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超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
宙天蒼波
62/81

姉弟

「ダメージコントロール!

 何とか少しでも浮き上がれるようにはなりませんか?」


(ダメだ。

 解除コードの入力、解析には私の演算リソースの九十パーセントを用いても約五時間はかかる!

 まるで人間が作ったとは思えないほど厳重なプロテクトだ!

 見たことがない記号と変換式ばかりでどうしようもない!)


「っち――!」


 蒼は舌打ちをして舵を右に切った。

左を三本の魚雷が厳かに通過していく。

魚雷についている水中をかき回すような小型エンジンの音は何度聞いても鳥肌がたつほど不気味だ。


「相手は自動修復もあるし、この高回転での攻撃力。

 こんなの正直勝てるわけないですよ……」


(っクソ……!

 ダメージコントロールが追いつかないぞ!

 あとは自前の装甲がいかに攻撃を防いでくれるか――!)


「………………」


(敵艦発砲!

 蒼副長、来るぞ!)


「回避行動が間に合いませんよ!

 これは三発貰いますかね……!」


 《ウヅルキ》からの伸びてきたレーザーの直撃により《ネメシエル》の艦尾付近にある左舷第六艦橋が被弾。

吹き飛んだレーダーとサブAIのパーツがばらばらと海面にばら撒かれた。

その傍にあった“三百六十センチ六連装光波共震砲”も巻き添えを喰らい、基盤が捻じ曲がり回転できなくなったばかりか砲身までもが歪み、射撃不可に陥る。

さらに発生した火災が第六艦橋を燃やしていく。


「《ネメシエル》、発生した第六艦橋の火災は放置で結構です。

 あくまでもサブがやられただけですから。

 それよりも艦底の穴の修復を最優先に。

 狙える兵装全てのトリガーを私に。

 あなたの演算リソースは全てダメージコントールに回してください」


(了解……だがミサイルの迎撃や照準、全てカバーできるのか?)


「大丈夫ですよ。

 私を誰だと思ってるんですか?」


(……了解した)

 

 焦りが蒼をじっとりと貪る。

表面にこそ出さないものの今度こそ沈められる、という予感が蒼の背筋を凍らせる。

沈められる――それは死を意味する。

ここで《ウヅルキ》は帰ってくるであろう味方にこのあと沈められるかもしれない。

それでも《ネメシエル》は《ウヅルキ》に負けてしまったという現実は変わらない。


「嫌ですよ――」


こんな所で沈みたくない。

何が何でも負けたくない。


【はははは!!

 哀れ、哀れだな《鋼死蝶》!

 万策尽きたか!】


「うるさい……!

 ほとんどずるみたいな技まで駆使してきたあなたと戦ってあげているんですよ!

 むしろ感謝されてもいいぐらいです!」


【はん、勝てばいいんだよ勝てば!!】


 《ネメシエル》の管轄を離れ全て蒼自身が操作するようになった兵装の動きは今までとは違い実際機敏になっていた。

本来は兵装ひとつひとつによって照準と偏差を変えるのだが蒼はそれをはじめからやめる。


「兵装カテゴリーをひとつに。

 照準レティクルを集約してすべて同時に狙えるようにしてください」


(了解)


一つの兵装でいちいち狙うのではなく全ての兵装の照準を“三百六十センチ六連装光波共震砲”を基準に纏めたのだ。


「《ウヅルキ》と言えど無限に回復する訳ではないでしょう……?

 ならばここで耐え、攻撃を続ければきっと活路が見い出せるはずです!」


 根拠のない答えにすがる。

《ネメシエル》の狙える全ての兵装が《ウヅルキ》へと今までよりも早く機敏に装填が完了し次第撃ちまくる。

“舷側光波穿通孔”や、“三十センチ三連装光波共震高角速射砲”までもがこれでもか!というほどに光を放つ。

雨よりも鋭く、業火が《ウヅルキ》の甲板に火をつけ破壊していく。

しかし先ほど蒼が言ったとおり《ウヅルキ》は自動修復を行うことが出来る。


「少しでもこれで弱ってくれれば――!」


攻撃しても攻撃しても相手の攻撃はやまない。

それどころか回復量の劣るこちら側がドンドン不利に追い込まれていくのだ。


【お返しだ!】


大口径の威力が《ネメシエル》に対して存分に発揮される。

舷側の装甲がレーザーを食らった所から融解し、内部にまで到達した攻撃は《ネメシエル》を壊していく。

空いた穴から火を吹き出し、《ネメシエル》は


(左舷の損傷が著しい!

 敵艦脅威レベルいまだ百!

 こちらの使用可能兵装は六十パーセントを切ったぞ!)


「そんな事見れば分かりますよ!

 ただ単純にごり押しで負けるなんて……この私が……!

 何か起死回生の一手を……!」


(魚雷接近!

 艦尾直撃コースだぞ!)


「この角度は……まずい!

 サイドスラスター点火!

 一本でもいいですから避けれるように――!」


(ダメだ間に合わない!

 被雷するぞ!

 衝撃に備えろ!)


 ずん、という鈍い衝撃は蒼の腹の奥にまで突き刺さるような衝撃波を生じさせたようだった。

《ネメシエル》の艦尾に五本の魚雷が立て続けに命中し、ヒットの水柱が五本ネメシエルの艦尾に屹立すると、海水の雨が甲板に降り注いだ。

ばらばらに吹き飛んだ艦尾の部品が海面を叩き、ぽっかりと空いた穴からは毎秒二トンを超える勢いで海水が流れ込む。

高さは四百メートルにもなる水柱は魚雷の直径が軽く二百センチを過ぎていたことを暗に教えていた。

不幸はそれだけでは済まなかった。

雪崩れ込んできた海水の重みで艦尾が少し沈降し、艦首が少し上を向いてしまったのだ。

一発逆転を狙えるはずだった主砲も縦軸が合わないとなると到底使い物にならない。


「ここぞというタイミングを待っていやがりましたね……。

 くそ、一枚上手でしたか」


ただただしてやられた後悔と自分の未熟さに蒼は後悔を重ねる。

鈍る判断能力を奮い戻し、状況を把握する為に《ネメシエル》に状況を尋ねる。


「《ネメシエル》、被害は!?」


次に上がってきた《ネメシエル》の損害状況報告に蒼はさらに焦りを募らせることになる。


(艦尾墳進口損傷!

 全てダメだ!

 さらに浸水による機関への被害甚大!

 蒼副長、我々は……自走出来なくなってしまった。

 航行不能だ……)


「っそんな――!

 じゃあ動けないってことじゃないですか!」


(ああ。

 自己修復プログラムでの修復に専念したら約三十五時間かかるが……)


「そんなに待っていられませんよ!

 それまでに《ウヅルキ》はセウジョウを支配してしまいます!」


【ふん、思ったよりちょろかったぞ《鋼死蝶》!

 これで貴様動けない!

 そこで俺様が止めを刺すまでだらしなく浮かんでいるがいい!】


 そのセリフを吐き捨てると《ウヅルキ》の進路が《ネメシエル》から遠ざかり始めた。

あいつの艦首が向いた先には蒼の今の母港、セウジョウがある。

まだあちこちに昇った黒煙はせめてもの抵抗を行っている証明だ。

《ウヅルキ》がたどり着いたら確実にセウジョウは敗北する。


「何をするつもりですか!

《ウヅルキ》!

 まだ勝負はついていませんよ!」


【なーにすぐつくさ!

 俺様がセウジョウを陥落させてからゆっくりと料理してやるよ!!】


 基地の防衛設備もろくに動かない《ウヅルキ》それを防げるのは《ネメシエル》だけ――だった。

しかし今の《ネメシエル》は動くことが出来ない。


「っ、待ってください!

 私が後ろから攻撃しないと思ってるんですか!」


【いーや?

 だけど出来ないことぐらい俺様にも分かるぜ?】


《ネメシエル》の艦首は今セウジョウから真逆を向いている。

実際ウヅルキに向けている艦尾に奴を撃破することが出来るほどの兵装は残っていなかった。

ボロボロになった残骸のような機銃が数門と、“三百六十センチ六連装光波共震砲”が一基何とか攻撃出来るぐらいだ。

この生き残った兵装だけでは到底ウヅルキを撃破することは出来ない、という事実は《ウヅルキ》本人が一番よく理解していたのだった。

だから《ネメシエル》を最後に回し先に最優先目標であるセウジョウの制圧に向かったのだろう。


「《ウヅルキ》ィィィ!!」


【はん、喚いていろ!!

自分の無力を思い知れ!!】


蒼はがっくりと肩を落とし椅子に深くもたれかかった。

あちらこちらの被害状況は好転する様子もなく、何箇所も燃えているネメシエルは限界を迎えているのだった。

それに比べ順調に自分の耐久を回復しつつセウジョウへと向かう《ウヅルキ》。

甲板ある兵装で十分にセウジョウを落とすことが出来るだろう。

いくら“イージス”がないとは言え、軍艦。

それも《超極兵器級》をもしのぐ性能を持った艦。


「《ネメシエル》……私達もう何も出来ないんでしょうか……」


 使用可能兵装はおよそ三十パーセント。

完全に大破した自艦に出来ることは何もない。


(蒼副長――。

 残念だが……何も出来ない。

 私達は動くことすらままならないんだから)


「…………そりゃそうですよね。

  ふふ、笑えませんか?」


(――?

 何を言っているんだ?)


 蒼の口が笑いに歪む。

後悔の念と、ただただ自分の惨めさが衝動的に蒼を笑わせていた。


「面白すぎますよ《ネメシエル》。

 自分を沈めてくれることを願って紫を生かしたのに。

 それなのにいざ自分が負けそうになると死にたくない、負けたくないと願ってしまう」


大笑いが突き動かすように蒼を包み込んでいた。

困惑したのか《ネメシエル》は一言も返さない。


「あーあ、笑える!

《ネメシエル》も笑ってくださいよ!

 こんな状況笑うしかないじゃないですか!」


(蒼副長……。

 頼むから正気に戻ってくれ。

 まだ何とかなるかもしれない。

 いくらでもやりようは……)


その《ネメシエル》セリフを蒼は思いっきり椅子の背もたれに頭をぶつけて遮る。


「ないですよ!

 私達の負けです!

  セウジョウは陥落し、私達はここで沈むんですよ!」


 “レリエルシステム”から腕を引き抜き蒼は右腕で目を押さえる。

ただただ情けなかった。

右腕に光るベルカ帝国の所有物であることを教えてくれる“曲菱形”の紋章だけがただただ鈍く光っていた。

《ネメシエル》の艦首にもあるその紋章はゆったりとした光を蒼の気持ちを知らないで放つ。


(蒼副長。

 まだきっと手はある。

 だから諦めちゃダメなんだ)


「口ではなんとでも言えますよ。

 じゃああなたがどうにかしてみてくださいよい。

 この状況を打開する方法を見出してくださいよ。

 艦首が上に向いてしまっている今主砲は使えないんです。

 あいつに有効打を与えることが出来る一番の兵器が使えないんですよ?」


 船体を砲身とする主砲は飛べない上に、艦尾の浸水で沈降しかけている《ネメシエル》にはとてもではないが使えたものではない。

それを一番理解しているのは《ネメシエル》だ。


(分かっている。

 だから主砲以外で何とかするしかないんだろう?)


流石にこの答えに蒼は苛立ちを爆発させた。

それが出来たら苦労しない、と《ネメシエル》に訴える。


「そんなこと……あなた分かっていっているんですか?

 主砲が一番威力があるんですよ。

 自分自身の錨と重力アンカーを使って空間座標軸に艦を固定しなけりゃぶっ飛ぶぐらいの威力を持った兵器が他に――……」


 突然蒼は突如スイッチを切ったように黙り込んだ。

うつむき、大きく息を吸う。

高鳴る胸を抑え、震える声を発する。


「……《ネメシエル》。

 機関はまだ生きているんですよね?」


(あ、ああ。

 まだ主機は全て生きているぞ。

 航行用機関はダメだが……一体どうしてだ?)


 蒼はにやりと笑った。

今度は狂気を孕んだものではなく、何かいいことを思いついた顔だ。

蒼のよくしていた表情に戻ったことに人知れず《ネメシエル》は安堵する。


「思いついてしまいました。

《ネメシエル》、お得意の博打と洒落込みますよ」


(……ほう?

 付き合おうじゃないか)




     ※




「思ったよりたいしたことはなかったなぁ。

 なぁ……なぁ!!

 なあって、おい夏冬!!」


紫は横に立っている夏冬に話しかけた。

夏冬はボーっと虚空を見つめたようなどこか浮かない表情をしている。


「ん? 

 あ、ああ。

 その通りだな……うん……」


 手に持っている夏冬のチョコレートは先ほどから全く減っていない。

夏冬が手に持っている食料を接種しないのは、何か考え事をしている証拠だ。

紫はその状態の夏冬が余り好きではない。

話しかけても上の空だし、何よりしつこく話しかけると怒るのだ。


「っち、めんどくせえな……」

 だから早くそのモードを解除させる為に色々と話しかける。


「んだよ……また考え事でもしてんのか?

  もう《ネメシエル》はどうしようもねぇだろ!

  機関ももぎ取って兵装もろくに残っちゃいねぇんだ。

 何も出来やしねぇよ!」


「あ、ああ……。

 その通りだよな……」


 夏冬は目を細め遠くになっていく《ネメシエル》を眺める。

あちらこちらから炎が上がり黒煙に包まれた艦橋の中には愛する蒼がいる。

彼女は今絶望しているのだろうか。

それともまだ戦うつもりでいるのだろうか。


「とにかくこれで終わったんだ。

 そうだよな、紫?」


「ん?

 ああ、そうだろ!

 だってそれ以外考えようがねぇじゃんよぉ!!

 俺様があそこまでボコボコにしてやったんだからな。

 むしろあの状態からどうやって俺達の所にたどり着いて攻撃してくるっていうんだ?

 正直、無理だろ」


 紫は夏冬のチョコレートを奪い取ると思いっきり齧り取った。

そこまでされると激怒するはずの夏冬だったが今回は違った。

全くの無反応だ。


「おい夏冬……。

 ったく、どこまで用心深いんだ。

 考えたところで変わらねぇだろ。

 実際どうしようもねぇんだから。

 いつまでも悩んでんじゃねぇよ鬱陶しいなぁ」


「……すまん」


「ふん。

 機関全速。

 セウジョウ湾内にたどり着き次第、全方位へ攻撃を開始するぞ。

 とっとと終わらせちまおうぜ」


「あ、ああ……。

 そうだな。

 すまないな、考えすぎだだった。

 あの状態から蒼さんがまさか持っていくことが出来るなんて……。

 ありえないな」


 夏冬はもう後ろを振り返らないで目の前の目標に攻撃命令を出す。

そしてそれに賛同した《ウヅルキ》から何発ものミサイルがセウジョウへと襲い掛かる。

弱々しくも“イージス”を張るセウジョウ基地だったがすぐにその“イージス”は破り去られる。

制圧もすぐだろう。


「ふむ。

 心配する必要もなかったんだな……。

 変に考えすぎだったわけだ」


「だから変に考えすぎるのがダメなんだって言ってんだろぉ?

 悪い意味でもいい意味でもバカなんだよ」


「何もそこまで――」


ズズン、とまるでこの海域一帯が揺れ動いたようだった。

続いて高エネルギー反応検知の知らせが《ウヅルキ》から発せられる。


「っ、紫!」


「んだぁ……!?

 おい、なんであいつ――!」


「何をするつもりですか……蒼さん……!」


夏冬は壁の向こうに確かに存在する《ネメシエル》を眺めてそう呟いていた。




     ※




「主砲装填開始!

 重力アンカーの解除トリガーを私に!」


(了解した!)


「《ネメシエル》、全武装用機関リミッター解除。

 鼓動数百二十から六百まで急上昇」


(了解!

 機関鼓動数上昇完了。

 リミッターを解除。

 非常弁閉鎖確認!)


「真正面に撃てればいいです!

 弾道計算はカットしてください」


(分かっている飛ばすぞ!)


 《ネメシエル》の甲板が左右に開き、主砲の展開が始まる。

ブザーの音を海面に散らし、燃え盛り動かない甲板を主砲がぶち破り甲板上に砲身の姿を現す。

続いて艦首が上下に開くと中から二本の砲身が現れた。

歯のような“生動脈制御棒”とエネルギーライフリングが海水を飲み込むように展開を始める。


「主砲の装填急げ!

 装填が完了し次第発射!」


(了解だ。

 主砲装填完了まで残り三十秒!)


【てめぇ!!

 大人しくしておけと言っただろう!!】


 《ウヅルキ》から伸びてきた攻撃をすでに損傷ばかりの艦尾で受け止める。

これ以上破損したところで直すのにかかる手間は変わらないだろう。

さらに伸びてくるミサイルの雨を機銃で叩き落す。


「私はそこまで大人しい女じゃないので。

 あしからずですよ、《ウヅルキ》!」


【っち、生意気を!

今更何をしようと言うんだ!】


「まぁ黙ってみているといいですよ。

 そっちの方が私としても幸運ですから」


適当に紫の相手をしつつ、蒼はシートベルトをしっかりと締める。

これからやってくる衝撃に供え、頭をしっかりと椅子につける。

パラメーターで表示されている画面の主砲装填率は凡そ九十パーセント。

なお増えていく装填率を横目に蒼はぐっ、と椅子に体を押し付けた。


(装填完了!)


「了解!

 発射!」


 艦尾スラスターが噴射し、艦尾を少しだけ持ち上げる。

直後ネメシエルの主砲が太陽よりも眩しく輝いた。

周辺に散った光がいくつもの輪になって開いた艦首に集中する。

一瞬消えたその光は次の瞬間には一本の柱となって《ネメシエル》の艦首から放たれた。

海がひしゃげ、空へと伸びていく光の柱は雲をもなぎ払う。

そしてその発射源である《ネメシエル》の船体は一気に加速していた。


【嘘だろ!!?】


「嘘じゃないですよ!

これが私の出来る最後の抵抗ですよ《ウヅルキ》!」


マッハに達するほどのスピードで海を掻き分けてバックする《ネメシエル》はまっすぐ《ウヅルキ》へと突っ込んでいく。

当然回避しようと舵をきる《ウヅルキ》だったが、すでに遅かった。


【毎回なんでぶつけて来るんだよお前は!!】


「知りませんよ!

 大体そういうアホみたいな状況に追い込まれる私が悪いんです……あれ?」


【この《鋼死蝶》があああああ!!!】


 回避しようと斜めを向けた《ウヅルキ》だったがそれよりも早く《ネメシエル》の左舷主翼が《ウヅルキ》の船体へ艦尾を切るように食い込んだ。

続いて慣性に従って左へと曲がった船体が《ウヅルキ》の舷側へと艦尾をめり込ませる。


「まだまだ行きますよ!

 主砲継続射撃!」


(任せろ!

 追い詰められた兵器が何をするのか目にものを見せてやる!)


 主砲による反動はすぐには消えずそのまま《ウヅルキ》へと《ネメシエル》を押し込み続ける。

セウジョウへとまっすぐ進んでいた《ウヅルキ》は《ネメシエル》の衝突により大きくその進路を逸らすことになった。

右へと押し込まれる形になった《ウヅルキ》は《ネメシエル》ともつれたままほぼ零距離での殴りあいをはじめる。


「さっさと沈むんですよあなたは!!」


【それはこっちのセリフだ!!!

 しつこいんだよ!!】


 ようやく発射が終わった主砲だったが、反動はすぐには消えない。

まるで風に流されるように二隻の軍艦は陸へと突き進んでいく。


【てめぇ座礁させる気かよ!!】


「そうすればあなたは動けないでしょうが!」


【だがお前に勝ち目はさらに無くなるぞ!

 動けないのはお前も一緒なんだからなぁ!!】


 ほぼゼロ距離で放たれるお互いのレーザーは威力を落とすことなく相手の船体を抉り取っていく。

自己修復機能が圧倒的に有利な《ウヅルキ》ですらこの距離からの攻撃の修復は間に合わないと見え、どんどんその身に穴を増やしていく。

だが当然それは《ネメシエル》も同じこと。


「っクソ《ウヅルキ》め!

 ほぼ無傷の右舷にまで損傷を与えてきやがって!」


(右舷第二十四“三十センチ三連装光波共震高角速射砲”破損!

 続いて二十一、三十四もだ!)


「そんな小さい損害の報告はいりませんよ!

 相手のどこを破壊したのかぐらいで十分です!」


 殴り合いでいつの間にか頭から抜け落ちた座礁、という言葉がいつの間にかすぐそこにまで迫っていた。

座礁、を教えてくれるアラートが鳴り響かなければ完全にそれを戦術として取り入れてい

た蒼すら忘れていただろう。


【クソったれが!!!!】


 逃げようともがく《ウヅルキ》だったがそれは無駄な行為だった。

《ネメシエル》ほどの慣性から逃れようにも《ウヅルキ》の機関は貧弱すぎたのだ。

《ウヅルキ》の横にはセウジョウ基地から北へ五キロ程度出っ張っている半島が待機していた。

深い水深が一気に浅くなり《ウヅルキ》の船底を擦り取る。

屹立したいくつもの大きな岩がめり込むと穴を開ける。

そのまま《ウヅルキ》の船体は半島を丸ごと押しつぶすような勢いで乗り上げた。

轟音と共に地震のような地鳴りがセウジョウ全体に唸りを轟かせる。

それは反動で《ネメシエル》にも帰ってきた。

さらに深く《ネメシエル》の艦尾が《ウヅルキ》へと突き刺さり、半島と《ネメシエル》の挟み撃ちにあった《ウヅルキ》の両舷が押しつぶされる。

まるで茹で玉子のように簡単に《ウヅルキ》の船体は潰れかける。

装甲板が変形に耐えきれず根本から弾ける。

吹き飛んだ細々とした部品が半島の木々を薙ぎ倒し、地面へとのめり込む。

しっかりと《ウヅルキ》は《ネメシエル》によって地上に固定された。

しかしその状態も長くは持たないに違いない。


「これでもあいつは絶対に自己修復しますよね。

 《ネメシエル》、援護をお願いします」


(ここからが本当の作戦だな!

 蒼副長、健闘を祈る!)


 蒼はシートベルトを取り、艦のコントロールを《ネメシエル》に全委託する。

腰にレーザー銃を取り付け、帽子を被る。

艦橋のハッチを開き、ゆっくりと甲板へと降り立った。

すぐ横では《ネメシエル》の兵装が《ウヅルキ》へと攻撃している。

放たれる衝撃波を受けないように物陰にかくれつつ艦尾の方へと移動する。

これが蒼の考えた作戦だ。

艦を壊すことが出来ないなら中の“核”を殺してしまえばいい。

そうすれば艦は自動的に機能を停止する。

黒煙とまだ舐めるような赤い炎の側を通り抜け、沈黙した機銃の影にかくれ、気取られることのないように《ウヅルキ》へと乗り移る。


「《ネメシエル》、敵の艦橋に合図と共に攻撃を。

 そうすれば私が中に入ります」


(タイミングと場所はちゃんとマーカーで指示してくれ。

 私はそこを狙い撃つだけだ)


「了解ですよ」


《ネメシエル》から送られてくる攻撃予定地区を予め避けるようにして《ウヅルキ》の艦橋へと近づいていく。


「熱っ!

 危ないじゃないですか!」


蒼が通りすぎた横の機銃が《ネメシエル》のレーザーを受けて沈黙する。

鋼鉄の装甲は無惨に溶け落ち、内部の機械が丸見えになる。

その内部もレーザーが焼き払ってしまっていた。

熱は少し離れた所にいる蒼にもしっかりと伝わってくる。

何万度という熱を持つ“光波共震砲”の威力を素肌で感じたのは蒼は始めてだ。


(すまない。

 その機銃が蒼さんを狙っていた気がしたんでな)


「こんなに熱いんですね……。

 私の持つ兵器の威力を素肌で感じた事はなかったので……。

 少し驚きましたよ」


(なんだ今さら告白か?

 私は兵器だからな。

 これぐらい当然だろう?)


「はいはい。

 気がつかれないようにさっさと艦橋内部に入ってしまいますよ」


 雑談を早々に切り上げ蒼はさっさと艦橋近くへと移動する。

艦橋の装甲は艦の中でも一番分厚い。

先に艦橋基部に火力を集中するように促して蒼は少し遅れてからたどり着く。


【《鋼死蝶》!!

 てめぇさっさと朽ちやがれ!!!】


《ネメシエル》から中継で送られてくる《ウヅルキ》の通信はひどくこっけいなものに思える。

蒼は少し苦笑いをしてから集中攻撃で空いた穴にたどり着いた。

《ウヅルキ》の構造は先ほど蒼が連行された時にあらかた頭に入れていた。


「ここ知ってますね……」


《ネメシエル》にアップロードしておいた記憶を辿り、先ほどの通路と同一箇所であることを確認する。

静かにレーザー銃を構えつつ、角を曲がる。

あれだけ沢山いた機械兵士の姿はまるで見えない。


「たしかこっちの通路を行けば……」


 そして見覚えのある扉。

耳を澄ますが何も聞こえない。

ただ《ネメシエル》と《ウヅルキ》が殴りあう轟音だけが聞こえる。


「さて……。

 行きますか」


銃を右手で構えたまま左手を扉に押し付ける。

そして“イージス”を展開する。

“イージス”の力を受けた金属扉が蒼が手をかざした所を中心に捻じ曲がり、吹き飛んだ。


「紫!」


 名を呼びながら突入した蒼だったが扉の向こうにいるはずの紫の姿はなぜか見えない。

“レリエルシステム”と繋がる為の椅子だけが部屋のど真ん中に置いてある。

システムはまだ排気熱を持っている。

今さっきまでそこにいたはずだ。

銃を自分の視線と同期させつつ、周囲を見渡す。


「こっちだ《鋼死蝶》!」


ほぼ真後ろだった。

紫の細い腕が蒼の首にかかって来た。

とっさに屈み、初手を回避する。


「っく!」


しかし続いて飛んできた紫の蹴りを回避することが出来なかった。

仕方なしに左腕で攻撃を受ける。

押し返そうと力を入れながら蒼は紫に話しかける。


「隠れてたのに気がつきませんでしたよ――!

 少しはやるじゃないですか?」


「てめぇの艦がはしゃいでたからな……!

 そりゃ物音も聞こえないだろうぜ!!」


左腕で紫の蹴りをガードしたものの痛みで持っていた銃を落としてしまう。

それを“イージス”で飛ばし、紫は蒼に向かって格闘のポーズを取った。


「艦も武器も必要ねぇ!!

 はじめようぜ!!」


紫はそういうと自分の腰についてた銃を捨てる。

何処までも同じ条件で戦いたいらしい。


「はっ、私が負けるわけないじゃないですか。

 格闘戦は私の得意分野ですよ?」


「忘れたか?

 俺様がお前に負けたのは軍艦に乗っていたときだけだ!

 それ以外の時も本当に強いのか!?」


 蒼も紫に続いて格闘ポーズを取った。

お互いの目と目が合う。

どちらからともなくお互いほぼ同時に攻撃に転じた。

蒼の右腕は紫の右腕を回り込むようにして包みながら攻撃を封じつつ、紫の肩を掴む。

そのまま肩を外そうと力を加えるが紫の猫のようにしなやかな間接は意図も容易く蒼の拘束をほどき、逆に蒼の肘を逆方向へと捻った。


「っつぅ!」


痛みで引っ込めた右腕の隙を縫ってそこに紫の蹴りが来る。

今度はガード出来なかった。


「ッシャオラォ!!!」


思いっきり脇腹に蹴りの重みが伝わる。

紫自身がそれほど大きいわけではない。

むしろ少年とも言えるその体は小さい部類に入る。

しかしスピードが乗っていた為か、そのダメージは大きく蒼に伝わることになった。

骨が軋むような音と共に、蒼の体は簡単に吹き飛んだ。

“イージス”で相殺しようにもほぼ条件反射で反応する近距離の攻撃には展開が間に合わない。


「そもそも俺様は男!

 お前は女!!

 この段階で勝ち目がないのは分からないのかぁ?」


蒼の頭から帽子が落ち、腰まである長い髪の毛が垂れる。

咳き込みつつ、起き上がる。


「そんなの――。

 そんなの関係ないですよ……!」


「ははーん?

 そうかなら俺様に負けても文句は言うなよな!!!!」


「言いませんよ!」


 今の一撃で痛む脇腹だったが、すかさず紫との間合いを詰める。

しっかりと伸びてくる紫の突きを左へ飛んで回避する。


「っち……!

 逃げんじゃねぇよこのクソ野郎!!」


思いっきり突きに体重を乗せていた紫は、回避されたことにより軽く体勢を崩す。

そこに産み出された一瞬の隙。

蒼は紫の懐へ潜り込むと、腹に一発下から突き上げるようなパンチを決め込んだ。


「どうですか……!」


「がっ――!」


紫の口から嗚咽のような声が漏れる。

痛みで紫の下がった頭に膝を叩き込むために膝を上げるがそこは紫も流石に読んでいたようだ。


「っは!

 やられてたまるかよ……!

 やっと楽しくなってきたんだからぁあああああ!!!!」


自分自身のバランスを犠牲にして左足で蒼の足を払う。

その技を受けた蒼は体勢をとっさに整えることが出来ず倒れこむ。


「っく!」


その倒れた蒼の顔面を狙って紫のパンチが打ち込まれる。

すかさず体ごと頭の位置をずらしてパンチを避ける。

そのままもう三回転ほどして紫から一度離れる。


「やるじゃねぇかよ《鋼死蝶》!」


外の轟音はまだ続いている。

お互いが攻撃を自動に設定した今、どちらかが倒れるまで艦も戦いをやめないだろう。

爆発のような音と共に床が揺れる。


「そりゃそうですよ。

 私を誰だと思ってるんですか?」


そう吐き捨てつつ、お互いの目は落ちているお互いの銃を見ていた。


「それもそうだった――な!!」


はじめに動きに出たのは紫だった。

足のバネを駆使して右へと大きく跳ぶ。

その先には蒼が落とした銃が落ちていた。

すかさず蒼も自分に近い位置にある紫の銃を拾いに行くが体の大きさ――主に足の長さで一歩紫よりも出遅れてしまった。

先に銃を向けた紫が発砲。

レーザーの赤い光が蒼の耳の近くを掠める。


「っぶないじゃないですか!」


倒れ込むようにして銃をもぎ取る。

撃ち返した蒼のレーザーをかわす為に紫は椅子の後ろに隠れた。

何発かその椅子を撃ってみるが分厚さ故か、貫通は見込めない。


「どっちかが死なない限りおわらねぇぞ!!

 分かってんだろうなァ!!」


「一々しつこい奴ですね。

 分かってますよそれぐらい」


「まぁ死ぬのは貴様だけどな!!!!」


「せいぜいそう思ってるといいですよ!

 そういう自信が一番の貴方の敵なんですからね!」


銃声と共に蒼の隠れる壁が抉れる。


「邪魔な……!

 貴方達はもう終わりなんですよ!」


「はっ、それはないな!!

 ここで終わるのはお前達だ!!

 受け継いでいくもののない奴の言葉は信憑性もないし軽いもんだな!!」


「受け継いでいく……?

 何の事ですか?」


「お前の信念なんてそんなものだ!

 俺様は違う!!

 己を磨き、己のために生きている!

 《鋼死蝶》なんてあだ名は己がない証だ!」


 今度は先に動いたのは蒼だ。

物陰から飛び出して紫のいる椅子に回り込む。

そうはさせまいと飛び出してきた紫に向けた銃が火を噴いた。

しかし当たらない。

あくまでも牽制だ。

紫も蒼へと撃つが、当たらない。

お互いの場所が入れ替わる。

椅子に隠れながら銃のエネルギーの回復を待つ。


「何を言いやがるんです。

 私達は兵器です!

 己なんて必要ないし、己を持つ意味なんてないんですよ!」


「それが無意味!

 己がないってのは辛いことだぞ《鋼死蝶》?」


「兵器にそんなもの必要ないんですよ。

 それがわからないっていうんですか?」


「はっ、哀れだな!!

 駒としてなら十分かもしれないがそれじゃあ俺には勝てねぇぞ!!!」


「ならば国を背負わなければ勝てると!?

 国が重くてなげうつならば兵器としての存在はなんなんですか!」


 一歩前へ踏み出し、蒼の右腕が紫の銃をもぎ取ろうとする。

抵抗する紫の手から銃がすっぽ抜けるが、勢いのついた銃は掴み取ろうとした蒼の手からも抜け落ちた。

拾おうと屈む紫を牽制する為にもう一発撃ったレーザーの光は床に落ちた銃をぶち抜いた。


「ちっ!」


穴が開き、もう使えなくなった銃を目の前に舌打ちをして下がろうとした紫を逃がす蒼ではない。

直ぐに銃口を紫に向けた。


「はっ、ざっとこんなもんですよ紫。

 あなたの負けです。

 国を背負わない貴方とは一発の重みが違うってことですよ」


銃口を向けられた紫は至極冷静なものだ。

形勢が逆転され、自分が追い詰められ ているというのにそんなそぶりはちらりとも見せない。


「甘いんだよなぁ《鋼死蝶》。

 国とかそんなものくだらねぇだろ。

 俺達は兵器として生まれた。

 兵器として生を受けた以上、強くありたい。

 常に最強として君臨したいって思いは一緒じゃねぇのか?」


「……何を?」


面白そうに笑う紫に不快感を露にする。


「何をって……。

 ただお前は国という大義名分を糧に弱いものいじめをしてるだけだ!!

 虐げられた弱いものの気持ちを考えたことはあるか!?

 なす術も無く沈む辛さを感じたことはあるのか!?

 なんでこんな簡単なことが分からないんだろうなぁ!?」


「…………」


えらく感情的になった紫に蒼は少し戸惑う。

《ネメシエル》になす術なく沈められた艦は何百を越えるだろう。

それらの気持ちになって……ですか。


「あははっ、くだらない。

 くだらないですよ紫!

 そんなもの弱いものの基準です。

 私達強者の考えることじゃないんですよ?」


蒼は腹を抱えて笑う。


「産まれたときから《超極兵器級》やら《超常兵器級》やら分類は決まっているんだ!!

 己の強さもそれに準じる!

 兵器としてすでに強くなれる頭打ちが決められている!

 経験なんかでカバーできるのはほんの少しだけだ!

 くだらねぇんだよそれが!!!

 弱いものにも力を、強くなれる機会を平等に!!

 それが本当の理想郷ってやつだろうが!!

 そうだろうが!!」


「くだらないも何も仕方ないでしょう?

 《超常兵器級》として産まれてこれなかった自分を恨めばいいんじゃないですか?」


「だから俺様は壊すんだよ。

 センスウェムの力で世界を。

 決められた規範をぶち壊す!

 くだらない国とか目的とか全てを終わりにする!」


紫はそういうと近くにある壁を殴りつける。

“イージス”のこもったそのパンチで壁は凹んでしまう。


「そりゃ面白いですね。

 是非がんばって欲しいものですよ。

 貴方がこの状況から勝てれば、ですが」


「少しはお前も思ったことはないのか!?

 兵器としての生活もあれば人間としての生活もあったんだ!!

 人間として産まれていれば経験でどうにでもなる場面は沢山あっただろう! 

 だけど兵器は違う!!

 産まれたときに全てが決まってるんだぞ!!

 その規範が、基準が、全てが俺様は憎い!!!!」


「人間としての生活――ですか」


考えたことがないわけではない。

一時期それで悩んでいたこともあるぐらいなのだから。


「力で敵を黙らせ、生き延びてきた兵器のお前が!!

 分からないわけないだろうこの理想が!

 限りなく強くなれるんだ!!

 規範を、基準を壊しさえすれば俺達はもっと強くなれるんだ!!!

 当然人として生活することだって可能になるんだ!!」


「……………………」


「だからセンスウェムに強力して全てを壊すんだ!

 己を構築し、見つめなおし、もっと強くなる為に!

 更なる理想がセンスウェムにあるみたいだが俺様はそんなものどうでもいい!

 気に入らない奴をぶちのめして、力で粉砕する。

 だが殺すものはまた殺される運命も背負う。

 弱者も虐げられ続けるだけじゃない!

 産まれた時全てが決まっているわけじゃない!!

 強くなれるし、下克上することだって可能になる!

 チャンスがゴロゴロ転がっている、そんな世界にしたいんだよ!!」


「それで国を壊すと?

 国がなくなれば規範もなくなると?

 甘いですよ紫!

 そんなことしたら人間は黙っていません。

 全力で私達兵器を壊しに来るに決まっています」


「ならそいつらも殺せばいい!

 兵器では弱者だろうが人間には負けないだろうよ!

 俺達の理想郷は兵器が兵器らしく生きることが出来る場所だ!

 人間がどうなろうが知ったことじゃない!

 そうだろうが、《鋼死蝶》?」


突然後ろから機械の腕が蒼の銃を叩き落した。

すかさず振り返った蒼の先にいたのは一体の機械兵士だ。


「オンボロが――!」


 攻撃を叩き込むにも肉体の威力では足りない。

少し遅れて“イージス”を右腕から発し、機械兵士を吹き飛ばした。

百キロを軽く越える重さの機械兵士は壁から伸びた鉄パイプに突き刺さる。

ショートの火花をあげながら完全に停止するまでそう時間はかからなかった。


「残念だったなぁ?

 切り札は最後まで取っておくものなんだよなぁ!!」


しかし機械兵士に気を取られたほんの一瞬で、紫は銃を取り返し蒼へと突きつけた。


「っはー……。

 通りで大人しいと思いましたよ。

 おしゃべりで時間を稼いだわけですか」


蒼は機械兵士を見た後に紫を見て大きくため息をついた。

完全に負けを認めた、という態度に満足そうな紫は蒼に銃を突きつけたまま近づいてくる。


「おしゃべりじゃねぇ!!

 理想と理想のぶつけ合いだ!

 俺様の演説に感動しなかったんだろうが……まぁ仕方ない。

 お前を説得することが出来るかと思ったんだが――残念だよ!

 何か言い残すことはねぇのか!?」


「あなたそれ今まで何回私に言って来ましたか?」


 半分笑う蒼だったが紫は至って真剣な表情だ。

達成感をじわじわと味わうタイプなのだろう。

その表情が余りに面白くて笑ってしまう蒼だったが、紫はそんな態度も気にならないぐらい真剣らしい。


「何度だって言ってやるよ!

 それだけ俺様はお前を――《鋼死蝶》を追い詰めたってことだからな!!!

 俺はお前に勝った、勝ったんだ!!!!」


「それだけ私を逃したってことでもありますけどね」


「その減らず口を閉じろ!!

 最後に勝てばいいんだよ勝てば!!!」


「最後に勝てば……ねぇ」


蒼は落ちた帽子を拾う。


「てめぇ動くんじゃねぇ!!」


銃をずっと突きつけたまま、紫は蒼から一歩、二歩と下がり距離を取る。


「なんだかんだ最後の手をお前も持っているだろうからな!!

 それを食らうのはごめんだぜ!」


内心舌打ちが止まらなかった。

完全に蒼の行動の理由は読まれていたのだから。


「それで私から距離を取ったってことですね。

 本当に嫌な奴ですよ、あなたは。

 やりにくいったらありゃしない。

 帽子を取った隙に喉を切り裂いてやろうと思ったんですけどね」


 蒼は掌に隠していたナイフを地面に落とした。

カラン、と音をたててナイフは紫の前に横たわる。

蒼と紫の距離はおよそ五メートル。

近いようで遠い距離は蒼が銃を奪い取るには遠すぎるが、蒼の頭をぶち抜くには十分近い距離だ。


「さあ今度こそ最後だ!!

 最後の言葉ぐらい聞いてやるよ!!!

 言えよ!!!さあ!!!

 それだけ俺様の価値は上がるわけだからな!!」


「国を背負わない兵器に価値なんてないと思いますけどね。

 しかしそれによる己の構築が可能になるならその選択肢も悪くはなかったかもしれませんね」


帽子についている紋章を指で擦る。

超空制圧艦隊の目にも見える紋章は線の所だけうっすらと盛り上がっている。

その線を指でなぞり、汚れを取る。


「はは!!

 やっと認めたか!!

 俺は《鋼死蝶》やその他の兄弟とは違う!!

 国なんてくだらないものじゃねぇ!

 俺は俺に、自分に忠誠を誓う!!

 そのためにはセンスウェムが必要だっただけだ!!

 俺の意志はさっき話した通りだ!

 そのために利用するものは利用する!」


 勝ちが確定したからか紫のテンションはマックスのようだ。

負けることが確定した蒼に余裕を見せ、さらに精神的にも痛めつける。


「ただ弱者も強者にやられるだけじゃねぇ。

 強者に成り代わり強者になれる!

 そんな理想がなぜわからねぇんだ!

 まぁいい。

 これが終わったらたっぷりとセウジョウを蹂躙してやるよ!

 俺の姉貴達も全部沈めてやる!

 この《ウヅルキ》はもうダメかも知れないが……どうせセンスウェムが新しい船をくれる!

 俺様は無限に力で弱者を支配して語り継いでいってやるよ!

 歴史の証人になれること、それだけの力を与えてくれたセンスウェムには本当に感謝感激だなぁ!!」


「結局貴方は弱者を守る気はないってことですよね。

 自分が絶対王者でありたいだけなんですね」


「当たり前だろうが!

 だが今までの世界と違うのは弱者も強者になれる可能性があるって所だ!

 まずその第一歩としてお前を殺す!

 俺とお前の因縁の対決もこれで終わりだ!!!

 あばよ、《鋼死蝶》!!

 力に打ち勝てるのは知恵とかそんなものじゃない!

 更に強靭な力しかねぇってことだな!!」


「それには全力で賛成です。

 にしても最後の手……ですか」


「……あ?」


蒼はにやりと、笑って見せた。


「私も最後の手を持っていないだなんて。

 まさか面白い事思っていないですよね?」


「はん、どうするって言うんだ!?

 貴様の《ネメシエル》は動かない!

 そして貴様に銃はない!!」


「その通りですよね。

 実際私の打つ手はひとつしか残っていませんから」


「はっ、一体何をするのか検討はついてるぞ!

 《ネメシエル》による俺様への直接攻撃だろうが――!

 させなければいいだけだろうが!!!!」


 紫が発砲する、その仕草にだけ全ての集中力を傾ける。

紫の人差し指の筋肉が引き金を引く、その一瞬。

顔を、横へと傾ける。

引かれた引き金に反応して、レーザー銃から一本の光が飛び出す。

その光は蒼の頬の皮膚を削りとり、一本の傷を作り上げる。

だが、致命傷ではない。


「っちぃ!!」


また一歩蒼から距離を取る為に引いた紫だったが蒼は逆に足を捻って床に思いっきり倒れこむほど体を傾けた。

その反動を利用して紫から十メートルほど離れることに成功する。


「《ネメシエル》!」


「てめぇ!!!

 こんな狭いばし――!!!」


 まさか、と言った表情の紫の目の前を一本の太いレーザーが通り過ぎていった。

ぶち抜かれた艦橋の壁の先には《ネメシエル》の“三百六十センチ六連装光波共震砲”の砲門がこちらを睨みつけていた。

その攻撃範囲の大きさから撃ってこないと紫は踏んでいたに違いない。

だが蒼は違った。

自分が巻き込まれることを覚悟の上で狭い艦橋内部で出来るだけ紫の近くを射るように《ネメシエル》に命じたのだ。


「っな――!?」


熱風が艦橋内部を吹き荒れ、伏せて前もって分かっていた蒼は“イージス”を展開することが可能だった。


「ぐぎゃあああああああああああああああ!!!!!!!!!」


 しかし紫はそういうわけにはいかなかった。

“イージス”の展開が間に合わず、思いっきり熱風を浴びた紫の体があっという間に発火する。

慌てて転げ周り体についた火を消そうとする紫だったが、勢いのいい火は消えそうもない。

ましてや“光波共震砲”の炎だ。


「まさかこんな狭い所に“三百六十センチ六連装光波共震砲”をぶち込もうだなんて普通は考えな いですよね。

 私は普通の強者じゃなかった。

 そしてあなたは普通の強者じゃなかったから分からなかった。

 それだけですよ、紫」


体を起こし、座り込んだ蒼は転げまわる紫にそう教えていた。


「熱い熱い熱いィィぃいいいいいい!!!!!!!

 こうしちぉぉおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


生物の焼けるツン、とした匂いと共に叫んでいた紫の動きが徐々に弱くなっていく。

自分の姉妹艦である《ウヅルキ》。

そしてその“核”である紫の最後。


「紫。

 大丈夫ですよ、すぐに……いやきっともうしばらくしたら私もあなたの所へ行くでしょうから

 兵器の運命なんてそんなもんですよ。

 兵器の中での弱者を強者に、という理念は感銘を受けましたが……人間という弱者を守る為に生まれたのが私達なんですよ。

 その人間というものが集まって出来たのが国。

 確かに私達が人間という弱者を守らなければならないのは反吐が出るほど腹が立つことですが……。

 兵器という理由がある以上は仕方のないことですよね」


「が……うあ………………」


「だから私は国を背負う。

 兵器というひとつの基準を超えないために国を守る。

 そういうことですよ」


 もはやもがく力すら残っていないのだろう。

真っ黒にただれた皮膚と、顔は見ないように蒼は目を背ける。

自分の最大のライバルでもあった紫。

その最後を看取るのだけは避けたかった。


「次は普通じゃない……完成品として。

 私の姉妹艦として産まれてくれることを期待していますよ。

 まぁもっともそうなるかどうかは空月博士の気分次第だと思いますが。

 さようなら、紫。

 私の二番艦」


「………………」


紫の落とした銃を蒼は拾うと、そのまま自分の真横の壁へと向けた。


「そしてあなたは弱者でいることをやめたんでしたっけ、夏冬?」


その銃口の先には夏冬がいた。

何とか隙を見て逃げようとしていたのだろう。

しかしそれを見逃す蒼ではなかった。

銃口越しに夏冬を睨む。


「流石ですね、蒼さん。

 恐れ入りますよその戦闘能力と発想力の偉大さにね。

 弱者を守ってこそ兵器……ね。

 いいこと言うじゃないですか」


「御託はいいですよ。

 あなたも同じです。

 ここで紫のように死ぬだけですよ。

 それはセンスウェムも同じです。

 ここで貴方は終わりなんですよ」


「果たしてそうなるでしょうかねぇ?」


「そうしますよ」


ぐぐ、と人差し指に蒼は力を込めた。

レーザー銃はその入力に素直に答え、自分の中に貯蓄されているエネルギーを吐き出す。

そのエネルギーは一本の光となって正確に夏冬の脳を射抜く――はずだった。


「っそんな!」


しかしそのエネルギーは焼け焦げた紫の体で防がれてしまった。

焼け焦げ、力尽きたと思っていたはずの紫は最後の力を振り絞って夏冬の盾となったのだ。

そして第二射への装填のわずかな時間の間に夏冬は扉にまでたどり着いていた。


「待て、夏冬!」


慌てて追いかけようとする蒼だったが、扉にたどり着く前に起こった爆発によって行動を遮られる。

あともう少し遅れていたらこの爆発に巻き込まれ蒼も紫のように黒焦げになってしまっていただろう。


「へへ……。

あばよ、《鋼死蝶》――またな」


「紫、あなたまさか……!」


慌てて艦橋の壁開けた穴から外へと抜け出すために走り出す。

紫が瀕死に陥った《ウヅルキ》の機能が停止したのだ。

それは《ウヅルキ》の崩壊を意味する。

まるで船体に爆弾が取り付けられたようにあちらこちらが《ネメシエル》の攻撃により爆発し始めていた。

焼け焦げた紫は艦橋内部で逃げる蒼の後ろを目で追う。


「最後の最後に…………。

 驚かせて……やった……ぜ…………。

 ざまぁ…………みろ…………ヘヘ…………。

 俺様……が…………強……者…………だ…………」


 紫の言葉はもう蒼へは届かない。

続いて起こった爆発により、崩れ落ちた天井が紫の体を粉々に押しつぶした。


「《ネメシエル》!

 “強制消滅光装甲”が残っているなら起動してください!

 そうしなければこの爆発に巻き込まれます!」


(だ、だな!

 早く私の主翼に飛び乗るんだ蒼副長!)


「言われなくても!」


艦橋から脱出した蒼はちょっとの高さを気にせずに飛び降りる。

足の裏がじんわりと痛くなるほどの高さだったがアドレナリンが出ている今蒼には伝わらない。

あちらこちらから爆発の炎を吹き出して崩壊する《ウヅルキ》の艦橋をへし折って一本の筋が飛び出す。

脱出用のカプセルだと、一目見て分かった。


「《ネメシエル》!

 残った兵装であのカプセルを撃ち落すんです!

 ここであいつを殺しておかないと!」


(ダメだ!

 狙える兵装が残っていない!)


「一門でも撃てればいいんです!

 何も残っていないんですか!?」


(……すまない)


 真っ青な空遠くへと伸びていく一本の筋は《ウヅルキ》の黒煙と共にやがて空の青色に飲み込まれ消えた。

崩壊する《ウヅルキ》は自力で動くことが出来ない《ネメシエル》の近くで燃え、半島を押しつぶしていく。


「はぁ…………。

 以外と何とかなりましたね、《ネメシエル》」


(ああ……)


《ウヅルキ》の崩壊から身を守る為に蒼は世界で一番安全な《ネメシエル》の艦橋の椅子に座り込んでいた。


「主砲の反動で移動だなんて笑い話にもなりませんよ」


(艦を放棄して敵に白兵戦を挑む副長もな)


「ふふっ、そうですね。

 ねぇ《ネメシエル》?

 私達はこれからもずっと一緒ですよね?」


(…………ああ。

 私が蒼副長の艦であり、蒼副長が私の“核”である限り。

 それは永久だと約束されたようなものだ)


「……そうですね」


セウジョウからいくつもの軍艦が《ネメシエル》の所へと集ってくる。

総攻撃を中断して戻ってきた艦隊の姿もある。


「これでまたしばらく休めますよ」


(やれやれ。

 損傷率九十一パーセントだぞ。

 次はもっと大事に使ってくれよ?)


「それは約束できませんよ?」


(おいおい……。

 勘弁してくれよ……)






                This story continues

長らくお待たせいたしました。

無事に更新いたしました。

リアルが忙しすぎて中々更新できなくて申し訳ありません。

でもがんばってこの物語を完結にまで持っていくのでどうかお付き合いをお願い致します!

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