存在しえぬ覚悟
センスウェム。
シグナエの崩壊と共に姿を表した謎の組織の軍隊は順調に連合軍に対しての反撃を開始していた。
シグナエの全ての軍事力を手中に納めつつ、シグナエに従っていた国すらをも支配するその組織ははじめこそ連合軍に敗退に敗退を重ねていた。
向こうの要とも言える《ウヅルキ》は既に落ち、破竹の勢いで進んでいた連合軍だったが《ネメシエル》の修理の時間と共にその勢いは衰えつつあった。
センスウェムとの前線にある司令部をも兼ね備えた大型連合軍基地。
急造とはいえ、堅牢な造りを実現し、作戦の頭脳ともいえるこの基地にすら既にセンスウェムの手は伸びていた。
「第四十八前線崩壊!
損耗率は三十パーセントを越えます!」
「クソ……!
ここまでか…………」
「退却!
退却だ!!
急げ!奴らが来る!!!」
「こんなんじゃ持たないぞ!
援軍はまだ来ないのか!?」
「ダメです!!
味方との通信が繋がりません!!」
「基地を捨てろ!
早くするんだ!」
敵の兵士は機械で出来ており、その武器は連合軍の質に勝るとも劣らないレベル。
それに対して生身の兵士はどうしても機械兵士に劣る。
センスウェムと連合軍の技術力の差はとても大きなもので、こちらも対抗して機械兵士を投入したものの、センスウェムの機械兵士に歯が立たないまま砕けていった。
銃弾をぶち込んでも起き上がって攻撃を続けてくる機械兵士の恐怖に兵士達の負担は増え、その士気は最低に達していた。
「落ち着け!
まだ自立砲が二基残っている!
これさえあれば空中の敵艦共も叩き落とせる!
絶対に奪われるんじゃない!」
「クソ!!
倒れろ!!
倒れてくれ!!」
連合軍前衛基地へと向かって進撃してくる機械兵士はまるで波のように基地を取り囲んでいた。
取り付けられたいくつもの自立砲も波のように押し寄せてくる機械兵士の進行を止めることはできなかった。
ひとつ、またひとつと自立砲は占領、破壊され基地を守るものは塹壕とたった二基だけの自立砲だった。
艦砲並みの威力がある自立砲は今この基地が持てる最大の武器で逆転のチャンスを備えた兵器だ。
だからこそ守るために兵士を割いていたが、とうとうその防壁も破られようとしていた。
「地獄じゃねぇかよ……!」
「馬鹿野郎、地獄の方がまだましだ」
「あーあ……。
何だこんなもんなのかよ畜生……」
基地の上空を守るはずの艦隊の姿はない。
すでに敵艦隊によって叩き落されてしまったのだ。
敵艦隊と機械兵士の波状攻撃は基地を次々と破壊していく。
降伏の旗を掲げてもお構いなしに撃って来るセンスウェム軍は、全滅させる為だけに動いているといっても過言ではない。
むしろ全滅こそが相手のアイデンティティなのだ。
「もうダメだ……。
おしまいだ……」
誰かがぽつりと呟いた絶望の言葉はその周りに伝播する。
絶望が基地へと広がるまでにそう時間はかからなかった。
士気の低下から招かれる戦線の崩壊はすぐに始まった。
一人が逃げ、それに釣られるようにしてみんなが逃げる。
自立砲の働きも虚しく、敵機械兵士は基地の中に雪崩れ込んだ。
もはや敗色は濃厚で基地の司令達を乗せたVTOL機が二機、三機と飛び立っていく。
それに暴言を投げつけ、撃ち落とそうと銃口を向ける兵士もいたがすぐにその行動は敵機械兵士に頭や体を撃ち抜かれ阻止された。
戦争などではなく行われていたのは虐殺だ。
逃げる兵士達を的のように機械兵士達が撃ち殺していく。
センスウェムを相手に一ヶ月耐えたこの基地も最早終わり。
止めを指すかのように敵艦が三隻、上空に現れる。
自立砲は艦砲により無惨に破壊され、動くことのできる連合軍兵士も自立砲も艦砲射撃の元に倒れていく。
ひとつの基地が落ち、また連合の前線は一歩後退してしまった。
※
「真白姉様、これ本当なんですか?」
「そうですわよ?
私めが嘘をついたことがありまして?」
「ないですけど……」
「前線は今酷いもんですわ。
不倫して性病が移ったぐらい……そう。
それぐらいひどいですわ」
「例えが難しすぎますよ……」
毎回蒼は思う。
真白姉様の例えは難しすぎると。
「だからこの場に朱と藍は来てないでしょう?
あの二隻がいなくなったら絶対前線は崩壊しますわ。
これ以上に、ね」
蒼の横に上品に座った真白は満足そうに自分の唇に指を当てつつ、ウインクしてくる。
縦、横およそ二十メートルはある部屋の壁に埋め込まれているスクリーンからの反射の光は真白のその表情を妖艶に見せる。
自分と同じ血を引いているとは思えないその大人の雰囲気に蒼は思わず目を逸らした。
「何で姉妹なのに……」
「仕方ないですわ。
姉妹といっても容姿を決めるのは空月博士なんですもの。
たまたまあの人の中でブームがロリだったのでしょう」
「はー……。
ため息しか出ませんよ。
じゃあ真白姉様の時は妖艶な悪女がブームだったんですかね?」
「失礼ですわね。
きっとお嬢様がブームだったのではないですこと?」
「はいはい……」
蒼は椅子の上で足を組み、肘をついて目の前の光景をぼんやりと眺める。
今マックスは緊張の真ん中にいるのだろうか。
この会議室に入る前にしこたまエナジードリンクをかっくらっていたが……。
マイクを持ち、ぴっちりした軍服を着た姿はいつもからは想像もつかない。
「ごほん。
実際我々連合軍は厳しい状況に置かれています。
そこで分かりやすいように勢力図を用意しました。
目の前のスライドをご覧いただけますか?」
エナジードリンクの成果が出ているといってもいいだろう。
それぐらい落ち着いた表情をしていた。
「落ち着かないですわね。
こういう場所は少し苦手ですことよ」
そのマックスと比べて落ち着かないのが真白と蒼の戦艦姉妹なのだった。
「分かりますよ……。
こういう偉い人だらけの場所って緊張しますよね」
ここは見慣れたセウジョウ基地ではない。
それよりも遥かに大きな基地中央に備えられている連合軍の総司令部だ。
センスウェムの本拠地への一斉攻撃の説明の為に、わざわざ一万八千キロも離れたセウジョウから呼び出されたマックスの顔にはすでに疲労の色が浮かんでいた。
航空機での移動だったがマックスに宛がわれた航空機はフカフカファーストクラスではなく軍事用爆撃機のごわごわシート。
八時間思うように眠れなかったマックスは移動だけで相当の体力を消耗していた。
そこにエナジードリンクをぶち込んだものだから落ち着いているもののげっそりした表情になっているのは必然ともいえた。
そんなマックスを助けてあげれればいいのだがあいにく蒼達は会議室の壁際に適当に設けられた椅子に座っていた。
連合軍の幹部たちからしたらただの研修目的の人材にしか見えないだろう。
「あなただって一応中将でしょう?
お偉いさんじゃないのですこと?」
「そんなの肩書きですよ。
実際権限なんて私使ったことないですし。
私達《超極兵器級》の“核”はみんなそれぐらいの地位じゃないですか」
「人間達には必要かもしれないけど私め達にはまるで必要ないですわね。
せいぜい指揮下におきたい艦が選べるぐらいかしら?」
「そもそも私達の地位って人間達で言うと中佐の下くらいなんですよね?
そうじゃなきゃマックスの言うことなんて聞いていませんよ。
“核”の中でも中将っていう所詮その程度のレベルってことです」
「確かに。
言えていますわね」
真白は軽く鼻で笑って気だるそうに足を伸ばした。
「このように戦況は芳しくありません。
そこで私が立案するのが敵の本拠地を直接叩くことです。
実は私は極秘裏に敵本拠地の場所を突き止めるために動いていました」
いつになく真剣に話すマックスだったが聞いている人間は半分ほど上の空なのではないだろうか。
ごわごわシートで一生懸命作ったマックスの資料を片手でつまらなそうにめくったり、タバコに火を付けたり眠そうに欠伸をしたり。
おそらく前線のぜ、の字も知らないぐらい後方でぬるい人生を送っているのだろう。
自分達は危険な所には行かずに安全な所で机の上で戦争が起きていると信じている。
いわゆる出世コースをとんとん、と歩んできた人達だ。
「センスウェムが遠い所の存在だと疑って決め付けている顔ですね。
まるで今現実で起こっていることだとは思っていないでしょうね」
「そういう言い方もあるわね。
でもしょうがないですわ。
実際そういう奴らがこの戦争を仕切っているんですもの。
ただ椅子を暖めるだけの仕事をする人達に何を期待していますこと?」
真白ははぁ、と小さくため息をついて思いっきり椅子の背もたれに体重をのせた。
目を細くしながらスクリーンに棒を指すマックスをただ眺める。
蒼もそれに習って小さくため息をつきマックスの行動を眺めることにした。
「反吐が出ますね。
いいものですよ。
上司のご機嫌を取って、イエスマンになってさえすれば出世できるんですから。
まぁ有能なのもいるのかもしれませんけどね」
「まぁね。
でも生温い戦場しか知らないのは本当でしょうね」
「鼻の奥にこびりつく血の匂いとか知らなさそうですよね」
「それは地上戦を経験しているあなたぐらいしか知らないのではなくて?
“核”は普通そう言うことはしないのですわよ?」
「うな?
そうなんですか?」
「――以上が我が軍の纏めです!
芳しくないのは戦況だけではなく、とっさに動ける大隊の力不足もあると思われます。
しかし問題は大隊の編成等ではありません。
センスウェム本拠地が分かるのももう時間の問題です。
しかしその本拠地を叩くための戦力が私の指揮下には残っていません。
そこで協力を要請しにここまで来たんです」
そんな中でも真剣に資料を読んでくれている人も多数いた。
メガネをかけた若い将校と、でっぷりと太り口ひげを蓄えたおっさんぐらいだが。
「ここで本拠地を叩かなければいけないのです!
そうしなければ更なる泥沼化が起こります!
戦力においてあちらは未知数なのですよ!
今はまだシグナエの兵器が混じっているから対処できているだけで……。
いつ主力にセンスウェム製の兵器が混じってきてもおかしくないのです。
実際の機械兵士の性能の差は一目瞭然です。
この差がもし軍艦に現れたら我々はおしまいです!」
「んー……困ったなぁ。
だから先程から言っておるではないか。
その差が出てくるのはありえんよ。
何がセンスウェム、何が世界統一だ。
くだらんことだ。
我々はヒクセスの軍人だ。
色んな事を具体的にしてもらわなきゃ困るよ。
情だけで軍が動くと思ったら大間違いだよ」
マックスの必死の訴えをデブの将校は指先で資料を弾きながら切り崩す。
マックスは大佐。
デブの将校は少将であり明らかに上官の雰囲気を漂わせていた。
圧をかけてくるような上から目線の言葉にマックスはついつい口をつぐんでしまう。
「ましてや我々はヒクセスの伝統ある連合軍司令部だぞ?
総司令部にベルカの片田舎の大佐ごときが足を踏み入れることが出来る事に感謝すべきじゃないのかね?」
「グラーツ少将閣下には当然感謝しています…………!
しかしこのままでは…………」
またも訴えようとするマックスの言葉を掌で遮り、デブの将校――グラーツ少将はくだらない、と呟きながら机の上のコーヒーを飲み干した。
時間の無駄、というように腕時計を眺め聞こえるようにため息をつく。
「思いっきり論点逸れてますね。
なんというくだらない……。
こういう人達のために真黒兄様や、フェンリアさんは沈んだのかと思うと……。
苛立ちが抑えきれませんね」
「蒼、それは言ってはいけないことよ。
実際下らないことなのですから。
でもお偉い人達はあのように言葉遊びが大好きですのよ。
それを解らなければまだまだ子供ね」
「というかまた何で私達は律儀にここで座って待っているんですかね?」
「さぁ。
私め達の存在すら見たことなかったのではないかしら?
ただの好奇心ではないですこと?」
「えー。
たかがそれのために真白姉様の《ニジェントパエル》まで持ってこさせた意味は?」
「それも分からないわね。
また何でなのかしらね」
窓の外、基地と繋がっている軍港のど真ん中に《ニジェントパエル》は浮かんでいた。
一キロを軽く超えるその巨体はカーテンを開ければ窓からよく見えるだろう。
しかしながら当然連合軍関係者は一人として《ニジェントパエル》に目をやるものはいなかった。
来ていることすら知らないのではないだろうか。
蒼は暇だからマックスの付き添いとしてやって来ていたが、お偉いさんの好奇心のためだけに呼び出しを食らったのだとしたらたまったものではない。
「それで?
ベルカの田舎軍は何を我々に求めているんだ?」
「敵本拠地への残存兵力による総攻撃です……!
今ならまだそれが可能なんです!」
連合軍の脳みそともいえる将校達はマックスの言葉に顔を見合わせて大笑いをした。
それもそうだろう。
「敵本拠地だと?
そんなものどこにある?
今はただ押し負けているだけだ。
我がヒクセスの削れた工業力が元に戻ればすぐにでもまた押し返せる。
もっとも貴様らとの戦争で削げ落ちた工業力だが?」
「………………」
言いたいことを堪え、ひたすらに愚痴を耐える。
マックスの掌には爪で血が滲むほどに握りしめられていた。
「そうだ。
わざわざリスクを犯して敵本拠地へと攻撃を仕掛けた所で……。
所詮はたかが一組織。
国に勝てるとは思えんがね」
「………………」
「そもそもただの組織が我が国に喧嘩を仕掛けてくる時点で奴らの負けは確定したようなもんだ。
国と組織は違いすぎるんだからな!」
「ですから……」
なお食い下がろうとするマックスだったがその意見は大将の印をつけた髭の老人によって消し飛ばされることになった。
「やかましいぞ!
たかが組織の軍隊などに我々が負けるわけがないのだ!
田舎者のベルカの軍人の考える事など浅はかで愚かだ!
そう相場が決まっている!
貴様らは大人しく我らの命令通りに動けばいい!」
「うっ…………わ、わかりました……」
食い下がるために近くの中将に伸ばした手を引っ込めて、マックスは項垂れた。
全く……つくづく甘い。
だからベルカに対して負けるんですよ。
蒼は椅子から少し体を起こし
「…………貴方達は甘すぎますよ。
楽観的というよりか現実逃避が上手とでも言えばいいんでしょうか」
「蒼!」
真白の静止を無視してつい口を出してしまっていた。
あまりにも下らない現実逃避と責任逃れのために前に進むことすら拒んでしまっている無能共に吐き気がこみ上げてくるようだった。
テーブルの上の苦いコーヒーと対比してこの甘さ。
最早腐りきっている頭蓋の中には脳は入っていないだろう。
蒼の言葉は一瞬の静寂をもたらした後、顰蹙の嵐を起こすことになった。
「おい!
どういうことだ!」
「なんだ貴様は!?
口を慎みたまえ!」
「ふざけるな!!
何なんだお前は!!
我々に向かって甘い、だと!?」
「たかが付添人が!
ガキの癖にここがどこか分かっているのか!?」
「だからベルカの田舎者は嫌いなんだよ!
この劣等人種を相手にするのは疲れるんだ!!」
吹き荒れる場を宥めようと必死にマックスが頭を下げる。
「申し訳ありません!
ただの付添人の娘が……!
おい、謝るんだ!」
「……………………」
「蒼!
ここは押さえて…………」
真白の助言にも関わらず蒼は謝らない。
後悔もしない。
むしろ自分は正しいと、そう思っているからか自信に満ちた顔をしていた。
「正しいことを言ったまでです。
それに怒るというのはむしろ図星ですよ。
大の大人がこんなにいるのにほとんどの人が資料すらまともに読もうとしない」
「どうして分かりきっている資料を読む必要があるんだ!?」
「そうだそうだ!
そもそも戦争も知らないようなお嬢さんがよくまぁそんな口を叩けたもんだ」
「へぇ?
面白いことを言うじゃないですか」
一番端に座った中将の紋章を背負った年寄りに蒼は詰め寄っていた。
「もう一度言って頂けますか?
私が?
戦争を知らないと?」
年寄りの軍人は蒼をちらりと見ると鼻で笑う。
ずらりと胸に並んだ勲章の数々は歴戦の猛者であると共に確かな腕の持ち主だと証明している。
しかしその勲章の中に前線で取れる勲章は一つとして入っていなかった。
全て指揮した作戦についてきたものだろう。
歩兵突撃勇敢勲章や、レッドグリーズ勲章など前線にいればほぼ貰える勲章もついていない。
「ああ、その通りさ?
いまいくつなのか知らんがたかが付添人の人間が何か物を言えると思うなよ、お嬢さん?」
蒼は鼻で笑うと、そいつにもう一歩距離をつめる。
「ああ、そうですか。
そんなこと言うならこれを見てみますか?」
「蒼!やめろ!」
マックスの制止を振り切って蒼は右腕の袖を捲り、そこに浮かんでいる紋章を連中へと突き付けた。
部屋の空気が凍り、絶句した連合軍司令将校達のアホ面を眺める。
「ほーん?
流石にこれがなにかぐらいは分かるんですね」
ベルカの紋章である“曲菱形”がゆったりと発光していた。
その下には小さくだが《ネメシエル》の艦名が浮かんでいる。
しばらくそれを見て顔色が変わったのは二人。
残りは紋章の存在自体は知っているものの、どうやら《ネメシエル》という艦名は知らないらしい。
二人は黙っていたが、すぐに眼鏡をかけた方が恐る恐る口を開いた。
「まさか……!
いや、そんなバカな……!!
こんな小さな……子供だったのか……!?」
「テレビで見たことぐらいないですか?
ああ、しっかり見ていない可能性もありますよね。
これは失礼しました。
まぁ私程の軍事機密は映像に残すのは禁止だから、そもそも映っていないのですかねぇ」
蒼は右腕の裾を伸ばし、紋章を隠す。
「悪魔が……!!
この!!」
「どうした、ジョーシン戦術作戦大佐。
はっきりと言わんか」
大佐の態度にイラついたのか、タバコを咥えちょび髭を生やした男がタバコの灰を灰皿に落としつつ机を軽く叩く。
「ジャッカラウ戦術作戦准将閣下、こいつは……!
……こいつは《鋼死蝶》、我々の戦力の三分の一を実質削りきった張本人です!」
蒼はそのタイミングにあわせて笑って頭を少しだけ下げた。
幼さの中に含まれた邪悪な笑みが計らずしてその場にいた全員の背筋を吹き降ろす。
「そうか……貴様がそうか。
面白いものを持ってきたもんだな、ええ?
マックス大佐。
まぁあの戦争のことは今はいい。
別にいまさら責めてもどうしようもないのもまた事実だ。
しかし、ベルカの《超極兵器級》がなぜここに?」
「さあ。
ただの付き添いですよ。
でもこれで前線を知らない、なんてほざけなくなりましたよね?」
「貴様!!
まだそれを――」
「そりゃ根にも持ちますよね。
その一言を前線の人間達に聞かれたらもう一巻の終わりですよ。
まぁ私は言いませんが」
蒼は自分よりも下にある顔をひとつひとつ睨み付けていく。
すぐにそれをやめ、蒼は一歩下がると頭を下げる。
顔を上げ、今度は普通に全員の顔を見る。
「皆様、マックスの言うとおり前線はもうすでに限界です。
ここらで一発勝負に出ませんか。
今までずっと先手を打たれ続けています。
悔しくありませんか?」
「…………」
「……………………」
もくもくとタバコの煙だけが部屋の中にたまっていく。
誰も口を開こうとはしない。
ただ響くのは蒼の淡々と話す声だけだ。
椅子に座りなおすもぞもぞ、という音すらとても大きく聞こえるような静寂。
「誰か何か一言ぐらいこの私に言い返してみては?
後方にあるはずのセウジョウ基地はもう限界です。
少なくとも、このままでは押され負けます。
当然兵器として私は構いませんが……」
「…………」
「貴方達人間はそういうわけにはいかないのでは?
連合軍のトップの貴方達も分かっているんじゃないんですか?
このままではいけない、と。
その上での沈黙だと認識しますが?」
マックスの指揮するベルカ軍だけでセンスウェムの本部を叩くことは出来ない。
だからこそ協力を仰ぎにきたというのにこの様な対応をされた上に田舎ものと馬鹿にされる始末。
「……もういい。
今日はお引取り願おう、ベルカの軍人達よ。
もう我々は疲れた」
蒼の訴えはこの言葉によってばっさりと切られることになった。
全てを拒否するような言葉、下手に食い下がるならば攻撃も辞さないといったような強い意志をひしひしと感じさせた。
「そうですか、残念ですね。
では失礼します」
※
「すいません、マックス。
私絶対余計なことしましたよ」
「…………そうだな。
だが別にそう強く自分を責めなくていい。
どうせはじめから協力が得れるとは思っていなかったからな。
逆に一言申せてすっきりしたんじゃないか?」
「別に責めてはないですが……。
流石にまずかったですかね、って。
でもすっきりしました」
「どうせ協力をする気なんてさらさらなかったさ。
気にしなくていい」
「はいな、了解です」
「はやいな……まぁいいか」
マックスは蒼の頭を撫で、一生懸命に作った資料の束をゴミ箱へと突っ込んだ。
エレベーターを出て、そのままセウジョウへ帰るために三人は《ニジェントパエル》のある港へ戻るためにタクシーを呼び止めた。
タクシーで約十五分、《ニジェントパエル》のある港へと無事に戻り、乗り込む。
《ニジェントパエル》の窓から見える連合軍の本部はセウジョウの十倍以上も大きく、天にも届きそうな砲撃ビルが立ち並んでいた。
連合軍本部と都市部を中央にその周りを砲撃ビルが囲い、その周りをまた基地が囲んでいるという単純な構造なだけにここの守りは堅い。
ベルカ自慢の超空制圧艦隊をもってしてもおそらく制圧できないだろう。
軍人およそ二百万人。
それらの家族を含めたら人口およそ七百万人弱。
ここいらだけで都市として機能しているこの場所は軍人の客を招くためにさまざまな施設が密集し、夜も眠らない都市として記録されている。
後二時間もすればすっかり日も落ち、綺麗で幻想的な夜景が広がるに違いない。
蒼達が先ほどまでいた本部の建物はビルの間に紛れ込んでもはっきり分かるほど存在感の放つ独特の建物だった。
ガラス張りにも見える、太陽の光を一際反射している建物だ。
「あ、《ニンバス》と《ルクエリ》が浮いてますわね。
あの子達こんなところにいたのねぇ」
真白が着々と出港準備を整えながら指した。
港には《ニジェントパエル》だけでなくヒクセスの艦艇も並んでいた。
もっとも連合軍本部として機能している為、並んでいる艦艇の種類も大きさも千差万別で、ベルカの軍艦も二、三隻ほど姿を見ることが出来る。
「使い勝手のいい子達でしたわよ~。
任務もさくさくこなしてくるし。
ああいうのが仕事が出来るっていうのね」
「使いやすいの間違いですよね……」
「ああ、そうだな……」
ここの守りはセウジョウの十倍以上硬いだろう。
港の周りは鋼鉄で柵のようなものが設置されていて潜水艦の安易な進入を防いでいる。
さらに所々に砲台が浮かんでおり警戒の網が何十にも張り巡らされ、空には絶えず警戒のための航空機が飛んでいる。
また超威力兵器による一発での壊滅的被害を抑えるためにベルカの“イージス”技術と“強制消滅光装甲”まで取り入れられているのには驚いた。
「なんやかんや言いながらベルカの技術を使ってるんですねこいつら」
「まぁ、な。
良いものに国境なんて必要ないからな」
マックスは自分の近くにある椅子を引っ張り出すと、疲労に包まれた身体を預けた。
ギチギチ、と椅子が軋む。
「少し太ったかなぁ……」
「そんなこと有りませんわよ。
普通にスマートでダンディーですわよ。
さて、帰りますわよ?
よろしいのですこと?」
「ああ。
もう用事はない。
とっとと帰って俺達だけで本拠地を攻めるためのプランを練り直すさ」
「そういえば私は暇だからついてきたとして、真白姉様が呼び出された理由は?」
結局真白は会議室でも何もしなかった。
発言権が与えられたわけでもない。
「そうそう。
そうですわよ。
何で呼ばれたんですこと?」
マックスは蒼達と目を目をあわさないように少し離れたところへ移動する。
「?」
「まぁ……その、なんだ。
もうごわごわした硬いシートが嫌だった。
それだけだ」
※
セウジョウまでおよそ十時間程度。
《ニジェントパエル》のスピードは当然航空機よりも遅い。
カタログスペックのマッハ二など出そうものなら、暫くするとエンジンが悲鳴を上げる。
《ネメシエル》とは違うのだ。
巡航速度である時速八百キロ程度で十分だ。
当然交戦スピードはもっと遅く、時速三百キロ程度。
それぐらいのスピードのほうが艦の安定性も増す。
「ふぁ……ん?
んー……」
いつの間にか蒼は眠ってしまっていたらしい。
ふかふかの椅子の上で横になっていた。
《ネメシエル》のデータベースに接続して現在時刻を確かめる。
連合軍本部を出発して既に三時間が経過していた。
蒼は起き上がると冷蔵庫から出港前にコンビニで買った商品を取り出した。
まだ一度も開けられていない真白のジュースをも一緒に取り出す。
マックスは疲れが出たのか後方の仮設ベッドにて爆睡していた。
「変わりましょうか、真白姉様?」
電力配分表を弄り、《ニジェントパエル》の推進に回すエネルギーを増やしている真白の横にジュースを置いてやる。
「ん?
いや大丈夫ですわよ。
これぐらい朝飯前ですわ」
すっかり夜の闇に世界は溶け込んでいた。
どこを見渡しても真っ暗でただ《ニジェントパエル》のバイナルパターンと電子機器の発行部だけが唯一の明かりだ。
いつもは明るい月は出ておらず、本当の暗闇が艦橋内部から見える外の景色だった。
《ニジェントパエル》の翼にはうっすらと氷が張っており、船体が少し北極圏へと近づいて来ているのを教えている。
夜の海はあまり綺麗なものではない。
鋼鉄の殻に身を包もうが、裸でいようが関係なしに油断したものから闇に呑み込んでしまうからだ。
「ねぇ蒼」
「うな?
どうしましたか?」
「貴女、そうやってぼんやりしている顔が一番似合いますわね」
「そうですか?
ありがとうございますですよ」
こんなくだらないことをいうために真白は人に話しかけない。
何かいいたいことがあるのだろう。
ただじっと蒼は待つ。
次に真白が口を開いたのはその三分後だった。
「ねぇ。
あなた、恋とかしたことあるかしら?」
「はぁ……。
また急に何を言い出すんですか」
蒼は近くから椅子を持ってくると真白の横に座る。
また何か下らない事を言いはじめるに違いない。
「ふと思ったのですわ。
私め達は兵器。
でも人間としての生活もあるんじゃないかしら、って」
「また私が過去悩んだようなことで悩むんですねぇ……。
《超極兵器級》の“核”はみんなそれで悩まなければならない宿命でもあるんですかね?」
「そんなつれないことを言わないものですわよ。
つまらないじゃあないですか」
真白はぼんやりと窓の外を眺め、小さくため息をついた。
その仕草で蒼の微塵と残っていない女の勘はびびっときた。
「もしかして真白姉様、恋をしたんですか!?」
「どうしてそうなるんですの!
そもそも私達“核”は恋愛感情なんて抱けないように出来ているのですわよ!?」
「一番連れないことを言ってしまうのは真白姉様じゃないですか……。
なーんだ、違うんですか。
じゃあいったいまた急にどうしたんですか。
“核”は“核”ですよ。
人間のような生活なんてありえないです」
蒼はばっさりと真白の問いを切り捨てた。
前に自分も悩んだことがあるだけになんだかまた昔の気持ちに戻りそうで嫌だったというのも大きい。
悩んでも答えがとっさに出ない上に変に疲れる問いは考えないに尽きるのだ。
「そんなこと考えてたら積乱雲に突っ込むじゃないですか。
ちゃんと集中してくださいよ」
「分かってますわよ。
まったく失礼な妹ですこと」
《ニジェントパエル》の艦首にまで伸びるバイナルパターンは赤色だ。
鈍く発光しながら心臓のように脈を打っている。
喫水線上は赤色、喫水線下は青色、でベルカのどの艦艇も統一されている。
「ンゴ………ゴゴゴ…………」
ベッドで休眠を取っているマックスがいびきをかき始めた。
二人同時に振り向き、目を合わせて笑う。
「まったく、呑気ですよね。
これから先どうなるのか分からないっていうのに」
「本当ですわね。
でも、ずっとこれから先を考えて生活していたらそれはそれで辛いですことよ」
「それも最もですね」
真白はいびきをかくマックスに配慮してか、マックスの周辺にある機械の発光を抑える。
小さな思いやりの暖かさ
と、そのときレーダーに何かが映った。
「真白姉様」
「見ていましたわよ。
数は三、でしたわね」
すぐに蒼は自分をシートベルトで固定した。
ベッドで寝ているマックスを起こさないようにしつつ、真白の横に椅子ごと移動してレーダーに乗っている情報を整理していく。
「識別信号等何か情報は?」
「残念ながら。
大きさは三百メートルを超えるぐらいだったかしら?」
《ニジェントパエル》の一キロメートルを超える巨体に対して小さいが通常艦艇の大きさは五百メートルを超えるほうが珍しい。
少し蒼や真白は感覚が麻痺している所があるが、ベルカの《超極兵器級》が大きすぎるだけなのだ。
「距離はおよそ五十――。
味方データーベースに照合。
この時間にこのあたりを航行する予定の友軍はいません。
ということは、おそらく敵の艦……だったんじゃないでしょうか。
こちらにはまだ気がついていなくてよかったかもしれませんね。
少しでも疲れているのに戦闘なんてやる気が出ませんからね」
「でもまだ気は抜けないですわね。
マックスを起こすことになるかもしれませんが仕方ありませんわ。
《ニジェントパエル》、第一種戦闘配備。
万が一を考え、全兵装も解放しますわよ」
アラームが艦橋内部に流れ、寝ていたマックスが飛び起きた。
「んあ、どうした敵か!?」
「かもしれない、ってだけですけどね」
《ニジェントパエル》の閉じていたあちらこちらの兵装にエネルギーが伝達され、砲門のシャッターが開く。
“光波共震砲”に伝わったエネルギーは砲身内部へと注ぎ込まれ、ゆらりとオレンジ色の光を砲門が蓄える。
各種システムがオンラインを示すグリーンのライトが順番につき始め、あちらこちらの《ニジェントパエル》の兵装が息を吹き返していく。
「これが《ニジェントパエル》……」
初めて専用に設計された《超極兵器級》にして、真白の操る最高峰とも呼べる戦艦。
目が覚めたときの《ニジェントパエル》はまさに《月夜楼》といっても相応しい、月よりも美しく、月よりも禍々しい雰囲気を出していた。
しかしレーダーの範囲ギリギリに映った敵艦三隻だったが二十分経過しても再びレーダーには映らなかった。
あちらはこちらに気がつかずに行ってしまったようだ。
「追っかけてきたらぶちのめすつもりだったんですか?」
第一種戦闘配備を解き、真白は少し肩の力を抜く。
「まぁね。
それが私め達の仕事ですわ」
「セウジョウまで後七時間。
何しましょうかね……」
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お待たせしました。
更新です。
更新ペースががた落ちですね……すいません。
がんばって終結にまでもっていきますのでご安心を……!
ではでは読んでいただきありがとうございました!




