決戦 前中編
(秘策……だと?)
不思議そうに聞き返してくるマックスに蒼は夏冬にばれないよう、秘匿回線で作戦内容を送信した。
内容に簡単に目を通したマックスだったが表情は一気に硬いものになっていた。
(こんなことしたら……)
「でも、これしかないですよ。
お願いです、マックス。
私にはこれしか思い付きませんでした」
(承認ぐらいはするが……)
渋々その作戦を承諾したマックスに、蒼はにっこり笑って見せる。
(正気じゃないぞ……)
「……誉め言葉と受け取っておきますね。
これはとっておきの秘策です。
あいつらのプライドごとぶち抜いてバラバラにしてやりますよ」
《ネメシエル》へと向かってくるミサイルを迎撃しながら、船体をぐるりと反転させる。
船と言うよりは戦闘機と言った方が近い立体機動で夏冬の攻撃を可能な限り回避する。
「“強制消滅光装甲”、出力三十パーセント。
着弾予測船体部へ展開させてください」
マックスは蒼が《ネメシエル》へと命令し終えたタイミングでまた話しかけてくる。
(さっきのプランだが……。
逆にクラッキングを受ける可能性もあるんだぞ?
大丈夫なのか?
俺はそこが一番心配なんだが……)
「そこら辺はもう気合いと根性ですよ。
やってやれないことはないはずです」
(まぁ、お前なら大丈夫だろう……。
最後の最後まで蒼に頼りっきりになってしまったな)
マックスは諦めたように頭を軽く振った。
サングラスの奥に潜む目が幼子を見るように細くなる。
(作戦実行事態は別に構わないが無理だけはするなよ、蒼。
お前だけが頼りなんだからな。
まー、任せておけ。
すぐに一隻を手中におとして見せるさ!)
「お願いしましたよ」
マックスとの通信が切れ、蒼はまた面白そうに一人で小さく笑う。
「ふふふふっ……」
(蒼副長?
そのー、なんだ。
マックスも言っていたが、正気なのか?)
不思議そうに聞き返す《ネメシエル》に小さく首を縦に振り、操縦に専念するために口を閉じる。
その仕草だけで脳で繋がっている《ネメシエル》は理解したのか何も言わなくなってしまった。
あとはマックスから乗っとり成功の知らせと共にコントロールを譲り受けるだけだ。
「“イージス”再分配。
命中箇所の多い所に多層で展開してください」
(了解した。
今は耐え時だからな)
蒼が再び操縦を始めた《ネメシエル》のキレは先程とはまるで別人が操っているかのようだった。
的確に相手の射線を読み、隙間へと巨大な船体を捩じ込んでいく。
被弾は免れないものの、確実に大口径砲を受け止める数は減っていた。
「反撃続行。
少しでも相手のバリアを削り取っておかないと……」
副砲以外をも駆使し、攻撃が止めることなく注ぎ込む。
連続で放たれる“光波共震砲”のオレンジ色の光が宇宙空間を駆け抜けていく。
《ネメシエル》が攻撃を受けた箇所からは幾筋もの黒煙が尾を引き、特殊ベークライトが溢れ落ちる。
【いつまでもつかなぁ!?
なぁ!!
蒼さん!!!】
夏冬が吠え、呼応した敵艦の甲板を埋め尽くすように設置されたミサイル発射装置が次々と開いていく。
【流石にこの量の“ナハトシュトロームミサイル”は避けれまい!!
くらえええ!!!!】
敵艦を埋め尽くすような光と共に、敵を追いかけ仕留めるための槍が撃ち出された。
数は凡そ二百。
「流石にこれは―――……」
(避けれないし、対処も出来ないぞ!?)
「“イージス”も“強制消滅光装甲”も出し惜しみなしです!
迎撃開始!」
まだ敵の攻撃から生き残っている機銃と高角砲が近い標的を狙う。
築き上げられる嵐のような弾幕を簡単に抜け、“旧人類”の異物が《ネメシエル》の船体へと
(迎撃漏れ七発!
着弾、今!)
次々に突き刺さった。
鉄と鉄がぶつかり合うギン、とした音と共に装甲板にミサイルの先っぽが捩じ込まれる。
“強制消滅光装甲”すらも通り抜ける力を持ったミサイルは艦首に、艦橋近辺に、艦尾に合計七発、着弾した。
「――っ!」
思わず息を飲んだ蒼の耳に夏冬の捨て台詞が届く。
【食い散らかされてしまえ!!】
突き刺さったミサイルはその弾頭に設置された装置を起動させた。
刹那、真っ黒な異空間が《ネメシエル》のあちらこちらで口を開けた。
まるで地獄の釜が開いたかのような光景。
すぐに異空間の闇は消えたが、その一瞬で《ネメシエル》に刻まれた損傷は大きなものだった。
着弾した所を中心に円状に鋼鉄が切り開かれ、闇が巣くった場所は存在していた兵装がペチャンコになっていた。
踏み潰されたようにひしゃげ、鋼鉄が破れた隙間からは黒煙が昇りはじめる。
「うぐぅっ!」
込み上げてくる腹部の痛みはまるで獣に噛みつかれたような鋭い痛さだった。
流石に堪えれず、食い縛った歯の隙間から呻き声が溢れる。
心臓が破れるほどに脈を打ち、痛みは体を跳ねさせ、蒼は掌を強く握り締めていた。
闇により切断された回路からは光が漏れ、ショートしたエネルギー流路からは火が上がった。
(応急ベークライト注入。
ダメージコントロール開始。
直ちに損傷箇所の修復に入る)
応急修理を行うドローンが修理の火花をあげる。
(自己修復開始。
完了まで凡そ七時間三十分を予定している)
迫る来る痛みはまだ波のように蒼を蝕む。
痛みを堪えつつ、開いた視界の隅にマックスからの通信を示すアイコンが現れた。
(む。
基地より通信とコントロール全委託許可が来たぞ!
蒼副長!)
蒼に呼び掛けたものの、咄嗟に頷くしか反応できなかったためか《ネメシエル》は勝手にメッセージを開いていた。
(コントロールの九割を把握。
残りは頼んだ……らしいぞ。
ただし、システムにエラーが生じる可能性が――)
「わ、わかっていますよ……。
きっと、きっとあなたなら大丈夫ですよ《ネメシエル》。
なんと言っても……」
(な、なんだよ……)
「そんなことはいいので艦首を目標へと向けてください。
待ち時間の間に変形機構も稼働させます……」
体の奥底へ痛みを押し込め、蒼は冷静を装う。
(任せておけ。
私は《ネメシエル》だ。
その程度直ぐに済ませてみせるさ )
「夏冬も直ぐに……クラッキングされたことに気がつくはず。
また奪い返されないように……。
防壁の展開を……マックスに要請しておいてください……」
(わかった。
その通りにするぞ)
《ネメシエル》は舷側のスラスターを吹かし、艦首を別方向へと向ける。
そのまま、機関出力を上げ、一目散に夏冬から離れた。
当然追撃に移る夏冬だったが、その巨体ゆえに動きは鈍い。
みるみる距離が離れていく。
【逃がすか!!】
なんとか痛みが引き、鼓動が安定した心臓を抑えて蒼は目の前に浮かぶ二隻の戦艦を眺めた。
「そのまま追いかけてくるといいですよ。
あなたの吠え面が楽しみです」
逃げる《ネメシエル》の前には二隻の“旧人類”のものと思われる戦艦が浮かんでいた。
全長凡そ二千メートルと少し。
夏冬の乗る要塞よりも小さく、心許ないが無いよりはましだ。
流線型を多々意識しつつも、どこか懐かしいデザインだ。
砲身の形は複雑で、発射時にはさらに変形するのだろう。
まるでベルカの最新型と言っても違和感のないような作りになっている。
設計理念がベルカと同じなのだ。
それ以上にこの二隻は敵の攻撃から身を守る最高の物理の盾になる。
一隻、名前は《ニーロカット》と読める。
そっちは艦橋部分と主砲が一基、ごっそりと無くなってしまっていたがコントロールに支障はない。
もう一隻、《アンディ 》はどこも壊れておらず、新品同様の状態を保っていた。
すでに二隻ともマックスの遠隔操作を受けてエンジンに火が入り、艦橋のガラスを通り越して赤色の光がゆらりと漏れだしていた。
艦首にはセンスウェムのマークが光っており、そこだけが唯一蒼の気に入らないポイントになるのだった。
「《ネメシエル》合体準備!
直ちに敵艦の形状を私達に合うように調整してください!」
(任せておけ!
接続ポートの変更、合体準備を行う!
従属艦二隻に信号を送信。
ドッキングポートの展開を確認。
リクエスト受理。
二隻ともアーム展開を確認!)
【バカな!?
《ニーロカット》と《アンディ》をクラッキングしやがっただと!?】
「気がつくのが少し遅いですよ。
この二隻は完全に頂きました!」
【面白い!
そうはさせるものか!】
悠長に合体を待ってくれるほど夏冬は優しくない。
追撃のミサイルをいくつも放ち、攻撃の手を緩めない。
降ってくるミサイルをハードキルモードで迎撃しつつ、《ネメシエル》の船体を大きく真横へ滑らせる。
「このまま足を止めて合体するわけにはいきません。
ぶつけるように合体を行います。
《ネメシエル》補助をよろしくお願いしますね」
舷側の装甲が開き、ドッキング用のアームが《ネメシエル》より延びる。
ギリギリ同じ規格に調整されたアームが《ニーロカット》と《アンディ》の、舷側からも伸びている。
(微調整ぐらいはやってやるさ!
安心しろ!
こうなると思って既に準備してあるぞ!)
夏冬からの全力ビームを左へとかわし、その勢いを保ったまま、後部スラスターを展開する。
「反転ブースト!
サイドキック、面舵いっぱい!
今です!」
ドリフトして百八十度のターンをかました《ネメシエル》の両脇に《ニーロカット》と《アンディ》二隻が食らいつく。
パンとパンがハムを挟むように“旧人類”の戦艦が《ネメシエル》を挟み込む。
「ナイス操縦です。
強制接続開始!」
(行くぞ!)
挟み込む際に勢いを逆噴射によって殺し、鋼鉄のアームとアームが結合を開始した。
先端のプラグがもう片方のプラグに強制的に差し込まれる。
その際、はみ出してしまったパーツはひしゃげ千切れ飛ぶ。
まるで人間の背骨のように半径十メートルもの鋼鉄のパイプの中には神経のような重要な配線の束がしこたま詰まっている。
《ネメシエル》側の配線が虫のように蠢き、《ニーロカット》と《アンディ》の配線と絡み合う。
(強制接続開始。
同期、およびAIの従属化を開始する。
従属化開始――――完了。
反撃を確認、これを封殺に成功――)
当然、相応の負担が《ネメシエル》にも掛かっていた。
蒼の視界が一瞬ぼやけ、HUDの表記に乱れが生じ始める。
(AIの従属化係数八十パーセント。
終了予定時刻まであと二十秒)
機関の鼓動係数を示す数字や、各種総合損害の文字がバラバラに砕けていく。
文字化けした各種表示が、HUDから離れ文字自体が消えてなくなる。
接続エラーを示す赤い文字が右上に浮かび、艦橋を流れ始めた無機警報音が埋め尽くす。
(正体不明なユニットが接続されました。
直ちに使用を停止し、メンテナンスモードを実行してください。
このまま続ければシステムに深刻な障害が生じる恐れがあります。
不明なユニットが接続され――)
「《ネメシエル》、お願いしますよ……!」
緊急停止を促す警報を《ネメシエル》自らが消し、二隻との合体を続行する。
(従属化に成功。
AIの従属化を確認。
直ちに我が艦の別ユニットとして指示。
攻撃を開始する)
《ネメシエル》が二隻を押さえ込んだ証として二隻の所属がベルカへと変わる。
艦首のセンスウェムの紋章が、ベルカの“曲菱形”へと変化していく。
【はははは!!
まさか!!
まさかそう来るとは思っても見なかったよ!
あんた、最高だよ!!
蒼さん!
あなたは兵器の可能性の塊だ!】
「お誉めの言葉、ありがたいかぎりですね。
夏冬あなたが言うとただの皮肉にしか聞こえないのがとても残念ですよ」
【そうですかねぇ!?
でもまぁ、分かっているんでしょう!?
たかが凡庸戦艦二隻とくっついたからと言ってこの《センスウェム》に勝てるとでも?】
夏冬との距離は再び二十キロにまで近づき、バラバラと距離減衰によって何とか耐えていた攻撃が《ネメシエル》の“イージス”をまた削り始めた。
「《ネメシエル》!
直ちに二隻のバリアを展開! 」
(強制接続完了。
《ニーロカット》、及び《アンディ》再起動。
コントロールソフトウェアインストール完了。
兵装管理ソフトウェア、インストール完了。
初期設定再読み込み中……完了。
起動シークェンス開始!)
一度再起動をかけられた二隻は大人しく《ネメシエル》に接続された。
右下の艦損傷度を示すパネルが改めて二枚追加され、それぞれの兵装状態までも見て取れる。
更に機関の調子までも《ネメシエル》へと筒抜けになった。
(ユーハブコントロール。
操縦を任せたぞ蒼副長)
「お任せあれ、ですよ。
ここまでやったんですからね。
操縦くらいお手の物ですね」
《ネメシエル》の兵装一覧の横に新たに《ニーロカット》と《アンディ》の持つ兵装のリストが追加される。
翻訳されてはいるものの、適正な書体ではないために文字化けしてしまっている。
それでも、どれがどの兵装なのかぐらいは見てとれた。
「“ナハトシュトローム砲”全砲門解放!
夏冬へ向けてください!」
《ニーロカット》と《アンディ》の甲板に並ぶ三連装砲が合計五基、十五門の砲門が悠久の時を経て動き出した。
多少なり、宇宙にいたためか風化してしまっていたギアが火花を上げるが問題ではない。
エネルギーが機関から送り込まれ、二隻の砲門プラス《ネメシエル》の砲門が目の前に浮かぶ《センスウェム》を凝視する。
「“ナハトシュトローム砲”及び“三百六十センチ六連装光波共震砲”用意!
撃て!」
《ネメシエル》の船体を食いつぶしたような闇が《ニーロカット》と《アンディ》の砲門から射出される。
闇はブラックホールのように光を逃がさず、宇宙の漆黒にも勝るような黒さだった。
当然のように弾かれるが《ネメシエル》の報告により攻撃が有用なものだと分かるまでそう時間はかからなかった。
(蒼副長!
敵バリアの出力が下がっている!
効いているぞ!)
「やはり……。
私達の“三百六十センチ六連装光波共震砲”よりも威力があるみたいですね。
これならなんとか削っていけそうですよ《ネメシエル》!」
【っちぃ!!
だが、これで済むと思うなよ!!
こちらにだっていくらでも手はある!
“ナハトシュトロームカノン”用意!!
ぶちかませ!!】
《センスウェム》の甲板に並ぶ砲門の先がいくつにも割れ始める。
ライフリングの役目をしていた部分を切り離しているようだ。
【消えうせやがれ!!】
砲門から放たれた闇のようなものはいくつ物筋となり、《ネメシエル》を襲った。
いままでのは一本の威力の高いレーザー。
しかし今度のはフラグメントカノン、いわゆる散弾だった。
「負けるな!
こちらも撃ち返します!
向こうの攻撃に飲まれてはお終いです!
機関全開!
敵の懐へと潜り込みますよ!」
合体した二隻の攻撃と《ネメシエル》の攻撃は《センスウェム》の火力に勝るとも劣らないものとなっていた。
移動しながら《ネメシエル》は《センスウェム》の弾幕が薄い右下へと張り付く。
当然、《ネメシエル》を撃とうと夏冬は船体を傾けるがそれよりも《ネメシエル》のほうが素早い。
【バカな!
そんなものが効くかぁあああああ!!!】
そう吼えた夏冬だったが《センスウェム》を守っていた厳重なバリアはとうとう悲鳴を上げ始めた。
所々に穴のようなものが開き始めている。
「ようやくこれでイーブンですね、夏冬!
さあ最後に私と踊りませんか?」
空いた穴を狙い済まして《ネメシエル》の“三百六十センチ六連装光波共震砲”の光が飛び込む。
【二人だけの素敵なパーティか。
しゃれた事を言いやがるぜ。
《鋼死蝶》がよぉ!!】
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あけましておめでとうございます。
今年もどうかよろしくお願いいたします。
なんとか今年中に完結させたいですね……。
今回少なくて申し訳ありません。
あまり待たせてしまっても、と思い投稿させていただきました。
あともう少し……。
どうかお付き合いください!




