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君がいれば、世界はいらない  作者: ミーナ
第一章:次代の担い手編
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第七話 豪雨の中で-2

傭兵注視です。

 その日、2ヶ月に及ぶ日照りの影響で乾いていた大地へ、今年最大の豪雨が足りない分を補うかのように降り注いだ。各地では農作物や家畜に影響が出始める頃合いであったので、この日の雨は生産者にとっては少なからず嬉しいものだった。無論、好ましく思わない者も同時にいるわけだが。

 

 ヴェルザス大陸の中でも特に軍事力に重きを置き戦闘国家として名高い【ヘンバル帝国】は、フェルナンド地方と区分されるエリアに位置している。


そこは他の6国家と比べても気温が一番高く、1年を通して降水量が少ない。それは帝国が保有する【賢者の石】が赤の属性を持つためであるという説が有力で、その説を他の国に当てはめても水の属性を持つ【リバンティア王国】や雷の属性を持つ【ヘルマイア教国】がそれぞれ、雨・雷の回数が比較的多いことからも信憑性が高い。


 それぞれの国は大多数が異なる気候のため、文化や風習が少しずつ変化しており、この【ヘンバル帝国】では長期に渡る日照りの影響を低減させるために、リバンティア王国から定期的に水属性の【賢者の石】の破片を買い取っている。


ところが破片一つでも莫大な費用が掛かるために、二ヶ月に一度しか搬入することができない。そこで同様の悩みを持つ国へと同じように賢者の石を売ることで、今の均衡が保たれている現状だ。

 

 本日は、その水の賢者の石の搬入日であり、帝国が独自に定める祝日でもある。この日は晴ればかりの日常に恵みの雨がもたらされるので、恵みの日、或いは雨日と呼ばれる。この豪雨の中でも各地で様々な催し物が開かれることからも、国民にとって大切な日という訳だ。

 

 ……しかし、この大陸に住んでいるのは人だけではない。動物、虫、植物などは直接的な被害をあまり及ぼさないので無視できるが、人類と同等かそれ以上に生息する厄介で凶暴な生物がいる。


 それは、【魔物】と呼ばれる未だに謎が残る異形の物たちだ。この大陸での人の死亡原因は第三位が病や怪我、第二位が危険な場所での事故や事件となっているが、この二つを遥かに凌ぐのが魔物による被害だ。武器を持たぬ者にとっては身体的な武器と強靭的な肉体を持つ魔物と対等に戦うことができず、狩人として冒険者、傭兵、騎士などが多く活躍してはいるものの、その被害は減るどころか増えるばかりである。


 これは、現在は討伐されたとされる魔族の頂点である魔王がいなくなったことで、魔力の枷が弱まり自由に行動できるようになった点が大きい。魔族は未だ残っているので命令されれば抗える物はすくないが、それでも過去の時代よりは好き勝手に動き回れるのだ。

 

 魔物には各国で少し異なるが、強さや脅威を指数で表した“ナンバー”が設けられている。このナンバーを世間に一般公開することで自分よりも上の魔物に挑ませない、またはすぐさま逃げるべき相手だと認識することができ、微小ではあるが死亡率が減少する。


 ナンバーは上から、∞(ムゲン)、α(アルファ)、β(ベータ)、γ(ガンマ)、θ(シータ)と大々的に分けられており、それぞれのナンバーの中にさらに細分化したクラスが設けられている。ここまで徹底して魔物一個体毎にナンバーを設定することで、人々は魔物の脅威を深く認知することができるのだ。

 

 ここで、魔物の特質について最近判明したことがある。魔物は元々どこから生まれたか判明していない不確定な存在であるが、その行動理念は至ってシンプルなものだ。


 まず第1に、自身よりも魔力の強いものに従う。第2に、生物を襲いその力を吸収する(原則は自分と同程度以下のもの)。この2つで魔物という存在がどのような本能で動いているのかがわかる。その本質は、大きく言えば人類と似ている部分があり、先に述べた特質は人類というよりも生物全体に言えることだ。最も、魔物とその他の生物ではその強弱が違うため、影響力に雲泥の差があるのだが。


 結論を言うと、魔物は他の生物も通る道である“環境への適合”、その特質に特化した生物であるのだ。その適合速度、適合具合は他の追随を許さないものであり、進化しつづける存在であることの証明につながる。その際限は限りなく膨大で、人類には計り知れないものが時として発生する。

 

 ナンバーθの魔物である“ウロットスパイダー”は、人々生活に交じる通常の蜘蛛と同じく害の少ない魔物だ。水のあるところを好み、主な食事は水分と酸素で事足りる。人を襲うというよりかはヤブ蚊と同程度で、煩わしいものの実害はほぼ無いに等しい。寧ろある地方では主食になる食材として取り上げられ、人の栄養分として消化されることもある。


 主な生息地は水が多い場所で、ここ【ヘンバル帝国】には天候の影響でほとんど数がいない。ところが王国からの馬車や配達馬に混じり稀に紛れ込むこともあり、1匹もいないという訳ではない。それでも太陽の熱でいずれ蒸発し死亡するので、見かけること自体が珍しい。

 

 だが……それは水属性の賢者の石を定期的に搬入し始めた現在、変わりつつあり、その前から持ち前のしぶとさで生き残ってきた一部のウロットスパイダーは、急激に降る雨の影響を受けて自身の性質を大きく変化させていった。


 それは、貯蔵。二月に一度降る大雨をその身に余すことなく受け入れるため、体を都合の良いよう変化させ特殊な能力も環境の変化の中で身につけた。その能力とは、体内に宿す水の量に比例して自身の強さを強化するというもの。こういった類の力を固有能力と呼び、ただ一つのみ存在する危険な力としてナンバーを底上げする要因となる。

 

「…………!」


 全身を黒い鎧で覆った男とも女ともわからない傭兵風の人物が、目で追えぬほどの速度で迫るウロットスパイダーに翻弄されていた。ここでは仮に男として彼と呼ぶことにしよう。


 彼の目には、全身を白い体毛で覆った人間大の蜘蛛が、豪雨の中をアメンボのように這いながら迫る姿が写っている。その速度は例に上げたアメンボとは比べ物にならないほど速く、長年戦闘技術を磨いてきた彼にとっても中々に相手をしづらいようだ。

 

 右手に構える特に珍しくもないありふれたロングソードを、動き回る相手に小刻みに軌道を修正しつつ防御と攻撃、どちらでも対応できるようにしている。だが、相手は突然急加速したかと思った瞬間にはもう懐に侵入し、その鋭利な牙を突き立てようと迫っている。この状況に、彼は何度めかの動揺を露わにしつつも目前に剣を差し出しどうにか攻撃を防ぎ、弾き飛ばす。

 

『シュルルルル……』


 獲物に攻撃が通じないことに苛立ちを覚え、ウロットスパイダーは本来無いはずの声帯器官を震わせて怒りを露わにする。これにさらに動揺を表すのは、ありふれた存在である相手を人生の中で幾度も見かけてきたからだ。実害の無い、無害の魔物……その固定概念が、現状覆っている。平常心を保ち応戦できているのは、ひとえに彼の実力の高さと経験によるものだろう。


 とはいえ、相手はその経験上から察するに、信じられないがナンバーγの上位に食い込む。これは一般的な冒険者の中堅クラスでも下手をすれば手こずる相手だ。さらに言えば、パーティーを組まぬソロでの討伐は命を落としかねないレベル。

 

「…………」


 ロングソードを強く握り直し、彼は再度こちらに這い寄るウロットスパイダーに集中する。瞬間的に加速するのは、恐らくは臀部の部分から体内に貯めた水を強く噴射させていると踏んだ彼は、噴射の瞬間を狙っていつもより速く剣を振るう選択をした。片手では衝撃に耐えられないと考え、両手持ちに変えタイミングを見計らう。

 

 と、その前方に意識を割いていた所為か。彼は背後から迫る第2の気配に直前まで気づくことができず、酷い轟音と共に大きく仰け反り転倒してしまう。チカチカと光の波が視界の隅に広がる感覚に意識を失いそうになりながらも、どうにか立ち上がろうとして、雨で濡れる地面へ付こうとした手にまったく力が入らないことに気づく。感覚が、麻痺している。恐らくは一時的なものだが、この状況でその状態は非常にまずい。


 冷静を保とうとして逆に焦りを生み、彼はいつのまにか二体の襲撃者を見失っていた。

 

「あ…………」


 目の前に、2体のウロッドスパイダーが迫っている。片方は先程の個体と見て間違いないが、もう片方は全身からバチバチと電流のようなものが走っていて、地面に触れるたびに濡れた地面を振動させている。あの電流を鎧を通して体へ流し込まれ、体を自由に動かせない状態に陥ったのだ。まさか2体も似たような個体に遭遇すると、誰が予想できよう。それも、この豪雨の中で。

 

「あ………あ、あああ!? や、やだ、やだ。し、死にたくない……私にはまだやることがあるんだ!」

  

 恐怖に襲われ、硬直していた体を無理やり動かし這いずるように反対方向へ向かう彼……いや、彼女。その背中は誰が見ても無防備で、隙だらけだ。獲物の滑稽な逃げように面白さを感じたのか、2体の狩人は動きをゆるめ、わざと時間を作った。助かった、などと楽観的な考えはない。あれは確実に自分を格下と見て、いつでも狩れるから泳がしているに過ぎない。僅かに余命が伸びただけで、もはや死は免れない。彼女は兜の中で涙を流し、それでも生を求めて逃げ続ける。


(失敗した……おとなしく護衛を続けていればよかった。金に目をくらませて選択を誤った……あのまま普通の傭兵でいればよかった……。もう、お終いよ……ごめんね、兄さん)


 がくんと、体が地面に沈み込む。力尽きたわけではない。上から体を押し付けられているのだ。人のものとはまるで違う膂力に、押しつぶされていく。このまま……圧殺されるのだろう。惨めだ、何もできずにただ、死を待つだけしかできない。彼女は、大切な人を思い浮かべながらゆっくりと目をつむった。もはやできることはない。諦めたのだ。

 

「くっそ! メリア、右のやつを頼む! 俺じゃあどうにもならないが、やるしかない!」


 意識を失う寸前、聞き覚えのある声が響き、彼女は驚愕のあまり痛みを忘れて目を見開いた。

 

「こっちだ! おい! お前の相手は俺だ!」


 震えた声で叫ぶ男は、依頼主のメリアという女の連れ。見た目から戦える者ではなく、平民だとランク付けして興味を一切持たなかった相手だ。小屋への道中やたらと話しかけられるのでうんざりとして評価はだだ下がりだったが、そんな男の行動によって彼女は救われた。背中に感じていた圧が軽くなり、荒い呼吸で酸素を多く補充する。

 

「っ…………」


 全身が鉛のように重い。ずきずきと痛むのは、あちこちの骨が折れている所為だろう。それでも彼女は痺れの取れた右腕で、スペアの短剣を引き抜く。戦える状態ではない。だが、いま無理をしなければどちらにせよ死ぬだけだ。ならば体に鞭を打ってでも抗うほうが懸命な行動だ。

 

「う、ぁああああああああ!」


 全身を引き裂かれながらもどうにかして自分から遠ざけてくれたい男に感謝をしつつ、彼女は雄叫びを上げながらよろよろと走る。途中でアドレナリンが頂点に達したのか痛みを忘れ全力疾走し、今にも男にのしかかりそうなウロッドスパイダーの臀部めがけて短剣を突き刺した。ぐじゅりと、緑色の血液が宙を舞い雨に混じっていく。流石にその攻撃は無視できないものだったのか、激しい奇声を上げながらウロッドスパイダーは回転し彼女を吹き飛ばす。

 

「ぐふ……ぁ」


 今ので確実に肋骨が折れた。彼女は宙を舞いながらそう判断し、これ、治るのかなぁと苦笑してそのまま意識を失った。あとのことを考える余裕は、もう彼女にはなかった。


 だが、意識を失う寸前に感じたふんわりと何かに包まれるかのような感覚は、どこか懐かしい気がした。


続きます。感想、評価お待ちしております。作者が泣いて喜びます


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