平和
「たまには……。
いや……。
やっぱりしばらくはいりませんよね。
私達の出番は」
蒼は残った酒をコップに継ぎ足した。
まだ中身の残った瓶を傾け
「?」
首をかしげて姉にまだ飲むかどうか目で伝える。
真白はコップをちらりと見て
「貰おうかしら。
淑女はお酒にも強くありませんといけませんからね」
そう話すとぐっすりと横で眠る、藍と朱の頭に手を置いた。
「淑女から一番遠い所にあるのがお酒だと思うんですけどそれは大丈夫なんですかね」
「あら、そうでして?
私め、難しいことはさっぱりですことよ」
うっすら笑いながらも真白は自分の手の中にある二人の頭をくしゃくしゃと、撫で付けた。
空月博士から産まれた“核”は全員が同じ色の髪の毛をしている。
藍と朱も。
真白と真黒も。
蒼と紫も。
噂によると空月博士の髪の毛と同じ色らしい。
蒼は自分の産みの親である空月博士の事をよく覚えていない為、噂話を信じるしかないのだが。
真白の白く透き通った掌が、藍の髪の毛をさらりと掴んだ。
「んぅ……」
小さく呻いて抗議するように藍がもぞりと動いた。
朱はいくら髪の毛を触られてもぴくりともしない。
そればかりかイビキまでかきはじめていた。
二人の姉は無様な寝相をさらけ出したまま、完全に爆睡していた。
「はいな、注ぎ終わりましたよ真白姉様」
「ありがとうですわ、蒼。
ほんとよくできた妹ですこと」
蒼は机の上に瓶を置くと、まだ酒の残っているコップに追加で氷をいれた。
カラカラと心地よい氷の音と、乾杯のガラス音が部屋に鳴り響く。
つけっぱなしのテレビからろくでもないCMが流れ出す。
ぼんやりと眺めるのすら憚れるようなCMはすぐに終わりまた別のCMが始まる。
「出番……。
私めは欲しいですわね」
ポツリと真白が話の続きを切り出した。
自分とは真逆の答えを出した姉に、驚きもせず蒼は尋ねた。
「また何でです?」
「そんなの簡単ですわよ。
私め達は“兵器”。
戦うことがなければただの金食い虫でしてよ。
ましてや、私めも蒼も“超極兵器級”。
維持費もバカにならないですわ」
セウジョウの一番大きな乾ドック内部で修理を受ける《ネメシエル》が蒼の頭に浮かんだ。
全長三千メートルを超える巨大戦艦を維持、運用するのは国でも大変だろう。
まして戦争がないからと言って、昼寝を許してくれる軍部ではない。
「確かに、そうですよね。
普通に使ってる身なので完全に忘れるところでした」
「まぁ、そんな感覚になりますわよね。
私めも同じように実感すら出来ていませんわ」
ニヒヒ、と真白は笑うと酒を一気に半分ほど飲んだ。
「ぷはーっ!
やっぱりこの喉が焼ける感じ、たまりませんわ~!
五臓六腑に染み渡りましてよ!」
幸せそうに蕩けた表情をする真白に、蒼は若干酔っていた勢いもあってつい口を滑らせた。
「そう言えば、風の噂で聞いたんですけど……。
今回の戦争でベルカの“超極兵器級”が世界の軍艦の基準になるとかなんとか……」
ピクリ、と真白の頬がひきつる。
しまった、と思ったときにはもう遅い。
先程までの表情は蒼天に吹き飛び、真白はこちらをじっと見つめていた。
「……どこで聞きまして、そんな噂」
「……あー。
その、えっと。
マックスと、ヒクセスの少佐が話しているのを真横で聞いていましたです。
《ネメシエル》だけではなく、《ルフトハナムリエル》や《アイティスニジエル》のように一隻で パワーバランスをひっくり返すモンスターがうちにも欲しい、と」
真白はコップを机の上に置き直すと、大きなため息をついた。
「それでどうなんですの?」
「あの。
だから《超極兵器級》の研究がヒクセスで始まったって……」
「確かにヒクセスの作る巨大兵器は……うん。
どれも《超極兵器級》とは言えないようなものばかりでしたものね」
皮肉たっぷりに真白は目を細めた。
蒼が思い返してみてもヒクセスの《超極兵器級》は数が少ない上にどれも中途半端な印象を受けた。
逆になにかに特化させていたシグナエの方が《超極兵器級》としての完成度は高かった。
「まぁ……。
中には対用の艦もあったとかって話ですけどね。
奪っていた《ウヅルキ》の使い勝手のよさが忘れられないんじゃないですかね?」
「ふふっ。
そうかもしれませんわね。
《ネメシエル級二番艦》には大層ひどくやられてしまった部隊もあるでしょうし。
あの威力と前線を押し上げる力強さを知ったら欲しくなるのは当然ですわよね」
「ですです。
《超極兵器級》という括りがそもそも曖昧ですからね。
何ができれば《超極兵器級》で、何が足りないから《超常兵器級》なのか私も分からないですし」
ちょうど夜十一時を告げる時報がテレビから流れ出した。
立体映像のテレビの中で眼鏡をかけたアナウンサーが頭を下げる。
『十一時になりました。
本日のニュースをお伝えいたします。
本日午前九時。
天帝両陛下がまだ戦争の傷跡が残る帝都へと戻られました。
両陛下は救助されて凡そ三ヶ月もの間、被害の少なかったセウジョウにいらっしゃいました。
セウジョウは《陽天楼》をはじめとした《超極兵器》が実質母港としている土地で、ベルカ第三の 都市として栄えているのは皆さんご存じの通りです。
ヒクセスとの戦争が終わり、既に四ヶ月が経過していますが依然として帝都には戦争の傷跡が強く 残っています。
その瓦礫の中を天帝両陛下は歩かれ、国民に挨拶をし、復興のために働く人達に労いの言葉をかけ ておられました。
元敵であるテロリスト集団、センスウェムの壊滅が決定的なものとなり既に一夜が過ぎようとして います……』
カメラが外の様子を撮す。
戦争が終わった嬉しさをはちきれんばかりに振り撒くベルカ国民の姿が映っている。
「おおはしゃぎですね。
こっちは死ぬ思いをして来たっていうのに。
まぁ、ですが戦争に勝つための資金は税金ですもんね。
そういう意味でははしゃぐのも当然ですか」
「……………」
テレビを眺めながら蒼はお酒を口に運んだ。
上質なベルカで作られた果実酒は口にいれた瞬間にトロリと溶ける。
喉をゆっくりと降りるときに微かに熱を発し、お腹に入るとその心地よい酔いを全身へ広げていく。
『センスウェムの正体は分かっておらず、またその討伐に成功した《ネメシエル》の姿も公表されて いません。
建造当時の写真とは大きく形も変更されていると見られ、軍事評論家の舘芭氏は――』
「ああ、そうだ。
つい忘れる所でした。
明日は帝都にて勲章の授与がありますよね。
そろそろお開きにしませんか、真白姉様。
二人の姉様も完全に寝ていることですし。
――姉様?」
テレビから目を離し、ふと真白を見ると腕を枕にしてスヤスヤと寝息をたてていた。
「全く。
風邪を引きますですよ、三人して」
蒼は棚から毛布を取り出し、三人にかけてあげる。
「明日の出発は午前十一時。
まぁあと十二時間もあれば起きますよね」
自分の吐息が酒臭いのを感じながら蒼は歯を磨くと布団に潜り込んだ。
テレビがつきっぱなしだったが、消すために起きるのも億劫だ。
目をつぶるとあっという間に蒼の意識は布団に吸い込まれて消えた。
※
「うぅ……」
朝日。
開いた窓からはまだ飲みはしゃぐ兵士の声が聞こえるが昨晩ほどではない。
うっすらと開いた目にも太陽は容赦なく光を射してくる。
真っ白な天井が酒のまだ残る脳に鮮明な映像となって捩じ込まれてくる。
「…………え?」
ふといつもと違う違和感を感じて蒼が横を見るとそこには真白が眠っていた。
下着姿で。
「はっ?
えっ、なんで?」
慌ててはなれようとした蒼の左手にむにゅっとした何かが触れる。
「わっ、ちょ……!」
布団をめくると朱と藍が眠っていた。
この二人は何故か全裸だ。
蒼の左手は藍の豊満なバストに触れていた。
「な、何があったんですかこれ……」
蒼自身の格好はしっかりとパジャマを着ており、下着も着用している。
「????」
「んもーうるさいなぁ……。
なんやねんなぁ、蒼ぉ」
不機嫌そうに起き上がった朱は欠伸をひとつ。
布団が剥がれ落ち、そのナイスボディが明らかになる。
「いや、朱姉様。
なんで裸で、しかも私の布団にみんないるんですか?」
「そりゃー……。
んにゃ、わからんわ。
何でなんやろな」
ケラケラと笑いながらも朱は横で眠る藍を揺さぶった。
「藍姉ぇ、起きて。
いつまで寝とる気なんや。
目が腐るで?」
「んー……。
黄昏の後五分……」
時計が鐘を鳴らした。
「あっ、そういえば今日は帝都で勲章の授与があるんですよ!
寝てる場合じゃないですよ!?
今は……」
「午前十時やん!
アカンやつやん!?
起きて、藍姉ぇ!
真白姉ぇも!!」
布団から飛び出した朱は用意のためにドタバタと走り始めた。
全裸で。
「せめて、服を着てください朱姉様!」
「服なんて一番最後や!
とにかくシャワーや!
この頭に残った酒を取らなあかん!
というか藍姉ぇ起きて!」
「んー……。
黄昏の後三分……」
「ダメ!!」
朱がずるずると藍を布団から引きずり出す。
眠気眼をこすり、藍も朱も部屋からドタバタと出ていった。
「ちょっと、朱姉様!?
服!
服は!?」
ドアを開けて二人の服を手に追いかけようとしたがもう姿が見えない。
二人の部屋はそう遠くないため後で届けようと蒼は二人の服を椅子にかけた。
「うるさいですわね……。
一体何ごとですの?」
「真白姉様起きてください。
もう支度をしないと間に合わないかもしれませんよ。
今は朝の十時。
もう少ししたら迎えの小型船が来るはずですから」
「そうですの。
では、準備をすることにしますわ。
よい目覚めをありがとうね、蒼」
いつもクールに決めている真白。
布団から出た真白はまるで部屋に舞い降りた天使のようだ。
すらりと長い手足に、出るとこはしっかりと出ている体。
無駄な肉がなく、スリムで男が見たらたまらない体をしているんだろうなと蒼は思う。
「?
何をじろじろ見ているんですの、スケベですわね」
「ちっ、違いますよ。
何を言ってるんですか――!
そもそも……」
「蒼先輩!
おはようっす!
勲章授与式に行くための小型船が――」
ばたん、と自動ドアを蹴飛ばすように扉が開き春秋が入ってきた。
タイミングが悪い。
真白は下着姿。
蒼も着替えるために下着姿。
一瞬で目を白黒させた春秋は色々考えた末に親指を立てた。
「さては熱い夜を過ごして寝過ごしたってパターンっすね!?
姉妹でそれはポイントが高すぎるっすよ!?」
「違います!
ぶっ飛ばしますよ!?」
「ふふっ。
それはどうかしらね。
蒼は覚えてないかもしれないけどあなた意外と受け身なのですわね?」
「えっ……?」
「おおっ!
その話詳しく俺に教えてくださいっすよ真白の姉貴!」
「どうしようかしらね」
真白はクスクスと笑いながら椅子に掛けてある軍服を身に着けていく。
真っ赤になり、思考停止している蒼はただ真白を涙目で睨むだけだった。
それにようやく気が付いた真白がぼそりと呟く。
「冗談ですわよ?」
「この――!」
「あら、姉に対してその態度。
やめておいた方がよろしくてよ、蒼」
「うぅ……。
もう真白姉様のバカ……」
すっかり拗ねつつも蒼は淡々と準備を進めていく。
軍服を着用し、髪の毛の跳ねを治す。
歯磨きをし、顔を洗い……。
「というか真白姉様は自分の部屋で準備をしてください!
なんで私の部屋でするんですか!」
蒼が準備をしている横で鼻歌を歌いつつ、真白はコーヒーを飲む。
肝心の準備は全く進んでいない。
「ここは、こうであってますか姉貴!」
「そうそう……あんっ、もっと優しく……。
そう、そうやって……」
「なに貴女も貴女で姉様に服を着せてあげてるんですか春秋!
もう、真白姉様!」
「だって、帰るのが面倒ではなくて?」
「これをしたら蒼先輩との乱れた夜を教えてくれるって……。
だから俺はこれをするしかないっすよ……」
謎の使命感に駆られ、春秋は真白の準備を手伝う。
「もー……」
「牛かな?」
「黙っててください」
This story continues.
明けましておめでとうございます。
今年もどうかよろしくお願いいたします。
エピローグですがのんびりとお付き合いいただけると幸いです。




