第1話 出会い
二人の出会いと初の戦闘の幕開けです。
高校も始まり最初の休日、相沢小鳥は公園へと来ていた。公園は緑が生い茂り、大きな湖もあってカップルや親子連れなど、さまざまな人たちがいる。
小鳥や公園の湖の畔にあるベンチへと腰掛ける。小鳥は中学のころからこの場所がお気に入りであった。中学のころから暇があるとここにやってきて、いつも水面を見ていた。桜の花びらが風とともに舞い上がり、水面にも桜の花びらが浮かんでいる。
「~~♪~~♪♪~~~♪」
先日見た演奏を思い浮かべながら、小鳥は歌う。普段の小鳥であるなら絶対にしないであろう行動だ。しかし、小鳥はあの演奏を聴いて以来、家でもこうやって歌っていた。
あの三人の演奏。あれを見て以来、小鳥は音楽に夢中であった。小鳥自身、もともと音楽が嫌いなわけではなく、普通の女の子と同じようにアーティストの曲を聴いたりする。しかし、ここまで夢中になることはなかった。
「~♪~♪~~♪~」
小鳥が歌っているのは自分の一番好きなアーティストの曲だ。それは少し前にリリースされた桜をイメージしたバラードソングだった。
逢瀬燈矢はその日、暇であった。休日は新たな術式を構築したり、魔術の練習に費やしたりしているのであるが、先日作った術式は演習のときに試したのでしばらくは新たに術式を構築するつもりもなかったし、せっかくの休日なので魔術の練習をするのもどうかと思い、散歩に出かけることにした。
街を歩きながら、面白そうなものがないか確認する。恐怖の大王が消えてから百年。放たれた魔物から得られた素材などは機械技術だけではなく、衣類や嗜好品などにも使われていた。
燈矢は目の前にあった店に入った。それほど広くはないが落ち着いた雰囲気の店の中にはビー玉のようなものやお札のようなもの、それ以外にもさまざまなものが並んでいる。
ここは一般人のための魔術用品店だ。ここでは文字通り一般人が使える魔術用品が販売されている。そのほとんどが未だ脅威である魔物から身を守るための品だ。
魔物の存在は現代においても危険なものだ。いくらハンターと呼ばれる専門の人間がいたところで魔物が現れてから人を襲うまでに間に合うとは限らない。ゆえに戦闘能力を持たない一般人には自衛の手段が必要であった。
「いらっしゃい」
燈矢に若い男性店員が話しかけてくる。この店は、そこそこ値段は張るが良質なものを取り揃えていて、燈矢自身よく利用していた。
「こんにちわ月村さん」
「また来たんだ。暇になるとよく来るよね君は」
「仕方ないですよ。ここは品揃えも質も良いですから」
燈矢は話しかけてきた月村に苦笑いしながら言い訳をする。
「それで何かお目当ての品はあるかい?」
月村は燈矢に質問する。ここにある品のほとんどは月村が作ったものだ。月村が客から発注されて作ったものもあれば、趣味で大量に作ったものもある。当然、店においてあるものは売り物なのでちゃんとしたものばかりであった。
「できれば武器系統がほしいんですけどね」
燈矢はぼやくように月村に要望を出す。
燈矢の言っている武器系統とはハンターが魔物に対抗するための武器である。魔物に対抗するための手段として魔術があるのは事実ではあるが、武器を持っていたほうが効率が上がりよりスピーディーにそして安全に魔物をしとめることができる。
「アカデミーの高校生以上は準ハンター扱いだっけ?」
「そうです」
武器を所持するためにはハンターとしてのライセンスを得なければならない。しかし、アカデミーの高校生以上は専門教育を学んでいるものとして準ハンターと位置づけられ、学校に申請を出せば武器の所持が許された。ハンターのライセンスの規定は国によって異なるが概ね15歳以上であれば、ライセンスを取るための試験を受けることができる。燈矢は残念ながらハンターライセンスを保有していなかった。
とはいえ、ハンターと準ハンターの違いなど、それほどあるわけではない。せいぜい、請けられる仕事のランクが違うぐらいだ。当然、学生である準ハンターには高ランクの仕事を請けられるわけがない。
燈矢は棚の上においてあった、ビー玉サイズの魔術用品を手に取った。これは魔術球と呼ばれるもので中に魔術が刻まれており、一回だけであるが刻まれている魔術を扱うことができる。燈矢が手に取ったのは、結界の魔術が刻まれたものであった。そしてそれを月村に渡す。
「500円です」
燈矢はポケットからカードを取り出すと、レジにある機械に通して精算を済ませる。
「まいどあり~」
月村が機嫌よく魔術球を手渡してくれたのでそれをポケットにしまい店を後にした。
その後も街を歩きながら、少し疲れたのでコンビニでサンドイッチと飲み物を購入して公園で休むことにした。湖近くのベンチに腰掛けて、コンビニで買ったサンドイッチを食べながら景色を眺める。こんなところで食事しているのもどうかと思ったが、公園に咲いている桜のおかげがちょっとした花見のようで気がまぎれる。
「~♪~♪~~♪~」
するとどこからか燈矢の耳元に歌が聴こえてきた。それは少し前にリリースされた曲だった。
時計を見てみるとまだ昼の時間帯だ。周りを見てもこの公園には結構人がいるため、路上パフォーマンスかと思い歌声の元へと向かってみる。
「~~♪♪~」
歌声の主までたどり着くと、そこには燈矢と同い年くらいの女の子が歌っていた。女の子は湖の方を向きながら歌っており、どうやらパフォーマンスの類ではなく、ここで歌っていただけのようだ。
燈矢が来るとちょうど少女は歌い終わり、一息ついていた。そんな彼女に思わず燈矢は拍手を贈る。すると、少女はビクッと驚き燈矢のほうへと振り向いた。
「こんなところで歌ってるからパフォーマンスかと思ったんだけど、見た限りじゃ違うみたいだな」
燈矢は少女の反応に思わず、いつもと同じ口調になってしまう。月村のように目上の人間が相手であったり、相手が初対面の場合は敬語を使うのだが、あまりにも少女が目上には見えないため思わず、思わずため口になっていた。
「あ、お、逢瀬先輩ですか?」
歌っていた少女、小鳥はいきなり自分に拍手を贈ってきた驚き、相手の姿を確認するとそこには先日、模擬戦と演奏を行っていた先輩の姿があり、思わず確認をとってしまう。
「もしかして新入生?」
「は、はい。一年の相沢小鳥です」
「そう、俺は二年の逢瀬燈矢だ」
お互いに自己紹介をする。小鳥は憧れすら抱いている燈矢に出会えたことに緊張していた。そうでなくても、先輩、しかも異性と話すのは慣れておらず、びくびくしながら燈矢の顔を見る。
「そんな緊張すんなよ。飲み物買ってくるけど何がいい?」
燈矢はそんな小鳥の姿を見てか、彼女のために飲み物を買ってこようとする。
「えっと、それじゃミルクティーで」
小鳥の言葉を聞くと燈矢は彼女をおいて近くにある自動販売機へと向かった。幸いにも自動販売機は目に見える位置にあるため、燈矢が自動販売機に歩いていくのを小鳥は眺めていることができる。
小鳥の心の中は驚きと焦りでいっぱいだった。たまたま、公園で歌っているところにそのきっかけとなった人物が現れ、自分のことを見られたのだ。正直、気恥ずかしかった。あの演奏を見た後では、その本人に自分の歌を利かせられるものではないと思ったからだ。
燈矢が飲み物を買って戻ってくる。手渡された缶は暖かく、まだ肌寒いこの季節にはありがたく感じる。
「さっきの歌上手かったよ」
「え?」
小鳥は燈矢が先ほどの自分の歌を褒めてくれたことに驚き、思わず聞き返してしまう。
「で、でも、私なんか先輩の歌に比べたら上手じゃないですし」
「俺の歌?」
今度は燈矢が小鳥の言葉に思わず聞き返してしまう。小鳥は思わず、あっと呟き恐縮してしまう。先日の音楽室で演奏していたのを隠れてみていたことに少し負い目を感じていた。
「は、はい。音楽室で三人で演奏しているのを見ました」
小鳥はまるで懺悔をするように燈矢に向かって自分が三人の演奏を見たことを話す。言葉が後になるにつれどんどんと小さくなり、身体も縮こまっていく。
「っぷ。あははっ、そんなに萎縮しなくてもいいって、別に悪いことしていたわけじゃないんだし、俺も気にしてないよ」
燈矢の言葉に小鳥はほっと一息吐いた。小鳥は手元にあったミルクティーのプルタブを開け、一口飲む。
「それに俺に比べたらとか言ったけど、俺は本当にお前の歌は良かったと思うよ。曲をちゃんと自分の声で歌い上げて、歌いやすいようにアレンジして、何より楽しそうだったし」
「あ、ありがとうございます」
小鳥はまさかここまで褒められるとは思ってなかったので、恥ずかしくなってうつむいてしまう。
その時であった。
「キャーーーーー!!!」
二人から少し離れたところから悲鳴が聞こえる。それと同時に、
「魔物だーー!!」
「逃げろー!!」
「ハンターを呼べ!!」
などとけたたましい叫び声があげられ、周囲は喧騒に包まれる。それを見た燈矢の行動は速かった。
「相沢、ここにいる人たちの誘導と通報を頼む!!」
燈矢は小鳥にそう言うと騒ぎの現況へと向かっていった。
小鳥は急いで通信端末を取り出すと魔物の出現を通報するために専用ダイヤルを押して、連絡を取った。魔物が現れたとき、近くにいた人はそれをすぐさま通報しなければならない。通報する先は対魔物対策機関SAVEだ。ここでは、ライセンスを持ったハンターが常駐し、魔物が現れたときに出動し倒してくれるだけではなく。魔物から得られる素材の換金や素材の購入、魔物の情報の公開などが行われている。
『こちらSAVE「緊急です!! 魔物が現れました。場所は朱里緑地公園!!」了解しました。すぐにハンターを向かわせます』
連絡を取った後も接続はそのままにして誘導を行いつつ、燈矢の向かった方向へと向かう。周囲に魔物の存在がないか警戒を怠らない。それと同時に魔物に襲われ怪我をしている人間がいないかを確認する。
こうやって急に魔物が現れることは珍しいことではない。そういった時のためにアカデミーの生徒は緊急時の行動マニュアルを入学したときから、教え込まされている。
小鳥自身中学のときに十回近くこうやって魔物と遭遇したことがある。とはいえ、高校と中学では魔物が現れたときの対応が違う。中学では、魔物が現れたのを確認すると同時に通報するだけでよかったのだが、高校では通報だけではなく誘導、被害者の確認、そして魔物の戦力の偵察、さらには魔物との戦闘がマニュアルとして存在する。
当然個人の力量の問題もあるので、できることをできる限りやるというのが厳命されていた。一般の中学校からアカデミーへ入学した生徒などは戦闘能力がないため、偵察や戦闘などは当然ながらもってのほかだ。
小鳥にとっては初となる、実践がここに始まった。