第2話
目の前には国王陛下が少しひきつった笑顔で座っている。その右横(僕から見たら左横になる)には国王陛下の妃(メンドクサイので、もう王妃でいいや)が座り、和やかとは程遠い食事会が行われている。僕の左後ろには例の護衛の美少女が控えている(名前はまだ聞いていない)。
そして僕の右後ろには甲冑姿の騎士が一人、血だまりに倒れている。食事会が和やかではない原因の一つがこれだ。どうしてこうなったのだろう?
時間を少し戻してみるか。
国王との面会は、食事会という形で行われることになった。
一番の理由は国王と王妃が堅苦しい席は嫌いだということ、である。
召喚魔法を使い、勝手に異世界へ召還したことへのお詫びだとも言われた。
この国(アークティカ王国と言うらしい)の国民であるならば、並べられた料理に驚き、また、国王と王妃が揃って頭を下げたという事実にかしこまってしまうかもしれない。しかし、そこにいたのは僕だった。
食事会が和やかに進む間、料理に対する感想を一切述べない僕に対し、王妃が口に合わないのかと尋ねてきた。僕は勿論正直に答えた。「不味くはない」と。
おそらく国王や王妃が食べるものだ。料理人も誇りを持っているだろうし、実際美味しいのだろう。だが僕にはそう答えるしかない理由がある。
だが、その理由を答える前に例の血だまりに近い将来倒れる騎士が僕に声をかけた。なんかイケメンだ。
「貴様、不味くはないとは、どういうことだ。この王宮の料理人が丹精込めて作った料理が美味しくないとそう言うのか!」
彼にとっては祖国を馬鹿にされたとでも感じたのかもしれない。また、外国の国賓などにも供されるレベルの料理で彼ら騎士階級の人間では滅多に食べられないのかもしれない。そのことに対するやっかみもあったのだろう。
だが、僕にとってはそう答えるしかないのも事実なのだ。糞、うるさいぞイケメン。
「正直な感想を言ったまでだが?」
「貴様!!」
イケメンは国王や王妃の前だというのも忘れ、僕に殴りかかってきた。気が短いな、流石イケメン。
僕は護衛についている(ホントに僕の護衛なのだろうか? ほとんど動こうとはしなかったが)少女を手で制し、殴りかかってきた左拳をかわし、カウンターで右拳を彼の顎に見舞ってやった。もちろん、それだけでは終わらない。グラついた彼の顎に向かってさらに左の裏拳を見舞ってやった。右下(彼から見て)にグラついた彼の顎に向かって、いや、もう顎だけじゃない、人の話を聞こうともしなかったこの騎士の顔面に更にもう一発、今度は左のハイキック。ここまでやる必要があったのかと言われれば、その必要性は一切なかった。そう、すべては彼がイケメンだったのがいけなかった。イケメン死すべし。
イケメンは鼻と口から大量に出血し、自らが作りだした血だまりの中に顔を埋めることとなった。この世界には回復魔法だか治癒魔法だかがあるらしく、あとで治せるとの事だったので、食事会の間は放置することになった。さらばイケメン。安らかに眠れ。
さて、冒頭の部分に戻る。うん、たいして時間の経過は無い。
「ま、気を取り直して」
案外、国王と王妃も出来た人物なのか今の件に関しては不問とすることになった。
40代くらいに見える国王夫妻。なんか、いい年の取り方をしているように見える。僕もこのようにいい年の取り方をしてみたいものだ。ただ、国王、若いころはイケメンだったのではないか。今もナイスミドルという表現がしっくりくる面構えだ。
「君をこの世界“ファーガイア”に召喚したのは、この世界に現れたと言われる、魔王とやらを退治してもらいたいのだよ」
「現れたらしい?」
なんともまあ、不確定の状態で召喚したというのか。しかし、ファーガイアか。心惹かれる言葉だ。はて、何故こうも心惹かれるのだろう? 元々いた世界での地球の別名がガイアだからだろうか? それとも僕の過ごしたオタク道の何処かですれ違ったのだろうか?
「この大陸で数年ほど前から魔物の動きが活発になった。これは魔王復活の前兆とも、もうすでに復活したとも言われている。だが、魔王の居場所など、はっきりとした事は一切分からないときたもので、活発化する魔物に対して、国の騎士や冒険者などを雇い、事にあたっているのだが、な。数の問題等もあり、後手後手に回っているのが現状なのだよ」
「国の騎士や冒険者では魔王を倒せない…?」
「魔王が産まれた、復活した、色々言われているが、その魔王のいると言われるカダス帝国に踏み込む手段がない。カダスに乗り込む前に、狂気山脈と呼ばれる山脈を越えなければならないのだが、上級の魔物も多く、また、正気で帰って来た者もいないと言われる場所でな。命知らずの冒険者でも山脈に入ろうともしないのだよ」
「それで勇者を異世界から召喚した、と?」
「うむ、我々は反対したのだが、教会や貴族連中からせっつかれてな、責任は最終的には私がとるという形で勇者召喚を行ったというわけだ」
「ごめんなさいね、あなたにも元の世界での生活とかあったと思うのだけど」
そこで王妃が口を挟んできた。僕に対する謝罪の意思はすごく感じとることが出来る。
「異世界人が魔王討伐に失敗したとしても、貴方がたは何の痛手も感じない、かい」
「そんなことはない。私が出向いて事がおさまるならすぐに出張る。後継者もいるし、これでも元はAランクの冒険者だ。腕に自信はある」
「ならば何故貴方が出張らない?」
「Aランク冒険者ごときでは、狂気山脈の2合目までいけるかどうかがせいぜいだ。そこくらいまでなら、帰還者の例も報告されている。だが、そこまでなのだよ。正気で帰って来れるのがね」
「異世界人、否、勇者ならばそこを越えられるとでも?」
「いや、分からぬがかつて伝承に異世界人が魔王を倒したというものがあるのだよ。そこにすがったとも言えるな」
「それほど事態は逼迫しているとでもいうのか?」
「いや、伝承にすがるほど逼迫してはいない。早めに手を打とうとした話だ。東のレムリア王国では2年ほど前に勇者召喚を行ったらしいが、逆に国が滅びる寸前までいったらしい」
「魔王に滅ぼされかけたのか?」
「いや、勇者の逆鱗に触れたらしく、国の上層部がこぞって気が触れたり、死に追いやられたり、経済的に破滅したりしたらしい」
なにか、何処かで聞いたような感じのする話だ。2年前に召喚された? 僕の脳裏にはアヤ姉の顔が浮かぶ。まさかねえ? でもあの女性ならやりかねん、か。
まあ、召喚されちまったものはしょうがない。気になることは一つだ。
「元の世界に戻すことはできるんですか?」
国王と王妃が揃って瞼を下げた。おいおい、これはフラグとかいう奴じゃないのか?
「済まない、元の世界に戻す方法は見つかっていない」
「本当にごめんなさい。これからのあなたの生活は私たちが保証します。こちらの世界で何とか生活してください」
おいおい、僕の異世界召喚ライフは、最初からお先真っ暗ってやつか。
こういう時、しゃべる言葉は何処を探しても一つだ。
「やれやれだぜ」