超空陽天楼
「物凄い人気ですね……。
基地開きってこんなにも人が集まってくるもんなんですか?
私、こういうお祭り系は初めてなんでよく分からないんですけど……」
蒼は困惑というよりも驚愕の感情を持って窓の下に広がる光景を眺めた。
「いや、正直俺もここまで人が来るのは初めてだ。
普通はこれの半分位が関の山なんだがな……。
整理券とか作ったとしても、基本余るから今回は作ってねーぞ……」
マックスはぼやきながらもタバコを取り出し、火をつけた。
「全く、人間ってのは興味が移るのも早くて嫌になるな。
嬉しい事なのに素直に喜べねぇ……」
「ややこしいんですね。
気持ちくらいなら兵器の私も分かりますけど」
「流行には乗ってなんぼ、なタイプが割りと沢山存在しているってことだ。
そもそも一般人が超空制圧艦隊なんかに興味は持たないだろ普通は、な」
「私は軍人であり、兵器ですから。
そういう流行とか全然疎いのにこう……わかります?
何て言えばいいんですかねこういうの……」
基地開きが始まるのは朝の九時から。
今現在は七時を過ぎたぐらいだというのに基地へ通ずる大通りは、正門が開くのを待つ一般車と一般人とでごった返していた。
国外からわざわざ訪れた人も多いらしく、多言語を扱える基地スタッフが混乱を生じないように既に見張りをしている。
軍警察まで出動して、スタッフだけではカバー出来ないところを見回っていた。
「ああ、もう一度念には念を入れておくか。
スムーズな運営をしなきゃいけないだろうしな。
最悪出世にも関わってきそうで嫌だ。
万年大佐だったはずなのになぁ」
マックスは手に持っていたタバコの火を消し、ポケットから携帯を取り出す。
そしてあちこちへと電話を掛けはじめた。
「基地の食堂はもう今からでも開けておけよ。
仕切りも取っ払え。
仕込みもはじめろ。
さっさとあの人数を捌かないと仕事にならん。
それと、立ち入り禁止箇所の見張りは絶対に欠かすな。
どこかのスパイが紛れ込んでいる可能性がある。
なぜかって?
世界中が《超極兵器》を欲しがっているからな。
何?《超極兵器》?
あれは大きすぎて隠せないだろう!
とりあえず技術に関わる部分を隠せってことだ!
今ある《超極兵器級》の外見くらい構わん。
すでにしこたまデータはとられてるだろうしな」
マックスが現場に指示を飛ばすのを眺め、蒼はやれやれとため息をついた。
この様子だと本日の基地開きのメインイベントも遅れる可能性が出てくる。
メインイベントは《超極兵器級》の見学会、らしい。
《ネメシエル》と《ニジェントパエル》の二隻が一般向けに解放されるようだ。
終わる気配のない電話に呆れ、マックスの側から離れた蒼は司令室を後にした。廊下の窓からもう一度人混みを眺める。
「すげー量の人ですよ、《ネメシエル》」
蒼は感嘆の声を《ネメシエル》へかけた。
群衆といったものを蒼が見るのは、勲章授与式が初めてだった。
勲章式の時はテンパっていた為、あまり記憶には残っていない。
(ああ、見ているよ。
蒼副長の視界を通してな )
話しかけられた《ネメシエル》は気怠そうに応答する。
「なーんだ。
つまらない反応ですね。
せっかくこの興奮を伝えようとしたのに」
(仕方ないだろう。
そもそも私は戦艦なんだから。
蒼副長のように自由に動ける体はないんだぞこっちは。
全く……)
「そうでした……。
これは失礼なことを言ってしまいましたね」
(――絶対思ってないだろう)
「や、思ってますよ。
心から思ってます」
(本当かね。
まぁ、蒼副長の考えは読めているから本当なのはわかるけどもな)
「そんなことはさておき。
この数……。
こんな沢山の人達から見られるなんて緊張しかないですよ」
不幸か幸いか、《ネメシエル》のいる乾ドックはセウジョウ一大きいドックだ。
単純に収容するだけならそこら辺の野球ドームよりも入ることができる。
(だな。
今日は私の発進までを披露するんだろう?
修理が終わったばかりだし、試運転を公開するってことなんだろうな)
「ですかね……。
正直細かい事まで私は聞いてないんですよね。
何より今日は私達にとっては通常日。
言われた通りに私達兵器は動くまでですよね」
(ああ。
しっかりご飯を食べて八時半に私に乗船してくれよ?
スケジュール通りに事を運ばないとな)
「はいはい。
わかっていますよ、《ネメシエル》」
※
「え~……。
食堂もこんなにいるんですか……。
なんなんですかもー……」
食堂のおばさんより譲り受けたプリンを手に蒼は思わず心に思ったことを口に出していた。
セウジョウに二か所ある食堂はすでに満員御礼だった。
基地開きがあるから早めに朝食を取ろうとする兵士達でここもまたごった返していた。
一ヶ所だけ明らかに空いている場所がある。
そこに座っているのはドクターブラドだ。
「当然あそこは座らないとして……。
そもそも席がないじゃないですか……」
きょろきょろ見渡していると
「あ、蒼先輩!
こっち開いてるっすよ!」
手にプリンを持って立ち尽くしている蒼を見つけた春秋が声をかけてきた。
背が低い蒼は屈強な兵士達の間に隠れてしまっていたというのによく見つけたものだ。
春秋の声は静かに皆が並ぶ食堂にりんと響いた。
「おい、《鋼死蝶》だ。
道を開けたほうがいいんじゃないか?」
「バカ言うな!
俺達の《仲間》は《鋼死蝶》なんて物騒な名前じゃない。
《陽天楼》だぞ!」
「《英雄》だ、馬鹿者共が。
そこの壁に穴をあけた奴らをぶちのめしてくれたのはこの少女だぞ」
分隊長らしい男が出来て新しいコンクリートの壁を指さした。
そこはかつてソムレコフが攻め込んできた時に開いた穴だ。
「初めて見たけどあんなに小さいんだな……。
俺の娘ぐらいじゃないか?」
「"家"の連中はロリコンなのか?
俺達的にはナイスバディの――」
「バカお前殺されるぞ。
空月博士のお趣味なんだとさ」
ボツボツと騒めく群衆を背に、蒼はプリンを持って春秋の横に辿り着く。
「助かりましたよ、春秋。
てっきり立ったまま食べることになるかと」
「いいんすよ、いいんすよ。
これぐらい、俺の手にかかったら一瞬っすから」
「ふふっ。
相変わらずですね春秋は」
木製の、少し重い椅子を引っ張り腰掛ける。
窓際の一番いい場所を春秋はゲットしていた。
「はー、いい眺めですね。
というか……。
今更ですけど毎回あなたここにいるんですか?」
「本当に今更っすね……。
そりゃそうっすよ。
海が見えるに越したことはないっすから。
それに蒼先輩の《ネメシエル》もよく見えるっすからね」
窓の外にはキラキラと光を跳ね返す海面が一面に広がり、時折通り過ぎる小型船の白い波が青色に線を引く。
ガヤガヤと次第にごはんを食べる声が食堂に増えてくる。
「うるさいっすね。
静かに話も出来ないっすよ。
外にでも行くっすか」
「えぇ、今座ったばっかりなのに?
別にいいですけど……」
腰掛けたばかりだというのに春秋は食べかけのサンドイッチを包みなおすと立ち上がる。
釣られて蒼も開けたばかりのプリンの蓋を閉める。
「すぐそこから外に出れるっすよ。
そこなら景色もここと大して変わらないっすから」
「食堂でもっとご飯を食べるべきでしたね、私も。
セウジョウ基地はなんやかんやで知らないところだらけですよ」
兵士達の間を縫って、二人は外に出る。
ドアを開けた瞬間、強い海風が蒼と春秋の顔に吹きついてきた。
蒼の長い髪が風に乗り、大きくなびく。
日差しの強さに二人は目を細め、横に設置してある椅子に腰かけた。
「…………」
「………………」
突き抜けるような青空、風に吹かれて葉が擦れ合う心地よい音。
潮の匂いが鼻を通り抜け、直接脳を刺激する。
蒼は静かにプリンの蓋を開け、スプーンを差し込んだ。
「あのー、蒼先輩?
急に変な話するんすけど……。
俺、ずっと前に告白したじゃないっすか」
「え、ん、あ、はい?
そうでしたっけ?」
「酷いっすね……。
あれ?
してなかったっすか?」
「あー……。
あの時はなんやかんやありましたからねぇ」
思い返せばされていたような気もする。
その後直ぐに敵が攻めてきて……。
苦笑しながらも春秋はサンドイッチを一口かじる。
蒼は少し気まずさを感じながらもプリンを二口食べた。
「ん、やっぱり美味しいですね。
コグレチョコもいいですけどこれが最高ですよ」
ポケットからコグレチョコを出して春秋に差し出してみる。
しかし、春秋はコグレチョコをちらりと見ただけで
「蒼先輩。
いい加減返事を聞かせてもらってもいいっすか?」
すぐに話を元の路線へ戻した。
「……話題を逸らしたのに意味無かったですね」
小さくため息をつき、蒼は被っていた帽子を取ると自分の横に置いた。
超空制圧艦隊の紋章が付いた銀バッチがきらりと陽光を反射する。
春秋の山吹色の瞳は、蒼の動作一つ一つを舐めるように見ていた。
「蒼先輩。
俺、本気っすよ。
センスウェムとの戦いが終わったら改めて言おうと思ってたっすから」
目を逸らして、蒼は空を飛ぶカモメに焦点を合わせる。
潮風に乗って飛ぶ白いカモメはこっちの気など知らんぷりで大きな声で鳴いている。
ただただ痛い沈黙が二人の間に淀み始める。
「…………。
あのー、私は兵器ですよ春秋。
貴方のように人間の恋愛感情を宿している方が稀なんです。
そこは分かっていますよね?」
意を決して蒼はいよいよ口を開いた。
そして正面から春秋の表情を伺う。
山吹色の瞳と蒼天の瞳がお互いを見つめる。
また気まずさが蒼を襲ったが蒼は目を逸らさなかった。
「当たり前っす。
丹具博士の実験台で、俺は脳をいじられているなんて知ってるっすから。
男の脳に女の体とかいうヘンテコな生き物だって言うのは俺が一番よく知ってるっすよ。
でも、だからこそ蒼先輩……。
俺は……俺はやっぱり……!!」
春秋の瞳は真剣だった。
真剣に悩み、悩み、悩みようやく出した言葉だった。
今回ばかりは何時ものようにはぐらかして終わるわけにはいかない。
「………………」
「俺は、蒼先輩の事が好きなんすよ。
旗艦としてでもなく、兵器としてでもなく。
ただ一人の人間として愛してしまったんすよ!」
びしっと言い切った春秋の顔は真っ赤だった。
目は微かに潤み、息も荒い。
それだけの覚悟をもった一人の男の姿がそこにあった。そんな姿を見せられて黙っていられる蒼ではない。
考えもせず、思い付いたことだけを口に出し言葉を紡ぐ。
「兵器じゃない私は私じゃないんですよ、春秋。
でも……。
春秋。
春秋いいですか?
平和になって……。
もし、私達が不要になったら。
私が兵器じゃなく一人の生物に戻れる時が来たら……。
その時、もう一度……もう一度言ってくれませんか?」
蒼は淡々と、しかし感情を込めて春秋の申し出に応えた。
春秋はしばらく黙って蒼を見つめていたがやがて瞼を閉じて小さく項垂れた。
「蒼先輩……。
ずるいっすよ、そんなの………。
俺達が不要になる時は、そんなの決まってるじゃないっすか……。
それはずるいっすよ」
今にも泣き出しそうな春秋を蒼はそっと抱き寄せた。
春秋の頭を胸に抱き抱え、背中をポンポンと叩く。
「春秋、私ずっと前から悩んできたことがあるんです。
私は兵器なのか人間なのかって事なんですよ。
もし私達が不要になったとき、私達は“処分”されるしか残っていないんでしょうか。
壊れた玩具のようにゴミ箱に投げ込まれる道しか残っていないんでしょうか」
春秋は肩を震わせている。
泣いているのか、寒いのか、怖れているのか。
複雑すぎる感情が春秋の心を抉り取っているのだろう。
カモメが蒼達の上を飛び、黒い影が一瞬二人を覆った。
「当然ですが私にも感情はあります。
喜怒哀楽は紛れもない私の中の感情に組み込まれています。
でも私はどう転ぼうが《超極兵器級》の“核”ですから。 任務の為に―――」
「そんなの関係ないっすよ。
兵器とか人間とか関係ないっすよ!」
なおも続けようとする蒼の言葉を春秋が遮った。
蒼の胸から顔を上げ、微かに漏れる涙を袖で拭う。
そして蒼とまた真正面から向き合う。
「蒼先輩は人間でも兵器でもないっす。
蒼先輩は蒼先輩なんすよ。
そんな人間だとか兵器だとかの境目ってそんな大事なんすか!?
俺たちは生きているっす!
事実だけを見てそんな事で悩むのなら、“核”なんてやめたらいいっすよ!
そしたら……そしたらきっと本当の蒼先輩を俺が見れるっすから」
今度は蒼が赤くなる番だった。
春秋の真剣な眼差しと、真剣な言葉に蒼の心の熱は顔に出てしまった。
蒼は首を横に向け、春秋の瞳から自分の顔を引き離す。
続いて春秋を押し出し、イスから立ち上がると帽子を被り直す
「……全く、あなたバカじゃないですか?
何処にそんな言葉を“核”に投げてくる人がいます?」
「ここにいるっすよ?
一人っすけど!」
赤くなった表情を見られないように蒼は春秋に背を向け、近くの手すりをそっと撫でてみる。
塗装が剥げ、ざらざらとした触感とひんやりとした感触は蒼を冷静へと引き戻していく。
「返事はさっきと変わらないですけど……。
その、何て言うんですかね。
うまく纏まりませんけど、私が恋を認識出来たら……。
認識できたら付き合うっていうのはどうですか?」
「ほんとっすか!?」
春秋は嬉しそうな声を出した。
蒼は百八十度体を回し、春秋の方を向き直す。
そしてにっこりを最高の笑顔を振りまいてあげた。
「はいな、私は嘘はつかないですよ。
まぁ、もし出来たらの話ですけどね」
“核”と言えど元々の設計は人間。
何かの拍子で恋心が戻るかもしれない。
「恋する兵器なんて、少し素敵じゃないです?」
「うおおお!!!
やってやるっす!!!」
沸き立つ春秋を横目に、蒼は時計を確認する。
午前八時二十分。
「ヤバい!
春秋、私はとりあえず《ネメシエル》の所に行きますから!」
「もうそんな時間っすか。
ファイトっすよ」
「他人事みたいに!
元はと言えば貴方が……!」
慌ててプリンを掻き込み、蒼は走り出した。
「ゴミは捨てておくっすよ~」
「お願いしますー!」
※
「はぁ……はぁ……!」
(五分遅刻。
何をしているんだ蒼副長)
額から汗を流し、蒼は何とか《ネメシエル》の側に辿り着いた。
今からこの全長四キロ弱の船体に乗り込まなければならない。
「うるさい……ですねぇ……。
い……はぁ、はぁ……。
色々あるんですよ……はぁ……」
(まぁいい。
そろそろ準備を始めないとな。
九時になるとものすごい量の人間がやってきそうな気もするしな)
壁に手をつき、蒼は息を整える。
そのまま壁に手をついて歩きながら艦橋を目指す。
「どうでしょうね。
私達は人気ないんじゃないですか?
美人度で言ったら真白姉様のほうが上なんですし。
それにインターネットだとやっぱり真白姉様が一番人気みたいですよ。
そりゃそうですよね。
私はなんかもう、色々と小っちゃいし。
男の人は真白姉様みたいなのが好きに決まってますよ」
「あら、そうかしら。
ありがとうですわ」
真後ろから聞こえた声に蒼は小さく飛び上がった。
「ま、真白姉様……」
「はーい、蒼。
元気そうで何よりですわね」
いつの間にか真白が蒼の後ろに立っていた。
相変らず気配を消すのが上手い。
「どうしたんです?
私なんかやらかしちゃったりしました?」
「そういう訳じゃないですわ。
ただ心配になっただけ。
時間になっても妹が来なかったら誰だって心配しますわよ。
私は真黒兄様がいなくなった今、空月家の一番上なんですから」
真白は手袋をつけた右手を蒼の頭の上に乗せる。
「ふぇ?
真白姉様?」
「不思議ですわね。
私達は兵器のはずなのに姉妹という概念があるなんて。
この感情、考え、全ては人間の真似事に過ぎないのかもしれないというのに」
「どういう……?」
「いい、蒼。
いつかあなたはもっと大きな選択を迫られる時が来ると思いますわ。
超空制圧第一艦隊の旗艦なんですから。
いつかその旗艦の任から解かれたとしても。
旧式で自分よりも強い艦を私達の祖国は作り続けるに決まってますわ。
だけどそうなっても貴女は貴女の存在意義を忘れないでほしい。
蒼、私達は兵器。
でも兵器として生きるように強要されているわけではない。
そのことを忘れないでくださいですわ」
乗せた手で蒼の頭を真白は撫でる。
蒼も戸惑いながらも満更ではない顔をして受け入れる。
「蒼、今はこれで終わりかもしれない。
だけどここから先もこうとは限らない。
わかりますわね?」
「………?
真白姉様の言う事は時折藍姉様ぐらい難しいですよ。
分かりやすく噛み砕いて……」
真白は小さく笑うと、蒼の頭をもう一度撫でた。
「いや、なんでもないんですの。
今はまだわからないでしょうけど。
きっとそのうち分かりますわ。
とにかく今はお互い、観光客をせいぜい楽しませましょう?」
「はいな、了解です。
まぁ、真白姉様のほうがどうせ人気なんで私は暇だと思うんですけどね」
※
朝九時ちょうどにドッグの天井が開き始めた。
風と太陽の光が真っ暗なドッグ内に差し込む。
カビが生えたり、湿気でサビが付くのを防止するための機構だ。
全長五キロ程もある超巨大ドックは《ネメシエル》を止めてなお戦艦三隻程同時に収容できる。
ロボットアーム達が壁へと移動し、陽光を遮らないように足場等が変形していく。
(やはり日の光はいい。
長い間修理で長い間籠っていると頭がおかしくなりそうだ)
「ああ、やっぱりそういう感じはあるんですね。
正直分かりますよ」
(窓ぐらい開けてくれてもいいと思わないか?
それが機密だとかどうとかで修理の間は外との一切の接触を断たれたんだぞ。
私にとってそれは死を意味していたわけだ)
「まぁ、戦艦ですし……。
《ネメシエル》の声なんて誰も聞こうとしないのは当たり前っちゃ当たり前ですよね」
(はー……。
全く何なんだろうな。
私が戦って――おっと。
私達、だな)
「別にいいですよ。
続けて?」
(私達が戦って、平和になって。
そうしたら私達の存在意義は無くなって。
最終的には捨てられるってワケなのか?)
「いや……そうはならないですよ。
あっても記念艦とかじゃないですか?
解体よりかはマシじゃないです?」
《ネメシエル》はため息をついた。
艦橋内部の空調施設が強くなる。
(だけどな、蒼副長。
正直なところ、記念艦として一生動かない生活を送るぐらいなら……。
私は解体される方を選ぶよ)
ドッグの天井が最大まで開いた。
それと同時に外部のガヤガヤとした雰囲気も同時になだれ込んでくる。
「レーダーでちょっと覗いてみます?」
(いや……。
そこまでして私達の所に来る人数を知ったとしてもじゃないか?)
「それもそうですね……」
ドッグの側に大型バスが止まったのがちらりと見える。
「少なくともバス一台分ぐらいは来てくれたみたいですよ。
せいぜい私達を楽しんでいってもらえるようにしないとですね」
それから十五分後。
「ちょっと多すぎやしませんか?」
(正直私もこれには驚きが止まらないよ。
甲板にまで客を上げるんだったっけか)
「そんなことをするとは聞いていませんでしたけど……」
一人と一隻は驚きに身を震わせていた。
はじめは少しだった。
一人や二人がチラホラと来たなぁぐらいにしか思っていなかった。
しかし次の瞬間には津波のように人が襲ってきた。
観光客は五キロもあるこのドックを埋め尽くす程の勢いでやってきた。
(さすがに甲板に上げることはないだろう。
それをされたら流石に私は安全を保障できないぞ)
「ですよね。
手すりもついてないし、そもそも人間が甲板に乗れるような仕組みはついてないですからね」
観光客は手にカメラを持ち、あちこちを写真で撮っている。
エンジンが付いていない《ネメシエル》は舷側のバイナルパターンが光ったりしていないがそれでも観光客にとっては十分なのだろう。
高い所に設けられている廊下にもいつの間にか観光客は溢れていた。
下から見上げるのもいいが、上から見下ろしたい人も多いらしい。
記念写真を撮る人、スタッフの説明を一生懸命に聞く人。
売り場で売っている《ネメシエル》のプラモデルを三つも四つも買う人。
沢山の人が今この場所を楽しんでくれている。
(まさかこんなに来てくれるとはな。
存外嬉しいものだな)
「あっ、見てください。
あの人沢山買ったお土産を海に落としましたよ。
ふふふっ、間抜けすぎじゃないですか?」
大混雑を続けるドッグ。
ここに三時間程待機し、昼の十四時になったら起動点検を開始。
本日のメインイベント《超極兵器級》の離陸の始まりとなる。
「ねぇ、《ネメシエル》。
こういうのって案外悪くないものですね。
私、まさか人を楽しませる日が来るなんて思いもしませんでしたから」
(ああ、全くの同感だ。
私も……そうだな。
そう思うよ)
押し寄せてくる観光客の勢いが止まる気配は一切ない。
中には《ニジェントパエル》のプラモデルを持ってまた《ネメシエル》のプラモデルを買っていく猛者もいるぐらいだ。
プラモデルだけでなく、記念缶バッチならぬ艦バッチを買う人も多い。
ただただ見られているだけだというのに緊張していたせいか時間はあっという間に過ぎて昼過ぎになっていた。
「あ、以外と美味しいですね」
昼飯のハンバーガーを外の露店で買い、艦橋内で貪る。
メインイベントまであと一時間を切った。
※
『こちら管制室。
ハルナンバー二三五、《超空要塞戦艦ネメシエル》聞こえるか?
メインイベント開始の時間だ。
準備を開始してくれ』
「ん、んー……。
やっと時間ですか。
正直待ちわびていましたよ」
椅子の上でうとうとしてしまっていた蒼は目を覚ますために欠伸を一つすると肩を回した。
「《ネメシエル》、起きてください。
出番ですよ」
(んー……。
やっと時間になったか。
エンジンは事前に温めておいたから大丈夫だ。
いっちょ見せびらかしてやらんとな)
『ははっ、そうしてくれ。
マックス基地司令に今から管制を変わるよ。
のんびり気楽にやってくれ』
『あーあー。
聞こえるか、蒼。
メインイベントだ。
その雄姿をがっつりと見せつけて、見せびらかしてやれ。
俺達には《ネメシエル》という英雄がいるんだってもう一度認識させてくれ』
「なんですか、それ。
でも、そういう言い回しは嫌いじゃないですよ」
蒼はくすっと笑い、《ネメシエル》と同期を開始する。
両腕を穴に差し込み、"レリエルシステム"を起動する。
「久しぶりの感覚……。
やっぱり私はこうじゃないとダメですね。
行きましょう《ネメシエル》。
起動準備お願いします」
(ああ、任せておけ。
《ネメシエル》通常モードにて起動する。
主機検査開始一から五まで。
――異常なし、グリーン。
補機検査開始一から。
――異常なし、グリーン。
補助機関始動開始、回転効率五百まで関数上昇。
到達、回転効率ロック。
主機作動開始補助機関回転効率主機に接続開始――コンプリート。
エネルギー流脈拍安定、一二〇を維持。
武装機関一番から起動――コンプリート。
主砲状態検査開始――安定を確認、オールグリーン。
副砲状態検査開始――安定を確認、オールグリーン。
全“三百六十センチ六連装光波共震砲”から“四十ミリ光波機銃”状態検査開始――。
オールグリーン。
“レリエルシステム”拘束解除、パルス全力接続――安定。
“第十二世代超大型艦専用中枢コントロールCPU”との接続開始――)
《ネメシエル》の脳と蒼の脳が繋がり、文字通り《ネメシエル》と一体化していく。
蒼の脳内に一気に艦の情報が流れ込み、視界にレーダーの索敵結果や兵装データが並び始める。
《ネメシエル》の損害状況、主機の回転数、補機の回転数。
《ネメシエル》の全てが一気に表示され蒼の視界に入ってくる。
(全兵装“レリエルシステム”と同調開始――オンライン。
区域別遮断防壁装甲シャッター展開、第一種固定。
“自動修復装置”起動、艦内に展開開始。
“自動追尾装置”起動、全兵装へ接続。
“自動標的選択装置”起動、“パンソロジーレーダー”と同調。
“軌道湾曲装置”起動開始艦外へ展開過負荷率ゼロ。
“消滅光波発生装置”起動出力二パーセント。
“パンソロジーレーダー”起動完了、グリーン。
兵装旋回確認、全兵装異常なし。
出航シークェンス終了。
蒼副長、出航できるぞ)
「了解です。
出航ガイドビーコンに従い、出航します。
艦のコントロールの五パーセントをビーコンへ。
安全を確保し次第機関を最大へ。
《ネメシエル》、ガイドビーコンへのアクセスの許可を」
(承認。
ガイドビーコンによる艦の一時的な補佐を受け入れる)
大きなブザーが鳴り響き、《ネメシエル》を固定していたアームが離れていく。
『皆様、お待たせ致しました。
本日のメインイベント、《超空要塞戦艦ネメシエル》の離水です。
目の前に浮かぶ巨大戦艦は全長三八八四メートル。
総重量は一億トンを超える巨体を有しています。
本来ならば水に浮かぶような質量ではありませんが――』
説明しているのはマックスだろう。
何万人もの目がただ一点、蒼の《ネメシエル》だけを見つめているのをひしひしと感じる。
《超空要塞戦艦ネメシエル》の巨体がゆっくりと海水を蹴り、前進を始めた。
甲高いエンジン音と共に紫色の光が艦尾から噴出する。
ドッグからその全長が出た時、蒼の目の前には観光客も何も映ってはいない。
『センスウェムを破った、我らがベルカの誇る《超極兵器級》の姿はいかがでしょうか?
まるで騎士のように気高い姿は美しく見えるはずです。
さらにエンジンを始動させたことにより舷側には《光の巨大戦艦》ともいわれる理由であるバイナルパターンが……』
「ああ、なんだかんだやっぱりここが私のいるべき所なんでしょうね」
(当たり前だろう?
蒼副長、私達は兵器なんだから)
「いや、違いますよ。
私達は兵器である以前に《ネメシエル》なんですよ」
(………ああ。
そういう事か。
やっと結論に達したってわけか?)
「はい。
春秋が教えてくれました。
これが答えでいいかなって」
(そうか。
ならそれでいいんだろう)
優しい口調で《ネメシエル》はそう言った。
『さあ、《ネメシエル》が所定の位置につきました。
あそこから一気に加速し、離水していきます。
皆様、カメラの準備をお願いします!』
(時速凡そ八〇キロ。
主翼出力全開!)
「了解です。
行きましょう、《ネメシエル》、テイクオフ!
全兵装解放!
エンゲージ!」
(了解!
エンゲージ!)
艦尾と主翼が粘度の薄い海水を巻き上げ、真っ白な霧が《ネメシエル》の後方一キロに渡って築き上げられた。
観光客たちは雄たけびを上げ、その光景をフィルムへと収めていく。
《ネメシエル》の作った霧は太陽光を反射してセウジョウのどこからでも見れる程の巨大な虹を海面へと屹立させる。
しかし虹はすぐに《ネメシエル》のエンジンから噴出された紫色の光によって掻き消される。
海面を走る《ネメシエル》の赤い喫水線下の構造が次々と現れる。
海水を白い滝のように垂れ流しながら《ネメシエル》の巨体が海面を蹴った。
「さてと《ネメシエル》。
決められたルートを守って航行しますよ。
少しでもはみ出したらセウジョウから見えなくなるらしいですから」
(私程の大きさが見えなくなるなんて事があるのか……?
まぁいい。
やるだけだからな)
「ですです!
《ネメシエル》機関最大出力!
全速前進!!」
ただ大きな青く突き抜けるような空と海だけが蒼の視界にあった。
青一色の素晴らしい世界。
その蒼天に浮かぶ太陽のような、一隻の巨大戦艦。
マックスも次第に興奮し、解説に熱が入る。
『皆様、ご覧ください!
あの姿こそが《ネメシエル》と呼ばれる所以です!
そして皆様はご存知でしょうか?
ヒクセスやシグナエはあの艦の事を《鋼死蝶》と呼びます。
しかし我々は違います。
我々は敬愛を込め、ベルカ帝国の聖地に倣いこのように彼女を呼んでいます。
《陽天楼》、と』
超空陽天楼
完
ようやく完結です。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
2012年から連載を続けもう2019年に。
平成の時代で終わらせたかったのですが如何せん忙しくて令和になってしまいました。
7年も連載出来たのは皆様が感想をくれたり、ポイントを入れたりしてくださったおかげです。
本当にありがとうございました。
新作は未定ですが、書くつもりです。
その新作でもネメシエルと蒼は出そうと思っています。
ので完結、ではないかもしれませんが一応完結ということで。
また気まぐれでおふざけパートも投稿するかもしれません。
その時はまた読んでやってください。
それでは、今まで読んでいただき、応援していただき本当にありがとうございました。




