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第一話・③~商品にも種族にも、世の中には『規格外』ってもんがあるんスよ~

(さて、これからどうしようかしら?)

 近くの街に降り立った楓は大通りを歩きながら考える。翼は自由に仕舞うことが出来る為、今の彼女はどこからどう見ても人間である。

 とりあえず街にやって来たものの、右を向いても左を向いても人間ばかり。人外種は見当たらない。自分のように正体を隠して暮らしている可能性はあるけれど。

≪オレは相手が人間でも構わないぞ……≫

 脳内に椛の声が響く。一つの体を共有している彼等は心の中で会話が出来るのだ。

(アタシも別に種族は問わないからねー。それじゃこの街で婚活するとしようか。まずはアタシが良い男を探すわね。それじゃどこで逆ナンしようかしら?)

≪人の多く出入りするところ、か……?≫

(となるとやっぱり旅人の多い酒場とかがいいかしら?)

 まだ十代後半程度の見た目である自分達では酒は飲めない。実際は軽く数世紀の時を生きているが。

だが冒険者が旅の仲間を募る際は酒場を利用すると相場が決まっている。それゆえ老若男女あらゆる人々が出入りしているのだ。

≪そうだな……それで良いかと……≫

(決まりね。それじゃ玉の輿のイケメン彼氏ゲットにいざしゅっぱーつ!)

≪あと、Cカップ以上で内助の功の秋穂撫子もな……≫

 いつの間にか何だかハードルが高くなっていたが、ともあれ彼等は酒場を探して歩きだした。

 しばらく大通りを歩いていたが、それらしい建物は見つからなかった。それならばと、大通りから分かたれた小さな路地へと入っていく。こういった道は柄の悪い連中が多い為、地元の者はあまり利用しようとはしないが、人間の街事情に疎い鳳凰コンビは臆することなく入っていった。

(確かお酒の描かれた看板がある店が酒場なはず……)

 楓がきょろきょろと辺りを見回していると。

「よお、そこの嬢ちゃん。何かお探しかい?」

 振り返ると、左目に眼帯を付けた三十代くらいの男が立っていた。魔法で指先に炎を灯し、煙草に火を付ける。

 こういう渋い系の男もいいかも、などと心の中で呟きながら「酒場を探してるの」と答える。

「酒場か。ならこっちにあるぜ」

 男は路地のさらに奥を親指で指差した。

「何ならおれが案内してやるよ」

「本当?ありがとう!あなたいい人ね!」

 見ず知らずの自分に対して何て親切な人なのだろう。人間もまだまだ捨てたものではない。

 煙草の煙をたなびかせながら前を歩く男にうきうきとしながらついていくと。


 ふわり。


 煙草の煙が楓の鼻腔をくすぐった。それは普通の煙草とは違い、とても甘い香りであった。

(心地よい香り……何だか眠くなってきちゃった……)

≪楓……この香り、なんか変だ……!早くここから離、れ……≫

 椛が言い終える前に楓は意識を失った。それと同時に体を共有している椛の意識もまた深い闇へと堕ちていった……。



「う……ん……」

 目を覚ますとそこは薄暗い小部屋の中だった。しかも自分達はどうやら檻の中に閉じ込められているらしい。他にも檻がいくつかあり、それぞれ人魚やユニコーン等の希少種族が捕まっていた。

≪楓、これ、まさか……≫

「おう、目が覚めたようだな嬢ちゃん」

 ギィ、と耳障りな音と共に小部屋の重たい扉が開く。入ってきたのは先程の男だった。

「ちょっとあんた何のつもりよ!?早くここから出しなさいよ!この誘拐犯!変態!!」

「誰が変態だ!てめぇみてーなガキ興味ねーよ!特に人外種なんざな……!」

「!」

(あいつ……アタシの正体がわかるの……!?)

 翼を隠している今の自分の姿は人間とほとんど変わらないはずだ。それなのに一体何故……?

≪鎌を掛けているだけかもしれない……。何とかしてしらばっくれよう……≫

 楓は心の中で頷いた。

「な、何の事よ?アタシどっからどう見ても人間じゃん。何勘違いしてんの?ぷぷー、マジウケるんですけどーww」

≪楓、そこまでやれとは言ってない……≫

 しかし楓の挑発的な態度にも男は涼しい顔をしている。

「隠しても無駄だ。おれ達プロの狩人ハンターってのは気配でわかっちまうもんなんだよ。それにアルラウネの花弁から成分を抽出して作られた、この煙草が効いたのが何よりの証拠だぜ」

 男は懐から煙草の箱を取り出し、その中の一本を楓の目の前に突きつけた。

 アルラウネは上半身が女性、下半身が植物の食肉植物の魔物であり、主に他の妖魔の類や霊獣等の人外種を捕食している。また花弁からは獲物を惹きつける香りを放っており、吸い込んだ獲物は深い眠りへと落ちてしまうという。

「おれと同じ人間なら、こいつは何ともねぇはずだからな」

「くっ……」

 どうやらごまかすことは出来なさそうである。ならばもう人間のふりをする必要もない。

 楓の背から二本の火柱が上がった。それは瞬く間に一対の朱色の翼へと変わる。人外種が真の力を発揮する際には本来の姿に戻る必要があるのだ。

 鳳凰は炎を操る種族だ。楓は格子を掴むとその手の平から炎を生じさせた。彼女が本気を出せば鉄など飴のようにぐにゃりと溶かす事が出来るのだ。……しかし。

「そんな……効いていない……!?」

 溶かすどころか熱した部分は赤くなりさえしない。しかも何故だろう、だんだんと力が抜けていくような……。

「その檻は特別製でな、炎属性の力を吸収するのさ。お前鳳凰だろ?触れてるだけで力をどんどん奪われちまうぞ。下手に暴れない方が身の為だぜ」

 成程、他の人外種達も同じように自分達の属性を封じられているのだろう。彼等はただただ無言のままぐったりとうなだれていた。

「アタシらをどうする気なの?」

「決まってるだろ、売り飛ばすのさ。これから業者が来てお前らを闇オークションの会場に移送するんだ。嬢ちゃんはきっと今回のオークションで一番の目玉商品になるぜ、良かったな」

「良かないわよ!」

 一番の高値で売られたところで何が嬉しいものか。どうせ売られた後は霊薬の材料にされるか希少種族マニアに一生ペットとして飼われるのだ。そんなのはごめんである。だが力を封じられている以上自力で脱出する事は不可能だ。

≪楓……どうしよう……?≫

 脳内に響く椛の声も心なしか震えているような気がする。


 ……誰でもいい、助けてほしい。


 それが今の楓にとっての一番の『願い』だった。

 願い――――願い事相談をしていたあの店の事が頭を過ぎった。結局何の役にも立たなかったあの何でも屋。

「何でも屋だって言うのなら……願いを叶えるって言うのなら……アタシ達を助けなさいよ!役立たず店主……!!」

『役立たずで悪かったな』

「!?」

≪これ……店主の声……?≫

 どこからともなく部屋中に響く声。近くに気配はない。風の術を応用して遠くから思念を飛ばしているのだろうか。

「何だ?一体どこにいやがる……!?」

 狩人にも聞こえているようだが、やはり気配は感じ取れていないようだ。

『ここだよ。こ……、こ!!」

 ドガン!と轟音と共に部屋の壁が崩れ去った。薄暗い部屋に月明かりが差し込む。その光に白銀の髪をきらきらと輝かせながら、あの子供店主が立っていた。

「本当に……アタシ達を助けに来てくれたの?でも一体どうして―――……」

 楓達の依頼は断られてしまったし、彼女もまた怒って出ていってしまったのだ。助けに来る道理などないはずだ。

(もしかして実は結構義理堅くて良い奴なのかも……)

 楓が感動で瞳を潤ませていると。

「まあ、お代を頂いちまったからな」

「お代?アタシお金払ってなかったはずだけど……」

「これだよ」

 零沙は懐から朱色の羽根を取り出した。

「それ、アタシの羽根……?」

「おう。希少種族である鳳凰の羽根は高く売れるからな。貰ったからには仕事しねーとな。あ、今更返せなんて言うなよ?理由はどうあれ一度貰ったものは返さねーからな!」

 ――――前言撤回。義理もくそもない、ただの守銭奴だった。

「ま、お前の願いが『結婚相手探し』から『ここからの脱出』に変わってくれて良かったぜ。こっちの方がずっと叶えやすいかんな」

「けどさ、なんでアタシ達がここにいるってわかったわけ?」

「そりゃあ俺、情報屋だもん☆」

 答えになっているようないないような。相変わらず食えない奴である。

 しかしこうして目の前にいるというのに、楓には彼の気配を今なお感じ取る事が出来なかった。店で会った時は全く気にならなかった。なぜならあの時はごく普通の人間の子供の気配にしか感じていなかったからだ。そう、ただの人間の子供にしか……。だが今はそれすらも感じられなかった。

「……おい、ガキ。それだけ完璧に気配を消せるとは、てめぇ一体何者だ?」

 それまで呆気に取られていた狩人がようやく口を開いた。

「名乗る程の者じゃございません。ただのしがない何でも屋でさぁ」

 零沙は恭しく一礼した。

「てなわけで、そこの迷惑鳥を返して貰うぜ。あとついでに他の捕まってる奴らも解放して貰おうか。俺、身売りって嫌いなんでね。抜け落ちた羽根や毛だけならともかく、本体ごと売り買いするのはどうかと思うぜ、おいちゃん?」

「ハッ、そう言われてはいそうですかと返す奴がどこにいるんだよ」

「そりゃまあそうだね。なら力づくで行くぜー……よっと!」

 零沙は楓の入っている格子に両手を掛けると、そのまま左右にくにゃりと曲げてしまった。

「ほら、これで出てこれるだろ?」

 汗一つかかず涼しい顔をしている少年だが、このような事、普通の人間の子供に出来るはずがない。

 人魚の入っている檻の格子も同じように曲げようと手を伸ばすが。

「待ちやがれ!てめぇマジで人の食いぶちを逃がしてんじゃねーよ!!こっちだって生活があるんだよ!」

「お前が路頭に迷って餓死しても知ったこっちゃありませーん」

 零沙はわざとらしく肩を竦めてみせた。その様がいちいち癇に障る。

「なんつーガキだ……!まさに人でなしだな……!」

 狩人の言葉を無視して人魚の格子も曲げると、中から人魚が躍り出てきた。そして空中を泳ぐようにして壁に空いた穴から外へと逃げていく。

 それを満足そうに見届けると、実に楽しげな笑みを浮かべて、言う。

「仕方ないじゃん、だって俺―――」

 暗い部屋の中で鮮紅色の瞳が剣呑な光を帯びる。


「『人』で『無い』もーん♪」


 零沙の両サイドの撥ねた髪がまるで動物の耳のようにピコピコと上下した。

「おっと気分が高揚してつい動かしちまった。俺もまだまだ未熟者って事だねぇ」

 そう言って両手でサイドの髪を押さえ付けると動きはすぐに止まった。しかし一連の出来事を見ていた狩人は気づく。

「その髪、いや角。てめぇ、『人竜じんりゅう』か……!」

「じ、人竜……!?」

≪……!≫

 高位種族である竜。それゆえに霊薬や武器防具の材料として古くから狩りの対象とされてきた。そんな中、人間達との長きにわたる戦いに嫌気が差した一派が現れた。彼等は竜の力のほとんどを封じる事で、人間にそっくりの姿と気配を得る事に成功した。それが人竜である。彼等を見分ける唯一の方法は髪に擬態化させた角であり、感情の起伏に合わせて様々な動き方をする。

 発見が難しい上に生息数の非常に少ない彼等は鳳凰よりもさらに希少度が高く、狩人達にとっては是が非でも仕留めたい存在であった。

「まさか鳳凰と人竜がいっぺんに手に入るとはな……!」

「え、何?お前俺の事狩ろうとしてるわけ?悪いけどそう簡単には捕まってやらないぜ」

「フン、どうかな……」

 狩人は再び煙草の箱を取り出した。

(あ!あれさっきのアルラウネの香り!)

 あの煙を吸ってはいけないと楓が零沙に伝えようとしたその時。


 ヒュッ!


 風切り音が楓の耳に届いた次の瞬間には、零沙は白刃を鞘に納めていた。この刀は異次元ホールから取り出したものと見て間違いなさそうだが、一体いつの間に出現させ、そして斬り付けたのか、まるで動きが見えなかった。

 ぽとりと落ちたのは煙草の先端であった。


 ……もしやあれがアルラウネの香りだと気が付いて……?流石は情報屋だ―――……


「俺、煙草嫌いなんだよね。半径三百メートル以内で吸うのやめてくんない?」


 ……なんて思っていた時期がありました。だがまあ何はともあれ無事だったようだ。


「てめぇ、何だその素早さは!?人竜は竜の力を封じた弱っちい種族のはずだろ!?」

「商品にも種族にも、世の中には『規格外』ってもんがあるんスよ、おいちゃん。ちなみにこんな事も出来ちゃうんだ……ぜ!」

 零沙の姿が消えた。それと同時に再び風切り音が聞こえてきたかと思うと、レア種族達の入れられている檻の格子がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。気が付けば彼は壁の穴を背にして、まるでガイドか何かのように手の平を上にして穴の外を指し示していた。

「皆々様、お帰りはあちらでーす。外に出ましたら係員の指示に従って行動して下さーい」

 檻から出てきたレア種族達が嬉々としてこぞって穴から出ようとしたその時。


 ドン!


 銃声が響き、その場にいた誰もが動きを止めた。零沙の頬から血が滴り落ちる。背後の壁には直径数センチの丸い穴が深々と刻まれ、中からうっすらと煙が上がっている。

「やってくれるじゃねーか、クソガキが……!」

 狩人は魔銃を構えながら零沙をねめつけた。

 この世界のエネルギー源は主に魔力だ。魔銃は実弾の代わりに使用者の魔力を実体化し、発射する武器である。弾数と威力は使用者の魔力の量と強さに比例する為、魔力の乏しい者ではそれこそ豆鉄砲程度の威力にしかならないが、どうやらこの男の魔力は相当なものらしい。これを連発されれば流石に分が悪そうだ……。

「商品に傷を付けたくはなかったが、しょうがねぇ。足の一本や二本無くても問題ねーだろ」

 言いながら、零沙の足に狙いを定める。

「おや、怖い怖い。でもねおいちゃん、俺には最終兵器があるんだぜ?」

「何……?」

「ふっふっふー、そいつぁずばり……これだ!!」

 零沙が自信満々に懐から取り出したのは、穴がぽつぽつと無数に空いた四角い金属製の装置。これは拡声器と言い、風の魔力により自分の声を何倍もの大きさにする事が出来るという代物であり、俗にマイクと呼ばれている。

≪?店主は何故あんな物を……?≫

 椛は楓に問い掛けたが、そんな事楓にもわかるはずがない。狩人もまた思わず首を傾げている。するとその隙をつき、零沙は一つ息を吸い込む。そして。

「ご町内の皆々様ー!ここに法律で禁じられているレア種族の密猟をおこなっている業者がおりまーす!至急お近くの自警団までご通報願いまーす!」

「……って何近隣住民に助け求めてんのよ!それのどこが最終兵器―――……」

「……フン、成程な。ことごとくやってくれるなてめぇ……!」

「って効いてるーーー!?」

 すると再び角をピコピコとさせながら零沙はクククと笑う。

「裏社会で働くもんっつーのは世間の目が何よりも気になるものなんだよ。で、どうするおいちゃん?早くしないと自警団がガサ入れに来ちゃうかもよ?」

「野郎……この狩りはいつか返して貰うからな……!!」

 捨て台詞と同時に足元から黒い影のようなものが這い上がり、彼を飲み込んだ。そのまま影は空気に溶けるように消えていき、跡には何も残っていなかった。

「転移術が出来るとはやるねぇあのおいちゃん。……さて、俺もあんま顔が割れるのは良くないんでな、お先に失礼させてもらうぜ」

「えっ!?ちょっと待って―――!」

 楓の制止などお構いなしに零沙はその身を銀色の風で包み込むと、狩人と同じように消えてしまった。

「皆を残して先に帰っちゃうなんて……!」

 翼を仕舞って人間のふりを出来る自分達はともかく、他の人外種達をこんな街中に置き去りにするとは。やはり彼は人でなしだ。色んな意味で。だがそれより何よりまずはここから脱出しなければ。

 楓達が壁の穴から出てくると。

「あ、ようやく出てきた。良かったー」

 現れたのは零沙と共にいた若者―――ロゴスであった。

「さ、こっちだよ!」

 手招きする彼の足元には一メートル四方程度の布が敷かれており、その上には魔法陣が描かれていた。

「さあ、急いでこの上に乗って!零沙の……店主の描いた移送魔法陣だよ。本店に繋がってるんだ」

 これは部下達が仕事を終えて本店に戻ってくる際にいつも使っている物だ。

 どうやらちゃんと逃走ルートは用意してくれていたらしい。途中で部下に押し付けて自分はさっさと帰っているのがいかにも彼らしくはあるが。

「これ一回広げると証拠隠滅の為にしばらくしたら消滅しちゃうようになってるんだ。だから急いで!」

 証拠隠滅って何!?と突っ込みたかったがその前にロゴスに背中をぐいぐい押され、魔法陣へと乗せられた。

 視界が白銀一色に染まっていった―――……。


 その後、本店に移送されたレア種族達は晴れて自由の身となり、皆思い思いの場所に向かって去って行った。……謝礼金代わりにたてがみや鱗などを差し出すことになったけれど。

「……で、お前は一体いつまでここにいるわけ?」

 経費削減と称して出がらし紅茶を出され、少々顔をしかめながら啜っている楓に零沙は問う。

「まったく、レア種族が人間の街に行くなんて、危機感なさすぎだろ」

「だって今まではばれる事なかったんだもん!」

「そうだな、そうでなければ俺は加工化されたお前らととっくの昔に闇市場で出会ってただろうしな。全くどんだけ強運なんだか……。ま、これに懲りたらもっとレア種族である事に自覚を持って行動するんだな。てなわけでこれにて依頼終了、当店のご利用ありがとうございましたお元気でー。」

「あー、その事なんだけどさー……」

 楓はちらりと横を見た。

 今、彼女達がいるのは休憩室。もはや客間すら使わせてくれるつもりはないらしい。それゆえ現在、周りには仕事を終えた従業員達が音声映像受像機テレビを観ていたり、仲間と談笑したり、果てには喧嘩をしている者達までいる。

 テーブルを挟んで喧嘩をしている二人に目を向けると、一方は―――赤い鎧の男―――残月は、両の拳でテーブルを叩き、額ににょっきりと角を生やして怒鳴っている。文字通り角を生やして。

「だからオレ達の事は『あかおに』じゃなくて『紅鬼こうき』と呼べっつってんだろが!!」

「意味は一緒なのですから良いではありませんか、『あかおに』さん?」

「てめぇえ~……!」

 見る見るうちに残月の額に青筋が立ってゆく。

「いいかげんにしやがれ!!」

 残月は身を乗り出してもう一方の喧嘩相手―――黒スーツの青年―――アリアの顔面に渾身のパンチを放った。そのあまりの威力になんとアリアの頭がはじけ飛んだ!―――……いや、霧散したと言った方が正しいか。

 霧状になった頭はすぐさま元の青年の物へと戻る。

「ちょっと何するんですか!私が騒霊ポルターガイストでなかったら死んでたじゃないですか~……!」

 するとアリアの怒りに呼応するように、テーブルの上の食器類がカタカタと音を立てて揺れ始め、浮き出したではないか。

「あーもーやめんかてめぇら!!何か少しでも壊しやがったら弁償だからな!」

 零沙の「弁償」という言葉に怯み、二人はようやく大人しくなった。それを近くで見ていた幼い男の子が、『やーい怒られてやんの』と冷やかしの言葉を送る。―――まるで重力とは無縁だとでも言うように、ふわふわと浮きながら。しかもたまに明滅するように体が透けている。

 ……そう、この何でも屋【白銀の風】は店主だけでなく、従業員のほとんどが人外種なのだ。人間なのはロゴスだけである。何故人外だらけのこの店に彼が雇われたのか、楓には皆目見当もつかなかったが、それは追い追い聞いていこうと思う。そう、『追い追い』。

「ねえ店主。アタシ達をここで働かせてくれない?」

「……はぁ!!?」

 零沙は思わずガタリと立ち上がった。始終生意気な態度のこの子供が取り乱す様に内心ほくそ笑みながら、楓は続ける。

「ここ色んな種族が働いてるみたいだからね。それにお客にも他種族が多そうだし。結婚相手探しに打ってつけだもん」

「だからって何でてめぇらみてーな迷惑鳥を……!」

「こんな従業員募集のチラシ出してるくらいだし、人手が欲しいんじゃないの?」

 楓は懐から一枚のチラシを取り出し、テーブルの上に置いた。それは彼女達がこの店の存在を知るきっかけとなった物でもあった。

「婚活してるだけあってアタシこれでも女子力高いのよ?あ、勿論椛もね。男の場合は主夫力?イクメン力?まあそれはともかく、アタシら雇えば色々と便利だと思うけどなー」

 それでもまだ首を縦に振ろうとしない零沙に、さらに追い打ちをかける。

「それにほら、応募資格の最後のほう、アタシら当てはまるでしょ?あの狩人に顔覚えられちゃったし、仲間達を巻き込むかもしれない以上もう故郷には帰れないもの。ね、だからお願い!何ならしばらく研修期間設けてよ。その間に使い物にならないって思ったらすぐクビにして貰っていいからさ!」

 すると楓の体は炎に包まれ、例の如く椛が現れた。

「頼む、店主……」

 椛は手を合わせて零沙に頼み込む。

「~~ああもうわかったよ!」

 鳳凰二人の懇願についに零沙は折れた。

「うちみたいな裏組織に来たって何も良い事なんざ無いと思うがな。ま、せいぜい立派な社畜になりやがれよ!」

 そう言って彼は雇用契約書を取りに足音も荒々しく休憩室を出ていった。するとすぐさま周りの先輩方が椛を取り囲み、「入職おめでとう!」「これから宜しくお願いします」「それじゃ歓迎会だね!」「酒飲むぞ酒ー!」「新人さんより自分が楽しんでどうするんですか」等と賑やかに迎え入れてくれた。

 コミュニケーションの苦手な椛はしどろもどろしていたが、そんな事はお構いなしにそのまま歓迎会に突入してしまった。先輩たちに連れられて椛がテーブルを後にした際、その上に放置されていたチラシがハラリと落ちた。


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<何でも屋【白銀の風】募集要項>


・アットホームでフレンドリーな職場!

・あなたの取り柄を生かせるお仕事!

【応募資格】

※どれか一つでも当てはまるなら即応募!

・やる気のある方。

・やりがいのある仕事に就きたい方。

・色々な仕事に挑戦したい方。

・これだけは誰にも負けない!という強みのある方。

・がっつり稼ぎたい方。

・健康な方。

・どんな場所でも働ける自信のある方。

・多少の怪我は厭わない方。

・どのような仕事内容でもやり抜く自信がある方。

・天涯孤独の身の方。

・事情により故郷の地にいる事が出来ない、「はぐれ」の方。

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