第七話
「いただきます」
「はい、どうぞ」
まずは、味噌汁を一口ズズッとすすり、ご飯を食べる。
――そして、味噌カツへ。
サクッ、という音がした。
甘辛い味噌の味と黄金色の衣とが奏でるハーモニーに、肉の旨みが加わり、さらに、この料理をつくってくれた、少女のことを思えば思うほど美味さが増していくこの料理は、どんな料理研究家でさえもつくりだせない味を、いとも簡単に、華麗に仕上げていた。
「うまいよ、これ」
「私、頑張ったから」
それからガツガツと、カツとご飯を頬張り、ご飯をいっぱいおかわりしていると、少女は笑顔になった。
「明日から」
少女は少し低い声で言った。
「明日から、お兄ちゃんも人を撃たないと駄目かもしれないね」
明日からと言っても、今日は初日、明日は二日目であり、二日目にして人を殺さなくてはいけないという状況は、常識的な考え方をしていれば理解しがたいことではある。
それでいても、それをしなくてはいけないことはわかっていた。
「さゆちゃん、お父さんとお母さんは、今どこにいるの?」
「名宮市だよ」
「一緒にいかなかったのか」
「うん」
「何故」
「私が名宮に行けば戦争になるから」
「どういうことだか僕には全然わからないよ。なんで、名宮に行っただけで、戦争になる?」
「ヤクザは私を狙っているけど、私の親は狙ってない」
「それは不思議だな。祖父の問題なのに、その息子である人間のほうが狙われそうなものなのに……」
「お父さんを、ヤクザは殺せないから」
「殺せない?」
「そう、殺せない」
「銃乱射事件を平然と起こすヤクザがなんで殺せないんだ」
「ヤクザがそういう組織だから」
「そういう組織って、どういう組織だよ」
「ここにいるヤクザ、星山組って言うでしょ」
「そうらしいな」
星山組というのは、テレビを見ていても、時々耳にするような、超有名組織であるので、それを知らないわけがないのだ。
「それで、その中でも港広星山組と、名宮星山組っていうのがあるの」
「それと、両親が名宮に行っているのと関係があるのか?」
「お父さんと、お母さんは名宮星山組の幹部なの」
星山組の幹部、ということはヤクザということになるのだろうか。
僕は、ヤクザの娘をヤクザの手から守るために戦おうとしているのだというのか。
「親がヤクザだったのか?」
「違う」
少女が少し怒った声で言った。
「元々、星山組は打倒ヤクザということでつくられた組織だったの。だけど、その組織が大きくなるにつれて、内部にヤクザ関係者が入ってくるようになり、その組織は分裂してしまって、打倒ヤクザ派という当初の目的を曲げなかった人の集まりが、名宮星山組になり、所謂、ヤクザそのものになってしまったのが港広星山組なの」
ということは、少女の家系は一家代々ヤクザに敵視される存在なのであろう。
「港広星山組には、名宮星山組の幹部を殺すことはできない関係にあるの」
「なんで」
「だって、そういう関係だから」
「でも幹部の娘はいいのかよ」
「幹部の娘は、幹部じゃないからいいみたい」
「滅茶苦茶だな」
「滅茶苦茶だよ」
ヤクザというのは、そんなに単純なものではないのだという。
「でも、親だけが名宮に行く理由になってない気がするよ。それならいっそ、名宮に行かずに、ずっと家にいればよかったと思うし」
「殺せないとは言ったけど、それは名宮にいる場合だけなの」
「それなら、一緒に名宮にいけば良かったんじゃ?」
「私は狙われている存在。行けば戦争が起こる」
そういうなら、そういうことなのだろう。
ヤクザという無茶苦茶な組織に常識というのは、三百年前のヨーロッパ人に、今時の日本のギャル語で喋るぐらい通じないのだ。
逆に通じるということを望んでも、それは望むだけ無駄なことである。
「僕は、君を守るから……」
僕は少女を抱きしめていた。
明日から、戦いが始まる可能性もあった。
何故なら、少女はヤクザを一人、もう殺しているのだから。
「寝ようか」
「うん」
倉庫の中にあるベッドは二人が寝るには、少し小さかったが、寝られないわけではない。
固めではあったが、僕にはそんなことはあまり関係なかった。
何故なら、僕は少女と抱き合っていたから。
少女の柔らかい体に包まれれば、僕の心の中に恐怖なんてものはなくなっていた。




