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超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
最終決戦
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決戦 後後編

 扉の中の異様な光景に蒼は息を呑んだ。

あったのは白い不透明なガラスでできた卵型の物体。

それが通路を除く床から天井にまでびっしりと生えている。


「なんですかこれ……」


(つぶつぶが多い……。

 鳥肌がたちそうだ)


「あなた肌も何も――」


(冗談だ。

 わかっているよ)


小腸の柔毛のような構造物は息をしているようにも感じる。

卵のおおよその高さは一メートル程で楕円形。

卵いうよりは人工カプセルといった方が分かりやすいだろうか。

卵の殻の表面には電子部品がびっしりとくっついている。

殻自体は機械というよりは有機体に近いもので、生物のものと大差ないように見える。

殻にはパイプのようなものが張り付き、脈動して液体を中へと送り込んでいるようだ。

入れる専用パイプと出る専用パイプが、全ての卵についており、心臓の鼓動にも似た音が鳴り響いている。


「……ただただ気持ち悪いですね。

 《センスウェム》も趣味が悪い」


(中身が気になるところだな)


「ですね。

ちょっとやってみますか」


蒼は手に持った銃を、一番近くの卵へと向ける。

殻の薄そうな部分を狙い、躊躇うことなく引き金を引く。

殻は簡単に砕け、空いた穴から少しピンク色を帯びた液体が流れ出した。


「………。

 趣味が悪いですね。

 私の"親"が見たら興奮しそうですけどね」


自分の産みの親でもある空月博士を思い出して蒼は肩をすくめる。

液体はドロリと粘性があり、匂いはない。


「ふーん?」


続けて横の二つも割ってみる。

二つとも始めと同じく、液体が流れ出す。


(遊んでいる場合じゃないぞ、蒼副長。

 先へと進んでくれ)


「はいはい、分かっています。

 これは一応の調査ですから、《ネメシエル》。

 私だって時間を気にしているんですよ」


(こっちはそれどころじゃないんだがな)


割れた卵のヒビを蹴って広げ、蒼は中身を覗いた。


「ああ。

 《ネメシエル》が言っていた意味が分かりましたよ」


(そうか……。

 だから居住区画のような反応があったわけだ。

 そこが居住区画なんだな?)


蒼の視界を共有している《ネメシエル》も思わず唸った。


「そうだと思いますよ。

 それ以外考えられません。

 普通、戦闘艦にこんなもの積みますかね?」


大きさ的には成人と言っても差し支えない人間が中で眠っていた。

髪の毛も眉もない為か、薄気味悪い。

息はしておらず、臍には機械でできた緒が付いており、そこから栄養分や酸素を補給しているようだ。

外のパイプがこの緒に繋がっているのだろう。


「人工冬眠って訳でも無さそうですし……。

 なんなんでしょうね」


何百万という生体がこの一か所に集められている訳だ。

冬眠させられているわけでも、無いとなると……。


【ようこそ、蒼さん。

 まさかもうそこにまで辿り着いていたとは。

 感服しますよ、貴女にはね】


薄気味悪いと思うほど静かな空間にどこかからスピーカーが夏冬の声を流し始めた。


「夏冬。

 なぜか道に迷ってしまいましたのでね。

 貴方の所へいく近道を教えてくれたら嬉しいんですけど」


やはり気が付いていましたか。

これだけ派手にやって気が付いていなかったらどうしようかと思いましたけど。

蒼は銃を離さずに見渡す。

何か動きがあればすぐにぶっ放せるように、だ。


【はははは!

 簡単なことですよ。

 まっすぐ、ただまっすぐ来ればいいんです。

 そうすればまた会えますよ】


夏冬の言葉だ。

真面に受け取るだけバカを見る。


「どうせ罠でも仕掛けてあるんでしょう?

 貴方ってそういう所ありますからね」


【まさか。

 この星の最後を貴女と一緒に見たいだけです。

 早く来てくださいよ。

 ショーが始まってしまいます】


「…………」


 目の前をふさいでいた通路の扉が次々と開放される。

同じような卵の空間が広がっている。


「今行ってやりますから待っていることですよ」


【ええ。

 お待ちしておりますとも】


警戒を解かずに蒼は一歩、また一歩と足を進める。

不穏な機械の音に一瞬びくっとしながらも夏冬が明けた道を歩く。


「《ネメシエル》。

 私の位置は分かっていますよね?」


恐らく聞こえていないであろう場所を選んで蒼は話しかける。


(ああ。

 ずっと追跡しているよ。

 敵の攻撃なんだが、急に単調になった。

 今"イージス"の回復に努めている所だ)


「引き続きお願いします。

 万が一には貴女の砲撃要請をしますから……」


(気になることも言っていたな。

 星の最後とか、何とか)


「何をするつもりなのかわかりませんがさせませんよ。

 私は《ネメシエル》――《陽天楼》ですからね」


(そうだな。

 当然私もそれはわかっているよ)


通路の端にたどり着いた蒼を待っていたのはエレベーターだった。

青色のLEDのような光が足元を照らしてくれる。

行先はすでに表示されており、CICを指しているようだ。


「乗れと」


(だな。

 もうここまで来たら引き返すことが不可能そうだが……。

 大丈夫なのかこれ)


「行くしかないですよ」


エレベーターに乗るとすぐに動き出した。

次に止まったのは蒼の想像とはかけ離れた風景だった。

機械や電子機器で埋め尽くされていると思ったら広大な部屋のど真ん中にポツンと箱のようなものが置いてあるだけだった。

その箱から太い配線のようなものがあちこちと伸びている。

まるで“レリエルシステム”にも似たような……。

自分の《ネメシエル》が整備されている時の事を思い出す。

他にはこの空間を支えている柱や、掃除道具等が所々にあるだけだった。


「夏冬?

 出てくるといいですよ。

 どこにいるんですか」


我慢できずに、蒼はどこかで見ているであろう夏冬へ声をかけた。


「あなたの後ろにいますよ」


「――っ!!」


耳元、しかも真後ろから聞こえたので蒼は距離を取るために振り返りながら前へ飛ぶ。

バクバクと心臓が鳴り、驚きのあまり顔が熱くなる。


「な、夏冬……」


「どーも」


「随分と乙女に対して酷い歓迎じゃないですか?

 今、私をビックリさせる意味ありました?」


銃口を突き付け、蒼は夏冬へ抗議する。

暗がりから出てきた夏冬は以前会ったときと何も変わっていなかった。


「ないと。

 精一杯の歓迎だったのに。

 酷い人だ。

 それにあなたは乙女でない。

 軍艦、それも《超極兵器級》だ。

 この程度でビックリすると思わなかっただけだ」


つまらなそうに夏冬は壁の近くへ歩いていくと背中を預け、天井を仰いだ。


「そんな銃、しまってくださいよ。

 この空間には不似合いだ」


「私が従うとでも?」


「好きにしたらいい。

 蒼さん。

 僕と星の終わりを始めましょう」


「嫌ですよ。

 言っている意味がわかりません」


 ガコン、と鈍い金属の音が鳴り響き天井が開き始める。

閉じていたシャッターが開いていき、蒼の上に宇宙が広がっていく。

蒼達が住んできた惑星の姿がそこにはあった。

真っ白な雲、真っ青な海。

戦争が起こっていてもまるで興味ないような表情をしている。


「綺麗な星だ。

 “新人類”には勿体ない。

 “旧人類”の見つけた星だというのに。

 だから、返してもらう」


するりと夏冬も拳銃を抜く。


「私達からしたら貴殿方センスウェムが攻め込んできた側なんですけどね。

 貴殿方は加害者。

 私達は被害者。

 そこは勘違いしないでもらっていいですか?」


 蒼は《ネメシエル》に命令を出しておく。

必要と判断したら直ぐにでも撃ってくれ、と。

その際、蒼の生死は問わない、と。


「貴女は私に格闘戦では勝てない。

 ウヅルキに勝てないようじゃ……」


「試してみますか?

 あれからまた少しは腕を上げたんですよ。

 それに貴方は私に勝てた試しがないでしょうに」


くすり、と蒼は小さく笑い目を細める。

空のように青い瞳が夏冬を正面から見据える。

拳銃を片手に持ち、夏冬へ向けた。


「面白い!

 ならなら試すまで!!!」


まず初手、蒼は夏冬を撃つ。

命中、しかし夏冬へダメージが入った形跡がない。


「っち!」


引き続きもう一発。

命中したものの謎の金属音と共に、レーザーが弾き返される。


「無駄ァ!!」


次の瞬間、ダッシュで間合いを積めてきた夏冬は蒼の右手に持った拳銃を左手で叩き落とす。

反応しようと左手で繰り出した蒼の手刀を右腕で受け止め、空いた左手で蒼の手首を掴んだ。


「そら!!」


そのまま勢いを借りて蒼の軽い体を捻りあげる。

痛みに呻く蒼だったがやられっぱなしになるわけにはいかない。

持ち上がった体のスピードを借りて一気に足を上げると、夏冬の腹部を蹴りあげる。


「せりゃあ!!」


同時に“イージス”を展開した為、夏冬の体が吹き飛ぶ。

吹き飛んだ先で夏冬は体制を整えると拳銃を二発蒼へと放つ。

咄嗟に左に飛んだ蒼は壁の裏に隠れ、弾を防ぐと近くに置いてあった箒を手に取った。


「なかなかやるじゃないですか!夏冬!」


「貴女の方こそ!!」


 壁から咄嗟に飛び出した蒼へと夏冬は引き続き拳銃を撃つ。

軽く“イージス”を展開し、弾を回避しつつ蒼は持っていた箒を薙刀のように持ち変えた。

一気に距離を詰め、柄を夏冬へと叩きつける。

流石にたじろいだ夏冬へ追加の攻撃で、箒の逆側をぶつける。

顔面にクリティカルヒットしたはずなのに夏冬はまるで効いていないと言うように体制を整えると、蒼の放つ箒の柄を左手で掴んだ。


「っ!?」


その瞬間、箒がぴくりともしなくなる。

慌てて箒を離した蒼に今度は夏冬が襲いかかった。

一歩、二歩下がった蒼は壁を背にして夏冬を迎え撃つ。

繰り出される柄を屈んでかわし、壁にぶつけさせる。

箒の柄がへし折れ、屈んだ姿勢のまま横へ体を逃がそうとしたが夏冬がそうはさせない。

おもいっきり蒼の腹部を蹴り上げてきたのだ。


「うっ……」


痛みで息が止まり、吐き気が込み上げる。

動きの鈍った蒼の腕を掴むと夏冬は反対側の壁へと蒼を投げつけた。

“イージス”を背中に展開し、衝撃を和らげる。

それでも後ろの壁がひしゃげ、中を通っていたパイプや配線が露になる。


「げほっ、げほっ……」


痛みを堪え、夏冬の姿を見失わないように直ぐに立ち上がる。

しかし、視界の先に夏冬はいない。

何か獣のような直感で咄嗟に蒼は体を右に傾けた。

先程まで体があった所を一枚の鉄の板が通りすぎる。

板は壁に突き刺さる。


「夏冬め……!」


“イージス”を展開し、蒼は近くにあった瓦礫のひとつを鉄の板発車地点へ向け投げつけた。

当然、手応えはない。


「こっちだ、こっち」


想定よりも近い。

鉄の板に反射した自分とは別の存在を探す。


「そら!!」


蒼が壁を再び背にした瞬間、夏冬が物陰から飛び出してきた。

手には蒼の拳銃が握られている。


「泥棒!」


「戦争にそんな事言ってられっかよ!」


夏冬は二丁の拳銃を蒼へと何度も放った。

“イージス”を展開しつつ、蒼は中央の箱の影に隠れる。


「おいおい。

 逃げないでくださいよ、蒼さん。

 それだけ時間が長くなる」


「自分を殺そうとする相手から逃げるのは悪いことですかね。

 さっぱり分かりかねますけど」


 回り込もうとする夏冬とは真逆の方へ移動する。

足元に転がっていた瓦礫を自分とは別の方向へと放り投げる。

一瞬でも気を剃らされた隙に蒼は夏冬の右手に取りつくと全体重をかけて手首を捻り混んだ。

ガキッ、と歯車が砕けたような音が鳴り、夏冬の右手から拳銃が落ちる。

それを拾うと蒼は今一度夏冬を正面から睨み付けた。


「あなた、やっぱり……」


先程触れた時の感触は、生物ではなかった。


「ああ。

 生身を止めましてね。

 “イージス”を失ったんですが代わりにこの鉄の体を手にいれたんですよ」


夏冬は蒼が壊した右手を引きちぎる。

火花が散り、ショートした部分から煙が昇る。


「通りで銃も効かない訳ですよ。

 無駄なことをさせるじゃないですか」


少し荒れた呼吸を整えながら蒼は近くに武器がないか探す。

柱と掃除道具ぐらいしかない部屋に武器になりそうなものは無い。


「この右手、お気に入りだったのに。

 貴女の体の感触を覚えている方だったんですよ?」


「誤解を招きそうな物言いは止めてください。

 私は誰にも抱かれたことは無いです。

 貴方にも!

 そして軍のお偉いさんにも!」


「言うねぇ!!」


千切れた右手をぶん投げ、夏冬は蒼へ近づくと思いっきり蹴り上げてくる。

それをギリギリで回避し、蒼は夏冬の懐に潜り込むと右手の平を夏冬の腹に当てた。


「戦車でも吹き飛ばせるんですよ、私」


「っち!!」


右手の平に全力の“イージス”を発生させる。

ベクトルをねじ曲げる力のある“イージス”は、この時蒼の手の平から外へと向かっていた。

密着させれば軽戦車すら吹き飛ばす力は夏冬の体へと容赦なく襲いかかる。

軽戦車ほどの質量もない夏冬の体は時速八十キロ程のスピードで宙を舞った。

その体の向かう先には先程蒼が損傷させた壁があり、折れたパイプがはみ出していた。

ガチャン、と金属と金属がぶつかり合う激しい音が部屋に響き渡った。


「はぁ……はぁ……」


気がついたら蒼の体のあちこちには擦り傷が出来ていた。

興奮しているうちはわからないものだが、今は痛みが湧き始めていた。


「夏冬……。

 残念でしたね。

 また、私の勝ちです」


蒼は壁に叩きつけられた夏冬の近くへ寄る。

夏冬の機械の体からはパイプが突き出しており、腹からは部品がポロポロと落ちていた。

血のようにも見える敵対も溢れており、床にその水溜まりが出来ている。


「やりますね……蒼さん。

 しかし、これで最後じゃないですよ」


「?」


【軌道変更。

 艦長、夏冬の命令を受諾。

 目標ベルカ帝国首都。

 軌道変更スラスター全開。

 自爆プロセスを開始します。

 生体保存区画、切り離し完了。

 戦闘区画、降下を開始します。】


メインコンピューターが淡々とした声で読み上げた内容はベルカ語で、蒼は嫌でも理解してしまった。


「まさか!

 夏冬!!」


「せいぜい足掻いてください、《陽天楼》。

 貴女のその顔も素敵ですよ」


口から油のようなものを垂れ流しながら夏冬は愉しそうに笑った。

愉快、愉悦と言うわけだ。


「そんなこと言ってる場合じゃないですよ!

 この質量が街へ落ちたらどうなるか分かって――」


「ああ、楽しみですね。

 きっとまた同じように世界が焼かれるんだ。

 この戦争の始まりのように」


話にならない。

蒼は拳銃を拾うと夏冬の額へ向けた。


「さよならですよ、夏冬」


「さあそれはどうかな。

 また会いますよ、きっとね。

 貴女は……。

 貴女は《超極兵器級》なんですから」


最後の夏冬の顔を見ないようにして蒼は引き金を引いた。

鋼鉄のパーツの隙間を弾は通り抜け夏冬の中枢を破壊する。


「《ネメシエル》聞こえますか!?」


(ああ。

 聞こえている。

 話も聞いた!)


「直ぐにそちらへ戻ります!

 マックスに、友軍に全てを伝えてください!」




               This story continues.

ありがとうございます。

とうとう夏冬の退場です、長かった。

もう少し。

もう少しだけお付き合いくださいませ。

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