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中国古典短編・中編小説  作者: 左仙
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金を拾った男の話

何という州の何という県で起きた事かは伝わっていません。恐らく、みんの時代の出来事です。


ある所に、姓はきん、名はこうという者がいました。

すでにそれなりの年になっていましたが、結婚相手がなく、年老いた母と二人で生活しており、油売りを生業(なりわい)としていました。


ある日、金孝きんこうはいつも通り油を担いで家を出ました。すると、少し歩いたところで突然、腹が痛くなりました。

金孝は走って茅厠(かわや)に駆け込みます。

用をたして一息ついた金孝は、壁ぎわに巾着が落ちているのを見つけました。開いてみると銀貨が入っており、二十両ほどありそうです。

金孝は今までにないほど大喜びし、巾着をふところにしまうと油を担いで家に走りました。


家では老いた母が縫物をしていました。

先ほど家を出たばかりの金孝が走って帰ってきたため、母は驚いて息子の顔を見ます。

すると金孝は「今日はいい日です。たくさんの銀貨を手に入れました」と言って巾着を母に渡しました。

母はますます驚いて「まさか、盗んできたのですか!」と聞きました。

金孝は胸の鼓動を速くさせたまま、早口で経緯を説明し、こう結びました「私たちのような貧乏人にとって、このような大金を手にすることができるとは、まさに天の恵みです。私は毎日油を売っていますが、やっと苦心して手に入れたお金だけでは、他の人の油を買うこともできません。」


すると母が金孝を諭してこう言いました「貧富は天命によって決まっているといいます。あなたが苦心して得たお金なら。好きなように享受してもかまいません。しかしあなた自身が苦心して稼いだお金ではないのに、労を惜しんで着服したら、天の咎を受けるでしょう。その銀貨は、この土地の人のものなのか、遠くから来た旅人のものなのかわかりません。落とした人自身の財産なのか、借りたお金なのかもわかりません。そのような大金をなくしてしまい、持ち主はきっと困っているはずです。もしかしたら命すら捨ててしまおうと思っているかもしれません。昔、裴度はいどという人は、宝物を拾っても持ち主に返したため、徳を積むことができました(唐代の故事です)。あなたはすぐに拾った場所に戻り、お金を探しに来た人に返すべきではありませんか。たとえ小さくても、一つでも徳を積めば、皇天があなたに幸をもたらすはずです。」

金孝は元々正直者だったため、母の言葉を聞くと「その通りです。教えに従います」と言って再び出ていきました。


金孝が走って茅厠かわやまで行くと、たくさんの人が集まっていました。人だかりの中に体格のいい男がおり、怒った口調で天に恨みをぶつけています。

金孝が進み出て男に声をかけると、男は大金が入った巾着をなくしたと言いました。男は遠い地から来た旅人で、東に向かう途中、この茅厠かわやに寄りました。その後、再び旅路に就きましたが、暫くして巾着がないことに気づいたため、慌てて茅厠かわやに戻ってきました。しかし巾着はどこにもありません。そこで、人を集めて茅坑(糞尿をする穴)を掘らせようとしていたところでした。

周りにいるのは男にやとわれた人達と、それを見物に来た人達です。


金孝は「巾着はこの男の物だ」と思いましたが、念のため、旅人に聞きました「あなたの銀貨はどれくらい入っていましたか?」

旅人は適当に「三四十両だ」と答えます。

単純な金孝は数の違いをあまり深く考えませんでした。自分もパッと見ただけで、数を数えていません。二十両ほどだと思いましたが、このような大金を手にしたのは初めてだったので、もしかしたら三十両くらいあったのかもしれないと思いました。

金孝が再び「白い巾着ではないですか?」と聞くと、旅人は両手で金孝の両腕を力強くつかみ、「その通りだ!汝が拾ったのか?返してくれるのなら礼を出そう!」と言いました。

それを聞いて、周りを囲んでいた人の一人が「半分を彼に譲るのが道理だ」と言いました。他の人々も「そうだ、そうだ」と同調します。

金孝が正直に言いました「巾着は私が拾いました。家に置いてあるので私と一緒に来てください。」

人々は「お金を拾ったら見つからないように隠すものなのに、逆に持ち主を捜しに来て返すとは、本当に変わった人だ」と言いながら、二人の後をついて行きました。


金孝は家に帰るとすぐに巾着を旅人に返しました。旅人は喜々として中を開き、銀貨が減っていないことを確認します。

ところが旅人はこう考えました「この男に礼を与えるのは惜しい。集まった者達は半分を譲れと言っているが、一銭も譲りたくはない。」

旅人は突然態度を一変させ、金孝の胸倉をつかむと怒鳴ってこう言いいました「俺の銀貨は三四十両もあったのに、なぜこれだけしかないのだ!お前が半分を隠したのだろう!残りも全て返せ!」

金孝が慌てて言いました「私は巾着を拾ってすぐ家に帰りましたが、母に諭されて返しに行ったのです!あなたの銀貨を盗むようなことはしていません!」

しかし旅人は銀貨を盗まれたと言い張り、金孝の髪をつかんで家の外に投げ出すと、衆人の前で「金孝が銀貨を盗んだ!」と公言し、「速く返せ!」と言いながら拳を振り上げました。

年老いた母がひれ伏して赦しを請いましたが、旅人は無視して金孝を殴りつけます。あくまでも金孝を悪者に仕立て上げて去るつもりです。

集まっていた人々は旅人の行為が行き過ぎだと思いましたが、どちらの言い分が正しいのかわからず、ざわざわと騒いで状況を見守るだけでした。


するとちょうどそこに県尹が現れました。県尹というのは県の長官です。街を巡視している時、騒ぎを聞きつけて様子を見に来たのでした。

面倒を恐れた人々は去っていきましたが、物好きな者、肝が大きな者、やることがない暇な者は残って県尹に経緯を話しました。


県尹は部下に命じて旅人と金孝親子を連れて来させました。

旅人は少し厄介なことになったと思いました、今更、自分の言動を撤回するわけにもいきません。「この男が小人わたしの銀貨を拾い、半分を盗んだのです」と訴えました。

金孝は正直に「小人わたしは母に諭されて銀貨を返しに行っただけです。まさかこのようなことになるとは思いませんでした」と言いました。旅人に何回も殴られたため、顔が腫れています。

県令は旅人に命じて巾着を提出させてから、衆人に「誰か見ていた者はいないか?」と聞きました。

人々は前に進み出てこう言いました「あの旅人が茅厠かわやで銀貨を落としたので、人を集めて探そうとしていました。そこに金孝が走って来て、自分が銀貨を拾ったと言ったので、旅人は金孝について家に行きました。金孝の家で銀貨が返されたところまでは皆が見ていました。しかし銀貨の数までは、私達ではわかりません。」

県令は暫く考えてから「双方とも争う必要はない。私が裁きを下す」と言い、旅人、金孝親子および集まった人々を県の役所に連れて行きました。


県尹が役所の堂に登ると、人々が堂下でひざまずきました。

まず、県尹は巾着を官吏に渡して中の銀貨を数えさせます。官吏は巾着を開いて銀貨を取り出し、「十五両あります」と報告しました。

県尹が旅人に問いました「汝の銀貨はいくらあった?」

旅人は「三四十両。いや、三十両です」と答えました。

県尹が再び問いました「汝は金孝が拾ったのを見たのか?それとも、彼が自分で拾ったことを認めたのか?」

旅人が言いました「彼が自分で認めたのです。」

すると県令はこう言いました「もし金孝が汝の銀貨を着服したいと思ったのなら、なぜ全てを隠さず、半分だけ奪って自ら拾ったことを認めたのだ?彼が拾ったことを認めなかったら、汝が知ることはなく、このように面倒な事も起きなかったであろう。銀貨を盗んだ彼がわざわざ残りを返すために汝を探したとは思えない。汝が落としたのは三十両だが、彼が拾ったのは十五両だ。この銀貨は汝の物ではなく、他の者が落としたのであろう。」

旅人が慌てて言いました「その銀貨は確かに小人わたしの物です。小人わたしは十五両だけで我慢します。」

しかし県尹はこう言いました「金額が異なる。汝の物ではないのに、なぜ汝は自分の物だと言い張るのだ。これだけの騒ぎになったのに他に届け出る者がいないということは、持ち主はもう見つからないであろう。この銀貨は金孝が持って帰り、母に対する孝行のために使え。汝の三十両は自分で勝手に探せ。」

金孝は銀貨を受け取ると叩頭して県令に感謝し、老いた母を抱きかかえて家に帰りました。

旅人は銀貨を取り返したいと思ったが、正式な裁きが下ってしまったためどうしようもありません。大きな後悔を抱えたまま県を去って行きました。



*『喩世明言ゆせいめいげん』の第二話から一部を抜粋し、脚色しました。



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