世界を一つに 前編
【《センスウェム》、ラストプロトコルによる行動を確認。
第一権限者である夏冬の思考をシュミレート完了。
命令を適正のものと判断。
遂行します。
《シンディーの方舟》、船体より切り離しを開始――】
「最後の最後で余計なことを……!」
淡々と艦内に流れる状況放送を聞き流しながら蒼は走る。
来た道を引き返し、《ネメシエル》へと戻るために。
邪魔は入らず、すぐに例の卵部屋の前までやってのだが……。
「はぁ!?
な、なんで道が無いんですかこれ!?」
開いていたはずの道が消えていた。
というよりは分厚いガラス付きの扉によって塞がれてしまっていた。
「くそっ!
何とかして開けませんか、《ネメシエル》!」
(無理だ、アクセスすらできない完全に独立した機構になっている。
扉を吹き飛ばしてもいいが、その場合蒼副長がどうなるか……。
そこを迂回するようなルートをすぐに検索する。
少しだけ時間をくれ!)
「分かりました……」
扉一枚挟んだ向こうでは、切り離された構造物が推進用の光を放って、《センスウェム》より離れていくのが見える。
【《シンディーの方舟》の切り離しを完了。
引き続き、《マギの方舟》及び《タイタロスの方舟》の切り離しを開始します】
さらに奥にあった部屋も切り離され、宇宙へと飛び立っていく。
その光景は文字通り沈む船からの脱出だ。
「《方舟》、なんて大層な名前を付けやがって。
ふざけないでくださいよ……。
このクソ焦ってる時にそういうことしますか普通ッ!」
と、吐き捨て蒼は舌打ちした。
《ネメシエル》を待つだけではなく自分でも回り道を探さなければ。
回りを見渡し、開く扉がないか確認して回る。
しかしこれほどの大きさの艦の為、道がいくつにも分岐しており訳がわからなくなるのは目に見えていた。
「最後までやってくれるじゃないですか夏冬。
ただでは帰さないし、戻らせる気もないってことですね。
これが終わったらもう一度宇宙に来て、《方舟》とやらも全て破壊してやりますよ」
近くに転がっていた小さめの何かの部品を思いきり蹴飛ばす。
苛立ちは最高潮に達していた。
部品は壁にぶち当たると、跳ね返ってそのまま床に転がる。
(迂回路検索完了。
直ぐに蒼副長の視界に送信する)
一分程度の時間が蒼には五分にも一時間にもとれるほど長かった。
それほどまでに焦っていた。
「信じてますよ。
これで出れなかったら一貫の終わりですからね」
視界に浮かび上がった矢印の通りにまずは右へ。
右に進んだ先にある階段を降り、次は左へ。
「うわっ!?」
順調に走る蒼だったが、突如手を捕まれ転倒した。
慌てて受け身をとりつつ、自分の手を掴んでいる物体を確認する。
錆びてボロボロになった機械の腕だ。
「なっ!?」
天井から伸びているそれは細く、頼りないものだったが人間の動きを止める分には問題ない。
もしかしたら何かを訴えようとしているのだろうが、今の蒼にとってそれは余計なお世話だった。
「なんなんですか!
邪魔だって言ってるんですよ!」
腰から銃を抜こうとして、何もないことに気がつく。
夏冬との戦いの後、拾い忘れていたのだ。
「しくじりましたね。
私も何をしているのやら……」
加減を意識せずに"イージス"を体の表面に展開。
車や下手をすれば戦車すらひっくり返力で機械の腕を吹き飛ばす。
吹き飛んだ機械の腕は近くの扉を破って部屋の中へ転がった。
「おもちゃと遊んでる場合じゃ無いと言うのに。
《ネメシエル》!
《センスウェム》が地上へと落ちるまでのタイムリミットを計算!
マックスへ送信してください!」
先程変な捕まれ方をしたせいで、ヒリヒリする部分をさすりつつ走り《ネメシエル》へ指示を飛ばす。
蒼の命令に《ネメシエル》は必死になって返事をした。
(わかっている!
《センスウェム》だがスピードが徐々に上がっている。
大体一時間程度で大気圏内に突入を開始するぞ。
急げ、蒼副長!
そこを越えたらもう出口だぞ!)
ようやく見慣れた小部屋にたどり着き、蒼はヘルメットを被る。
外へと繋がる扉をこじ開け、宇宙へと蒼は飛び出した。
《ネメシエル》は“浮遊板”を使い優しく、かつスピーディーに蒼を拾い上げた。
※
「はぁ……はぁ……」
《ネメシエル》の艦橋へ戻ってこれた蒼は荒れた息を整えながら自分の椅子に座り込んだ。
優しく包み込んでくれる椅子だが今はその座り心地を確かめている場合ではない。
直ぐに両腕を差し込み、“レリエルシステム”に自分を繋げ直す。
『蒼!
大丈夫だったか!』
ほぼ同時にマックスから通信が入ってきた。
力無く頷き
「はぁ……。
じ、状況は……把握できていますか?」
蒼は淡々と口を開く。
『ああ。
すぐに迎撃準備を整える。
落ちてくる《センスウェム》を完全に破壊しなければならないからな。
必要な行動は最小限に抑えた作戦を確立する。
少しだけ待っていてくれ』
マックスの後ろでは副司令も忙しそうに走り回っている。
いつものように蒼に話しかける時間など無い。
《ネメシエル》もデータを送信しているだろうが、一応の状況を蒼は説明する。
「私単艦ではまず不可能です。
使える兵装もあまり残っていません。
二種類の副砲も撃てるかどうか……。
主砲ですら恐らく破壊するには力不足かと思います」
実際主砲を使ったとしても半分ほどしか消し飛ばせないだろう。
落下速度、地上への影響を考えても撃つのは一回が限度。
ましてや落下地点が落下地点だ。
ベルカの帝都なのだから。
「とりあえず一度大気圏内に戻りますよ。
迎撃するにしても、下からでないと」
(マックスからの命令を待った方がいいんじゃないか?
下手に行動して間に合わなかったりしたら――)
「うっ……確かに……」
(それにこのダメージ。
全速力は出せないぞ。
マッハ二も出たところで恐らく傷んだところから崩れていくだろう。
攻撃手段だってあまり残ってはいないしな)
「ダメージを食らいすぎましたからね……。
少し待ちます、《ネメシエル》」
(それがいい。
無茶はしないのが一番だからな)
《ネメシエル》の抱え込んだダメージは普通の戦艦なら三十回は沈むような量だ。
センサー類のほとんどは死に、兵装も三分の二が小破以上のダメージを負っている。
あちらこちらから黒煙はまだ出ており、消火作業も続けられている。
自動修復が完了するのはおおよそ一週間後にまで膨れ上がっている。
これで動けているのは主機が何とかまだ動いているからだ。
補助主機は三分の二が稼働不能。
細かい姿勢制御を行うスラスターも半分が消し飛んでしまっている。
大気圏内に戻ったところで浮くのがやっとの状態になるだろう。
「私達がここまでボロボロにされるなんて。
信じられない気持ちがまだありますよ」
(ああ、その通りだな。
実際の所、もう少しで撃沈されていただろう。
あいつも立派な《超極兵器級》だったってことだ。
まぁ大きさも重さも遥かに私達よりも大きいのだからそりゃそうか)
「ふふ」
(何がおかしい?)
蒼は緊張の糸を少しだけ解く。
そうすれば自然と笑みが零れていた。
「いや。
宇宙って言葉自体知らなかった私が。
こんな所にまで来て、こんな風に戦っているなんて。
"核"の中でも初めての偉業じゃないですか?」
("核"でいうと夏冬が一番になるぞ。
おそらく紫も)
「あー。
そうか、じゃあ自分の艦でここまで来たということで手を打ちましょうか。
私と貴女は宇宙の蓋をこじ開けたってことできっと歴史の教科書に載りますよ。
あの星でベルカが、ヒクセスがとかやってる方が馬鹿らしくなってきますね」
蒼は窓の外に浮かぶ美しい青い球を眺める。
段々と死に向かっている惑星だが、宇宙から眺めたらそんなこと少しもわからない。
緑は青々と大陸に茂っているし、固まっているはずの海水も青い。
シュバイアルルの影響で南半球はほぼ死の星だが、間違いなくこの星は生きている。
まさに青で出来た星を覆うように、白い雲があちらこちらに点在している。
「私達はそこから来たとかそういうの想像出来ませんよ。
でもこっからだとヒクセスがよく見えますね」
(そうだな。
戦闘開始前はここまでじっくりと見ることなんて出来なかったからな)
「ですね。
にしてもマックスは遅いですね。
まだ時間かかりますかね?」
『蒼!
聞こえるか、作戦を今から言うからよく聞いてくれ!』
「噂をすれば」
ぼんやりとしていた意識を戻し、蒼は姿勢を正す。
「待ってましたよ、マックス!
直ちに指示を!」
『《センスウェム》の落下速度を再計算した結果なんだが……。
おそらく帝都への落下はあと四十五分後になるだろう。
速度はあれ以上上がらないとは思うんだが……。
とにかく今から指定する地点へ向かってくれ。
そこに《超極兵器級》全てを集めておいた』
「《ネメシエル》全速前進!
目標、指定地点へ直ちに移動を開始します
ん?
待ってくださいよ、集めておいた……?
ってことは――!」
あの巨大敵戦艦との対決に《超極兵器級》の全員が勝ったということだ。
それを確信させたのは次に入ってきた通信だ。
(《ルフトハナムリエル》及び《アイティスニジエル》より通信!)
「繋いでください!」
すぐに藍と朱の顔が視界に投影される。
二人とも結構やられているみたいだが、無事だった。
無事で、生きて、動いている。
壊れずに、相手を撃沈したのだ。
自分の倍以上もある《センスウェム》の巨大戦艦を。
「流石お姉様達ですね」
(ああ。
間違いなく蒼副長の姉達だよ。
勝ってしまうんだからな。
あ、繋ぐぞ)
「藍姉様。
無事だったんですね……!」
『大天使クラースの化身でもあるわちきが負けるわけがないじゃろ。
常識的に考えて漆黒の――』
『当たり前じゃ。
もし負けとったら《超極兵器級》の名折れよな』
むっ、とした表情だったが蒼の事を心配したような表情を浮かべている。
『そっちは――』
『はいはい蒼!
大丈夫やったか!
あたいも、藍姉ぇも大丈夫よ!
割とやられたけどまだ全然平気やで!』
二隻とも損傷率が七十五パーセントを切ってしまっていた。
おおよそ六十パーセントを下回るとほぼ兵器として機能しなくなるレベルだ。
「朱姉様も。
よかった……。
真白姉様は?」
(《ニジェントパエル》より通信。
当然繋ぐだろ?)
「当たり前ですよ!」
姉二人の横に真白の顔が投影される。
あいからわず優雅な上に《ニジェントパエル》の損傷率は八十パーセントを切っていない。
『はあい、蒼。
随分とボロボロにされたみたいじゃないですこと?』
「結構、強かったんですよ。
夏冬というよりかは、《センスウェム》がですけどね」
自分の艦の損傷率は四十九パーセント。
もはやなぜ動いているのか理解できないレベルだ。
そして"イージス"の過負荷率は百パーセント。
ほぼ使い物にならない。
『蒼、いいか?
作戦の続きを話したいんだが』
「あっ、ごめんなさい。
いいですよ、マックス」
姉との会話でマックスの作戦会議を遮ってしまっていた。
慌てて話の筋をもとに戻す。
『射撃予想地点へと向かった後、合体。
《ネメシエル》の主砲へとエネルギーを集めるアレをやってくれ』
「ああ。
あれをやるんですか?」
『まぁそうしなければあれ程の質量を消し飛ばすことなんて出来ませんものね。
その作戦しかなさそうですわ』
「ですね。
到着まで凡そ十五分程度かかります。
先に姉様達は準備を」
『せやな。
ほな、先に行っとるで!
また後でな、蒼!』
三隻からの通信が切れ、再び艦橋に静けさが戻る。
「《アルズス》も《二ヨ》もマックスから何も言ってこないってことは……。
やっぱり、やられちゃったんですかね」
(さあな。
そこを考えたところで仕方ないだろう)
「そうですよね。
今は出来ることをやるだけですもんね」
(ああ。
その為に全力を尽くすだけだ。
大気圏内に突入するぞ。
空気摩擦とで船外が猛烈な熱を持つ。
気をつけろ蒼副長)
艦首から大気圏に突入する《ネメシエル》。
その様子を《センスウェム》の軍艦達は攻撃することもなくじっと眺めているのだった。
※
《センスウェム》は、順調に大気圏内へとその船体を進めていた。
その砲を、エンジンをコントロールするものはもういない。
最後に命じられた任務を遂行する。
それだけが今の彼女を動かしていた。
総質量二億トン。
小惑星程の質量をもった鉄の塊はその身を確実に落とすための最終段階へと移行した。
これほどの質量の物体が帝都へ落ちたら。
もうベルカは国として機能しなくなるだろう。
ベルカだけではなく、他の国への被害も免れはしない。
何より世界を生き永らえさせているのはベルカの技術なのだ。
それが失われてしまったとしたら。
世界は簡単に滅んでしまうだろう。
《センスウェム》落下まであと三十分。
This story continues.
ありがとうございます。
あと三十分。
全てがあと三十分で終わります。
最後までお付き合いよろしくお願いいたします。




