慈悲の神
「通信網の復旧を急ぐんだ。
とにかく話はそれからだ。
味方への状況説明と、それと……。
ええい、とにかく通信だ!
詩聖、あとは頼むぞ」
頭をかきむしり、マックスは踵を反して部屋から出た。
汗が浮かび上がっている後ろ姿に付いていって、蒼は一緒に部屋を出る。
すぐに副司令が入れ替わりに復旧作業の指揮をとりはじめるのを尻目に、二人の足は自然と屋上へと向かっていた。
「やっぱりいつもの場所に行くんですね」
「そうだ。
それぐらいしても許されるだろ?」
上空を浮かぶ今や敵となってしまった《宇宙航行要塞艦》の姿も見えるかと密かに踏んだのだが、流石にそれは厳しかったようだ。
ほぼこの星の逆の位置にあるというのに二人して昇ってきたのにはもうひとつ理由があった。
屋上からは《ネメシエル》の眠る第五乾ドックがよく見えるのだ。
「それで?
通信網の復旧のほうが時間かかりますよ絶対」
「ああ。
だからこそ俺達だけになったとしてもやるしかないわけだ。
まるでこの戦争のはじめを思い出すな?」
マックスは振り返るとにやりと笑った。
いつも苛められている時のうさぎのようなかわいさとは打って変わって歳相応のオヤジとしての風格が漂う。
蒼も吊られてかすかに口角を上げた。
「あーはいはい。
コグレ基地にいたときのことですね。
そういえばあの時もこんな状況でしたね」
気が付けば長い時間が経ってしまっていた。
絶望に満ちた戦いから何とかここまで来たのだ。
国土の九十七パーセントを失っている状況からの出撃。
《ネメシエル》の尽力で何とかベルカは再建され、ヒクセスとの同盟。
さらには敵として仇をなしてきたシグナエを崩壊寸前にまで追い込んだ。
「何が起こるかわかりませんね、本当に」
蒼もマックスのように帽子を外すと押さえつけられていた髪の毛が風に乗る。
腰までの髪も長い年月と共に伸び、今はお尻にまで辿りついてしまいそうだ。
綺麗な茶色の髪の毛は空のように澄んだ瞳にかかってしまう。
鬱陶しそうに前髪を少し弄り、そろそろ切らないとなぁ、と思う。
「状況は不利だな。
うむ……圧倒的に不利だ。
そもそも技術レベルからして違いすぎるかもしれんな。
しかも通信が取れたところで頭脳をなくした連合軍が纏まるとは到底思えない。
中にはベルカに対して恨みを抱いている奴らもいるだろうしな。
むしろ逆に俺達だけでやってしまうのが一番だったりするかもな」
苦笑し、マックスは蒼の頭を撫でた。
蒼はというと眉をひそめ、少し拗ねたような口調になる。
「案の定厳しい戦いを強いてくるんですね、マックスは。
昔から私を酷使しすぎですよ」
蒼はやれやれ、と軽く首を振って見せた。
マックスは少しだけ申し訳なさそうに視線を外し、懐からタバコを取り出して口に咥えた。
煤が付いて若干黒くなっている手すりに背中を預け、火を点ける。
そうして隣で風を感じる蒼にただ一言尋ねる。
「――やれるか?」
ドックの壁に小さくついている窓から中が見える。
ちょうど《ネメシエル》の艦橋部分が窓から覗いている。
かすかに発光しているセンサー部分がまたセクシーだ。
蒼は目を逸らし、すっかり冷たくなってきている風に身を預けた。
少し前まで夏だったなんて嘘のように空が高い。
澄みきった空には雲が不自然な千切れ方をして、浮かんでいる。
衝撃波の影響か定かではないが、ただ目を引く形をしている。
大きな金属音がかすかに漏れている。
乾ドックの他に存在している様々な施設には異常は無いようだ。
センスウェムのことはこの基地の人間はすぐに気が付いただろう。
気が付いていないのはテレビが無い乾ドックの作業員達というわけだ。
何が起こっていたのか当然知る由も無い作業員達はただ黙々と運ばれてくる資材で《ネメシエル》を修理している。
もう明日にはほぼ修復が完了することだろう。
「やれるか?
じゃなくて、あなたはただ私に命令すればいいんですよ。
やれ、って。
私はあなたの兵器なんですから」
タバコの煙を鼻と口から吐き出し、いまやセウジョウだけではなく地域全ての基地を統括する身分となったマックスは空を仰いだ。
サングラスに反射する日光のおかげで何を考えているのかは蒼も読み取れない。
そのまま二十秒ほど考え込んでいたマックスはまたタバコを口へ運ぶ。
「そんなに考えることですか?」
「まぁ……な。
俺はお前のことを兵器などとおもったことはないからな。
常に愛娘のように扱ってきたつもりだぞ?」
「世界中のどこを探せば戦艦を愛娘に考える人が出てくるんですか。
まったく、やれやれですよ」
「そうだな。
ふー……。
あまりこういう堅苦しいのは趣味じゃないんだがなぁ。
まぁいい。
蒼、早速の命令だが《超極兵器級》全てを呼び戻してほしい。
次の作戦で当然必要になる。
分かるな?」
タバコの吸殻を携帯灰皿に入れ、マックスは静かに命令する。
マックスの命令に間違いがないかを蒼が細かい内容をふまえつつ、復唱する。
「《超極兵器級》を呼び戻す、ですか。
通信網が遮断されている今、《超極兵器級》ネットワークを使えってことですね。
独自の専用回路だから敵の妨害も受けにくい。
………分かりました。
だけど艦艇ネットワークは使用出来ませんよ?
こちらはただの一般の回線となんら変わらないですからね。
しかも艦と艦のおしゃべりの為だけにあるようなもんですし」
「大丈夫だ、理解している。
近隣にいる味方に関してはこの基地から信号を出す。
通信網が回復するまでの時間で何とかある程度の数は揃えれる……だろう。
とにかく事は急を要する。
すぐにでも作業に取り掛かってくれ」
「了解ですよ。
早速コンタクトを取って三隻を呼び戻します。
もっとも間に合うかどうか分かりませんが……」
「間に合うようにくるさ、彼女達は。
俺はそのことを知っている」
「変に信頼してますね」
「当然だ。
《超極兵器級》はベルカの最高、最強の兵器なんだからな」
マックスのその言葉に蒼は指を立てて反論する。
「ベルカの、じゃないですよ。
世界中の……いや。
宇宙中でも、最強ですよ」
えへんと、無い胸を威張るように突き出す。
「そこは自負するところじゃあないな。
それと……あともう少し牛乳を飲め。
そうすれば少しはまともになるだろう。
詩聖は黄粉も一緒にとっていたな。
まるで航空母艦だな、お前は」
「う、うるっさいですねぇ……。
そこまで言わなくてもいいじゃないですか……」
「いつもの仕返しさ」
※
「ひええぇー…………。
めっちゃ寒い……」
蒼の口から出た息は白く空気に溶け込んでいく。
真っ赤なマフラーを厚着したジャージの上からつけ、蒼は寒さに少し身をすくめた。
口元にまでマフラーを持ってきて、鼻をついでに温める。
日はまだ昇っていない。
午前五時半という朝と夜のあいまいな時間につい目が覚めてしまったのだ。
横で眠っているユキムラを起こさないように本棚から読みかけの本を取り出し、注意しながら部屋を出る。
行くあてなどない。
ただこうして目が覚めてしまったからには何かしなければ気がすまないだけだ。
ほぼパジャマといってもいいほどラフな格好をした蒼はスリッパを靴に履き替えて自動ドアを通って外へと向かった。
まだ星達がのさばっている夜空の彼方には少し明るくなってきた空が見える。
見回りの兵士達もちょうど交代の時間で、動いているものは蒼だけだ。
静かに輝いている街灯だけが唯一の光源で、その下に止まっている車はまだエンジンがかかったままだった。
港へと自然と足は向かっていく。
マックスと司令室で離れてからすぐに蒼は訓練を行い、疲れで早めに布団に入った。
その結果こんな早い時間に目が覚めてしまったというわけだ。
基地の救援要請を受け、助けに来てくれた艦は五隻。
《超極兵器級》が四隻揃うとは言え、なんとも心もとない数だ。
しかしやらなければやられるだけだ。
「っと、危ない」
何かに軽く足が当たり、躓きそうになる。
一瞬飛んだ思考を戻すのに少し蒼は考えなければならなかった。
何とか“イージス”のごり押しで――と考えてみるものの、どうせいつものように敵のバリアをいかに剥ぎ取るかが重要になるんだろうなぁ、と蒼は考える。
そして蒼の考えが外れたことはない。
「敵の情報が少なすぎますね。
どうしたものか……」
「お疲れ様です!」
「あ、お疲れ様……」
通り過ぎた女兵士に挨拶され、あいまいな意識のまま挨拶を返す。
女兵士は蒼に敬礼するとまた巡回のために歩き出して行った。
港が近づくにつれ、潮の匂いが強くなり風がさらに強くなる。
基地の気温系を見ると八度にまで温度が下がっていた。
とても秋とは思えないような冷たい朝になるだろう。
軍艦のマストに光る電飾がクリスマスツリーのようにほんわりとやわらかい印象を与えている。
波が桟橋に当たって砕けるちゃぽちゃぽとした音が聞こえる。
桟橋に定期的に設けられたベンチに蒼は腰掛ける。
街灯がちょうど真上にあり、明るいベンチはまるでゲームの中のセーブポイントのようだ。
「部屋で読んでもつまらないですからね」
独り言を呟き、持ってきた本を開いた。
前回挟み込んだしおりのページを開く。
タイトルは『限定された海域』。
人気有名作家の書いた架空戦記だ。
陸軍の兵士の入隊から海軍への移籍を踏まえ人として、そして兵士として成長していく様が画かれている。
「…………」
ページを進めると時間も進む。
いつの間にか時計は午前六時を過ぎ、七時になろうとしていた。
「蒼」
後ろから呼ばれ振り返ると、三人の姉達が疲れた顔をして立っていた。
「へっ?
姉様方?
えっ、早いおつきで。
いつついたんですか?
つくなら連絡をくれればいいのに意地悪じゃないですか」
開いていた本と閉じ、ベンチの上に置いて蒼は立ち上がると姉達の下に駆け寄った。
「いや普通エンジン音で気が付くでしょうに……」
「本に集中していたんですよ!
つくなら作って早く言ってくれれば――」
まだぼやこうとする蒼を朱が止めた。
「まぁそう言わんのよ。
こんな時間だと寝てるだろうし起こしちゃ悪いと思っていわんかっただけなんやから」
「朱姉様がそういうなら……」
朱は長い戦いが続いているにも関わらずほぼ変わっていない。
強いて言うならまた胸が大きくなっている、ぐらいか。
ただ、意地悪そうな朱の瞳もさらに鋭くなっているような気がする。
「私めもそう思っていましたわよ。
もし起こしたら悪いじゃない?
せっかくえっちな夢を見ているかもしれないというのに……」
「見ていませんよ失礼な。
真白姉様じゃないんですから」
「うむ。
なんと言ってもまだ神々は眠っているこのような安寧。
それを貪りただ食らっている異形の妹を起こすのは心に波風を立たせてしまっただけじゃ」
さらに難解な言葉を発するようになった藍に蒼は一瞬で混乱させられる。
「は、はぁ」
「あいからわず藍姉の言うことは意味が分からんやろ!
なんかなーなんでか私も最近さっぱり意味わからんくなってしもてなぁ。
っていうのもな、戦闘中に頭ぶつけてな!
そっからなんか意思疎通が難しゅうなったっていうかなぁ」
翻訳である朱はどうやらその仕事が出来なくなったらしい。
前まで翻訳できていたこと自体が不思議だったのだが。
「ま、まぁ長くなるなら私の部屋で聞きますよ朱姉様。
ついさっき付いたのなら疲れているでしょうし。
まだ休む時間もありますから今のうちに部屋に戻りましょうか」
「せやなー。
私達もゆっくりしたいしなぁ」
「そうですわね。
じゃあとりあえず行きますわよ」
四人はまだ人気の少ない基地内を歩いて移動する。
蒼の部屋の扉を開けると流石にユキムラも目が覚めていた。
大きなあくびをしている。
「それで?
あっちのほうはどういう感じなんですか?」
四人用のテーブルの上に乗った荷物をどかし、お茶を入れながら蒼は朱と藍に尋ねた。
真白はシャワーを浴びに風呂場へそそくさと向かう。
お湯をコップに注ぎ紅茶のパックを中に浸す。
「どういう感じっていわれてもなぁー。
普通の戦場よ、戦場。
まぁ最前線ってだけあって毎日駆り出されるけどなぁ」
「うむ。
遍く事の無い不変の真理を突くに当たって必要な戦いばかり。
正直疲弊が全身を闊歩しとる」
「なるほど?」
お湯が茶色になったところでパックを取り出してゴミ箱へと捨てる。
冷蔵庫から秘蔵していたプリンを二つ取り出して、二人の前に置く。
「あー、でも一回敵の艦隊に囲まれたときはやばかったわぁ。
“イージス”も消えるし、船体耐久値も普通に三十パーセント切ったんよ!
いやーあれがぐらいかなぁ、一番やばかったんは。
今はそうでもないなぁ」
「………………」
藍は何も言わずに蒼の差し出したプリンをあけた。
スプーンと出来上がった紅茶を二人のところに持っていく。
「はいどうぞ。
じゃあもっとお話を聞かせて欲しいです」
「って言っても細かい話なんてないで?
強いて言うなら私と藍姉ぇがぶつかりそうになったとか」
「その話は禁則事項じゃいや。
あんまり話なさんなや」
「まぁええやん?
私達のかわいいたった一人の妹にぐらい話したろうや」
「…………クラースの意思のままに。
汝が思うがままにせいや」
「あっ、ミルクとお砂糖持ってくるの忘れてました。
いまとってきますね」
台所の引き出しの中にしまっている二つを適当な数握り締め、また蒼は椅子に座る。
「そうやなぁ。
あっちに行ってから起こった五回目の戦闘やったかなぁ……」
朱と藍はお互いに目を会わせて話始めた。
※
ヒクセス達を中心とした連合とがやりあっている最前線に二人がセウジョウから派遣されて三週間程経過した時の話だ。
はじめはセウジョウとの差に愕然として帰りたくなっていた二人だったが三週間も共に戦ううちに最前線の居心地がすっかりよくなってしまっていた。
朱は働きすぎてグロッキーになりかけていたものだが。
「今日も出撃……明日も出撃……。
はーもー疲れたわー。
どれだけこき使うねん、こいつら」
目の前に並ぶエナジードリンクの缶にさらにもう一本缶を追加して朱は疲れに満ちた体を椅子に落とし込んだ。
「…………。
兵器として使用されている以上、感謝するべきやで。
そうクラースがいっとる」
藍の言うことももっともだったがいい加減に疲れが限界に来ていた朱は机に突っ伏した。
頭も重く、体もだるい。
「藍姉ぇは何でそんなに元気やねん。
普通こういう風にがっつり疲れるもんやろ」
「それは異常事態が過ぎるじゃろ。
神敵との聖戦の真前とするならばこうなる事を覚悟しおったんじゃ。
案の定じゃったのう」
軽く苦笑いしながら藍はお茶を飲む。
ピピピ、と電子機器の音がその場に響いた。
朱の表情が一気に暗くなる。
いやいやな顔でポケットから小さな液晶のついた電子機器を取り出し、少し弄る。
「ありえん……。
こんな敵艦三隻の破壊ぐらい別の艦に任せればええやんけ……。
何でわざわざ《超極兵器級》を使うんや」
藍は涼しい顔でまた下ってきた出撃命令を承諾した。
朱は疲れた表情で出撃命令を承諾する。
「文句を言うな」
「はーい……。
でも朝も夜も関係なく出撃させられるのはほんま勘弁してほしいわ……。
死んでしまうこんなの」
「命の鼓動が消えても安寧の世がある。
安心して逝けよ朱」
「おい……」
出撃した藍と朱は戦場に赴き当然のように味方の援護と敵艦の撃沈を言い渡される。
《超極兵器級》の二隻はその風貌から味方の士気を駆り立てる意味としても使用されていた。
その出撃から二隻が帰っているときだった。
基地までの距離は残り二十キロを切り、既に着水アプローチに入っている。
突如として朱は悲鳴を上げたのだった。
「ひっ、藍姉ぇ!
助けて!」
「どないした!?」
「あっ、か、艦橋内に!
蜂が!
ひっぃいい!!!」
「何を言いよんかお前。
そんな天地に劣ることかいや……。
ほたえんと普通に大人しくしときんさいや……」
藍は呆れ顔で朱との通信から意識を外した。
アプローチはもっとも“核”が気を使う瞬間だ。
艦長のAIに任せてもいいのだが、所詮は機械でミスをしないとは限らない。
基地によってアプローチの仕方も当然違うため着水、離陸は“核”がマニュアルで行うことが義務付けられていた。
「あっ、ひっ、こっちきたんや!!
刺されるしかないやんけこんなん!!!」
蜂から逃げようと
朱の操る《アイティスニジエル》の航路がぶれたのにこの時二人とも気が付かなかった。
朱の蜂を嫌う動きを“レリエルシステム”は綺麗に反映してくれていた。
藍も藍でアプローチに忙しかったし、朱は若干のパニック状態に陥っていた為その事態にはぶつかる直前まで二人して気が付いていなかった。
「っ、朱!
危ない!」
「へっ?」
朱が蜂を避けようと頭を振った動きに当然、《アイティスニジエル》も従った。
そして艦首の先にはアプローチに入っていた藍の操る《ルフトハナムリエル》がいたのだった。
寸でのところでギリギリ回避に成功したものの近接通過の影響により《ルフトハナムリエル》内部機材の一部がショート。
しこたま朱は基地司令に怒られることとなった上に始末書まで書かされる始末に。
最後の最後まで
「蜂が悪いのに……」
とぼやき続けながら自分が書かなければならない膨大な資料を眺め続けていた。
※
「――っていうね。
もうなんというかどうしようもなかったんよね」
「えぇ……。
それは正直どうなんですか……」
「正直たかがちっぽけな虫けら一匹に朱がそこまで恐怖するとは思えへんじゃろ普通は。
じゃけぇ、ほったらかしにしておいたらこれよ」
「藍姉がそこで助けてくれたらもっとよかったんやで?」
「どないせぇいうんじゃ……」
藍がせっせとプリンを食べ終わり、紅茶を飲み干したタイミングでシャワー室の扉が開いた。
「ふえー。
いいお湯でしたわ」
真白が頭にタオルを巻き、バスタオル一枚で器用に胸から股間まで隠しながら出てくる。
すらりと長い足に出るところは出ている凹凸のしっかりした体。
一枚のバスタオルの下にそびえるナイスボディは女すら嫉妬するほどのものだ。
男ならばぜひ一度は抱きたいと思うだろう。
「ちょっと。
せめて下着ぐらい着てから出てきてくださいよ」
シャワーの熱に頬を微かに赤く染めている真白は窓を開けるとその近くに椅子を持っていって涼みはじめた。
開いた窓からゆっくりと風が入ってくる。
一瞬で肌寒くなった部屋に蒼は少し震えた。
「完全に痴女やんけ!
せめて外から見えんところで涼めや!
つーか寒い!
閉めてや真白姉ぇ!」
朱の言葉に軽く舌打ちをして真白は窓を閉め、テーブルの前に移動する。
そして勝手に冷蔵庫を開けて中に入っているジュースを取りだし、蓋を開けた。
「っぷふあぁーさっぱりしましたわ~。
誰か私めの裸を覗きにくる殿方はいませんことかしら。
ただで私めの体が拝めるのですわよ?
そうすれば気持ちのいい事をしてあげても――」
真白が今手に持っているのは蒼が楽しみにとっておいたイチゴオレだったか、姉が欲しがるのならば何も言わずにあげたほうがいい。
そうしなければ後が怖い。
文句など当然言う余地も無い。
空月家の四女の宿命だ。
「いませんよ。
そもそも“核”の裸を見たがるなんてそんな物好き――」
即答し、すぐに言葉を続けて展開しようとしていた蒼だったが口ごもった。
「いや……あー……。
うん、いやなんでもないです」
蒼の脳裏には夏冬が浮かんでいた。
あいつもあいつで急にやってきては蒼の体を隠していたバスタオルを剥ぎ取った。
しかもなんか色々文句を言いたそうにしていた。
あの時のコメントは頭に血が昇りそうだったためあまり覚えていない蒼だったが……。
どうやら真白ですら経験していないことを蒼は何気に経験していることになる。
ちょっぴりの優越感を感じていた蒼だったがどうやら顔に出てしまっていたらしい。
「なんやその意味ありげな表情は!
蒼、何があったんか言うてみ!」
「えっ、いや……えっ?」
朱は蒼が逃げないように机の下でしっかりと強く靴を踏む。
「あの、姉様。
やめてください……」
「妹は姉のおもちゃ。
大天使クラースもそう仰っている」
藍は姉の命令は絶対、と言いたそうにじっと蒼を見た。
「私めにも話せないのかしら?
蒼、いいからおとなしく言ってみなさいよ。」
「えーっと……。
まぁ、いや……これは勘弁してください……。
そんなことよりももっと前線の話を――」
「おい朱。
こいつを輪廻の中に封じ込めろ」
「あいよ藍姉ぇ!」
「ちょっ!
いや、本当にあの!」
「抑えなさい妹達!
私めがこちょばして吐かせてみせますわ。
出来ればこの手だけはつかいたくなかった!」
真白の命令に素直に従った藍と朱は蒼の両手と両足を掴みベッドに押し付けた。
「な、何を!?」
「こうするしかないようにしたのは貴女ですわよ、蒼」
わきわきと真白の両手が蒼へと伸びてくる。
「っひ、真白姉様!?
やめてください!
いっ、あははははは!」
すかさず蒼の敏感な脇の下や耳をくすぐる真白。
「あはは!!
ひーっ、ひあははは!!」
「ほら、早く吐くのですわよ!」
「い、いやあははは!
やめてくだ、ひいいああ!」
姉三人がかりで何とかしてあの手、この手で蒼に吐かせようとするが強く挫けない意志で蒼は口を開かない。
「い、意外とタフですわね……。
ならば仕方ないですわ。
藍、朱、蒼の靴下をもぎ取るのですわよ!」
「了解したで真白姉ぇ!」
「……とうとう禁断の手を使うときが来たんか。
蒼……覚悟するんじゃで」
「ひっ、いや!
まさか!
やめっ、いやあああ!!」
靴下をもぎ取られた蒼の足の裏に真白の指が這う。
既にあちこちくすぐられて敏感になっていた蒼の体はその刺激に耐え切れず、脳へと予想以上のくすぐったさを伝えた。
「あはははは!!!!!!」
大口を笑う蒼の肺から空気が搾り出され、くの字に体が曲がる。
勝手に息を吐き出す肺のせいで苦しい。
「ほらほら!
まだまだいきますわよ!」
なぜかイキイキし始めた真白につられ、朱や藍も蒼の体をくすぐりはじめる。
三人がかりで攻め立てられた蒼が陥落するのにそう時間は必要としなかった。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「案外簡単に墜ちましたわね。
ちょろいもんですわ」
「さあ早く話しんさいや。
我々に汝の秘密を」
藍が火照った蒼の体を無理に引き起こす。
「す、少し……休ませて……」
「ダメですわよ。
早く言うことですわ」
「言わないならば……わかっとるやろ?」
「うぅう……。
ぐすっ……」
赤裸々に夏冬の事を語り始める蒼。
姉達は静かに話を聴く。
全てを語り終えたとき、姉達の表情は怒りに燃えていた。
「なっ、なんということをしてくれたのです!?
まだ嫁入り前の私め達の妹を!!」
「大天使クラースの提案。
夏冬の細胞の一辺までの始末。
そうしなければこの憤怒が収まりそうに無い」
「決して許されることではありませんわよ!」
「あ、姉様達……」
てっきり笑われてけちょんけちょんに貶されると思っていただけにこの反応は以外だった。
蒼は怒り猛り狂う姉達を見て困惑と共に嬉しさを抱えた。
「せや!
なんとしてもあいつをド突き倒したらな気がすまんわ!」
「殴りにいきますわよ!
気合を入れなさいな!!」
「ウッス!」
「あ、ありがとうございます……」
「出撃のときが楽しみですわねぇ!」
※
いつもの集会場所。
《超極兵器級》の“核”四人と何とか集まった十隻にも満たない“核”達が集められていた。
前の大規模作戦の時の十分の一にも満たない人数でセンスウェムと戦いに向かう勇者達だ。
前に厳かに立ち、マックスは用意されたマイクを握った。
「諸君。
よく集まってくれた。
もはや一刻の猶予もない!
呼びかけに応答する味方を待つ暇も無い!
それはなぜか。
センスウェムを一刻も早く撃破しなければならないからだ」
マックスは握ったマイクを離し壇から降りる。
「我々は直ちに明朝に出撃し、敵本拠地を叩く!
――この作戦は撃沈され、死ぬ可能性も高い。
兵器とは言え、諸君らには人権が保障されている。
参加したくないならば参加したくないと表明して欲しい。
だが、だが我々がやらねば誰もやらないだろう」
言葉を切り、全員の顔をマックスは見回した。
蒼、朱、藍、真白そしてベルカの“核”が八人。
少なすぎる戦力だ。
首脳陣をやられてから連合は前線が混乱し、一瞬にして泥沼になってしまったらしい。
ついさっき復旧した通信システムから流れ出したのは《超極兵器級》の出撃を要請する味方ばかりだった。
「だからこそ。
今我々がやる。
センスウェムを撃破し、この戦争を終わらせる。
いいか、みんな。
明日はちょうど俺の誕生日なんだ。
プレゼントにいい報告を期待している。
では、ブリーフィングを始めるぞ」
前にかけられたスクリーンに映像が映る。
映っているのは《超極兵器級》の四隻だ。
「今回の作戦だ。
《ネメシエル》を主とし、この作戦に参加する諸君らの艦は機関のリミッターを解除した。
今回の作戦はこの空、この星ではない。
空のまた上、宇宙が舞台なのだ」
それを聴いた“核”達は顔を見合わせた。
宇宙、という存在を知らないため致し方なしともいえる。
「しかし司令!
お言葉ですが高度を上げると謎の爆発事故が――」
「問題ない。
次のスライドを見てくれ」
いつしか蒼達が捕まえたセンスウェムの兵器が表示される。
蒼の横にいた春秋がはっ、と息を呑んだ。
「こいつがキモだ。
こいつの発する識別信号も諸君らの艦に取り付けてある。
謎の爆発事故はこれで回避できるだろう。
しかし時間の関係上十までしか作成できなかった。
データリンク共有で十隻まで傘下に入れれるはずだから出来るだけ節約してくれ」
「これで安心して突っ込めるってもんっすね」
春秋もほっとしたように胸を撫で下ろす。
春秋だけでなく《超極兵器級》の三人も緊張が少し顔から取れたようだ。
「標的はこの艦だ。
位置の特定は完了している。
宇宙まで行き、邪魔をしてくる敵艦を退けるんだ。
標的へと一気に艦砲射撃を行い撃滅する。
これが作戦の要領だ。
理解したか?」
その場にいる全員が頷いた。
「ならばよし。
出撃まであと八時間だ。
しっかりと体を休めてくれ。
では諸君。
検討を祈る」
敬礼をし、別れの合図を交わし解散をはじめた。
ざわめく現場を一気に冷やしたのは
「司令官!」
息を切らしながら駆け込んできたオペレーターだった。
「どうした!?」
「センスウェムが全世界に向けて発信を!
とにかく今すぐ――」
「いや、その必要はないみたいだ」
プロジェクターから映し出されている映像が乱れ、仮面をつけた男が映し出される。
「センスウェム……」
ぽつりと呟いたマックスだったがすぐに冷静を取り戻す。
「全世界のこの映像が……?
これはまずいぞ――!」
『全世界の諸君に告げる。
我々はセンスウェム。
諸君らの支配者となる者だ』
「この信号は全世界の人類へと発せられているみたいです!
止められません!」
オペレーターの報告にマックスは言葉を失った。
『直ちに武器を捨て、降伏せよ。
さもなければ全世界の都市と連合軍本部やベルカの帝都のように灰に変えてやるぞ。
これは命令だ。
当然何も言わずに攻撃し、諸君らを殺すことも出来る。
しかし何も知らないまま死ぬのはいやだろう?
心優しい我々は諸君らに死なないチャンスを与えてあげているのだ。
降伏する国は自分達の政府の建物にセンスウェムの旗を掲げよ。
そして永遠の忠誠を我々に誓うのだ』
「バカな……。
世界が大混乱に陥るぞ……」
連合軍本部壊滅の映像がスクリーンから流れ出す。
第一級重要機密とされていたその映像が全世界に流れ、拡散されるまで時間はかからない。
すぐに混乱が世界を包み込むだろう。
『我々を倒そうとしても無駄なことだ。
出来るのならやってみるがいい。
我々は全力で向かってくるものを潰して見せよう!』
映像が切り替わり、マックスが標的に上げていたセンスウェムの旗艦が映し出される。
その《センスウェム》に寄っていくたくさんの軍艦達。
衛星軌道上に浮いているセンスウェムの艦隊が一気に起動を始めたのだ。
「これは――作り物じゃないよな?」
「観測班より入電!
監視していた旗艦の周辺に敵巨大戦艦の集合を確認との事です!」
「見ていると伝えろ……」
起動をはじめた巨大戦艦は旗艦の周りに集い形を変える。
「あれは――。
もしかして合体しているんですか?」
どんどん大きさが変わっていくセンスウェムの旗艦。
二十隻ほど吸収したところでその合体は止まった。
異形の形と大きさは地上からでも見ることが出来るほどの大きさだ。
『残り時間は二十四時間だ。
それまでに人類の君達は結論を出さなければならない。
二十四時間後我々は旗を掲げていない都市を全て焼き滅ぼす。
では諸君、ごきげんよう。
賢明な判断を期待しているよ』
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ありがとうございました。
ようやくここまでかけた。
本当にお待たせしてしまい申し訳ありません。
この物語もあと少し。
お付き合いお願いします!




