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超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
宙天蒼波
60/81

奇襲

「蒼、真白、藍、朱なんていうか……。

 そうだな、もうお前達には話さなければならないな。

 実は蒼と春秋が捕まえてきた兵器の分析が終了したんだ」


「そうですの。

 それで?」


 真白の片目がマックスを睨むように見る。

カメラのついた白い眼帯の赤い光が三度点滅し、電源が入ったことを伝える。

少し真白が不機嫌なのは寝ているところを無理に起こされたからだ。

いつも整っている髪の毛も今はまだぐちゃぐちゃになっている。

夜勤で夜九時から朝の八時まで臨戦態勢で待機した後、午前十時に起こされたらそりゃ誰でも不機嫌になる。

二時間しか眠っていない真白からしたらふざけるな、と叫びたいことだろう。

実際真白を起こしにいった蒼も蒼でとてもいたたまれない気持ちになったものだ。


「それでって言われてもなぁ……」


「なんですのよ全く。

 気持ちよく寝てたのに。

 用事がないなら帰って寝てもいいですこと?」


「それに関してはすまんかったって」


 マックスに連れられ、超極兵器級姉妹は見たこともない薄暗いエレベーターに乗った。

こんな場所があったこと自体知らなかった蒼は、きょろきょろと周りを見渡す。

五人も乗るとエレベーターはスペースが無くなるほど狭い。

それぐらい小さなエレベーターは、マックスがボタンを押すとゆるりと加速を始めた。

藍が今の状況をまとめて発言する。


「つまり安寧の時を向かえ、漆黒の闇に堕ちる――ということかいね?

 どう思う?」


「……あーすまん私にも分からんかったわ……」


「えぇ……。

 朱姉様が分からないものを私達が分かるわけないじゃないですか……」


「何で大天使クラースの言葉が分からんの!?

 全く不出来な妹達じゃねぇ……」


「私めからしたらあなたが一番理解不能でしてよ」


「う、真白脊族第一姉さん……」


「すごい呼び方もあったもんですね」


 こんな掛け合いも久しぶりに見る。

一人、真黒が消えてしまったが、それでも姉妹という存在は大きくありがたい。

今朱と藍はいつもペアで艦隊を組み、別の基地にて行動しているのだ。

セウジョウは今や、前線とはいえない。

そこに四隻もの《超極兵器級》は過剰すぎる戦力ということで二隻が前線に近い基地へと異動させられたのだ。

離れたとき少しは寂しかったが兵器が寂しさを伝えた所で無視されるのがオチだ。

諦めるしかなかった。

実際戦う機会が格段に増えた二人は今やセンスウェムと対峙する前線での戦いの中心的存在であり、前線の基地では勝利を招く女神、とか呼ばれているらしい。

《ルフトハナムリエル》と《アイティスニジエル》のコンビは息ぴったりでまるでひとつの船のように二隻が行動するとか何とか。

あちこちで行動し、味方を守る精神からこの二隻は蒼の《陽天楼》をも凌駕しそうな人気を博している。

妹としてはとても嬉しいことだ。


「お前ら静かにしろ。

 もう少しでつくぞ」


「やっとかぁ。

 思ったより長いエレベーターやったなぁ」


 朱は暑いのか胸元の服をつまんでぱたぱたした。

大人の色気、谷間の主張が激しくなる。


「何で私には無いんですかねぇ……」


「ん?

 何が?」


「バルジですよバルジ」


「なるほど?」


 エレベーターの階層表示の場所には変わりに地表からの深さを刻むものが取り付けられていた。

それが五十四メートルを指した時エレベーターは止まり、扉が開くとぞっとするような寒さが蒼を包んだ。


「なんですかここ……」


 壁一面にパイプが通っており、そのパイプから冷気が流れ出している。

気を使った研究員がマックス達のほうに駆け寄ってくる。

それを右手で制して


「説明は俺が行う。

 君達は仕事に集中してもらっててかまわん」


「はっ」


 マックスはついてくるように四人に対して手を拱いた。

マックスについていく途中で色々と興味深いものが目に入る。

それは《ネメシエル》の昔の装甲だったり、見たこと無いような機械類だったりと豊富な種類が置いてある。


「ここだ。

 入ってくれ」


「お邪魔するわよ」


「こんな所に閉じ込めて何をされるんやろか」


「暗転と明白のその境界に――」


「黙って入れないんですかお姉様方は」


 扉の中の部屋にあったのは蒼達が先日捕獲した兵器だった。

蛸足のようなもの全てはがっちりとワイヤーで固定されており、まだ機関部が生きているのか発光部だけはやんわりと光を放っている。

時折思い出したように蛸足はピクピクと動き、破壊された部分から青い液体がぽたぽたと垂れていた。

断面図からは配線が覗いている。


「うげぇ、なんかグロテスクですね……。 

 壊さないほうがよかったかも知れないですね、これは……」


「なんかこれはこれでエロいですわね」


「何言ってるんですか真白姉様は……」


呆れ返る蒼だったがマックスが宥める。


「まぁ、様々な感想を抱くだろうと思う。

 だが聞いてくれ。

 蒼達が捕獲したこの兵器だが作られたのは今から千年以上も前だと判明した」


 マックスのそのセリフを聞いたとき蒼達は首をかしげた。

千年以上も前……。

まだベルカ人達は機械も“超光化学”の一文字も知らないだろう。

ベルカ人以外のどの文明もそのような技術力を持っているわけがない。

ヒクセスも、シグナエも。

百を超えるどの国もそのような技術は保持していなかった時代だ。


「それがまたどうして千年以上も前だって判明したんや?

 どう考えてもおかしいやろうがそれ。

 千年以上も前なんてこんなもん作れるわけないやろ」


この朱の意見はここにいる全員の意見と一致していた。

藍も真白も蒼も朱に賛成するように頷いてみせる。


「大河の時を断裂しせめし暗黒の時代を――」


「ああ、まぁ聞いてくれ。

 この世界の真理……というか歴史だな。

 お前達《宇宙航行観測艦》を覚えているか?」


「《宇宙航行観測艦》……。

 久しぶりにそのワード自体を聞いた気がします。

 確か宇宙空間を漂って観測をする艦……ですよね。

 読んで字の如くって感じですが……」


 開いていたデータベースを閉じながら蒼は目の前のタコ兵器を眺めた。

にゅるにゅる動くその先端は本物のタコのようだ。

あまり見ないようにしながらマックスの説明に耳を傾ける。


「宇宙へは我々人類は行くことが出来ない。

 それなのにどうしてベルカだけが宇宙に艦を送り込むことが出来たと思う?」


「知りませんわ。

 前置きはいいので早く本題に入ってくれますこと?

 私め、忘れてるかと思いますがとても眠い所を起こされたのですよ」


真白がイライラとした口調でいつものマックスの説明を省かせようとする。

しかしマックスは無視する。


「答えは簡単だ。

 我々は宇宙に送り込んだ、んじゃない。

 はじめからそこにあったわけだ」


「?

 せやからなんなん?」


「あー、察してくれよ。

 つまり我々の作り上げたものじゃないってことだ。

 今現在我々の作り上げるものは宇宙にはいけないからな。

 それなのに宇宙という存在自体があるのは知っている。

 ……これはおかしいと思わないか?」


「?」


「完全に藍姉様が理解出来なくて轟沈してますね……。

 マイケルなんとも先が見えない話ですよ……。

 スケールが壮大すぎるのは考え物ですよ」


 藍の頭の上に大量に浮かぶクエスチョンマークを減らすことは最早不可能に近い。

この短時間で藍は昭かに話に付いて来れていない。


「もう……置いていくぞ。

 つまり、だ。

 宇宙に我々は行ったことがない。

 それなのになぜ宇宙という存在を知っているのか、という話だ」


「確かに……。

 プリンを食べたことのない人がプリンを食べたいとは思いませんことね」


「なんかそれはそれでまた少し違うかも知れないが……まぁいい。

 宇宙という存在は我々人類は知らないはずだ。

 それなのに宇宙という言葉が存在し、意味自体も分かるということは……」


「?」


「??」


「……?」


「つまり?」


マックスの振りには誰も答えられなかった。

マックスの説明が難しいのか空月姉妹がバカ揃いなのかそれは明らかではない。

しかしここで答えが飛び出すと期待していたマックスの落胆はとても大きなものだった。


「はー……。

 つまり我々人類はもしかしたら、だが宇宙から来たかもしれないってことだ。

 分かるか?」


ため息と共に結論を結局自分で言う羽目になっているマックスを畳み掛けるように


「じゃけんなんなん」


藍が復活して話の続きをさせようとする。

思いのほか反応の薄さに再び落胆したマックスは慌てて言葉を次へと紡ぐ。


「いや、その事実ってのはすごいものなんだぞ?

 あくまでも仮説だがつまりだな……。

 ちゃんと説明してやるからついて来いよ」


 今から何千年も昔。

その年数すらはっきりしないほど大昔だ。

なにもない大きな惑星セルトリウスに人類は降りたったと推測される。

星の海を渡り、疲れきっていた人類はこの惑星を見つけ、土を踏みしめたとき二度とここから離れたくない、と思ったに違いない。

自らが生まれた星に帰るより、新しい故郷を作ることを選んだのだ。

今は全く存在していない確かな科学力と技術力で人類はこの惑星に繁栄したのだろう。

しかし、何かがあったのだ。

それは未曾有の大災害だったに違いない。

火山や、隕石などの自然災害かはたまた人類の歴史とも言うべき戦争か。

いずれにせよ世界の技術が根こそぎ消え去る程の大きな出来事だ。

この《セルトリウス》の各地には沢山の絶望的な言い伝えが数多く残っている。

ある地方の言い伝えでは山を越えるような洪水が起こったと。

また別の地方の言い伝えでは一面が炎の渦に包まれたと。

そんな抽象的な言葉しか残らないほど衝撃的な出来事が起きたのは間違いないのだ。


「その結果、人類は自らをこの惑星に閉じ込めてしまった……。

 空を越えたその先の空に飛び立つことを忘れてしまった。

 それが星の海という未だに見たことがないものかもしれないのに」


遠い目をするマックスだったが、いまいち蒼は納得がいかなかった。

説明にしても不確定要素が多過ぎてとてもすぐには信じられない。

それに所々間違いなくマックスの創作が入っているだろう。


「閉じこめて……?

 マックスあなた一体何を言ってるんです?

 宇宙があるにせよ、なんにせよ私達は………」


反論を述べようとする蒼を掌で制する。


「じゃけんなんなん」


「これは思考停止からくるせっかちやね……。

 マックス、すんまへん。

 藍姉はこうなるともうあかんのよ……」


もうほとんど呆れ顔のマックスに何度も壊れたラジオのように藍は言葉を繰り返す。


「じゃけんなんなん」


「ほら」


「これ大丈夫か、バグってるんじゃないのか?

 まぁ、さておきこういうのは共有しておいてはないからな。

 これからの敵はもしかしたら宇宙に行ってきた人類の……。

 まどろっこしいな。

 要するに過去の人間の作り上げた軍艦になる可能性は高いわけだ。

 センスウェムの言っていたが少しだけ解ってきたような気がするな。

 “旧人類”と“新人類”という区分もな」


そういって言葉を纏めるとマックスは四人を連れて部屋を出た。

エレベーターに乗るまで誰もしゃべらなかった。

いや、藍が壊れたラジオのようにしゃべっていただけだった。


「この事実は他言無用だ。

 あちこちで旗艦をしているお前達だけに伝えておきたかった。

 これから敵と戦うときはその特性をよく見極めて戦ってくれ。

 以上だ」


「了解しました」


「了解やで」


「はー寝直しますわよ。

 やれやれですわ……」




     ※




 それから凡そ一週間後。

セウジョウから三百キロほど手前の海域。

深度八千メートルの海底深くにそれは潜んでいた。

十五ノットというゆったりとしたスピードで、濁ってまとわりついてくる海水を掻き分けてジワジワと進む。

そして敵地の五キロ手前ほどでその姿を晒す。

ウォータージェットのようにも見えるその推進口は紫色の光を孕んでいた。

推進口の近くで沸騰した海水が掻き回される。

空を行き交う航空機からも、水上を走るピケット艦のレーダーやソナーからも見つからないという有利な条件を持つ隠蔽艦はただ機会を伺っていた。

ステルスとも違う完璧なる隠蔽をもつ艦、潜水艦は今や敵陣の奥深くにその歯を食い込ませる事に成功していた。

全長二キロを越えそうなその体内には数千もの機械兵士と数百の戦車や装甲車が積んである。

《強襲潜水揚陸艦》とでも言うべきこの艦はじっとただ待っていた。

凡そ一か月の待機は長かった。

そして今ようやく出撃を示すサインがボスから届いたのだった。


『やれやれやっと出番ってわけか?

 ったく、《鋼死蝶》一隻にここまでやられるたぁ……。

 全くなんて様だようちもよぉ!

 なぁ!?』


まずぼやき始めたのは《ウヅルキ》の“核”、紫だ。


「…………仕方ありませんよ。

 何て言っても敵はただの軍艦ではありませんから。

 なんせあの蒼さんが乗っているんだから。

 《鋼死蝶》ですよ?

 むしろ簡単にやられてしまっては興醒めってもんですわ」


 夏冬はクッキーを食べていた手を止め、壁に掛けた蒼の写真をうっとりと眺める。

驚くことにその他にも数々の蒼の写真が壁一面を埋め尽くすように貼られていた。

それは蒼の寝顔であったり、プリンを食べている時の幸せな顔であったり、戦闘中の凛々しい顔であったり、と様々だ。

さらにその写真一枚一枚全ては豪華な額縁に入っていた。

その中でも夏冬が一番お気に入りなのが一番大きく、等身大で印刷された蒼のお風呂の写真だ。

シャワーを浴び、長い髪の毛を腰よりも長く垂らしたその姿は女神――らしい。

夏冬にしたら、だが。

普通の男が見たら蒼の何とも航空母艦のような裸が等身大ポスターで壁に貼られているのだった。


『……だな。

 後で合流しよう。

 俺様も今からそっちに向かう。

 新しい《ウヅルキ》も試してみたい所だったんだ。

 相手が《鋼死蝶》なら不足はねぇよ。

 むしろ十分だ、俺様が《鋼死蝶》に勝っていることが証明できるんだからなァ!』


「そうでなくては困りますよ。

 何のために貴方の失われた船体をまた作り直したと思っているんです?」


 やれやれ、と夏冬はため息をついてみせる。


『次こそは任せておけ!

 空を飛ぶ前に落としてやるよ!!』


「楽しみにしていますよ」


手に持ったクッキーを冷蔵庫に戻し、夏冬はふかふかの椅子に座る。

満足そうに蒼の裸を眺めると椅子から“レリエルシステム”に接続し潜水艦の自動航行を解除した。


「蒼さん、今会いに行きます」


夏冬は自分の愛するナニウムをそっと撫でる。

かつての《ナニウム》とは段違いに変わってしまったその姿だったが、夏冬は後悔していなかった。

むしろ今の《ナニウム》の方が自分に合っているような気がするのだった。


「紫さんとの合流予定時刻につけるように航路を設定。

 ぴったりにつくように再計算を行え。

 少しでも遅れることは許さん」


再び自動航行の設定を行い、夏冬は目を瞑ったのだった。




      ※




「いい場所を見つけましたね、春秋」


「流石って思ってくれていいっすよ?

 そりゃもう豪勢に褒め称えてくれっす」


どうです?気に入りましたか?と顔で訴えかけてくる春秋に少しイラッとした蒼。


「それは少し調子に乗りすぎです」


「すいませんっす……」


とりあえず謝らせておいてから自分の周りの景色を改めて眺める。

セウジョウ基地の端、海に面した今は使われていない桟橋に蒼と春秋は二人でお昼御飯を食べに来ていた。

今日は二人とも休みで、久々の休みに羽を伸ばそうとミニピクニックを決行したのだ。

近場で済ます理由として、軍全体が戦闘態勢にある中帰るのに一時間以上かかるような遠くまで遊びに行くのは旗艦としていかがなものかと。

そう考えた蒼が春秋に基地内でまだ行ったことのない場所を見つけろ、と無茶振りした結果がここなのだ。

完全に寂れて、人の気配すらない桟橋は所々壊れて何度も修復された跡だけが残っている。


「ご飯食べる場所を変えるだけでここまで違うもんなんですね。

 買っただけのおにぎりがこんなに美味しいとは思いもしませんでしたよ」


「なにより、風が気持ちいいっすよ。

 少し空が澱んでいるのが残念な所っす」


穴の空いたドックの天井から斜めに差し込む弱日が海に反射してゆらりと揺らめく。

鳥がその隙間からやってきて天井に作った巣にもぐりこむ。


「なんでしょうね。

 こういうのんびりした時間って大事にしていきたいですよね。

 特にずっと戦ってばっかりだと特に。

 ため息しか出ませんよ」


五分ほどたったと思いきや過ぎた時間はたった一分。

時計を見ても時間が全く進まない。


「それだけに外で戦争がまだ続いてるという感覚がないっすよね。

 セウジョウからはるか彼方の話になってしまってるっすからねぇ」


「別に暇って訳じゃないんですけどね……。

 センスウェムの勢いもはじめだけでしたねぇ……」


 もうひとつおにぎりのラップを捲ると、蒼は軽く一口かじる。

合計で八個ほどあるおにぎりは全部蒼が買ったものだ。

体に負けず《ネメシエル》ぐらい大喰らいの蒼は一個や二個では満足できない。


「大昔の海ってこんなにねっちょりしてたんですかね?」


沿岸部はまだ水でさらさら流れるが沿岸部から五十キロも離れるともうすでにそこの海はどろどろでまるで水あめのようだ。


「さあ、どうなんすかね。

 小難しい話は俺には分からないっすよ」


「ですよね。

 あなたにこの話を振って損しましたよ」


「そんな事言わないでくださいっすよ。

 しょうがないじゃないっすかもう」


食べ終わったおにぎりのゴミを袋に戻し、近くにまで寄ってきた黄色の鳥に手を差し伸べてみる。

鳥は蒼が手を差し伸べたのを少しだけ見て怪訝な顔をすると、近寄りたくないといわんばかりに遠くへと飛んで距離を取る。


「少しショックですねこれ……」


「アニメとかにありがちな鳥が肩とか腕に乗ってくる人ってどうやってるんすかね。

 餌でもつけてない限り絶対寄ってこないと思うっすよ」


「《ネメシエル》にはいっぱい留まる癖に私自身には留まらないなんて釈然としませんね。

 《ネメシエル》は私なんですよ、って言いたいです」


「鳥には分かりませんて、それ」


 轟音を立てて戦闘艦が港から出撃していく。

昨日セウジョウの主力部隊が前線へ目掛けて飛び立った。

センスウェムの巨大基地を発見し、その陥落に行くのだとか。

そして今飛び立っていくのはセウジョウ近辺を警戒していた水雷艦だ。


「むしろ私達が休みでいいんですかね。

 真白姉様も出撃なさってるのに私とあなただけがセウジョウって……」


「休みなんだからいいんじゃないすか?

 蒼先輩そもそも最後に休んだの五ヶ月前じゃないっすか。

今日ぐらい休んでもバチは当たらないと思うっすよ」


「まぁ……」


蒼は靴を脱いで足を海面につけてみる。

ひんやりとした水の感覚と波の静かな音が体に染み渡る。


「海の匂いって生物が死んだ匂いって本当なんですかね?」


「それに関してもう一度俺はノーコメントを貫くっすよ。

 よく分からないっすからね」


「やれやれ……。

 後で調べてみましょうかね。

 ああ、そうだ春秋?

 そういえば基地の近くのケーキ屋さんですが――」


ズズン、と地面が奥底から押し込まれたようなそんな感覚が立っている蒼達を揺るがした。

続いて地震のような細かい振動が起こったかと思うと蒼達の目の前の海が沸騰したかのように白く濁った。

鋼鉄のアンテナのようなものが海面を突き破り、ずるずると引きずられるようにのっぺりとした船体が水中から現れる。

真っ黒に塗られたその船体には対ステルスコーティングがたっぷりと施してあり、船体の側面にはセンスウェムの紋章が描かれていた。

それで終わりかと思いきや今度は戦艦のような船体が水しぶきを噴き上げて浮上し、立派な砲身が姿を見せる。


「春秋……!

 あのバイナルパターン!」


そして舷側には忘れることのない見覚えのあるバイナルパターンが刻み込まれていた。


「まさか……お兄ちゃんの《ナニウム》……!?」


それを教えてくれるかのように現れる《ナニウム》の識別番号。

巨艦はそのままセウジョウ基地の湾内へとスピードを緩めることなく突き進む。


「春秋!

 直ちに戦闘態勢に入りますよ!

 味方がいない今私達が踏ん張らなければ!」


蒼と春秋は近くの車に飛び乗る。

急いで二人の艦に戻らなければならない。

セウジョウ基地全体にサイレンが鳴り響き敵襲を伝える。

湾岸からの砲台が《ナニウム》めがけてレーザーを放つ。

抵抗している様はあるが《ナニウム》の主砲が一度に光ると次々と砲台が吹き飛んでいく。

滑走路から飛び立とうとした戦闘機達が飛び立つ前に機銃によって穴だらけにされる。

緊急出航した駆逐艦が一隻、近づいて《ナニウム》へと魚雷攻撃を試みる。

絶大な威力を誇る魚雷だが《ナニウム》はよく落ち着いたものだ。

駆逐艦が魚雷を放つべく転舵を始める。

その小さな船体が一番大きな被弾面積を晒した時に、《ナニウム》の主砲が火を吹いたのだった。

当然駆逐艦ごときの“イージス”では耐えることのできない威力の主砲は一瞬で“イージス”を貫通する。

あっという間に船体に数々の破孔を刻み付けられた駆逐艦は機関室をやられたのか、スピードを緩め魚雷を撃てるような角度を維持できずに《ナニウム》の副砲によってボコボコに殴り倒される。


「《ネメシエル》まで遠いじゃないですか!

 くっそ、このままじゃ間に合わない……!」


ここまで車で来たのが痛手になっている。

大人しく艦の一部甲板を飛ばして来ればよかったのだ。

《ネメシエル》に蒼がたどり着くまで五分以上かかる。

その隙に《ナニウム》は基地を破壊しながら岸にたどり着いてしまうだろう。


「こうなったら遠隔操作にするしか……」


 《ナニウム》だけならばそれも可能だっただろう。

しかし当然そうさせるつもりは無いらしい。

《ナニウム》の装甲甲板がVLSのように開く。

そこから機械兵士がミサイルのように撃ち出されはじめた。

機械兵士は、基地全体にばら撒かれる。

手に持ったレーザー銃を利用して一気に基地を占領するつもりのようだ。

岸にたどり着いた《ナニウム》の艦首が左右に開き、そこから装甲車や戦車が飛び出してくる。

それらはプログラミングされた通りに動き、基地の機能を占領する為にまず動いているものの破壊からはじめるだろう。


「春秋、これダメです!

 見つかったら絶対殺される気がしますよ!

 分かりませんが!」


「間違いないっすね!

 とにかくいったん逃げるしかないっすよ!

 蒼先輩揺れるっすからちゃんと掴まっておいてくださいっす!」


思いっきり春秋がアクセルを踏む。

エンジンが吼え、加速した車体が落ちてくる機械兵士をひき殺しつつ前進する。

このまま基地のゲートから飛び出すことが出来ればとりあえずは脱出完了になる。

ゲートまでの距離は残り五キロ。


「夏冬――!

 見事にやってくれやがったじゃないですか!」


湾に浮かぶ《ナニウム》はまるで壁のように巨大で、そこから放たれる攻撃は基地を次々と焼き払っていく。

そもそもどうして一度進入を許したこの基地にもう一度この距離になるまで気がつかなかったのか。


「迂闊すぎますよマックス……」


ぎりっ、と歯をかみ締め悔しさにこぶしを握りしめる。

鳴り響くサイレンだけがただただ虚しく鳴り響く。

すでにあちこちで火災が発生し、黒煙が空へとたなびき始めていた。


「蒼先輩、前!

 前をお願いするっすよ!」


春秋の声に蹴飛ばされるように車の天井に備え付けられている機関砲に蒼は取り付く。

機械兵士が車目掛けて放つレーザーを盾で防ぎつつ、機関砲を連射する。

相手にこれで蒼達の居場所がばれてしまった。


「わわ、一気に来たっすよ!」


「そりゃそうですよ!

 敵からしたら私達が最優先目標になっているでしょうから!」


飛んでくる機械兵士達を機関砲で破壊しつつ、前進するがその数はまさに無限のようでキリが無い。


「っと!

 なんなんすかもう!」


 落下してくる兵士を避ける春秋の運転の技量も中々の物で、蒼は安心してハンドルを任せられる。

ゲートまで残り三キロ。

あちこちから鳴り響く銃声は味方がやられていく音にしか聞こえない。


「蒼先輩……。

 これってやっぱり……」


「確実に味方が情報をばらしていたに決まっていますよ……。

 そうでもしなければあんなに大きなものが水中から近付ける訳が無いんですから」


「そ、そうっすよね。

 それにしてもそのスパイってのは蒼先輩が――」


「殺したんですけどね。

 もう一人いても別におかしくは無いですよ。

 もしこの戦い、何とかなったら私は一目散にそいつを殺しに行きます」


 蒼の耳元を銃弾が掠める。

条件反射のように銃口を撃って来た機械兵士へと向け、引き金を引く。

レーザーが機械兵士の胸を射抜き、機械兵士の胸部に大きな穴を開ける。

内部から部品が零れ落ち、生体電池の赤い液体がまるで血液のように流れ出す。


「今更こんな二足歩行バトルロイドを出してくるあたりセンスウェムもギリギリなんですかね。

 ただ人手が足りないんだろうと思いますけど……」


「ぎゃ、アレは無理っすよ!」


前方から敵装甲車が壁を粉砕して現れた。

六本足の旋回性能を高めたタイプで近寄ったところでその六本足でミンチにされかねない。

その六本足の背中に乗った連装砲が蒼達の車を狙い、攻撃を放つ。


「流石にあんなの相手にしたくないですね。

 春秋、回避行動をとりつつそこを右折しましょう。

 そうすれば中央通りに出れるはずです」


「何でそんなに冷静なんっすか!」


「場数の違いですよ」


曲がらなかったら命中したであろう場所のコンクリートが剥げ、破片が飛翔する。

大きくえぐれた地面が装甲車の威力の高さを表していた。

六本足の装甲車は初弾を外したと判断するや否や蒼達を追いかけてくる。

さらに放たれてくる砲撃をなんとか“イージス”で弾きつつ、とにかく逃げる。


「相手するだけ無駄ですよこんなの!

 春秋ちゃんと逃げますよ」


「分かってるっすよ!!!

 逃げてるじゃないっすか!!!!」


もうほとんど叫んでいる春秋、それもそのはず装甲車に追いかけられるなんて彼女からしたら屈辱だろう。

いつもは艦の力で押しつぶしている存在を改めてこうして認識させられているのだから。


「上から来るっすよ!」


「見えてますよ」


左右に立ち並ぶ建物の屋上から機械兵士が銃による攻撃を加えてくる。

そいつらが顔を出したタイミングを狙って機関砲の引き金を引く。

ぶっとんだ頭と、部品が砕け散ったまま地面に落ちる。


「そこ左ですよ」


「分かってるっすよぉおおお!!!」


中央通りに出た蒼や春秋を待っていたのは燃え盛る周辺施設と死体の山だった。

敵部隊の展開の速さに対応できなかった基地職員がなす術もなく機械兵士に屠られたのだ。

その中に何度か見たことのある顔もある。

ぞわっと蒼の中で何かが蠢く。


「絶対許しませんよお前ら……」


周辺を警戒していた機械兵士達が達蒼に気がついた。

背中のバーニアをふかして一気に接近してくる。


「うわああああああ!

 こっち来るなっすよぉおおおおおおおお!!」


「落ち着いてください春秋、私がなんとか――」


機関砲で落ち着いて敵を狙い、攻撃を加える。

腕や足を吹き飛ばされてもなお立ち向かって銃を撃ってくる。

残った部位に攻撃を加えてもなおしつこく追いかけてくる。

さらに敵もただではやられるつもりは無いらしい。

銃についたミサイルを蒼達へと放つ。


「そこ!」


 そのミサイルを機関砲で撃ち落とす。

爆発し、巻き起こった煙の中に車ごと突入する。

煙で遮られた視界、そして煙から出た瞬間目の前に鋼鉄の壁とも言える戦車が君臨していたのだった。


「いぎゃあああ!」


慌ててハンドルを切る春秋だったが間に合わない。

車は真正面から戦車へと突っ込んだ。

鋼鉄のひしゃげる音と共にシートベルトに引っ張られた体が一瞬宙を舞う。

不思議な感覚と共に全ての景色がスローモーションに見えた。

割れたフロントガラスが前方へと全て吹き飛び車内の備品がはじけ飛ぶ。

ボンネットがまるで紙のようにくしゃくしゃに折れ曲がり、その中身のエンジンが壊れる様がよく見える。

蒼は機銃に取り付いているだけまだマシだった。

これで後部座席に座っていたりしたら思いっきり顔面をぶつけただろう。

春秋も春秋でシートベルトをしっかりしていた為か何とか軽症で済んだようだ。


「は、春秋大丈夫ですか……いてて……」


「うーん、もう勘弁してくださいっすよぉ……」


黒い煙がエンジンルームから立ち上り、もう動く意志を車から感じ取れなくなる。


「ここまでみたいですね……」


前方に戦車、後方に満を持して蒼達を追いかけてきていた装甲車がスタンバイしていた。

さらにそれを援護するかのように機械兵士達が蒼を取り囲む。


「ひぇ、蒼先輩ぃ……」


「情けない声出さないでくださいよ。

 きっと私達は殺されないはず……です。

 夏冬はきっとそうします」


銃を突きつけられながら蒼達二人は車からほぼ引き摺り下ろされるようにして降りる。

銃を握ろうと後ろに伸ばした手を機械兵士が止める。

その顔面の液晶には夏冬が映っていた。


「探しましたよ、蒼さん。

 その機械兵士と共に来ていただけますね?」


「この……ゲスが……」


「とんだ褒め言葉です。

 五百二十号、蒼さんをここまで連れて来い」


機械兵士が十五人がかりで蒼を取り囲む。


「そんなに念入りにしなくても逃げませんよ……」


「そりゃ分からないじゃないですか。

 なんといってもあなたは《鋼死蝶》なんだから」






                This story continues

お待たせしました。

更新です。

戦艦要素が最近足りてませんねぇ。

さてと。

宿命の対決です。

次を是非是非お楽しみにしてくださいませ!

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