強襲
「ふふ……やっと……やっと手に入れた……」
日が落ちかけ、艶やかなオレンジ色に染まった空に、幼い少女の声が風にのって流れる。
少女はーーーー空に浮いていた。
足場のない空中に、だ。
黒みの掛かった赤い髪と、リボンを靡かせ、悠然とそこに立っていた。
「これで……これで、やっとアイツを…殺せる…!」
少女は呟く。少女の手には、この世の全ての黒を集めて積めたかのような黒い玉が握られていた。少女はそれを見つめる。幼い姿とは真逆に、殺意のこもった眼差しで。
そして、一瞬、少女のその黄色い瞳が輝き、彼女の背に翼の様な形状の魔法陣が現れる。
翼の様な魔法陣は、まるで生きているかのように躍動し、彼女の殺意に答えるように蠢いた。
「待っててね……今、そっちに行くから………!!」
そう呟いた瞬間、彼女は赤い流星と化し、大地へと一直線に降下していった。
「父さんぁぁぁぁんッ!!」
「…………相変わらず騒がしい奴だ………」
風の如く凄まじい速度でこちらに突っ込んでくる馬の操り主から発せられた声に、ギルは半ば呆れるかように溜め息を一つ吐いた。
「………知り合いか?」
「……ワシの息子だよ………の街の『かき乱す者達』の隊長だった筈だ。」
「『かき乱す者達』……?『筈』………………?」
聞き慣れない単語と、不明瞭な言葉に疑問を抱くリディウム。『かき乱す者達』というのが、何かの団体であることは安易に予測出来た。が、何故、自分の息子の事について、『筈』をつけるのか、それだけは理解できなかった。
「出ていったんだよ………三年前に。アイツから手紙が来たのは一年前に一度だけ………たいしたバカ息子だよ」
成る程、と、リディウムはギルのその言葉で合点がいった。出稼ぎに行った者から全く連絡が来ない、というのはよくあることだ。
『かき乱す者達』については解らないままだったが。
そんな会話をしている内に、彼はかなり近づいていたようだ。村の中心を二つに割るように位置している中央路を走り抜け、派手な砂煙をたてながら、ついに此方に止まった。
「よかったぁ…無事だったんですオゴォッ!?」
馬から降りるや否や、父の無事を喜んだ青年の頭に、ギルの握り拳が無慈悲に降り下ろされた。
「こんの馬鹿息子がッ!!一年間何の連絡も寄越さずに何しておったァッ!!」
「ヒィィィッ!?す、すいませんお父さんッ!」
………迫る危険が去ったと知っているギルならともかく、この少年は救援に来たのではないのか?
何故、辿り着いてそうそう親子喧嘩が始まっているのだろう?
リディウムがそんな事を考えていた時、彼は気付く。先程の少年が乗っていた馬に、もう一人、人が乗っている事を。
「はひぇぇぇ…………死ぬかと思ったぁぁぁ………」
「…………フィリア、か?」
「ふぇ?……あっ!りディッ!」
綺麗な紅い髪をたなびかせながら、フィリアがりディウムに向かって飛び込んだ。
…………彼が受け止めなかったら、この娘はどうするつもりだったのだろうか。
「もぉっ!!心配したんだよっ!?逃げる時に一緒に居ないし、戻って探そうにも村の人達を放っとけないしっ!!」
「………ああ、すまなかったな。心配させた」
成る程、とリディウムは納得する。
そういえば、リディウムがギルに魔獣の殲滅を提案する時に、フィリアはそこに居合わせていなかった
………つまり、フィリアはリディウムの『強さ』を知らない、ということになる。
「……はッ!!そうだ、魔獣はッ!?どうなったんですかッ!?」
つい先程まで父親のせいで地面に突っ伏していた青年が急に飛び起き、父親に半ば叫ぶように尋ねる。
「ああ、それなら…………」
そこで一旦話を止め、リディウムに目配せするギル。『言っていいか?』という主旨なのだろう。
「……方法以外で頼む」
それを聞いたギルは一度咳払いをして、息子に続けた。…………リディウムの腕にしがみついているフィリアは、突然のリディウムの言葉に疑問符を浮かべるだけだったが。
「…信じられないかもしれんが、コイツらを殺ったのは、そこのーーーーーーー」
「………ッ!!危ないッ!!」
空から飛来する何かを誰よりも早く察知したリディウムが、そう叫ぶと同時にギルを突き飛ばす。
ズゴォォォォォォォォンッッ!!!!
瞬間、大地が揺れるのではないかという衝撃と共に、空から何かが飛来した。
「ッ!?何が起こったッ!?」
突き飛ばされた衝撃と轟音に驚き、ギルは、半ば悲鳴に近い声をあげる。
砂塵が吹き荒れ、一気に視界が制限される。
「リディッ!!リディィッ!!」
リディウムがギルを救う様を見ていたフィリアが悲鳴をあげる。すぐさま衝撃の発生源に突っ込んでいこうとするがーーーーーー
「待てッ!!フィリアッ!!」
ーーーフィリアの兄が腕を掴み、それを阻止した。
「離してよ、兄さんッ!!リディが………リディが…………!!」
「バカっ、何が起きたのかも分からないのに、突っ込んだらお前まで危ないぞッ!?」
「けど…………」
フィリアがそう言いかけた時、突然、平原の乾いた風が吹き、砂塵が吹き飛ばされ、視界がみるみる内に良くなっていった。
フィリアが、彼らが、そこで目にしたものはーーーーーー
「アハッ……流石だね。此れを止めるなんて」
見覚えのない赤髪の少女と、その少女の握る剣に掌を突き刺されている、リディウムの姿だった。
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