第一話・①~うちは就業時間前はどんなに早くタイムカード押しても残業扱いにならないんだよね~
「おはよう諸君。今日も一日肩肘張らず、適当にテキトーに、良い加減にいいかげんに、かつミスなくスピーディーに馬車馬の如く身を粉にしていっちょ頑張りましょうー」
朝礼にて矛盾しまくりの社訓を唱える店主。既に突っ込みどころ満載であるが、何よりもこの店主、その姿はどこからどう見ても十三歳前後の子供であった。
服装はいわゆる水干であるが、動きやすいように袖口を短くカスタマイズしてある。穿いているものも袴というよりはズボンに近い。この事からも店主が効率重視の合理主義である事が伺える。また水干の背にはこの店のマークである曼珠沙華が描かれている。
少しきつめの鮮紅色の瞳と、背中まで伸びた白銀に輝く髪。サイドの髪は一房ずつだけが短く、少々撥ねている為、何となく猫の耳を彷彿とさせた。傲慢そうな態度とは対照的に体の線は細く小柄であり、その容姿はまさに美少女と言っても過言ではなかった。が、しかし。
「相変わらず言ってる事が無茶苦茶ですねぇ貴方は。まあいつもの事ですけど」
部下の一人である黒スーツの青年が、朝礼中は脱いでいた帽子を被り直しながらため息をつく。
「黙っていれば可愛いお嬢さんなのに……わぁっ!?」
空を切る音と共に刀の切っ先を目の前に突き付けられた。
「だ・れ・が・女だ!俺は正真正銘男だっつの!!」
傲慢気質な彼の唯一のコンプレックス、それは女顔である事だ。しかも小柄である為余計に女性に間違われやすいのである。
「俺だって大人になればなぁ―――!」
「あーもううっせーなー!それよりとっとと今日の仕事の指示出しやがれ!!」
店主とスーツ青年のしょうもないやり取りにいらつき、赤い鎧の男が吠えた。この鎧は彼等が今いる国、秋穂国に伝わる武者鎧と呼ばれるものである。
「戦の助っ人でもサシでの殺し合いでも、強ぇ奴と戦えるなら何でもいいぜ」
バトルフリークたる鎧男は底冷えするような笑みを浮かべた。
「はいはいわかってるよ。お前とお前の部下達の今日の仕事は……」
全員の本日の仕事リストを指でなぞりながら告げる。
「戦闘系依頼ゼロ。代わりに東大陸にある農家の田植えのお手伝いだ」
「また農業かよ!?こないだも西大陸の畑仕事だったじゃねーか!」
「いいじゃん世の中平和って事で。どうせお前ら体動かす事しか能ねーんだし」
「脳筋集団ですもんねー」
「んだとこらぁ!!」
「あ、あのー……」
三人のやり取りに割って入る控えめな声。一斉に声のした方へと目を向ける。そこには金髪碧眼のいかにもお坊ちゃんといった雰囲気の軟弱そうな若者が立っていた。
「あの、ボ、ボクの仕事は……?」
「あー、ロゴスか。お前の仕事は……三頭犬四匹の散歩だ」
「三頭犬!?それって凄く危険な魔獣じゃんか!む、無理だよう!そもそもなんでそんなのの散歩の依頼なんか受けてんのさ!?」
「番犬として飼ってる魔法使いや上級魔族は割と多いんだぜ?ごく一般的な仕事だ。まあ確かに合計十二本の頭の世話をするのは大変だろうけど……」
「二頭犬なら多少楽でしたね」
「いやいや頭の本数の問題じゃないから!無理!絶対無理!!」
「無理じゃねぇ!何が何でもやるんだよ!それが社会人ってもんだ。ったく、これだから最近の若いもんは……!」
若すぎる見た目の店主は実にギャップのある台詞を吐いた。
「その三頭犬、倒していいんだったらオレ様が代わってやるぜ?」
「倒すな!散歩だっつってんだろうが!お客様は神より偉大だっていつも言ってんだろ!無駄口叩いてないでお前らとっとと行きやがれ!!」
すると部下達の周囲に銀色の風が発生し、彼等を覆った。これは店主が得意とする移送術であり、部下達はそれぞれの仕事場へとテレポートさせられるのである。
「うう、嫌だなぁ……」
「あ、零沙君、私の今日の仕事はー?」
「アリアはいつも通り、中央大陸迷いの森の喫茶店で迷い人からぼったくってろ」
「はーい、了解でーす」
「……客は神より偉大なんじゃなかったのかよ」
「そこはほら、俺、適当にテキトー、良い加減にいいかげんと言う名の臨機応変主義だからさ。あ、そうそう残月、お前のところの部下も後でそっち送っといてやるから。てなわけで、お前ら定時には戻って来いよ。残業代出したくねーからな。あと怪我したらなるべく回復魔法で治すように。どうしても病院に行かなきゃいけない場合は業務中での怪我である事は伏せるように。労災扱いにしたくないんで。んでは今日も一日張り切って行きましょうー!」
少年店主・零沙の号令と共に三人はそれぞれの勤務地へと飛ばされたのだった。
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そう、ここは何でも屋【白銀の風】。
殺人依頼から呪詛に戦の助っ人に情報屋業、運び屋業に草むしりに犬の散歩まで手広く行う事で有名な秘密組織である。秘密組織だが有名である。
本店所在地は東大陸よりもさらに東に存在する小さな島、秋穂国だが、秘密組織ゆえ本拠地を知られるわけにはいかない。その為活動は主に東・西・南・北・中央の通称五大陸にて行われている。 【白銀の風】の従業員はそれぞれ異なる分野を担当しており、常に一つの仕事に従事している者もいれば、零沙から毎日違う仕事を依頼されている者もいる。特に店主であり稼ぎ頭である零沙は担当している分野が複数あり、一つ目は呪詛、二つ目は情報屋業、三つ目は魔法具の売買、そして四つ目は―――……。
「零沙〜、三頭犬の散歩終わったよ〜……」
ロゴスがくたくたになって本店の店主室に戻ってきた。和で固められたその部屋の文机で呪符の文字を書いていた零沙は、露骨に顔をしかめた。
「あん?まだ定時まで二時間あるじゃねーか。さては途中で切り上げてきやがったな?」
「いや散歩に何時間費やせって言うのさ!?それに十二本の頭に何回食われそうになったと思ってんの!?」
「知るか。お前がどん臭いからだろ。それより残りの時間でこれ全部終わらせろな」
傍にあったダンボール箱をドン!と文机の上に置く。
「この中の紙を呪符用に縦15センチ、横7.6センチに切ってくれ。1ミリでもズレたら1000マルずつ給料から差っ引くぞ」
「ええ!?む、無理だって!ボクそんな器用じゃないし!第一あと二時間でこれだけの量終わるわけないじゃん!」
「うるせえ!出来ないじゃなくて『やる』んだよ!何度も言わせんな!」
「うう……、ならせめて残業させてよ……」
「残業ありきで仕事すんな。ちゃんと定時内に終わらせるように努力と工夫をしなさい。よって今回の残業申請は認められませーん。あ、そうそう、ちなみに言っておくと、うちは就業時間前はどんなに早くタイムカード押しても残業扱いにならないんだよね。」
にっこりと屈託のない笑みを湛える店主。
「……それって明日の朝早く来てサービス残業して終わらせろって事?」
「別にそうは言ってねーよ。ただうちの就業規則を説明しただけさ。まあ『自主的に』早く来る分には俺は何も言わねーよ?」
少女の如き微笑みは傍から見ればまさに小悪魔。だが今のロゴスには大魔王の恐ろしき邪笑にしか見えなかった。
―――このブラック企業の人でなし店主め~……!
「……ま、そんなに嫌だってんなら今日は違う仕事もあるからそっちやってもらってもいいけどな」
「え、他に何の仕事があるの?」
「何の事はない、単なるお茶汲みさ。これから北大陸の支店で『願い事相談』があるんでな」
お茶汲み。それなら自分にも出来るし、時間内に終えられそうだ。
「それならボクやるよ!」
「了解。んじゃ十分後には出るから準備しとけよ」
零沙は文字の乾いた呪符を束にして纏めると、空中に右手を翳す。すると真っ暗な穴が出現し、その中に呪符を無造作に放り込んだ。
これは『異次元ホール』と呼ばれる術であり、小さな次元の歪みを利用して物を収納する非常に便利な術である。魔術があまり得意でないロゴスにはまだ使えないが、今回はこれといって持っていく物もなかった為、使用出来ずとも特に問題はなかった。
割と早めに仕度を終える事が出来た二人は、早速依頼人の元へと向かった。