第一話
少女の名前は、小牧さゆり。
僕は少女を「さゆちゃん」と呼んでいる。
少女が祖母の家に一年半も行っていたのには、ちゃんとした理由があり、その理由というものは、大変複雑で、僕にはどうしようもないことに思えた。
それは、ヤクザが絡んでいた。
正直、ヤクザというものの存在を僕は信じていなかった。
ヤクザという概念すら、よくわからないのだが、それでもヤクザが深く関わってくることは、僕にも理解できた。
少女の祖母は、いや、主に祖母ではなく、少女の祖父をはじめとする家系自体が、ヤクザとの関係が非常に悪かったそうだ。
何故ならば、少女の祖父は警察官として、ヤクザを嫌っており、厳しい取り調べや、逮捕などで、ヤクザという団体の維持を難しいものにした。
しかし、祖父は定年退職。
ヤクザの勢力は、その後拡大した。
一人の警察官が、そこまでヤクザの勢力を抑えていたことに驚くべきか、抑えられていたのにすぐに拡大する、ヤクザの力の強さに驚くべきか、それとも、一人がいなくなっただけで、再び勢力の拡大を許してしまう、警察官の無能さに驚くべきなのかは、僕はわからない。
そして、祖父、小牧さゆりの祖父は、その後ヤクザに殺された。
長年の、鬼のような取り調べや逮捕に苦しんでいて、祖父にたいして恨みを強く持っている人間の犯行であることは、明らかである。
しかし、犯人はまだ捕まってない。
この事件はヤクザの圧力により、揉み消されてしまうのであった。
――そして、次に狙われたのは、少女の祖母であるという。
だから、祖母の家に行ったというのだろう。
それで、「助けて」と僕に言うのだから、結末はバッドエンドということだろう。
一年半にも及んだ、ヤクザとの対決は、まだ終わったわけではない。
祖母は、ヤクザに殺されたのではなく、病気で死んだらしい。
標的は、その孫、小牧さゆりに移ったというわけだ。
そこで、一旦帰ってきて、僕に助けを求めた。
何故、僕なのだろうか。
「要件はわかった。でも、どうやって助ければいいかは、わからない」
「これを使って」
そうすると、少女は不思議なものを取り出した。
それは、映画やドラマとかでしか見たことのないものだった。
拳銃。
少女はそれを持っていた。
「さゆちゃん、これはおもちゃだよね?」
「本物だよ。だから、はい」
なんと、その拳銃を僕に渡してきた。
デザートイーグル。
そんな名前の拳銃らしいのだが、銃に対しての知識が皆無な僕にとっては、それが有名な拳銃なのか、マイナーな拳銃なのかはよくわからない。
その拳銃。
重量はずっしりしていて、結構大きい。
これで撃たれたら一溜まりもないだろうなと思う。
べつに、撃たれて平気な銃があるとは思わないけど。
撃たれても平気な兵器。
いらない、ゴミだ。
「いや、でもこれ渡されても、これでどうするんだ」
「戦って」
「おい、正気か。ヤクザとこれで戦うってことだろ?」
「うん、でもお兄ちゃんに、私の事情でそこまでさせちゃ駄目だよね…… お兄ちゃんが、昔、どれだけ私を可愛がってくれていたとしても、それは昔の話だし、実際には赤の他人だしね」
少女は残念そうな顔をしていた。
でも待てよ! 僕、拳銃渡されちゃったよ。
ここで、僕がヤクザと戦うのは無理だと言って拳銃を返すというのは、あまりにもダサすぎるし、そんなことなら死んでもいいと思う。
「駄目だよね、そんなことさせちゃ」
真剣な面持ちで、なのに照れくさそうに、
「好きな人に拳銃を渡して、助けてっていうのはおかしいよね」
そう言った。
好きな人。
それは、この場合、だれを意味するのだろう。
話を聞く分には、好きな人に拳銃を渡したっていう話にも思えるし、その好きな人に助けを求めていると考えることもできる。
今の状況。
僕は拳銃を渡され、助けを求められている。
あれ、これは恋。
なんということだ、これで少女に拳銃を返したら、とんでもないヘタレ野郎になってしまう。
でも、なんだ、これじゃあ惚れた、腫れたとかそういう話じゃなく、拳銃が渡されているし、これから多分銃撃戦が繰り広げられるとか考えると、腫れるどころか、死ぬ。
でも、僕は少女を助けなければいけない。
それが、使命というものだろう。
僕はやっと死に場所を見つけられたと言っていい。
僕、高校三年生、まさかの決断。
それはそれでいいことかもしれない。
何故なら、僕は受験もしないし、就職とかそういうプランもハッキリしていないのだから、銃を持って死んでいくというのは悪い生き方じゃないと思うのだ。
「僕、やるよ」
「え?」
「ヤクザ退治。表現的にそれが正しいかわからないけど」
「でも、危険だよ」
「それは、分かっているつもり。でも僕は君の顔を見られて、今、幸せだから、僕はこれをやらないと駄目だと思う」
「お兄ちゃん……」
「だからさ、行こう。明日にでも」
「うん、それなら明日」
そして、僕はそんな約束をして、デザートイーグルを持ったまま(流石に手に握っているわけにはいかないので、鞄に入れている)すぐ近くにある自宅に着いたのであった。




