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超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
宙天蒼波
59/81

捕獲

「仲間殺しなんて誰も言わないっすよ!

だからそんなに落ち込まなくていいんす!

あの状況では正直仕方ないっすよ!!

俺だって――」


 セウジョウの、自室へと向かう部屋の長い廊下を歩く蒼。

その蒼を見る行きずりの兵士たちの目は厳しいものになっていた。

スパイを殺した蒼に対する目は相当厳しかったものの、今さらにその目は厳しいものとなっていた。

そもそも“核”は人間によって作り出された生命体だ。

一通りの人権は国際条約で制定されているものの、それでも人間と比べたら内容は薄い。

その人間を“核”が殺したのだ。

今まで決して牙をむく事が無いと思われていた犬が、自分にも噛み付く恐れがあると知った基地の人間の目が厳しくなるのは当たり前だった。


「なんなんですかもう……」


そのような目は全く気にしたりすることは無い蒼だったが、今回は違った。

自分の手で兄を沈めたのだから。

極力感情の起伏を抑えられているものの、流石に今回の件は精神にヒビが入った。

自室へとふらふら向かう後ろをついてきながら言葉を投げ続ける春秋はそんな蒼の様子に気がつかない。


「……………………春秋」


やめろ、と拒否の意志を交えつつ蒼は春秋の名前を呼んでいた。

しかし足音にかき消されるほど小さな声は春秋には届かない。


「蒼先輩は何も気にしなくていいんすよ!

 だからそんなに深く悩まなくても―――」


春秋の言うことは全て分かっていた。

だからこそ何回も言われたくなかった。

このまま放っておけばずっと春秋は蒼に対して同じようなことを言ってくるに違いない。


「はぁー…………」


大きいため息をひとつついて顔と顔を向き合って話をしようと蒼は足を停めた。

その蒼の前にわざわざ陣取った春秋に蒼は正面から向き合うことになった。


「俺があの立場だったとしてもそうしてたっすよ!

 あの正体不明の兵器っすよ!?

 犠牲のお陰で《方舟》とかいう船を落とせたんすよ?

 だから――」


「春秋!」


滅多に大きな声を出さない蒼だったがこの時は自分でも驚くほど大きな声が出ていた。

流石の春秋もビックリした顔で固まった。


「分かっていますよ。

 全部……分かっています。

 だからこそ今は一人にして欲しいんです……。

 お願いします」


「……すいません。

 気が利かなかったっす……」


しょんぼりする春秋は顔を蒼から背け、とぼとぼと歩いて帰っていく。


「…………ありがとですよ。

 春秋、新しい任務が来たら部屋に来てください。

 ちゃんと全部纏めて持ってきてくださいよ?」


「うっす……」


 背中のから漂ってくる哀愁漂う春秋を余り見ないようにして蒼も踵を返した。

長い髪がゆれ、ずり落ちた帽子を拾う元気も無く蒼は自室にたどり着くとベッドに倒れこんだ。

ギシッ、とバネが軋み蒼の華奢な体重を受け止める。

三十キロも無い痩せた細い体はその体に合わない重いものを背中に背負わされているのだった。


(蒼副長どうした。


 感情係数が乱れているぞ?)


「そりゃそうですよ……。

 自分の兄を殺して平気でいられる奴なんてどこにいるんです?」


 《ネメシエル》の声すら今は鬱陶しかった。

感情を読み取れないなら黙って欲しいですよ。

舌打ちも交えて心の中で呟く。


(おい、考えていることが分かるんだ。

 黙っていろ、だと?)


「はー“レリエルシステム”って本当に面倒ですね。

 どうして私の気持ちと考えがあなたに筒抜けなんでしょうか」


蒼は枕を手に取ると、自分の頭の下に押し込んだ。

仰向けになり天井にずっと前からあるシミを見つける。


(それは仕方ないだろう。

 私は蒼副長のクローンといっても過言じゃないんだから。

 それだけ密接に関わり合ってるってことに喜んで欲しいぐらいなんだけども……?)


「私の気持ちが分かるようになったら考えてあげますよ」


 蒼は自分の広がった髪の毛をゴムバンドで結ぶために一度起きあがる。

そしてポニーテールにするともう一度ベッドに横になった。

のりの利いたパリッとしたスーツは気持ちがよくて癖になる。


「はぁ…………気持ちいい…………」


太陽の直接当たらないほんのりとした暖かさとクーラーの冷たい風のコンビは快適の一言に尽きる。

「それで、《ネメシエル》?

 何の話でしたっけ?」


(蒼副長の感情を理解できるかと言うことだ。

 私だって一応は中央演算処理部品は生体なんだ。

 少しくらいは理解できるよ)


「はっ、いくらメインCPUが私と同じ脳だからって私の気持ちは私にしか理解できませんよ。

 そうでなきゃ困るんですから」


薄い掛け布団を顎にまで引っ張りあげ、窓の方に体を向けた。

青くどこまでも見通せそうなほど綺麗な空に千切れたパンのように浮かぶ白い雲。

この部屋の窓は北にあるお陰でカーテンを閉めなくても部屋は丁度いい明るさを維持している。


「私のこと、空月博士はきっと失敗作だって思ってるに決まってますよ………」


(蒼副長。

 少し自棄になりすぎだ。


《超極兵器級》ってことを思い出せ)


 自棄にもなりますよ……。

目を瞑った蒼の瞼の裏に浮かぶのは真黒の最後の姿だ。

《ヴォルニーエル》で《方舟》に突っ込み、《ネメシエル》の主砲を通すために自らがつっかえ棒になった勇姿。

その体へと自らが死を放ってしまったのだから。


「真黒兄様…………ごめんなさい…………」


 あれからずっと深く後悔し、自分の負った兄妹殺しの罪の重さを推し量る。

あの時とっさに何故発射をやめなかったのか。

何故、せめてもの謝罪の言葉をかけれなかったのか。

何度思い返しても自分の不甲斐なさに打ちのめされそうになる。


「みゃぁ~」


 そんな蒼の気持ちを察してかユキムラが口に猫じゃらしを咥えて蒼の顔の横に置く。

しかし蒼はそれを無視して、一つため息をつく。

「ごめんなさい、ユキムラ。

今とてもそういう気分じゃないんです……」

ユキムラは蒼の目の前でのどを鳴らしながら座り込む。

そのふわふわの毛を指で掻き分けるようにして頭を撫でてあげる。

ユキムラは気持ちよさそうに目を細め、頭を蒼の手の上に乗せる。


「はー……。

 ため息だって出ますよそりゃあ……」


その間話しかけるのを待ってくれていたのであろう《ネメシエル》に蒼は話の続きを振った。


(確かに《ヴォルニーエル》は……立派だった。

 自らを犠牲にして敵を落とさせたんだからな。

 蒼副長……逆に自分を責めるのは《ヴォルニーエル》に、真黒に対して申し訳ないと思わないか?)


「何を……言っているんです?」


蒼は《ネメシエル》に対して聞き返していた。

この機械はなにも理解しようとしていない。

自分自身の後悔と不甲斐なさについて知ろうともしない。

兄妹を自らの手で沈めた悲しさを所詮は機械だから分からないのだ。

一瞬頭に怒りが昇ったがすぐに冷める。

どうでもよくなった。


(私は蒼副長の言う通りただの機械さ。

 何か出来るわけでもなく、一人では私の体ひとつ動かせるわけでもない。

 感情を理解できるわけでもない。

 だが、そんな風に何時までも蒼副長が落ち込んでいる姿を見ていたいと思うか?

 大事な私の……私の副長だぞ?)


「《ネメシエル》……」


(元気を出せ、蒼副長。

 《ヴォルニーエル》だけじゃない。

 《タングテン》も、《メレジア》も、みんな蒼副長を生かすために沈んだんだ。

 ベルカの勝利の為に自らを犠牲として次へを生かしたんだ。

 どうして艦隊の艦に出来て、蒼副長が出来ない?

 お前は旗艦なんだぞ?)


その一言が何よりも蒼に堪えた。

旗艦、その重みは蒼の背中をずっしりと重くする。


「……言ってくれるじゃないですか《ネメシエル》……!」


 責任感にも似たような何かが今は言い訳として蒼に働きかける。

前へ進むための言い訳だ。


「そうですよ、私は……旗艦。

 仲間の…………兄の死なんて損害としてだけ考えなければならない…………。

 それが旗艦ですもんね…………。

 何時までも落ち込んでいては味方の士気も……下げますよね……」


蒼は枕をふん掴むと軽くベットの頭側の壁へと放り投げた。

ポフ、と帰ってきた枕が蒼の顔面に落ちてくる。

洗ったばかりなのか洗剤の匂いが一面に広がる。


(何やら分からんがそうだな。

 そういうことだ)


「そういうこと……。

 でも死人を忘れてはいけないですよね。

 あの人達がいたからこそ私がいる。

 私は一歩一歩をあの人達に支えられているのだと……」


(正直な所、落ち込んだところでどうしようもないんだ。

 沈んだ艦は帰ってこない。

 人間の感情としては悲しみたい所なのだろうが、そんな暇も無い。

 分かるな?)


 その物言いが気に食わない蒼だったが《ネメシエル》の言っている事は正しいのだ。

何も真黒だけが特別なわけではない。

メレニウム、ジアニウム、そしてフェンリア。

その全てが蒼を生かすために沈んだ。

丸で悲しまなかったわけではない。

仲間が沈んだことに対して冷酷になりきれていない面も多い。


「でもそんな物言いが出来るのは兵器だけですよ。

 私は“核”――だからこそそんな風に割り切れないんです。

 どうして兵器として作ったなら全ての感情を取り除いてくれなかったんですかね。

 人間がやることって残酷ですよ……」


 布団の中に蒼はさらに深くもぐりこんだ。

息苦しくなって来るが、それよりも深く真黒を、メレニウム、ジアニウム、フェンリアを沈めてしまった自分のバカっぷりが心に突き刺さっていた。

どの艦が沈んだときも、蒼は決して悲しまなかったわけではない。

いちいち悲しんでいては限がないのだ。

だが、今回は自分の手で味方を、真黒の《ヴォルニーエル》を沈めてしまった。

その事実は変わらない。


「はー……」

 まだ涙が出ないだけ兵器に近いんでしょうか。


(今回ばかりは深く落ち込んでいるな。

 確かにそうやって落ち込むぐらいならはじめから感情なんてつけなければいいのにな。

 空月博士も残酷だ)


「うるさいですよ……。

 もう今日一日は放っておいてください」


眠れば少しは辛さから解放される。

布団の中で目を瞑り、あとは睡魔が勝手に眠りに引きずり込んでくれるのを待つ。

「蒼、入るぞ。

 お前には書かなきゃいけない書類が大量に届いてるんだ」


もう一人、空気のまるで読めない奴が来ましたね。

セウジョウの基地司令、マックスが段ボール一杯に書類を入れて扉から入ってきた。


「はー。

 マックス、あなた偉くなったんですからもう少し部下の気持ちを労れないんですか?」


「ん?

 労るって……ああ、そうか。

 すまん、確かにその通りだ」


「分かってて言ってんじゃないなら許しますけど、分かっててやってたら本気で怒ってましたよ」

 蒼は布団から頭だけ出すとマックスに背中を向けて、顔を見ないようにする。

 コグレにいた時と比べ、蒼がマックスに会うことがそもそも最近は少なくなっていた。


「直に話すのは実に一週間ぶり……?

 分からんが本当に久しぶりに思えるな。

 最近どんな感じ……と聞くのも野暮か。

 流石にそれは蒼でも怒りそうだな」


「怒りますよそりゃ。

 私の少し前の話を聞いてないってことですからね」


 バサバサ、と紙が落ちる音と共に段ボールが机の上に置かれたボン、という音が蒼の耳に入る。

その音だけでどれだけの量があるのか簡単に想像がついた。


「今回は特別に上からの命令なんだ。

 状況を事細かに報告しろ、とさ」


「事細かにぃ?

 知りたいなら録画を見ればいいじゃないですか面倒臭い。

 わざわざ書類にする意味あるんですか?」


「まぁ言うことはもっともだな。

 その通りだと思うよ、強くな。

 だが……仕方ない。

 上は《方舟》について興味津々だ」


マックスは窓の側に歩き、椅子に腰掛けた。


「なぁ。

 今回は……残念だった。

 本当に残念だった。

 俺が悲しんでいないと思ったらそれは大間違いだぞ?

 《ヴォルニーエル》……真黒は本当にいい奴だった。

 俺と酒を飲みに行くくらい親しい友人だった」


「それって、親しいんです?」


「俺の中ではな。

 まぁ、空月兄妹だったら蒼の次ぐらいには仲がいいぞ」


「ふーん。

 それで?

 どうなんです?」


蒼は姿勢をただし、マックスを見る。


「悲しくないわけないだろってことさ。

 実際ヴォルニーエルが沈んだと聞いた瞬間は頭が真っ白になったぞ。

 次にお前のこと、春秋の事が心配になった。

 命令を出したのは俺でなくても、行かせたのは俺だからな」

 

 マックスは自分の軍服のポケットをあさるとタバコを取り出した。

口に咥えて火を点ける。


「今まで沢山の艦を俺は見てきた。

 蒼達《超極兵器級》が出来るよりも前からな。

 戦争が起き、自分が出撃命令を出した艦が沈む。

 その度に心を痛めていたら限が無いんだ。

 戦争は誰も死なないおままごとじゃあないからな。

 蒼は“核”で、空を飛んでいるだろうからまだ見たことがないだろう。

 戦争が行われているのは空と海だけじゃないんだ。

 地上でも行われているんだ」


タバコの煙を口から吐き、足元にまとわりついてくるユキムラの頭を撫でてマックスは目を細めた。


「血で血を洗うような戦争ってのは今でこそ減ったが、昔は沢山あったんだ。

 国ひとつ丸ごとなくなるまで戦った国もあった。

 負けるぐらいなら、と自爆を選んだ国もあった。

 別に過去を省みろといいたいわけじゃないが……。

 それでもまだ、マシにはなった方だ」


 自分の潰れた片目を撫で、マックスはほっとため息をつく。

吸い終わったタバコをしまい、蒼の眠る布団の傍に椅子ごと移動する。


「なんですか……」


「いや。

 何ですかって言われても。

 元気を出してくれ、と言うしか出来ないからな俺は。

 それ以上を期待するんじゃないぞ《陽天楼》?」


「ふん……」


蒼は布団からのそり、と出ると窓の縁にまで歩く。

ほんのり暖かい日光が蒼の肌を温め、窓の外に見える緑が柔らかく光を反射していた。

外は明るいと言うのに何時ものような兵士の賑やかさはなかった。


「ああ、そうか今日は明夜でしたね。

 通りで明るいと思いましたよ」


「こんな明るい夜にブルーな気持ちはもったいないぞ?

 なんといっても特別な日なんだからな」


「そんな気分にはなれませんよ……。

 世間が沸いているからって私も沸くとは限りません。

 特にこんな時はなおさらですよ」


壁にかかっている時計によれば今は午後十時半を少し越えたぐらいだ。

しかし、外は昼間のように明るく、日光が差し続けている。


「何回見ても慣れませんね。

 明夜なんて、時間感覚を狂わせるだけですよ。

 こうなる原因もわからないのがまた何とも不気味ですよね……」


「不気味というよりはもはや神秘的だな。

 別に自分に害が無ければ享受するのが人だ。

 面白いもんだよな」


自分の目を隠す為にサングラスを再びマックスはかけると、少し砕けた笑いを蒼に向けた。

蒼は目を背け、机の上に置かれた雑誌を捲りながら言葉を繋ぐ。


「ん……わざわざ私の部屋に来たのには意味があるんじゃないですか?

 新しい任務でも来ました?」


「そういう風に言われるのは心外だなぁ。

 実際その通りだから何も言えないが……ん?

 元気少しは出たか?」


ため息をひとつつき、捲っていた雑誌を閉じる。

雑誌はこの前空月兄妹で集まった時に真黒が置いていったものだった。


「うるさいですよ。

 早く言ってくれないと元気になるものもなりませんよ」 

 

 蒼は自分の髪をほどくと、指をくるくると絡ませる。

さらさらの、纏まる毛先が腰にまで垂れ下がる。


「今回は蒼への精神ショックも考えて優しい任務にしておいた。

 ぶっちゃけ今から敵の《超兵器級》を沈めに行くのは面倒だろう?」


「ええ、まぁ。

 でもこの場合私の従属艦は《アルズス》じゃないと嫌ですよ?」


 全く知らない奴らと組むよりも気心の知れた仲間と組むのが一番に決まっている。

それに、ベルカの艦は他の国と比べてなにより硬い。


「その辺は大丈夫だ。

 この任務が終わったら休日をやるよ。

 三日間好きに遊ぶといいぞ」


「ん、わかりました。

 じゃあ……任務の詳細報告をお願いします」


「空で話そう。

 いいな?」


「了解ですよ、基地司令」




          ※



「というわけっすか。

 それでこんなへんぴな何も無い所に来たっすね?」


「いやぁ……こんな任務だと思っていませんでしたよ……。

 でもはじめて見ますねこんなに大きいんです?

 ものすごい綺麗になりそうですねこれ……」


 この星の赤道付近、三キロ間隔で全長一キロ程度の大きさの全翼機のようなものがたくさんここには浮かんでいる。

その全翼機の下についた空気抵抗を出来るだけ減らされた大きな口は轟音を立てて空気を吸い込んでいる。

ここは丁度南半球から北半球へと流れる気流のど真ん中だ。

強い風が常に吹き続けている場所で、全翼機の風切り音が遠くにまでひたすらに鳴り響いている。

吸い込まれた空気は後ろから吐き出され、気流の流れをその大きさでありながら出来る限り乱さないように作られている。


「はー、すごいっすねぇ。

 これ全部を百人にもならない人間が管理してるっていうんだからワケわかんないっすよね」


「ですねぇ……」


 蒼達がいるのはその近く。

およそ十キロの地点だ。


「これが《アルル重粒子濾過施設》っすか。

 確かにこれだけ並んでいたら空気中のアルル粒子は全部取り除けそうっすね」


 このエリア一四には《アルル重粒子濾過施設》が凡そ八十基ある。

前の大戦でばら撒かれたアルル重粒子を濾過し、まだ綺麗な北半球を汚染された南半球から守るためのものだ。

ここ以外にも同じような施設は凡そ八十あり、それら全てを百人にも満たない人間が管理、運用している。


「にしても《アルズス》の艦橋は狭いですね……。

 《ネメシエル》と大違いですよ」


「しょうがないっすよ。

 《アルズス》は重巡洋艦で、《ネメシエル》は《超極兵器級》っすからね。

 大きさなんて二十分の一っすよ?」


 そしてこの空域に今回来たのは《アルズス》一隻だけだ。

中には蒼と春秋二人が乗っている。

マックスの言った「その辺は大丈夫」というセリフ、つまりこういうことらしい。

他人の操る艦に乗るのは前に藍の操る《ルフトハナムリエル》以外無かった為、新鮮な気分だ。


「任務、ちゃんと分かってますよね?」


「大丈夫っすよ、任せておいてくださいっすよ。

 いくら俺でもちゃんとこなせるっすよ?」


山吹色の瞳をキラキラ光らせて春秋は蒼にサムズアップをしてみせる。


「本当ですかねぇ……」


「この施設を壊しに来るやつらを蹴散らすだけっすよね?

 簡単なことじゃないすか」


「まぁ……ねぇ……。

 少なくとも中立空域のこの施設を破壊するのは常識的に考えても有り得ないですよね。

 まずメリットがないんですから」


軍に話が来たのは凡そ二日前の事らしい。

《アルル重粒子濾過施設》が監視の目を潜りぬけた何者かによって次々と破壊されている、とのことだ。

監視カメラに辛うじて映ったのは全長十メートルに満たない小さな船が一隻だけだ。

軍の専門家に聞いても、フェンリアとためを張るほど軍艦に詳しい副司令に聞いても誰も答えることが出来ない不思議なものであることは確かなようだ。


「そこで私達の出番ってことです。

 《ネメシエル》は修理で動かせませんからね。

 《アルズス》に私が補助で同行することになったんです」


「俺だけじゃ上手くいかないとでも思ってるんすかねぇ。

 むしろ俺一人の方が上手いことやれるかもしれないって言うのに」


「いいから。

 春秋ちゃんと集中してくださいよ?

 たまには良いところを見せないと……」


 《アルズス》の船体の小ささでゆるりゆるりと間を抜け、目標に見つからないように出来るだけ《アルル重粒子濾過施設》の近くを主翼を擦るような距離で低速航行する。


「出るかどうかも分からないのに、暇っすよこれじゃあ。

 相手はステルス持ちかも知れないっていうのに……」


「周辺レーダー施設からの情報を受信してください。

 風向きとかにも異常がないのかセンサー探知を最大にまであげるべきですよ。

 迅速に対応出来なければ私達の意味がないですからね」


「わかってるっすよ。

 もう既にそこら辺はやり終わってるっす」


 どや顔を向けてくる春秋の頭に一発拳骨を落として、周辺警戒のためのカメラ起動を命じる。 ほとんどが《アルズス》の“核”である春秋にしか見えないがそれはしょうがない事だと言えた。


「少し外に出て、見張りをしてきます。

 あなたはちゃんと周辺の警戒に当たるんですよ?」


「了解っす。

 あ、防寒着はそこら辺にあるはずっすから、ちゃんと持っていってくださいっす」


「はいはい」


 壁のフックにかかっている防寒着を軍服の上から着用し、扉のロックを解除する。

ついでに双眼鏡も片手に取り、無線を耳に取り付ける。


「じゃあ外にいますから何かあったら連絡してください」


「あまり下に降りたりしちゃダメっすよ!

 戦闘に入ったらどれだけ危ないか……」


「大丈夫ですから。

 安心して集中してください」


重い鋼鉄の扉を開くと叩きつけてくるような風が蒼を押し流した。

冷たい上に強い風は、防寒着を来ていなかったら数分も耐えられなかっただろう。


「うーわ、思ったより寒い……」


 しかしそこから見た外の景色は最高だった。

高度八千メートルにもなると、星の丸さがわかるようだった。

遠くの水平線が円のように曲がっているのが見てとれる。

気流のおかげで雲が全然無い綺麗青空の代わりに残念なことに、《アルル重粒子濾過施設》が視界を覆っていた。

それでも美しさと神秘さを兼ね備えた大自然を感じ取ることが出来た。

いくら兵器が巨大で、大空を埋め尽くすほどのものになろうとも自然には敵わない。


「《ネメシエル》ってそう考えるとちっぽけですよねぇ……」


大きさではなく存在が、だ。

国という枠組みで考えれば脅威かもしれない。

しかし何万年も何億年も前から同じように続いている大自然に比べて《ネメシエル》は一瞬の存在になるのだろう。

しばらく眺めた後、無線のスイッチを入れ春秋とのおしゃべりを開始する。


「春秋?」


『どうしたっすか、蒼先輩』


「私達はいつも空にいるのにこうやって改めてじっくり眺める機会はないですよね。

 すごい綺麗ですよ、春秋」


『俺からしたら蒼先輩のほうが綺麗っすよ』


「はぁ……また訳のわからないことを言って……。

あ、そういえば《アルル重粒子濾過施設》が近くにあるから安心とはいってもやっぱり怖いですよね。

 下手しなくとも死にますからね、あれ」


『あー、ほんとっすよ。

 まぁでも安心していいっすよ。

 計器によるとゼロっすから』


 艦前方から艦後方へと視界を移す。

いくつもの巨大な《アルル重粒子濾過施設》を飛び越えた南半球側の空は所々に綺麗な青色が見えるところがある。

その青色はとても澄んでおり、美しく、一度見たら蒼天すらくすんで見える程密度の濃い青色だ。

だが、そこは生命ならば一分と生きてはいけない猛毒の世界。

南半球はその猛毒の覆う世界だ。


「まぁ、それならいいんですけども。

 アルル重粒子を濾過するこの施設を狙う意味ってなんなんですかね。

 特にメリットが見当たりませんよね」


真下に広がる大海原にも《アルル重粒子濾過施設》は浮かんでいる。

南半球からの猛毒はどんな手を使おうとも北半球には入れたくないのが、ヒクセスやシグナエをはじめとする北半球の意志だ。

実際アルル重粒子を使った兵器の戦争も起こっていない今、アルル重粒子の濃度はだんだんと下がってきている。

南半球も一昔前のように外に出たら死ぬ世界では無くなって来ていた。

それでも防護服を着用しなければ五分と持たない世界ではあるが。


『んー、ただ単にムカつくからとか?』


「そんなガキみたいな理由でやられるのも釈然としませんけどねぇ……」


チカチカ、と光るのをやめないアルル重粒子の雲が《アルル重粒子濾過施設》に飲み込まれる。

次に出てくる空気は完全に澄んだ美しいものだ。

溜め込まれたアルル重粒子は定期的に船が回収しにくる。

そしてヒクセスかシグナエ、ベルカにあるアルル重粒子の貯蔵庫へと溜め込まれる。

溜め込まれたアルル重粒子は一億三千度の高熱をかけて廃棄資源シュバイアルル554へと変換されるのだ。


『そういえば最近基地の近くに美味しいケーキ屋が出来たらしいっすよ。

 この任務が終わったら行こうっす!』


「ほんとです?

 じゃあそうと決めたら早くこの任務を終わらせて帰りますよ」


蒼が見張りをし、春秋がレーダーを睨む。

すぐに現れると思っていた敵は全く現れることなくそのままゆっくり時間は過ぎていく。

やがて遠くにあった太陽が傾いていく。

持参したサンドイッチを食べ、お茶を飲む。

やがて暇を持て余し夕方にそろそろ差し掛かろう、というときようやく蒼の視界に不思議なものが映った。


「…………?」


双眼鏡でその不思議なものを確認する。

《アルル重粒子濾過施設》の外壁にタコのようなものがぴったりと取りついていた。

見たこと無い造形にはじめは《アルル重粒子濾過施設》の部品を疑い他の《アルル重粒子濾過施設》を見てみるがそんなものは無い。


「春秋!」


『ん、あ、はい?

 なんすか?』


「敵を発見!

 今から艦橋に戻ります!」


扉を蹴り開け、春秋に敵の場所を指差しで伝える。

半信半疑の春秋もカメラでタコのようなものを視認する。


「よっしゃ、帰ってケーキっすよ!」


 張り切って《アルズス》の機関が全速にいれられた。

《ネメシエル》とは違う怒濤の加速と共に、艦首の五基あるサイドスラスターのおかげで簡単に方向転換出来るのが重巡洋艦の強みでもある。


「そこのタコ!

 止まるっすよ!

 今からお前を捕まえてヒクセスとかに引き渡してやるっす!」


タコのようなものは今、こちらに気がついたらしい。

外壁に取りつくのをやめて、空中に飛び出す。

その勢いのまま足を折り畳み、頭の部分を折り畳むと写真に写っていたあの不明艦に変形した。


「逃がしちゃダメですよ春秋!

 あいつは拿捕します!」


「うっす、了解したっすよ!」


 ものすごい勢いで逃げていく敵艦をこれまたすごい勢いで追いかける《アルズス》。

しかしその鬼ごっこも長くは続かなそうだ。

足もこちらの方が速い。

兵装もこちらの方が強い。

最早負ける要因がない。


「足を止めなければ撃ちますよ!

 あと十秒待ってあげます。

 それまでに止まることを強くお勧めしますよ!」


もはや隠れる場所もない。

しかし足を止める気配はない。


「仕方ない。

 春秋、撃ちますよ。

 ただし、エンジンだけを壊すんです。

 目標が小さいので、狙撃モード起動してくださいね」


「任せろっすよ!」


《アルズス》の砲が起動し、敵船の後ろを狙う。

必死に逃げる敵だったが、それすらもかなわない。


「はっはぁ!

 逃がさないっすよ!」


狙いを定め、敵の進路を予測する。


「発射!」


 《アルズス》から放たれた一筋の光が敵船の後部エンジンを吹き飛ばした。

ばらばらに砕けた部品が空中で散らばり、くるくると被弾の衝撃で船が回転する。

遠心力で既に壊れかけていた船体から部品が更に分離していく。


「やりぃ!」


被弾した敵船はどんどん高度を落としていく。

落ちるスピードは上がっていき、それに伴う黒煙も長くなっていく。


「あのー、春秋?」


「あ、回収するの忘れてたっすよ……!」


「おい!

 だから言ったじゃないですか!

 絶対忘れてると思ってましたよこのバカ!」


 蒼は春秋の頭をスパンと叩いた。

まるで悪びれた様子を見せない春秋は、蒼を見て自信に満ちた表情を見せつける。


「回収するっすからまぁ、見ててくださいっすよ」


「今から見ててくださいって――う、春秋!?」


「しっかり掴まっていてくださいっすよ蒼先輩!」


 蒼すらしたことが無いような急加速が《アルズス》を突き動かした。

内臓が全て背中に張り付いたような感覚と吐き気が頭の中を一周する。


「うわぁぁああ!!」


「いやっっほぉぉぉぉー!

 至高だぜぇ!!」


「ば、バトルシップハイ……ですかね……うっ、ぎもぢわる……」


 吐き気をこらえ、前を見た蒼だったがすぐに視点を変える。

《アルズス》の機動はもはや軍艦と呼べるほど鈍重なものでは無くなっていた。

カスタムにカスタムを重ねた春秋の《アルズス》は同型艦と比べてもまるで別物になっている。

外見こそ対した違いは無いとはいえ、その機動力は軍艦よりも戦闘機に近い。

それほどにまで機動に特化したこの船にとって落ちる獲物を捕らえるのは至極簡単なことだ。


「逃がさないっすよぉおお!!」


「うげぇ、おろしてくださぃぃ…………」


いつの間にか春秋の《アルズス》は落ちる船を追い越してしまっていた。

それでも止まろうとしない春秋の頭を思いっきりまた叩く。


「痛いっすよもう!

 いいから全部俺に任しておいてくださいっすよ!」


「それならもう少し優しく……うぅぅぷぎもぢわるい…………」


 《アルズス》はこの一瞬で一気に高度七千から五十にまで降下したのだった。

真正面に広がる海が《アルズス》から放たれる浮力によってざわめき、白波が立つ。


「落下予測地点は……そこっすね!」


そしてまた加速する。

水しぶきが艦尾から飛び散り、艦艇の翼が水面を切り裂く。

霧のように細かい水が海面をたたき、《アルズス》の船体が敵の船体の落下地点へと急行する。


「からの!」


急上昇。

《アルズス》の船体が高度五百にまで上昇する。

敵との距離は凡そ五百メートル。


「相対速度をあわせて甲板ワイヤーで捕獲。

 そのためにつけてきたんすからね!」


「いや、その装備は止まっている敵を……」


「いくっすよぉお!!!」


落ちる敵の真下に《アルズス》が位置する。

超高速で位置を合わせ、機関の出力を調節しながら春秋が見事なテクニックを見せる。


「ここ!」


甲板に簡単に取り付けられたネットが射出され敵に巻きつく。

敵は振りほどこうと暴れるがエンジンの壊れている現状それは無駄な抵抗だ。

巻きついたネットをモーターがうなりを上げて引き寄せる。

やがて敵は《アルズス》の甲板に火花を上げて着艦し、逃げれないようにさらに雁字搦めにワイヤーが巻きつく。


「機関出力停止、安定戻すっす」


《アルズス》の船体が水平になり、安定翼が仕事を始める。


「無事に捕獲完了っすよ……。

 ふー少し緊張したっすねぇ

 あれ、蒼先輩どうしたっす?」


「………………」


「?」


「うっ、ど、ドイレにいっできまう……」


顔色の悪い蒼は慌ててトイレに駆け込んでいった。


「……少しやりすぎたっすかもしかして」


残された春秋は鼻をかくと首を傾げて見せた。






               This story continues

うわああ更新遅れに遅れまくってて本当にごめんなさい!

お待たせしました更新です。

そして内容も少ししかないというこの。

本当に申し訳ない……。


なんとかもっと更新速度を上げなければ。

どうか引き続きよろしくお願い致します。

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