第四話 追想【メリア-1】
メリアの過去編その1です。今後また書くと思います。
「……いや……」
メリアは夢を見ている。生まれてからこの方、この悪夢から目を覚ますことは無い。
生まれながらにして両親から継いだ特異な能力から、彼女は普通の人間とは根本から異なる。傷を負えば瞬く間に回復し、それは例え首を落とされたとしても時間をかけて修復する。筋力は成人の男を片手で捻りつぶせるほどに見た目とは裏腹に備えている。持久力は3日3晩走り続けたとしても、疲れを知らないほどだ。病気は患わず、食事の必要性も娯楽として以外は不要。無論、睡眠も彼女には必要ない。体の成長はある一定の年齢から止まり、不老となる。
そんな自分を人々は気味悪がり、最初は優しく接してくれた人たちも彼女の異常性に気づいてからはまるで害虫と接するかのように近づかなくなった。時々投石されれば、きめ細かい綺麗な肌を無残にも傷つけられ流血させられた。
その犯人の中に、幼馴染として仲の良かった男の子が混じっていると知ったとき、彼女は自分の体質を心底呪い自殺をしようと試みたことも有る。無論、ナイフで突き刺した傷はすぐに癒え停止したはずの心臓は鼓動を開始した。
メリアは、両親以外の愛を知らない。同様の性質を持つ両親しか、彼女のことを認めてはくれない。しきりに「世界のために行動しろ」と訳の分からぬことを言われ、何度も何度も反発をしたことがある。けれど、2人は自分を認めてくれる。だから、しばらくはその言葉をなんとか理解しようと自問自答を繰り返し、期待してくれる両親の気持ちに答えようと思った。
15歳のある日。洗脳に近い形で毎日のように繰り返されてきた「世界のために行動しろ」という言葉の意味を、彼女は知ることになる。両親が実際にそれを目の前で行ったのだ。
それは、まだ人間の心が残っていたメリアにとって理解のし難い行動だった。目標は、体質を知るまで彼女と仲良くしていた幼馴染の男の子。両親はその男の子の家をまるごと吹き飛ばし、食卓を囲んでいた男の子の家族を躊躇無く殺した。
そこへ、轟音が響いた所為で駆け寄る多くの村人達。心底怯えた村人達の視線を感じ、メリアは同様の視線を両親に送る。なぜこのような暴挙にでたのか、彼女にはまるで理解ができなかった。ただ、両親の傍にいたメリアが何を言おうと村人達には無駄で、彼女も同罪と見なされた。
村長が騎士団へ連絡し、その騎士団が村に到着するまで両親はその場から動こうとはしなかった。力に怯え暴言だけを叩きつける村人に目もくれず、二人は笑みを浮かべながら天を仰ぐばかり。
流石に異常だと判断した彼女はその場から離れようと、村の入り口に目を向け……そこに狩りから戻ってきた幼馴染の姿をみつけて硬直した。彼が自分を見る目は、今までの化け物を見るような目ではなく、明らかに憎悪に染まった禍々しい目だった。自分に対して殺意を抱く強烈な感情を感じ取り、メリアは言葉にならない焦燥感を感じた。
その焦燥感は、メリアが昔から時々感じとる嫌な気配を、高確率で当てる一種の勘だった。この焦燥感を抱くときは間違いなく、両親が家から出て何かをしているときに起こっていた。今までは何かの間違いだと思い両親を追及してこなかったが……自身の瞳で“何かに取り憑かれる”幼馴染を目の当たりにして、今まで両親が行ってきた行動が今回の騒動に関連することだとようやく理解した。
――そういえば、最近よく家の外から聞こえる噂話。あれは確か、村人が数人ほどこの数ヶ月神隠しにあっているというものではかったか。
「メ……リ……メ……ア……ァ」
「な、ぁ…………」
幼馴染の背中からメキメキと、何かが生えてくる。それは人の手に似ていて、けれど同じ物だと認識しようにもこの状況下では……
『メェエエエエリアァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!』
「いやぁああああああああああああああ!!??
………ぇ?」
自身の叫びで、メリアは今まで見ていた光景が夢であったことに気づく。樹木の隙間で休憩を取っていたが、どうやらいつの間にか眠っていたようだ。悪夢をみていた所為か尋常ではない量の汗が出ている。服がぴったりと密着する感触が気持ち悪く、彼女は近場に移動して予備の着替えを腰に着けたポーチ型“即席倉庫”から取り出す。
「……困惑。なぜいまさらあの夢を……」
可愛らしい服ではなく、従来どおりの黒フード付きのコートに着替えながら、メリアは先ほど見た夢について考える。ここ最近は見なくなっていた、実際に経験した遠き過去の夢。忘れかけていたといえばそうと言えるほどに記憶は薄くなっていたが、今回の夢の所為で再浮上してしまった。きっかけは……あの少年との別れがまさに該当する。
「信じてって言っても、みんなわたしを殺そうとしてきた……わたしは、なにもしていないのに」
夢の所為で忘れていた思い出が蘇り、あの後についての情景が思い起こされる。
相変わらずその場を動かない両親と、メリアの名前を叫んだ後にどこかへ飛び去った異形の存在。そして、そこへたどり着いた帝国の騎士団たち。状況を把握できていない村人たちの代わりに、メリアが全て事情を話した。
両親のこと、体質のこと、そして自分は何もしていないということを。騎士団の団長は真摯に話を聞いてくれたが、すべてを聞き終えるとおもむろに腰に刷いた鞘へと手をやり、そのまま抜刀してメリアを斬った。不意を付いて傷つけられた衝撃でメリアは意識を失い、その寸前に優しい口調で接してくれていた騎士団長から「化け物が」という罵る声を聞いた。
目を覚ましたとき、メリアは多くの民衆が見つめる中で断頭台につながれていた。呆然とその状況を把握し取り乱した彼女は、信頼していた騎士団長に裏切られたことを思い出し、そのとき初めて怒りという感情を抱いた。
それが鍵となり、彼女は覚醒した。両親が言っていた「世界のために行動しろ」という意味をこのとき完全に理解し、行動に移した。
――その身を、心と体で分断して、心を周囲にいた少女に移したのだ。これは、両親の言葉を否定する行動であった。体はすぐさま処刑人によって分断され、民衆から喜びの声が沸き起こる。その中で、彼女は自身の“心”を持った少女を動かしその場から逃亡した。
逃亡した後、彼女は自分について調べるために各国を回り多くの知識を吸収し、そして今に至る。旅の中で分かったことは、自分は悪魔の血を引いた人間であるということ。文献では【昇華の民】として記されており、現在討伐されたと思われている魔王の手先として、両親に育てられていたということ。
すべての事実を知ったとき、彼女は絶望した。両親は自分を娘としてではなく駒として見ていて、仮初の愛を与えていたのだ。幼馴染を化け物に変えたように、2人は魔王に付き従い手駒を生み出す人類の敵であった。
実の娘ではあるが、この先メリアの扱いがどうなっていたのか、想像もつかない。だが、それならばなぜあの時2人はメリアを助けずにその場で立ち尽くしていたのか、それだけは未だに判明していない。
けれど、彼女が知りえた知識はそのような疑問点を考える暇を与えなかった。
「取り返しがつかなくなる前に……早くッ」
黒フードを目深に被り直し、メリアは思考を止めて山を下る。先程別れた少年が未だ心残りだが、今はそちらを後回しにしなければならない。いや、本当は少年が協力してくれればそこで終わっていたのだが……否定されたものは仕方が無いと割り切るしかない。
(誰も、誰も、わたしを信じてくれない。彼でさえ、今はもう……このままだと、わたしは……)
メリアの影が段々と薄れていく。だが、これは錯覚ではない。その体質故の反動が、もう間近に迫っているのだ。
「あれは……喰獣? もう因子を消化したの? それとも……」
道中、巨大な影が頭上を通過していった。その姿は文献でも有名な“第1形態”の猛猿で、初期段階の強さにも関わらずAランク級の冒険者を凌駕する実力だ。先の少年を止めたのも、その強さを彼女が理解しているため。
しかし、腑に落ちない。あの喰獣が封印されたのは今から20年前で、第4形態まで強さは進化していた。その段階での封印は強固で、いくら20年の月日が過ぎ突破されたとはいえ、成果物である封印因子はこの数時間で突破できるものではない。少なくともあと半年は消化に時間がかかるはずなのだ。何か、第三者が絡んでいる気がする。メリアは、消えかけていた焦燥感が再び浮上する気配を感じた。
「ぐ……ぅ……だめ、まだ……」
強まる焦燥感と同時に、彼女を蝕む制限時間が刻々と過ぎていく。彼女にとってのあの始まりの日から、今に至るまでに経過した時間はおよそ29年。
昇華の民は生まれながらにして強靭な肉体と不思議な体質を持つが、それゆえ対価が大きい。まず、食事が不要であるので代わりにある代物が必要となる。それは特定の人間からしか得られず、さらに信頼しあえる関係でないと摂取することができない。
相手にとっては不利益なので、中々認めてくれる存在は現れない。両親の場合はお互いが同種族かつ条件に合致しているため互いに利害関係にあったが、メリアの場合はその相手がいない。
つまり、長い間摂取することができていないのだ。そしてそれは、彼女の存在をこの世に留める力を弱まらせていることを意味する。
「わたし、しか、この世界は……」
意味深なことをつぶやきつつ、メリアは立っていることができずにその場にへたり込む。空を見上げれば、すっかりと日が昇り影の薄くなった少女をまるであざ笑うかのごとく照らしていた。敵は、誰も与り知らぬところにいる。それを知っているのは、少なくともこの帝国領内では彼女のみ。
「……ごめん、なさい。あなたの願いは、叶えられそうにない。……ごめんなさい……」
フードを手で押さえつけて太陽光から身を隠すその少女は、悲痛な声で誰かに向けて謝罪の言葉をかけ続ける。その姿は、誰から見ても救われなければいけない存在で、守られなければいけない存在だ。その身は強くとも、一人では決して立ち向かえない。誰かが傍にいなければ、助けてあげなければ、消えてしまう。その誰かさえ、この場にいてさえくれれば……
――そこへ近づく人間と思しき影。その影は、戸惑った様子で恐る恐る少女の背中に手を触れた。
「メリア……ごめん、君のことを、思い出したよ」
その言葉が、今にも消え入りそうな彼女にどれだけの勇気と希望を与えたことか。この先に迫る黒い未来に、僅かばかりの光が差し込む。すぐにその光は黒く塗りつぶされるが、一度開けた場所は脆くなる。きっかけが、このとき生まれたのだ。
「歓喜……きて、くれたんだ。シェイド……ううん、■■■」
何を思い、どうして戻ってきたのか。それは次回に書きます。
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