば、入所させるのも正解かも知れないが、いくらなんでも、世間体が悪い。

「あら、お宅のお母さん、上には行かないのですか?いやいやいやいや~あそこですか~、信じられない」


 ここに入所された方のご家族が、時々、面会に来て下さる。一泊二日、山の観光も兼ねて。その際、下での暮らしぶりを、否が応でも知ることとなる。私達も、常時聞こえてはいるのだが、こちらが心配する、気に留める必要はないので、普段、考えないことにしている。

 皆さんおっしゃるのは、

「ここの暮らしは、いいですね。私達も、いずれお世話になりますので、よろしくお願いいたします」

「こんなにも、表情って変わるのですね。皆さんと暮らせて、幸せだと思います」

「山に来て、母は人間に戻りました。いや、戻ったのは、母ではなく、私達の方かもしれません、母の気持ちが、やっと、わかるようになりました」

 そう、面会に来て下さる方々は、いずれはここに来てくれるレベル。なにも、介護を必要とするのを待たなくとも、穏やかに暮らせる方ならば、上がってくればよい。

 そして、高齢者を、入れっぱなしで、こちらから様子を伝えても、なんの連絡もない家族は、

 そのまま、下で死んでいくがいい。


 信じられないのは、学校も同じ。

 相手を平気で傷つける生徒、それに気付いても、何とも思わない生徒、いつの時代でも、どこでも、必ずいたことだろう。ただ、私達が撤退して、明らかにその割合が増悪した。又、クッションと言えば聞こえがいいが、要するに緩衝材として使われていた私達がいなくなったことにより、普通の子、どちらともいえない子への、影響が顕著となる。やるか、やられるか、お互いの気持ちに配慮出来ないのだから、一気にヒートアップ。そして、誰にも気付かれず、死んでしまうことも、増えた。気付いてあげられる人間が、いなくなってしまったのだから。

 たった一言、

「大丈夫?我慢することないよ」

と、誰かが言ってあげられれば、いいのに。

 心は、どんなに悪い状態になっていたとしても、復活出来る。どんなに傷つけられても、さらっと、無かったことにだって、出来るのだ。

 そして、身体は、自らの生存のために、一生懸命に働いている。あらゆる可能性に対して、予防線を張り巡らし、対策を幾重にも設けている。心がいくら命令しても、身体は、「生きていくこと」を、選び続けるのだ。細胞が生存出来る僅かな範囲に、体温を、血圧を、酸素濃度や、㏗を、必死になって整えている。傷を治そうと、白血球や血小板が駆けつけ、外から侵入してくる異物を、日夜免疫機能が監視している。

 そんな中、なぜ、

 自死を選ばなくてはいけないのか?


 集まっても、形容詞と、感嘆詞ばかりの会話。いや、会話などでは、ない。お互いが「おしゃべりしている」だけ。話がかみ合っていないし、内容がないので、その場では盛り上がるが、別れて一人になった途端、寂しさが襲う。

 ネットで繋がり、共通する単語のみで<仲間>と認識してしまい、日時を決める。で、実際に会うと、ちぐはぐなおしゃべり。お互いの気持ちを確かめることが出来ないまま、「やめよう」は、言い出せずに、実行。


 ゲンさんは今、寝る時以外、犬や猫が怪我した時につけるエリザベスカラー?あんな大きな襟を巻いている。うるさくて仕方がないそうだ。初めのうちは、「救ってやりたい」と、言ってきていたが、結局のところ、どっちもどっちで、彼らを山へ招いてしまえば、ここで、問題を起されてしまう。私達に、そんなリスクを受け入れる義務はない。ただし、ムクのような悲鳴は、波長が違うらしい。協議の上、スミさん達に頼むこととなる。


 先生に関しても、同じようなもの。テレビ番組のような熱血教師は、残念ながら、生き残れない。一から十まで、教えなくてはならず、、しかも、心に響かない状況。

「みんなで、○○に向かって、走ろう!」

とは、いかないのだ。無力感……心ある教師から、病んでいった。

 学校は、身の安全を確保するために、、生徒に対して、不自由さを受け入れさせた。学ぶことは、一般的な学問だけ。それゆえ、PCさえあれば、成り立つ。後夜祭どころか、そもそも文化祭も、体育祭も、開催できなくなった。

 安全を優先するあまり、人として、他者と関わる機会を、大切な教育の場を、放棄してしまったのだ。


 下から、山の学校への入学を望む声は多い。

 お断りだ。

 私達は、誰からも支配されたくない。

 

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