少女の想い
「何…あれ……」
それは一方的過ぎる戦いだった。黒髪に真っ赤な目の少年ーーーーーリディウムは赤い髪の少女に対して、最初は手を貫かれていたものの、その傷は直ぐに消え、形勢は瞬時に逆転した。
「…………」
あの少女は危険だと、リディウムは言った。現に彼は襲われている訳で、彼の言葉に嘘偽りは無いとフィリアは確信していた。
しかし、それでもフィリアは目の前の現実に、どこか葛藤を抱いていた。少女への心配と、リディウムへの不安ーーーーーーーー。
幾つかの想いが捻曲がり、螺旋を描くように彼女の心をぐるぐると廻っていた。
「ーーーーー!!」
彼女自身も気付かぬうちに、支えていた兄をほっぽりだし、リディウムの元へと駆け出していた。
吹き飛ばされ、砂塵をあげたアグネルは一度舌打ちをし、すぐさま体勢を立て直した。
見据えるその先には、凄まじい速度で飛び込んでくるリディウム。
間合いに入った瞬間、リディウムがその右手の十字架を振り下ろした。アグネルは咄嗟に剣を構え、受け止めようとする。がーーーーーー
「かはっ………!?」
受け止めようとしたアグネルは、轟音と共に真下の地面に激突した。クレーターが描かれる程の衝撃に耐えきれず、肺の中の空気を全て吐き出すアグネル。これが龍ではなく、人間の少女であれば、とっくに体がバラバラになっている頃だろう。
リディウムは容赦せず、アグネルの服の襟を掴み、片手で宙に浮かせた。
「………どうした?鍵玉の力を借りていながら、その程度か?」
「くっ……黙れッ!!」
アグネルが激昂の叫びをあげ、剣を振るった。不安定な体勢であるにもかかわらず、剣は鮮やかな軌道を描き、アグネルを掴んでいる腕と、十字架を切り落とした。
「………ッ」
「アっ、アハハッ!思ったよりも脆いのねぇ!?」
地面に降りたアグネルは直ぐ様飛び退き、明らかに余裕の無い声でリディウムを嘲笑った。
それに対し、得物を失ったリディウムは無表情で肘から先を切り落とされた右手を掴み上げる。
「……やっぱり人の体は脆いな……だが、丁度良い。こいつを使うか……」
リディウムがそう呟いた瞬間、右手を掴んでいる左腕の肩から、どす黒い瘴気ーーーー黒属色の魔素が滲み出てくる。
やがてその魔素は腕を這いずり、切り落とされた右手にまで達し、右手を黒く染め上げた。
「付与術式…『黒染腕』」
リディウムは左手を大きく振りかぶり、アグネルに向かって投擲した。
右腕が何度か宙を待った瞬間、切断面から徐々に形が崩れていき、やがてバラバラになった黒い肉片は、分離、収束、肥大化し、無数の異形の腕を形作った。
「なっ…!!」
無数の異形の腕はさらに加速し、アグネルの腕に、足に、全身に掴みかかる。
アグネルはもがき、何とか異形の腕から逃れようとするが、人間の何万倍、いわば『龍』の力で握られている四肢はピクリとも動かず、やがてミシミシと骨が悲鳴をあげ始める。
「あぎぁぁぁぁっ!?」
当然、骨を圧し折られる痛みが全身に走るわけで、アグネルが痛みに耐えきれず、絶叫する。
やがて、アグネルの全身に組み付いていた無数の腕は離散し、リディウムの腕の断面に集まっていき、切り落とされる前と寸分違わない元の腕に戻っていた。
リディウムは、地に倒れ伏したアグネルに徒歩で近づき、アグネルの首を掴んで再び宙に浮かせた。
「……いくら鍵玉があるとはいえ、下界で龍の姿に戻ることは出来ない。……暫く苦しめ」
「…ぐっ……なら……ならお前のその再生能力はなんなのッ!?下界では本来の回復力は発揮できないし、そもそもアンタは呪いを掛けられているんでしょッ!?」
「……この回復力は俺の特異な属色の魔素によるものだ。確かに鍵玉で龍の魔素は使えない。が、この魔素自体は何の干渉も受けなかったからな」
「そ、そんなのーーーーーー」
「反則ーーーだろ?もう何度も同じような事を言われたよ」
リディウムは、もう傷跡すら残っていない右腕を構え、止めをさす為の体制に入る。
「…じゃあな」
リディウムの右腕は真っ直ぐアグネルの心臓部分に向かっていきーーーーー
「待ってッ!!リディッ!!」
突然聞こえたフィリアの制止の声に驚き、寸での所でリディウムの手が止まる。アグネルの唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
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