決戦 後編
「私が全て終わらせて見せますよ。
《陽天楼》の名にかけて」
まだヒリヒリと上ってくる鈍痛を歯を食い縛って堪える。
うっすらと口の中に広がる血の味を飲み込む。
何かの拍子で口内を切ってしまったらしい。
(もう一度やるだけ、か。
出来なくても何度も挑戦するだけの話だな?)
「そういうことですね。
最終決戦なんですから出し惜しみは無しです。
全てをぶつけます」
(文字通り、か)
「はいな、そう言うことですよ」
“レリエルシステム”によって表示される《ネメシエル》の戦闘係数はもう三分の一程度にまで低下している。
あちこちが燃え、捲れた装甲の隙間から黒煙が垂れ流れる。
自動修復のために駆り出されたドローンが相手の攻撃を受け、部品を散らばらせる
蒼は損傷箇所に特殊ベークライトを垂れ流すがそれでもなお損傷は広がるだけだ。
宇宙には空気が無いため、なんとか延焼を防げているがそれも時間の問題だろう。
もし、大気圏内だったら今頃は炎に包まれ沈んでいた。
「だけどそれは相手も同じことですよ」
自分に言い聞かせるように蒼は口に出していた。
攻撃を受けているのは何も《ネメシエル》だけではない。
「だからこそ勝てます。
相手を焼き、ぶち殺して差し上げるまでですよ」
頭の片隅を通りすぎるネガティブな考えを脱ぎ捨て、作戦の遂行だけに全ての思考を向ける。
ネガティブな思考にリソースを割いている余裕はない。
「行きますよ《ネメシエル》!
突撃あるのみです!
全速前進!
残存“イージス”、前方へ展開!」
(蒼副長!
移動だけしておいてくれよ!)
「はい。
《ネメシエル》、あとは手筈通りに」
(了解だ。
何、前に一度試している。
きっと大丈夫だ、任せておけ)
※
前進を開始した“ネメシエル”へと容赦なく《センスウェム》からの攻撃が叩き込まれていく。
穴だらけの“イージス”が、軌道をねじ曲げてはいるもののそれも長くはない。
すでに無茶を重ねた《ネメシエル》の船体はボロボロで《超極兵器級》といえど、轟沈一歩手前にまで追い込まれている。
被弾に被弾を重ねた装甲が一枚、また一枚と船体から剥がれ落ちデブリと化す。
当然敵である《センスウェム》は痛々しい船体を見て攻撃を緩めることなどせず、容赦なく《ネメシエル》を殴りつける。
しかし、黙って殴られ続ける《ネメシエル》ではない。
“主砲”は使えずとも、“副砲”を起動し《センスウェム》へと傷だらけの爪を突き立てる。
猛獣と猛獣の取っ組み合いはどちらかが倒れるまで続くものだ。
「《ネメシエル》。
押し負けちゃダメですよ」
(私が負けるわけないだろう?
信じろ、蒼副長)
「信じてますよ。
あなたを疑ったことなんて一回もないです。
だから今回も信じています」
(当然のことだ。
私は《超極兵器》なんだからな)
宇宙服とヘルメットで自分の体を包み込み、右手のスイッチを押して密着させる。
万が一に備えて宇宙服を装備した蒼は憂鬱な表情を浮かべる。
《ニーロカット》の中に並んでいた宇宙服の中で阿保に合うサイズが小学生用しかなかったからだ。
「まあ、別にいいですけど……」
ついでに装備をいくつかかっさらう。
蒼は今、《ニーロカット》の中で作業を行っていた。
「遠い……」
《ネメシエル》と《センスウェム》の距離はおよそ十五キロ。
このままのスピードで突撃を続ければ約三分で相手にたどり着くことができる。
「《ニーロカット》、隔壁開放開始。
……ダメですね、動きませんか。
《ネメシエル》からエネルギーを回さなければいけないんですかね。
仕方ない」
ただでさえコバンザメになっている二隻の"旧人類"の戦艦は《ネメシエル》の機関に大きな負荷をかけていた。
今回の作戦はその重荷を解放するという意味でも画期的な手だと思っていた。
「宇宙に救われましたね……」
(全くだな。
大気圏内だと浮力が負けていただろう。
確実に私は堕ちていただろうな。
敵の砲台数が少ない方からアプローチする。
多少なりの被弾は許してくれよ)
戦況が気になるところだったが窓の外を見る余裕もなく、蒼は作業を続ける。
「《ネメシエル》、耐えてくださいよ。
私も耐えますから」
ずきり、ずきりと神経を駆ける痛み。
《ネメシエル》が被弾したことを知らせる痛み。
“レリエルシステム”で蒼と《ネメシエル》が繋がっていることを知らせる証。
その証がこの時ほど心細く、しかし確かなる感覚として感じたことはなかった。
「エネルギー、二パーセント回せますか?」
(出来るぞ。
少し待っていてくれ)
ギギギ、と船体が悲鳴をあげた。
鋼鉄の撓みが、歪みがまるで生き物のように響き渡る。
《ニーロカット》が被弾したのだ。
静かにモーターが回るような音がし、生き残った電飾に光が灯る。
隔壁を操作する装置にもエネルギーが流れ、開くスイッチが緑に光る。
(あと一分程で投下する。
蒼副長、検討を祈る)
「やるしかないですからね。
しっかりとやるまでですよ」
蒼はそう言って隔壁を開いた。
この中は《ネメシエル》とはまるで違う材質、構成から作られた艦。
船の最も大切な部位でもあるバイタルパート内部だ。
ここならば《センスウェム》の攻撃もいくらかは耐えることができるだろう。
万が一装甲が薄い場所にいて攻撃を受けたらどうしようもない。
(そろそろ準備してくれよ。
私の艦首も、さっきから盾になっている《アンディ》も限界だ。
失敗は許されないからな)
「わかってますよ。
五体満足のまま帰れるように祈っておいてください」
壁に取り付けられたシートベルトで体を固定し、蒼は改めて装備を確認する。
レーザー拳銃が一丁にいくつかの爆砕手榴弾。
それぐらいだ。
「もう少し積んでおくべきでしたね」
(仕方ない。
白兵戦なんて原始的なもの、想定されていないからな)
蒼は自分の体に"イージス"を張り巡らせる。
“核”である証でもあるうっすらとした白い膜のようなものが見える。
「“イージス”も問題ないですね。
なんとでもなりそうです」
ずっしりと重い宇宙服のベルトにレーザー拳銃を差し込み、蒼は目を瞑った。
“レリエルシステム”から送られてくる今の《ネメシエル》の状況をもう一度確認するためだ。
視界が開けた瞬間、蒼は悲鳴を上げそうになった。
「もう、目の前じゃないですか!」
距離凡そ五キロ未満。
目の前いっぱいに弾幕を展開する敵戦艦。
溢れ出そうなほどの殺意と攻撃の中、《ネメシエル》が航行していた。
(さっきもそういっただろう!?)
「もうあと二キロほど進んだから切り離して離脱してください!
砲撃が届く距離にいてくれるのが一番いいです!」
(それは離脱とはいわないが……。
まぁ言いたいことは分かった。
いつでも援護できる場所にいてくれってことだな?)
「はいな。
その通りですよ」
(全く……無茶を言うものだ)
慌てて視界を切り、蒼は体を押し付けるように壁へと密着していた。
すぐにガコン、という音が蒼の耳にまで届いた。
重力がない宇宙、《ネメシエル》から切り離されてもその実感がわかない。
逆にそれが恐怖心を煽り立てる。
「《ネメシエル》、幸運を」
(ああ。
幸運を、蒼副長)
《センスウェム》から凡そ三キロという近さで《ニーロカット》は切り離された。
《ネメシエル》が囮になってくれているおかげで大した損害も受けていない。
大気圏内と違って様々な力が働かない宇宙ではスムーズに《ニーロカット》は前へと進んだ。
進む先には《センスウェム》が浮かんでいる。
カタカタとした音は船体が鳴っているのかと思い込んでいた蒼だったが、ようやく自分が震えているのだと気が付いた。
汗や動悸は正常そのものだったが、体のどこかでは《センスウェム》へ恐れを抱いている。
そのことに今ようやく蒼は気が付いた。
右手で左手の震えを抑えようと重ねる。
「神に祈るなんて。
全く持って、私らしくないですね」
ベルカの神々一人一人の名前をうっすらと頭に浮かべつつ蒼は目の前の壁だけを眺める。
神は私を、兵器を助けてくれるのでしょうか。
神というのは人間が作り上げた虚無の存在ですからね。
もし助けてくれるのだとしたらそれは……。
「バカらしい。
やるまでですね」
たったの十秒がこの時は一時間にも一日にも感じるほど長かった。
(敵艦、回避運動を開始!
遅い!
蒼副長、激突まであと五秒!
幸運を祈る!
三、二、一、今!)
スピードを落とすことなく《センスウェム》の舷側へと《ニーロカット》が突っ込んだ。
バイタルパート内にいたというのに強烈すぎる衝撃が蒼と《ニーロカット》を突き抜けた。
ベルトで体を固定していたというのに蒼は一瞬意識を失うほどの力がかかった。
切り離す前に《ネメシエル》は蒼の安全を考えてスピードを落とすために逆噴射を行っていた。
《ニーロカット》が《ネメシエル》へと突き刺さる直前のスピードは時速百キロ程度。
質量が質量の為、蒼でも計算しきれないほどの衝撃が発生してしまった。
「うっ……」
声を出そうにも出せないほど肺が締め付けられ、細い肋骨が呻きを上げる。
怪我を負う程ではないものの、それでもなお蒼は苦しみで一瞬意識を手放した。
(蒼副長!
あとは頼むぞ!)
「は……っ!
っし、死ぬかと思いましたよ……」
くらくらする頭を押さえ、ベルトを外し立ち上がる。
無重力の為、体がふわふわと浮いてしまう。
「なんでしたっけ。
じ、重力発生装置?みたいなのはないんですかね?」
(作動はしているがそこは範囲外だ。
《センスウェム》の艦内へと侵入すればすぐに地に足がつくさ)
「だといいんですけど……」
入ってきた隔壁を開き、蒼は外へ出るために移動開始する。
上下も左右もない世界は初めてで、戸惑いつつ、壁を手で触りながら歩く。
何とか《ネメシエル》と結合していた部分にたどり着くと扉のロックを解除し、外へ出た。
「こりゃまたいい所を狙い撃ちましたね」
(実に素晴らしいだろう。
百点満点中千点を自分にあげたいぐらいだ)
《ニーロカット》のグシャグシャになった船体は《センスウェム》の艦橋基部にめりこんでいた。
ぶつかった部分の装甲は目も当てられないほどひしゃげ、ねじ曲がってしまっている。
砲塔の一つが直撃を受け、根本からごそりと無くなっている。
塔のように伸びていた《センスウェム》の艦橋はぶつかった衝撃で崩れてしまったのかスナック菓子のように簡単に折れてしまっていた。
大型ロボットのように振る舞っていた箇所は《ニーロカット》の折れた船体が衝突したため、腰部分から引きちぎれて甲板へと落ちていた。
火器管制システムも打撃を受けたのか、《センスウェム》の砲が動きを一時的に止める。
その隙を狙い、蒼は《ニーロカット》から《センスウェム》へと飛び移った。
移った瞬間に重力が働き、蒼の足が甲板につく。
「《ネメシエル》では、行ってきますよ」
すでに十五キロもの彼方へと下がっている《ネメシエル》を見つけ、蒼は小さく手を振る。
(ああ。
無事にまたその姿を見せてくれ蒼副長。
なに、通信は繋がっているからな。
逐次場所と進行方向はナビするつもりだ)
《ニーロカット》のこじ開けた穴から中へと潜り込む。
一枚装甲の中に潜るだけでとてつもない不安が蒼を襲う。
細いダクトのような通路は、空気を循環させるためのシステムか何かだろうか。
「えっと、左に行けばいいんですか?」
(そうだな。
艦橋で敵は操艦しているなら話は早かったんだが……)
「ですね。
艦橋さえぶっ壊してしまえばこっちのものになっていたわけですし。
流石に弱点を晒すなんてこと、出来なかったんですよきっとね」
(艦橋で操艦なんて形式取っているのは私達ベルカ軍ぐらいなもんだ。
あからさまに弱点と言っているようなものだからな)
腰のホルスターから銃を取り、電気で先を照らしながら先へと進む。
すぐに目の前に扉が現れる。
「手動で開いたり……しませんね」
(仕方ないだろう。
私の砲はオーバーキルすぎるしな。
たかが扉相手に)
「はー……」
蒼は銃をロック施設へと向けると何発かぶっ放す。
ショートの火花と同時に扉のロックが開く。
「面倒なんですよ。
ちゃんと前もって開けておくが筋ってもんでしょ」
(どういう見解でその言葉が出たのかとても興味深いな。
あ、そこの先の小部屋から先は空気があるみたいだな。
上のヘルメットぐらいは脱いでもよさそうだぞ蒼副長)
「やっとですか。
この服、初めてですけどこんなの着てまで宇宙で作業したいとは思えませんよ。
なんか頭が痛くなりそうですし」
蒼が入ってきた扉が自動で閉じ、一瞬にして空気が満たされる。
その仕組みに感心しながら、蒼はヘルメットのスイッチを押した。
小さく折りたたまれ、背中のバックへとヘルメットが格納されていく。
縛っていた髪の毛を解き、蒼はベルカの帽子を被る。
その瞳の先には重厚な扉があった。
「《ネメシエル》?
この先へと進めってことですよね?」
(そこの先を通り抜けないと次の区画には行けないんだが……。
いかんせんそこの区画が前に述べたよくわからん区域なんだよな。
その艦は戦闘艦にしては生命維持の為に使われている区画が多すぎる。
まるで《動物園》みたいなんだ)
「《動物園》……?」
(いや、少し言い方がおかしいか。
《生命カプセル》とか《移民船》とでも言ったほうが伝わりやすいか?)
「それって……」
(…………。
まぁ、開けてみればわかることだ)
《ネメシエル》が言葉を濁し、蒼も言葉を発さない。
掌で扉を撫でる。
「温かい……」
こんなにも無機質で鉄の塊のように見えるのにその扉は温かい。
まるで血が通っている肉体のようだ。
「これは流石にぶち破るわけにもいきませんよね。
《ネメシエル》、クラッキングを敢行してロックを解除してください」
(了解した。
任せておけ)
返事とほぼ同時にロックが解除される。
銃を手に、蒼はゆっくりと扉を開いた。
This story continues.
ありがとうございます。
ついに敵艦へ乗り込みました。
後編の前編?です。
もう少し。
長年お待たせしてしまい本当にごめんなさい。
必ず完結させますのでどうかよろしくお願いいたします。




