第六話
ジュー、ジューと音がして、豚カツは美味しそうに揚がっていた。
炊飯器には、ご飯がしっかりと炊いてあった。
器には、味噌汁がもういれてある。
少女は、慣れた手つきで茶碗に炊飯器のご飯をいれる。
そして、皿に豚カツと、千切りにされたキャベツがのせられた。
「いやあ、できた! 頑張ってつくったよ」
「凄い、ご馳走だ」
「お兄ちゃんの好みに合わせてつくったの」
好みに合わせるとは、どういうことなのだろうか。
少し、考察してみると、味噌汁は赤味噌。
僕が旅行の時に、その味噌汁を飲んで、美味しいと言っていたのを、驚くべきことに少女は知っていたのだ。
豚カツは、味噌カツ。
これも、また僕が旅行に行った時にお気に入りとしていた、料理であった。
思い出した、旅行は、少女と一緒に行ったのだ。
少女のご両親が、僕を連れて行ってくれた。
だから、僕が絶賛していた料理を知っているのだ。
二年前の話。
僕の親は、突然いなくなった。
一人の僕は、少女の両親に優しくしてもらった。
そこで、僕は、少女の父親に一緒にどこかに行かないかという誘いをうけ、僕は断るわけもなく、旅行に行ったのである。
そこは、名宮市という、この国の中でも、結構な都市として知られている場所である。
しかし、僕は、そこになにがあるのか知らなかったし、そんな街にいってなにをするのか、全くといっていいほどわからなかった。
港広市と、名宮市は違う県にある。
そして、遠い。
港広市から、遠く西に離れたところ。
そこに、少女の父親の車で行った。
その車は、黒塗りの高級車であった。
高速道路を使っていた。
名宮市につくと、そこには車が多く通っていながら、多くの高層ビルが建ち並び、人も多く歩いていた。
「君、野球は好きかね」
少女の父親は、突然、僕に野球が好きかどうかを尋ねてきた。
「野球は、そんなに見ないですけど、嫌いではないです」
「チケットがあるのだが、みていかないかね」
「それなら、是非」
そして、僕たちは車で球場に向かったのだ。
少女は、元気そうだった。
「お兄ちゃん、野球だよ」
「野球好きなの?」
「うん、大好き」
少女は、ここで野球が好きであることを、僕に初めて話した。
少女の母親も、野球が好きらしく、野球帽をかぶっていた。
少女の母親は無口であったが、どことなく少女に似ている。
車が駐車場に入り、止まる。
僕の目には、ドーム球場が見えた。
球場は、映像ではなく、リアルで見たのはこれが初めてだったので、こういう場所で、こんな形をしていたのかと、感動を覚えた。
少し階段を上り、間近でそれをみた時には、早く中に入りたいという気持ちが強くなった。
「お兄ちゃん、行こう」
少女は笑顔でそう言い、僕の手を掴んで入口の前までダッシュする。
軽く荷物検査を済ませ、少女の母親が、僕と少女にジュースを買ってくれて、そして、いよいよゲートをくぐる。
少女の父親が買っていたチケットは内野席だったようで、入った瞬間、球場のライトと、人工芝の緑が差し込んできてなにより、ホームベースや、マウンドが近く、くっきりと見ることができる、凄くいい席だったのだ。
人は四万人ぐらい、いるようで、熱狂的な、球団のファンたちによって、熱気溢れる雰囲気がつくりだされ、盛り上がりを見せていた。
しかし、内野席は意外と静かであったので、落ち着いて試合を見ることができそうだった。
投手が投球練習をしていて、ゆっくりとしたボールを投げていたのにもかかわらず、そのフォームによって下半身の安定感を感じることができ、試合が始まったら、どんな投球を見せてくれるのだろうと思うと、ワクワクで胸の鼓動が速くなる。
プレイボール。
先ほど投球練習をしていた投手は、素晴らしいピッチングをし、七回無失点。
もっと投球をみていたかったと素直に思った。
僕は、その投手のファンになり、その球団を応援すると決めた。
昨日のノーヒットノーランは実に嬉しかった。
試合を見終わった後は、豚カツ屋に行くことになり、僕は初めて味噌カツというものを食べた。
衝撃の味だった。
しかも、この店はおかわり自由という、良心的なサービスがあり、僕はご飯を五杯ぐらい食べてしまったのだ。
親がいないからといって、ひもじかったわけではないのに、五杯も食べることのできる食欲に自分でも驚いたのは覚えている。
そもそも、ひもじいというのは、木の上から葡萄が泥の中に落ち、それを貴婦人がハイヒールで踏みつぶし、グチュグチュになったものをブドウジュースだと言って、犬のように飲み干すということができるぐらいじゃないと、まだひもじいとは言えないと思う。
でも、普通はそれぐらいひもじくないと五杯なんて食べることのできない、小さな僕の胃袋なのであるが、恐るべきことに美味しさのあまりに僕は五杯を食べるという快挙を成し遂げたのだ。




