第一話・②~ようこそいらっしゃいました、お客様~
二人が今いる支店は北大陸の北東に位置しており、なかなかに寒い。しかもわざわざ岬に建てられている為背後は断崖絶壁である。その上崖側の壁は一面全てが大きな観音開きの窓になっており、開け放たれたそこからは北大陸特有の冷たい風がビュービュー入ってくる。ロゴスは一刻も早く閉めて欲しいと思っていたが、平然としている零沙を見るに閉める気などさらさら無いようだった。
支店は和風造りの本店とは違い洋風であり、部屋の中央には接客用のテーブルとソファーが設置されている、ごく一般的なオフィスである。
零沙はソファーに座りながら依頼人を待った。そんな彼にロゴスはテーブルを拭きながら問う。
「ボクここ初めて来るな。それにしても何でこんな崖っぷちに建てたの?」
「この支店は特に空からのお客様向けの相談窓口なんだよ」
「空からのお客様……?」
言いながら窓の向こうに目を向けると、一羽の鳥がこちらに向かって飛んで来るのが見えた。初めはスズメ程の小さな影だったが、近づくにつれてだんだんと大きくなってゆく。
―――カラス?いやもっと大きい。猛禽類?いや、むしろあれは―――……ヒト!?
―――バサバサバサ!
凄まじい羽ばたき音と共に現れた『お客様』は、朱色の髪と、それと同じ色の翼を背に生やした少女だった。長い髪は後ろで一本の三つ編みにしており、何となく鳥の尾羽を彷彿とさせた。
「ようこそいらっしゃいました、お客様。わたくしはこの店の店主でございます。楓様でお間違えありませんね?」
「ええ、そうだけど……子供が店主って―――それに何でアタシの名前知ってるのよ?アタシここ来るの初めてだけど?」
「そりゃあうちは情報屋でもありますからね。今日貴女様がいらっしゃる事は前々から存じ上げておりましたぜ」
「ええ!?ちょっとそれ個人情報とかどうなってるわけ!?どっから入手してるのよその情報!?」
「それはもちろん企業秘密です☆」
「あんたねぇ……」
いけしゃあしゃあと言ってのける店主に楓は深いため息をつく。
「―――でも依頼内容についてはまだ存じ上げません。で、今日はどのような願い事の相談に?レア種族の鳳凰さん?」
「!」
「……ホウオウ?」
聞き慣れない種族の名にロゴスは首を傾げた。
「鳳凰っつーのは神獣の一つでな、生息数も少なくめったに人前に姿を現さない幻の種族だ。一般的には鳳が雄、凰が雌として知られてる。実際はちょっと違うんだけどな。似たような種族で麒麟ってのもいるが、あっちは両性体であるのに対し、鳳凰は男女二つの人格と姿を有しているんだ」
「男女二つの人格と姿……??」
ロゴスはますます首を傾げた。
「……へえ、流石情報屋だね、よく知ってるじゃないの。そう、そしてこっちがいわゆる『鳳』である……」
突然、楓の体が紅蓮の炎に包まれた。ロゴスは慌てて給湯室まで水を汲みに行こうとしたが、その前に炎の色は青碧へと変じ、フッと唐突に消えた。炎の消えたそこに楓の姿はなく、代わりに立っていたのは青い髪と翼の少年であった。
「椛だ……宜しく……。オレ、話すの苦手だから……あとは楓に聞いて……」
再び青碧の炎に包まれると、炎は紅蓮へと変わり、中から楓が現れた。
「……とまあそういうわけだから、アタシら二人の事宜しく頼むよ」
ロゴスはしばらく目を点にして呆然としていたが、「ロゴス、とりあえず茶ぁ煎れてこい」と零沙に促されハッとし、給湯室へと向かった。
パタパタと足音を立てて去り行く部下に零沙は一瞬顔をしかめたが、すぐさま客に得意の営業スマイルを向ける。
「で、相談内容は?レア種族の願いとなるとさぞや重い内容なのでは?」
「ああ、そうだった。そうそう、すっごーく重くて深い悩みなのよ!」
楓は机を両手でバンッと叩き付け、静かな声で告げた。
「……結婚相手を探してるの」
「…………は?」
あっという間に彼の営業スマイルは消え去った。
「だから、結婚相手を探してるの!リア充ってやつになりたいの!!」
「……あのねぇお客様?うちは結婚相談所業はやってないんだけど?」
「ええ!?何でよ!?ここ何でも屋なんでしょ?何でもやるんじゃないの!?」
「うちは身売りとドラッグ関係はやらない主義なんで。」
「いやいや!結婚相談所と身売りは全然違うでしょーが!」
「出会い系は色々と事件に繋がりやすいんでね。そもそもさー、普通に他の鳳凰仲間と見合いなり合コンなりすりゃいいじゃん」
もはや口調もすっかりため口である。
「そう簡単じゃ無いのよ。いい?あんたがさっき言ったように、アタシらは一つの体に男女二つの人格を有してる。つまり鳳凰同士の結婚となると合計四つの人格の仲が良くないと成立しないわけ。他の種族の奴らなんて一対一のくせにすぐ別れたり離婚沙汰になったりするんでしょ?アタシらみたいなのが結婚して円満家庭を築いていくのは難しいのよ!」
「ああ、それで鳳凰って生息数少ないのか……」
「あ、ちなみにアタシは母性本能くすぐる草食系男子が好みよ」
すると彼女の体が再び炎に包まれる。
「オレは守ってあげたいタイプの女の子がいい……あ、胸はCカップ以上で」
「お前口数少ない癖にそういう主張はしっかりするのな……!だいたいよー、当然楓は男の恋人を、椛は女の恋人を希望してるわけだろ?ある意味二股じゃん。お前ら自身は良くても相手のほうがそういうの嫌がるんじゃねーの?」
するとまたもや椛の体が炎に包まれ、楓にチェンジする。忙しない事この上ない。
「だから、そういうの気にしない男女をそれぞれ見つけ出して紹介して欲しいわけ!もしくは両性体の種族とか」
「無茶言うな!そんな個人の趣味や嗜好なんざいちいち調べてられるか!両性体種族だってそう簡単に見つからないレア種族ばっかだし」
「何よう、使えないわねぇ。巷じゃ有名な何でも屋だって聞いてわざわざこんな所まで来たって言うのに!わかったわよ、もうあんたらなんかには頼まない!自分で街行って探すわよ!ついでにこの店の悪評流しまくってやる!!」
「街に行く!?おい、ちょっと待て―――…!!」
零沙の制止の言葉など聞く耳持たず、バサリと大きな翼を広げて彼女は窓から飛び出して行った。
ひらひらと床に舞い落ちた朱色の羽根を拾い上げ、零沙はやれやれとため息をついた。
「お待たせしました、お茶お持ちしましたー……ってあれ?お客さんは?」
帰った、と短く伝えるとロゴスは「またか」とそれほど驚いた様子もなく嘆息する。
「どうせまた零沙が喧嘩売るような事言って怒らせたんでしょ?全く、お客様は神より偉大とか言ってるくせに、ないがしろにしてるのはいっつも君なんだから……」
「ああ?何お前、店主に意見するわけ?」
「い、いやいや!別にそういうわけじゃ……!」
ぶんぶんとちぎれんばかりに首を振って否定する。心の中では(このワンマン店主め……!)などと毒づいているが。
ロゴスは特にこれと言った特技もない、取るに足りない人間である。この店では皆、自分の取り柄を生かした仕事に就いているが、何の取り柄もないロゴスのような存在には出来る仕事などたかが知れていた。かといって転職しようにも他に就職先などありはしない。履歴書の長所欄を埋められない者が職を得られるほど世の中甘くないのである。
「ま、それはともかく、行くぞ」
「え?行くってどこへ?」
「あの鳳凰共のところだ。不本意だがこの依頼、引き受けないわけにはいかなくなった」
「え?え?引き受けるってどういう事?お客さん怒って帰っちゃったんじゃないの??」
「それは後で説明してやる。それより今はあいつらを探すぞ。楓は街に行くと言った。この北大陸には人間の街しかない。レア種族が人間の街に行ったらどうなるか、頭の弱いお前でもわかるだろ?」
「―――……!」
零沙の言葉にハッとし、ロゴスは彼と共に鳳凰探しへと向かう事に決めた。