第2話 戦闘
二人の出会い編終了です。
小鳥が人の誘導を行っている頃、燈夜は魔物と対峙していた。悲鳴が聞こえた瞬間に動き出していた燈矢はすぐさまその悲鳴の発信源へと辿り着く。そこには汚い布袋を膨らませたような存在が3匹宙に浮いていた。
ゴースト、これがその魔物の呼称だ。
燈矢は腕をゴーストのほうへと向け、術式を展開する。幸い周囲には誰も居らず、このゴーストに人が襲われた形跡もない。
「発射」
燈矢の展開した術式から光弾が九つゴーストへと向かう。そして、寸分野狂いもなく各ゴーストに三つずつ命中した。
「GYAAAAA!!」
光弾が直撃したゴーストは叫び声をあげて地面へと落ちる。燈矢は周囲を警戒しながら、ゴーストへと近づく。
燈矢は小鳥とは違い実戦は初めてではない。朱里学園では一年の夏休み以降、実戦教育が施される。そうでなくても高校に入学した時点から準ハンターとして魔物の討伐などの依頼を請けることができる。
こうやって街中に突発的に現れる魔物もいれば廃屋や山などの地域を根城にして存在する魔物もいるのだ。いくら各地域にSAVEの支部があり、そこの常駐するハンターがいようとハンター自体の絶対数が少ないため、地方まではカバーできていないのが現状であった。
燈矢はゴーストを足で蹴ると、動かないことを確認して周囲を警戒する。ゴーストは一体一体は弱いものの群れを成して行動することがあるため、もし多数いた時のために警戒を怠ってはならない。とは言っても、これはゴーストだけに限らず、すべての魔物と戦闘するときの心構えとして教えられた行動であった。
腕にしてある時計を見る。悲鳴が聞こえてから燈矢がここに来て、足元にいるゴーストたちを倒すまでにわずか一分程度しかかかっていない。これは誉められるほどの早さであるが、その一方でSAVEのハンターが来るまで待つことしかすることがないとも言える。
燈矢がゴーストを足元に周囲を警戒していると正面から小鳥が駆けてきた。
「先輩!!」
「誘導と通報は?」
「一般人の誘導はこの公園から遠ざける形で行いました。通報も完了しています。確認した限りでは一般人の被害は確認できませんでした。今、SAVEと繋がっています」
小鳥はそういって自分の通信端末を燈矢に手渡す。燈矢はそれを受け取ると、SAVEに現状の報告を行う。
「こちらアカデミー生です。ゴースト三体と遭遇し撃破、確認している限りでは人的被害のほうはありません」
『了解しました。SAVEのハンターの到着をお待ちください。それと周囲の警戒を怠らないようにしてください』
「了解」
燈矢は通信端末を小鳥へと返す。今回のように突発的に魔物と遭遇した場合、現状などを報告しなければならないため、発生からある程度の状況が片付くまでSAVEと通信をつないでおかなくてはならないのだ。
小鳥は燈矢から端末を受け取ると、SAVEとの通信を切ろうとするがその瞬間身体中に怖気が走った。
「ッ!?」
「先輩!?」
小鳥が燈矢に声をかけるのと燈矢が小鳥を抱えてその場を跳びのいたのはほぼ同時であった。今まで二人のいた場所に大きな黒い犬が現れ、燈矢の倒したゴーストを喰らっていた。
「ハウンド!?」
目の前でゴーストを喰らっている魔物に思わず燈矢は驚きの声を上げる。黒い犬のような魔物の名前はハウンド。強さ自体はそれほどではなかったが、問題はその能力にあった。
生物を喰らい、自らの力を増幅させる。それはたとえ死んでいようとも関係がなく。そして、ハウンドは魔物の中でも特殊で人間や動物に限らず、 魔物であったとしても喰らう。
「相沢、報告を。あと、ついでにこれももっとけ」
燈矢は小鳥に今日買った魔術球を渡す。そして、ハウンドに向けて術式を展開した。小鳥は燈矢から魔術球を受け取るとすぐに、SAVEへと報告を行う。
「ハウンドが出現しました!! 現在、先ほど撃破したゴーストを喰らっています」
「それは桜が花咲く季節、やさしき風に吹かれつつ」
小鳥のSAVEへの報告と燈矢の詠唱が始まったのはほぼ同時であった。
『もうすぐそちらに到着します。可能であれば押さえ込んでください』
オペレーターの言葉に小鳥は思わず、燈矢のほうに不安そうな表情を向ける。燈矢は小鳥のその表情に気づいたのか、小鳥に向かって安心させるように微笑んだ。
「多くの花弁が散っていき、花びらが数多の終わりを告げる」
小鳥は気づく。いつの間にかハウンドの周りを囲むように桜の花吹雪が舞っていた。その風景に思わず小鳥は見とれてしまう。その光景はまるで桜の舞台のようだった。
「咲いて咲いて美しく、きれいにきれいに散りなさい」
燈矢の詠唱が終わると同時、数多の花びらが桃色の光へと変わりハウンドを襲う。小さな桜の花びらが大型犬よりもはるかに大きいハウンドを傷つけていった。
攻撃が止み、ハウンドが地面から動かなくなる。どうやら、倒せたようだ。小鳥が燈矢のほうを見ると、燈矢は術式の展開を解いて一息吐いているところであった。すると、ちょうどそこでこちらに駆け寄ってくる集団が見える。
「こちらSAVEのハンターです。連絡をくれたのは君たちですか?」
「そうです。朱里学園の二年の逢瀬です」
駆け寄ってきた集団のうちリーダーであろう青年の問いかけに燈矢が答え、懐から取り出した学生証を見せる。青年は端末を取り出すと、燈矢の学生証をスキャンして確認した。小鳥も同じように学生証を取り出し、端末にスキャンしてもらう。アカデミー生の学生証、準ハンターとしての仮のライセンスでもある。
「身元の確認完了しました。いくつか聞きたいことと今回の報酬が支払われるから、SAVEの支部まで来てもらうよ」
「了解です」
「は、はい。わかりました」
青年の言葉に二人はうなづくと彼らが乗ってきた車へと乗り込む。彼らはハウンドの死体とゴーストの死体の成れの果てを回収して二台へと積んだ。死体から取れる素材を集めるのと死体をもとに研究するためだ。現場の検証や被害の確認をするためのハンターを二人公園に残し、車は発進した。
二人を乗せた車はSAVE支部まで進んでいく。車の中で二人はハンターたちを先ほどのことなどを談笑していた。
「しかしまあ、よくハウンドを倒せたね。ゴーストがあれだけ喰われた後だったら、そこそこの能力を持っていてもおかしくなかったろうに」
「むしろ喰っている間に詠唱できたからラッキーだったんですけどね」
「それでも…ですよ。あのハウンドは五級ぐらいの能力を持っていそうな感じでしたからね」
燈矢はハンターから誉められる。五級というのは魔物に与えられた格付けだ。下は十級から始まり1級、その上は十等から一等となり、一等に近ければ近いほど魔物の危険度や能力が上がっていく。ちなみにゴーストは九級だった。
小鳥は燈矢が誉められている姿を見て落ち込む。自分ができたのはSAVEへの報告と誘導だけだ。それ以外は何もしていない。
「相沢大丈夫か?」
「ふぇ、あっ、はい」
燈矢にいきなり話しかけられ、小鳥は思わず変な声を上げてしまう。それが恥ずかしくなってうつむいてしまう。
「相沢もご苦労様」
「え? 私、何もしてませんよ?」
燈矢のねぎらいに小鳥の口から思わず本音が漏れる。
「いや、ちゃんとやっただろう報告と誘導。あれがなかったら、俺も戦闘に集中できなかったし」
「最近のアカデミー生の中には誰かがやるだろうと報告しない子もいるからね。それに報告はするけど誘導を行わなかったせいで結果的に一般人に被害が出ることもあるし」
「そうね。さっき報告があったけど被害は0だったそうよ。それは間違いなくあなたの手柄なんだから胸を張りなさい」
小鳥は自分が誉められたことが嬉しくて、思わず目頭が熱くなる。こうやって人から誉められるのははじめてであった。アカデミーに入学してからというもの成績が優秀だったわけではない小鳥はこうやって自らが行ったことで誉められた経験がなかった。
「ほらほら彼女が泣いてるわよ。彼氏だったら慰めてあげなさいな」
女性のハンターが燈矢に向かってからかうように言う。どうやらこの女性は燈矢と小鳥が恋人だと勘違いしているようだった。
「あの、その、先輩は恋人じゃないんですよ」
「え、うそっ、ホントに!?」
女性ハンターは驚いたように陶冶に向かって確認を取る。もう一人いたハンターも二人の関係を勘違いしていたのか驚いていた。
「同じ学校なのに?」
「私が入学してまだ一週間も経っていませんよ」
「あの公園で一緒にいたのに?」
「今日はじめて会ったばかりです」
「うわぁ」
女性ハンターの質問に軽く返す二人に女性ハンターはホントなんだぁと若干つまらなそうな表情を浮かべる。そうこうしているうちにSAVEの支部へと到着し、二人は車を降りると支部の中へと案内された。
SAVEの支部の中は活気で溢れていた。ハンターたちがテーブルの上で楽しく騒いでいたり、ボードゲームなどをしていた。
「あのSAVEの支部っていつもこんな感じなんですか?」
小鳥は自分の予想していた支部の姿を違っていたので質問をする。小鳥のイメージとしてはもっと事務的できっちりとしたイメージだったのだが、目の前の現実はあまりにも違いすぎた。
「ああ、彼らは支部に契約して常駐しているわけではないフリーのハンターだよ」
「主に支部から出される依頼なんかをこなして生計を立てている人たちね」
二人のハンターの説明に小鳥は納得する。要するに彼らには支部と契約しているわけではないから自由に行動できるのだ。
「そういえば先輩はここを利用したことがあるんですか?」
「ああ、結構な頻度で利用してる。お前も夏休みが終わったときぐらいから使うことになるはずだ」
「そういえば、アカデミー生も依頼を請けられるのよね~」
小鳥は周りを物珍しそうに確認しながら、案内される。案内された先はついたてで仕切られただけの簡易な部屋であった。二人は椅子に座ると、ハンターの人たちは案内が終わったと手を振って二人と別れた。
そして、それほど時間をおかずに二人の前に一人の女性が現れた。二人はその人から簡単に今回の事件が起こった状況と対応などを聞くと二人の目の前に数枚のお札を置く。
「報酬は二人でお分けください。それでは今回の件は支部を代表しましてお礼を申し上げます。ありがとうございました」
そういうと女性は二人の前から姿を消し、業務へと戻っていった。二人は目の前に置かれた報酬に目をやる。報酬を数えてみると五万三千円、ゴーストが一体千円、ハウンドが五万円のようだ。
「倒したのは先輩ですし、全額先輩が受け取ってください」
小鳥は報酬の全部を燈矢に渡そうとするが燈矢もそういうわけには行かない。
「少なくとも被害が抑えられたのはお前のおかげなんだから、ちゃんと報酬は受け取れ」
結局二人の報酬は燈矢が三万円、小鳥が二万三千円という内訳になった。小鳥はもらった金額が自分の働きに比べて多すぎると渋ったが、そこは燈矢が譲らなかった。
二人が支部を出ると燈矢は自分の通信端末を取り出す。
「ほら、連絡先」
小鳥はいきなりのことに驚いたが、自分の通信端末を取り出すと燈矢の通信端末に近づけ連絡先を交換した。
「なんか困ったことがあれば連絡しな。これもなんかの縁だし、できる限り助けてやるから」
燈矢はそういうと自分の家の方角へと歩いていく。小鳥の家はは燈矢とは別方向にあるため、ここでお別れだ。
「先輩! 今日はありがとうございました!!」
小鳥は燈矢のほうに頭を下げる。燈矢も小鳥のほうを振り返り、手を振って返した。
家に帰った小鳥はベッドに倒れこむと今日起こったことを思い返してみる。
(公園で歌ってたら逢瀬先輩に話しかけられて、自分の歌を誉めてもらって、それで魔物に遭遇して、先輩が戦っているところを見て)
そして連絡先を交換した。
「これってものすごいことだよね」
小鳥は枕を抱きしめると通信端末を取り出して燈矢の欄を開く。そこには番号とアドレスだけではなく誕生日も記載されていた。
「ことり~、そろそろ夕飯よ~」
「は~い」
夕飯の用意ができたようなので枕を手放し、通信端末を机の上へと置いた。部屋を出るときにもう一度、机の上にある通信端末を見る。すると、これから先の学校生活が楽しみになった。
燈矢は自分の部屋で今日起こったことを思い返す。暇になって出かけた休日が意外とあわただしく終わったことを考えると思わず笑ってしまう。
(相沢小鳥ね~)
今日出会ったばかりの少女を思い出すと、思わず笑みがこぼれる。最初は公園で歌っている変わり者を見てみるだけであったが魔物と遭遇し、結局、今日一日を一緒に過ごした少女。
「そういえばあれがあったっけ」
燈矢は後日行われるとあるイベントの予定を思い出す。燈矢にとっては面倒なことの一つであるが、彼女とであったことで少しは楽になりそうだ。
(せっかく出会ったんだし、つきあってもらおうかな?)
燈矢はベッドに倒れこむと今日の疲れを休めるために眠りにつく。
(そういえば魔術球返してもらってねえや)
最後にこんなことを考えながら……