表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
天空斜光
55/81

酒盛り

「俺だ。

 遂に分析が終了したと聞いた。 

 エレベーターを開けてくれ」


エレベーターから出てきたマックスは喜びに震える体と表情を隠すことが出来なかった。

午前四時前のセウジョウはまだ暗く、修理される《ネメシエル》の周りでは赤や青の超光溶接火花が飛び散っている。

そのドックよりも地下に凡そ五十メートルほど潜った所にマックスは出向いていた。

地下に作り出された部屋はとても巨大で一辺が少なくとも二十メートルはあるだろう。

機器を冷却するための冷却パイプが一面に壁を通っており、息をするだけで口から白い靄が出るほど部屋は冷えていた。


「相変わらず寒いな、ここは」


一人でぼやきながら研究員のリーダーが出迎える部屋に辿り着く。

部屋に入ると一人の男がマックスを嬉しそうに出迎えた。


「司令、よくいらしてくれました!」


「物体の分析が完了したと聞いたんでな。

 しかしなんだ。

 この部屋も寒いな」


「隣の部屋がサーバールームになっていますからね。

 艦達のデータベースにもなってますから。

 さらにAIのクラウドまで兼ねていますからね。

 氷点下近くにまで温度を下げないとオーバーヒートしてしまいます。

 そんなことになったらほんと大変ですからね」


「うぅ、寒い。

 分かったからさっさと本題に入ってくれ」


 氷点下に達するほどの部屋に置かれているのは様々な機械だ。

薄暗い部屋に赤や緑の光を発し、所々にバイナルパターンが現れている。

そこだけ見ると部屋の中に軍艦が一隻入っているようにも見える。

何重もの円を描くように接続された機械郡のど真ん中にはガラスケースに入った物体が黒光りしていた。


「はい。

 ごほん。

 我々の研究がようやく報われる時が来たんですよ。

 この物体から得た情報を元にAIの光ニューロ回路を再構築します」


「やっとか……。

 これで人類を苦しめてきた奴らを理解できるんだな?」


研究員は眼鏡の奥の瞳を耀かせてきた。

他に五十人ほどいる研究員のリーダーだ。

すでに頭の髪は薄くなり、だらしなく伸びた髭には白いものが混じっている。

しかし、パリッとのりの効いた白衣は清潔感に溢れていた。


「そうです。

 センスウェムの言っていることも理解できるようになるはずです。

 “旧人類”と“新人類”といった単語もきっと真意が分かるかと。」


本をめくるように捲し立ててくるリーダー研究員の男に指を立ててマックスは黙らせる。


「本当によくやってくれたな」


「はっ……。

 是非天帝陛下に報告をしたいと思います。

 まだベルカ戦争は終わっていませんからね。

 行方不明の皇后陛下もまだ……」


「そうだな。

 この件については俺から伝えておく。

 きっと喜んでいただけるはずだ。

 ただ、ヒクセスにはまだ言うなよ。

 もしかしたら――があるかもしれないからな」


「分かっています。

 今日の味方が明日敵になる可能性もありますからね」


「うむ。

 シーニザーがいい例だったな」


ガラスケースの中で黒光りする物体は全く錆びが見られず、傷もひとつも付いていない。

なによりガラスケース内の物体にはコードのようなものが何百も接続されており、歪な円形の物体の表面にはまるで脈のように模様のようなものが浮かび上がるのだった。


「本当は戦争になる前にここまで来たかった物だな。

 これの分析がもっと早ければベルカの兵器はもっと強くなったし、ここまで苦労することもなかった」


マックスは寒さに身を震わせつつ、コートをさらに強く自分の体に纏いつける。

机の上には先程までは暖かかったのであろうコーヒーが表面に薄い氷の膜を張っていた。


「恐らく我々は五パーセントほどしか理解していないんだろうな。

 その理解できた五パーセントですらベルカをここまで技術大国にしたんだ。

 五パーセント……いや、一パーセントかもしれない。

 なんにせよこれを作った奴はスゴイんだろうよ」


「本当ですね。

 “光波共震砲”も“イージス”も元は彼らのものといっても過言ではないですから。

 ベルカの艦はほとんどがこいつから得た技術で動いているって言ってもいいんですよね」


「だな。

 なんというかまぁ、セウジョウが無傷で残っていてよかった。

 コグレの設備ではとても出来なかったからなぁ」


「しかもバレないようにするという必要もありました。

 極秘研究所であるここの存在は一部の人にしか知られていませんからね」


何十年も前から継続して行っていた計画がようやく完了しそうなのだからマックスのハイテンションも納得がいく。

物体もそんなマックスの気を知っているかのように脈を打っている。


「その通りだな。

 設計図にもわざわざ資材置き場として設計させておいた価値があったというもんだ。

 連合に占領されている間見つからなかったんだからな」


 腕を組ながらマックスはタバコを咥えるが、禁煙だということを思い出し

不服のように顔をしかめる。

右手に握った紙パッケージを無造作にポケットに突っ込むと、改めてマックスは物体を眺める。

薄気味悪さの中にも何か心強さを感じるその風貌はマックスだけでなくここにいる研究員全員の心を強く掴んで離さない。


「これが大空から堕ちてこなければ、誰も凶星なんて知らないままでしたよね」


「ああ。

 これが落ちてきたからベルカには技術島が作られ、そして“光波共震砲”も完成した。

 本当は技術島で研究させてやりたかったんだがあそこは損傷も激しくてな。

 半分以上が廃墟になった島に部下を行かせるわけにはいかない。

 許せ」


「いえ、大丈夫です。

 セウジョウの方が機械が新しいですからね。

 なにより技術島は色々とブラックだって聞きますから。

 それならあなたの元で働けている今のほうが幸せってものです。

 手柄を上級研究員に横取りされることもない」


 世界が貧困に苦しみ、エネルギーの枯渇問題も上乗せされ、アルル重粒子による環境破壊等が問題視されていても誰もどうしようもなかった時代。

砂漠が広がり、森が死に、生き物の声が消えていった終末戦争にも近かった時代は今を生きる子供達は知らない。

全てが混沌に包まれ、何処にでも死体が転がりの名前もない人達が大勢死んだ時代。

三度の世界戦争は星の寿命すら縮めていた。

そんな混沌の時代にベルカの現技術島に一つの何かが堕ちた。

全長は五十メートル程でそれは地上に突き刺さるようにして技術島のど真ん中には落ちてきたのだ。

始めは技術島という名前ではなかった。

凶星が落ちてきたからこそ技術島という名前になったのだ。

凶星を囲むようにして作り上げられた研究所でベルカは独自の技術として“超光化学”を作り出した。


「人類が最も絶滅に近い所にいた時代、か。

 昔は外に出て遊ぶなんてこと出来なかったな」


「子供の頃はまだ人類の半分は地下で暮らしてましたからね。

 もう三十年も前ですが。

 はじめてセルトルカの光を浴びたときびっくりしましたよ。

 なんて温かいんだって。

 今の子供は生まれながらにして地上なんですからうらやましい限りです」


 マックスは笑うと机の上のチョコレートをひとつ取り、口に入れた。

南半球は未だにアルル重粒子の雲が空を覆うほど汚染が激しい。

何より大戦時代の巨大兵器の残骸からはまだアルル重粒子が漏れている。

貧乏な人は汚染され、草も木も這えない大地で除染服を着ながら生活している。

まだ裕福な人達は除染の間地下で暮らしている。

もっと裕福な人達はアルル重粒子の影響がない高度五千メートル付近に浮いている《空中都市艦》に暮らしているのだ。


「ああ。

 俺もそんな日があったなぁ。

 北も南も汚染が酷かった時期か。

 あの時も人類は戦争していたな。 

 余程人類は滅びたいのだろうか」


「どうなんでしょうかね。

 でもたまに私は思いますよ。

 我々人類は確実に滅亡への道を歩んでるって。

 それは大昔から決まっている運命なんだろうって」


マックスは苦虫を噛み潰したような顔をして肩をすくめる。


「四度目の世界戦争は俺もてっきり木の棒と石ころで戦うと思ってたよ。

 まぁ、それを防ぐための戦争だ。

 今回は、な?

 我が方は押している。

 敵が崩れるのもあと少しだろう」


「だといいのですが……」


リーダーはそう言いつつ、ガラスケースの物体を眺めた。


「研究員が心配しても仕方ない。

 そういう文明的じゃない野蛮なことは俺達軍人がすることだ」


「……そうですね」


「引き続き作業に移ってくれ。

 AIの再構築が出来たら凶星のアレもきっと……な。

 また進捗があったら報告するようにするんだ。

 分かったな?」


「わかりました。

 全てはベルカのために」




      ※




「真白姉様?

 入りますよー?」


 右肩にユキムラを乗せたまま蒼は《ニジェントパエル》の艦橋内部に乗り込んでいた。

重装甲に覆われた扉がスライドし中へと入る道が開かれる。

《ネメシエル》とは違う仕組みの《超極兵器級》は蒼にとって新鮮だった。

エレベーターに乗り、環境内部にはいるとまず部屋の中をがっつりと漂う匂いに蒼は思わず顔をしかめてしまった。

アルコールの独特の臭いの強さに酒を飲んでいない蒼も酔いそうになる。

中では蒼の兄妹四人が既に酔っぱらった状態でいた。


「んおー封印を解く約束の時に一筋の光な落ちてるんねー!

 神々の祝福されし宴に遅れてくるなんてクラースが怒るんじゃけんね!」


「一時間も遅刻するなんてどういうことや。

 飲み会に遅れてきて私は寂しい――ってことやな!

 何で遅れたのか理由を言えば許してくれそうやで、蒼!」


「何でわかるんですかね……。

 理由はただ単に司令官に呼ばれていたからですよ……」


いつもと違って朱の声のトーンが高い。

名前通り真っ赤になっている朱は何も言ってないというのにゲラゲラと大笑いしている。

そればかりか片手に持った酒をこぼしそうになりながら床にでーんと大の字で寝そべった。


「…………双子は……すごいな…………。

 朱……パンツが……見えてる……」


「まぁ、はしたないですわよ。

 そういうことをするのは私めだけでいいのですことよ。

 ほら、サービスですわ」


ピラリ、と自分の黒いスカートをめくる真白。

薄いピンクに星のようなアクセサリーが前についている。

下手をすればきっと毛が見えてしまうぐらいに際どい。


「誰も……妹のサービスは……いらない……」


「失礼ですわね!

 もういいですわ!

 そういえば藍と朱は双子だけど私めと兄上様は年子ですものね」


「うむ…………そう…………だな…………。

 お前が産まれた時……のこと……よく覚えている……」


真黒が話している途中だというのに朱の大声がそれをかき消した。


「暗銘の地に昇し太陽の枯れる時まで、ってことじゃろ?

 もう冥府の大空なんじゃけん!」


「そうや!

 そういうことよ朱!」


「やべぇですねこれ……。

 とてもベルカ語とは思えないですね……」


 これほどまでにカオスな空間を蒼は久しぶりに見た。

四人で真ん中に大量の酒を置いて、《ニジェントパエル》のアームが無くなったグラスにお酒を注いでくれている。

こんなこともさせられる《超極兵器級ニジェントパエル》もさながら、沢山飲んでも大丈夫なはずの“核”がベロンベロンに酔っぱらう奇っ怪な光景が広がっていた。

ユキムラはおつまみだけをひたすらに貪り食っていた。

そして満足したのか部屋椅子の上に乗り

真黒はいつもクールな表情に少しだけ赤みが差していたが意識はしっかりしているようだ。


「この二人は…………。

 訳が分からないな。

 まぁ……ふむ……空の美しさすらも我には敵わない……か。

 よい…………実によいな………………」


「兄上様も大概ですわ……」


唯一まともそうに見えるのは真白だけだ。

酒を取るために左を向いたその状態でようやく真黒も真白も蒼に気がついたようだ。


「おお、蒼……。

 横に……横に座りたまえ……よ 」


真黒に蒼は片手を捕まれ無理矢理隣に座らされた。

暖かくて大きな手はどこか空月博士を思い出させる。


「では遠慮なく……」


 横に座った蒼の目の前に《ニジェントパエル》が忙しそうにコップに酒をついだ。

透明の水のように透き通ったベルカ酒はアルコール度数がとても高い。

コップ一杯を一気に飲み干す。

喉が焼けるようなアルコールの感触がすーっと胃に広がっていく。

飲み干すと同時に蒼に真白が抱きついてきた。


「んあー、蒼ぉー。

 なんてかわいいのあなたはぁー。

 とても私め一族の末妹とは思えませんわぁ。

 ねぇ?」


「うむ。

 博士もまた……趣味がいい……」


 頭をなでなでされながら蒼は鏡に写った自分と三人の姉との姿を見比べてみる。

真白、藍、朱と三人はナイスなボディだ。

出ているところは出ていて、引っ込んでいるところは引っ込んでいる。

蒼はその姿を見るたびに自分の凹凸のない体が心から嫌になるのだった。

表情を曇らせた蒼に気がついたのか気がついていないのか真黒はまた酒を煽る。


「そうですかね?

 私としてはもっと体が大きい方が……真白姉様?」


気がつくと抱きついたままの真白の顔が蒼の真正面にまで来ていた。

酒の匂いがお互いの匂いが分かるほど近い。

真白の綺麗な薄いピンクの唇の形や柔らかさ、さらに睫毛までも全てがはっきり分かりそうな距離だ。


「かわいいわねぇ……。

 食べちゃいたいですわ……。

 蒼、胸を大きくする方法を知っていまして?」


「え、そんなのあるんですか?

 知らないです是非教えてくださ……っちょ、真白姉様……いきなり何を……?」


 気がついたら真白の細くてしなやかな指がまるで蛇のようにぬるりと蒼の服の内側へと潜り込んでいた。

流石に戸惑いを隠しきれない蒼に、真白がにやりと笑う。

そのままどんどん内側へと入り込んでくる真白の指は蒼の下着をも障壁としなかった。


「やっ、真白姉様待ってくださ、ひっ!」


「何ですの?

 蒼あなたまさか――」


にやっ、と笑う真白は蒼の真っ赤な表情で満足そうだ。


「本当にこんなのでっ――お、大きくなる……んです……っか……ぁ?」


「なるわよ。

 私めを信用しなさいな」


今までにない説得力に蒼は黙って目を閉じた。

その様子にご満悦したらしい。


「いただきまーす」


「や、やめてくだ……っ、やぁっ……!」


「流石に……やりすぎだ……真白……」


がっちりと肩をホールドされたまま真白は真黒によって蒼から引き剥がされる。

残念そうな真白に真黒はお説教をする。


「まだ純粋無垢な蒼に変なことを教えるな」


「あーはいはい、了解ですことよ。

 蒼、癖になったらまたやってあげますわよ?」


「お、お断りですよ!

 まだ誰にもされたことないのに真白姉様ひどいです……!」


「全く……。

 思い出せ……蒼が我が兄妹に……加わった時のことを……。

 汚さないと……そうみんなで誓っただろうが……」


「あー……そうでしたわねぇ」


蒼は外れた前のボタンを留めながら新しく注がれたお酒を飲む。


「懐かしい……もう五年以上前か……。

 当然……蒼は覚えていないだろうな……」


「そりゃあ……私が産まれたときなんて全然わかりませんよ」


ガバッと後ろから二人の姉が会話に飛び込んできた。


「一番始めに蒼を抱っこしたん空月博士じゃないんやで?

 何を隠そうこの朱様や!」


朱色の目をキラキラさせて朱が自分の胸を差した。


「次があちき。

 大天使クラースの産まれ変わり!

 空月・ルフトハナムリエル・クラース・闇堕天使・藍様ってことは教科書に載るほど常識も常識じゃのぉ」


引き続き藍色の目をした藍が朱に続いて主張する。


「なわけないですわ。

 次は私めですわよ」


「な、そんなにみんな覚えているんですか?」


「そりゃそうですわよ。

 何て言ったって貴女は空月博士の最高傑作って呼ばれていたんですもの」


お酒のおつまみを食べながら真白が発言する。


「そりゃあ私達は当然見に行くやん?

 何て言っても最高傑作なんやからなぁ。

 自分の親が作るものに興味ない奴なんておらんてなぁ」


「そういうことですわ」


 蒼は自分がそんなに兄妹から望まれていたものだと知らなかった。

“核”は人間みたいに血の繋がりを重視しない。

敵に回り、殺せと言われれば躊躇なく殺す。

その程度だと考えていた。

そういえば、と思い出したように真黒が口を開く。


「“核”の……一番はじめの……姿……知ってるか……?」


全員が首を横に振った。


「脳、だ。

 ……脳だけが……抜き取られたらしい……」


「うえ、気持ち悪いですね……」


真黒は酒をまた飲み、ポケットからタバコを出した。

火をつけ、口にくわえる。

メンディアナ、と書かれたタバコの箱は真っ白なパッケージに青色の線が八本入っている。


「せやけど、脳だけでどうやって艦を操ったんやろ。

 絶対無理やろ。

 手も足も使う上に痛みまで感じさせられるっちゅーのに」


朱は目を擦り、おつまみに手を伸ばした。


「昔は……“核”になりたい人間から……脳を切り取り…………使った……。

 だから…………手足のように…………扱えた……。

 それに……いくらでも……入れ換えれた……。

 何にせよ……嫌な話……」


「え、生きた人間からそのまま脳を取り出すんですか……。

 それはちょっと……嫌すぎますね……。

 想像するだけで気が滅入りそうです」


聞くだけで嫌な気分になる話だ。

狂気にでも囚われているんじゃないでしょうか、と言いたくなるような時代。

その時代があったからこそ今の時代があるのは蒼も分かっているつもりだ。


「水槽の中の脳みそってことやなぁ。

 あれも中々に不気味やでなぁ」


「大天使クラースの導きによって新たなる境地に達するなら、悪い話でもないんじゃけどねぇ……」


「そうですかねぇ……。

 自由に動ける体が無いっていうのも暇なものですよ絶対に」


「そんな時は脳に直接信号を送りつけて、仮想空間を自由に行き来出来たみたいやでなぁ。

 食欲と性欲が満たされるのかどうかは知らんけど」


 朱はしゃあしゃあと涼しい顔で説明してくれた。

蒼は気持ち悪さを押さえつけ、話のベクトルを別へ反らすために《ニジェントパエル》のことを真白に質問した。


「そういえばこの《ニジェントパエル》ですが……。

 実際どうなんです?

 機動性とか。

 攻撃力不足とかはないんですか?」


 窓の外に並ぶ砲は三連装で《ネメシエル》の六連装には及ばない。

船体の大きさも拡大されず、そのまま兵装も改装されていないように蒼は思っていた。


「《ニジェントパエル》についてですこと?

 んー、素直で不満なんて本当にありませんわ。

 装甲も分厚いし、何より《超極兵器級》ですし。

 《ネメシエル》と同じように何度も改装を受けているから別に不満はないですわよ」


 真白は立ち上がると“レリエルシステム”を起動して蒼達四人の前に艦内図を表示した。

根本的な構造は《ネメシエル》と同じ。

機関や兵装もしっかりと近代化されていた。


「意外とちゃんとかわってるんやなぁ。

 姉貴達はてっきり改造されんとそのまんまかと思っとったわ」


「ですよね。

 私もそう思っていました。

 《ルフトハナムリエル》とか《アイティスニジエル》はどうなんです?」


「暗黒に閉ざされし諸闇の使者を凪ぎ払うために産まれし金色の矛――。

 秘められし閃光を切り開き新たな知識を得ようと欲すわけじゃね……。

 我妹の欲に答えしは――」


「朱姉様、お願いします」


「はいよ。

 まぁ、機関の入れ替えと兵装の追加ってとこかなぁ。

 船体を改造するほどの資材は全部ネメシエルに行ってしまったようやもんやし。

 もう一隻ウヅルキが落ちてきたら話は別かもしれへんなぁ」


「妹達がひどいやけども……」


「そりゃそうですわよ。

 貴女に聞くと訳分からん答えしか返ってこないんですもの」


「くっ……」


 《ウヅルキ》、の言葉は蒼の表情を少しだけ変えた。

何か言おうとするがすぐに口をつぐむ。

それを察してか、知らないでか真黒が蒼の代わりに口を開いていた。


「《ウヅルキ》…………か。

 我らの………末弟…………。

 本当に……厄介だ……」


「やれやれですわね……。

 名前は紫、だったかしら?

 なんというか……何で敵側についちゃったのかしらねぇ…………」


「完成直前に《ウヅルキ》が敵に滷獲されたんやったっけ?

 せやから、思考回路とか全部いじくられてしもたんやろなぁと思ってるんやけど……」


 空月・U・紫。

本当は六人目の空月兄妹の末っ子としてここにいてもおかしくはない立場の蒼の唯一の弟。

蒼を三周りほど大きくして、少し筋肉質にしたらああいった“核”になるのだろう。

少なくとも顔の作りは蒼と似ており、髪を伸ばして悪い目付きをのんびり眠そうな目付きにしたら蒼と見分けがつかないだろう。


「何でか解りませんがこの前私の前に現れたときはあいつ……。

 私の新しい《ネメシエル》に良く似た艦に乗ってました。

 スパイが死んだ今、流石にもうデータは漏れないと思いますけど……」


「うーむ……。

 まぁ……仕方ないこと…………。

 紫は……“核”として……成長しきって…………いない…………。

 未熟なうちに…………沈めて殺す……」


「ですわね。

 そうでもしなけりゃ厄介ですことよ。

 早いとこ我らの汚点を拭わないと、ですわ」


沈黙が全員の間に降りる。

その空気を変えようと朱が立ち上がってコップを高く挙げた。


「まぁ、何にせよ今夜は飲も、飲も。

 《ニジェントパエル》、全員に酒をついでや」


「私めの《ニジェントパエル》は私の命令でしか動きませんのよ。

 《ニジェントパエル》、皆にお酒を」


 普通ならしゃべるところだが《ニジェントパエル》は一言もしゃべらずにただ言われた仕事をこなしている。

ふとマイクのスイッチを見るとうるさいのが嫌なのかOFFになっているばかりか、ボリュームまでゼロにされていた。

これではしゃべりたくともしゃべれないわけだ。


「ベルカの…………勝利に」


「連合の勝利に……」


「これから先の武運に……」


「鮮烈の漆黒艦隊の進軍に……」


一人一人が酒が注がれると同時に朱のコップと同じところまで挙げる。

最後は蒼だ。


「……散っていった仲間達に」


フェンリアとメレニウム、ジアニウム。

それだけではない。

ドック艦の“核”や、名前も知らない駆逐艦の“核”達にも。


「「「「「乾杯」」」」」


ガラスがぶつかり合う静かな音が響くと共に朝まで続く酒盛りがスタートしたのだった。

そしてユキムラも酒を飲むには飲んだのだが暴れまくって真黒の手を傷だらけにしたという逸話が出来上がったのだ。




     ※




「蒼先輩気にしたら負けっすよ!」


「だから、何の事です?

 別に気になることなんて――」


 酒盛りから二日が経過した。

その二日で連合は《ネメシエル》が切り開いた交通の要所を利用してシグナエを、センスウェムを追い詰めるところにまで来ていた。

修理の完了した《ネメシエル》の試験運用に乗り込んだ所で総会を兼ねてブリーフィング収集のお知らせがセウジョウを包んだのだった。

赤文字で、壁に幾つも緊急事態の文字と集合場所の通知が来れば従わざるを得ない。


「見ろよ。

 あいつなかなか可愛くないか?」


「なんで呼び出されたんだろうなぁ?」


「良くわかんねぇけど、殺せばいいんだろ?」


「そういう問題じゃ――」


 蒼が《ネメシエル》から総会の行われる第四大会議室にたどり着いた時にはすでに大量の“核”が集まっていた。

入る前はワイワイと騒がしかったのだが、蒼が足を踏み入れてからその騒がしさは一瞬で消えた。

代わりに噂話のようなヒソヒソ声ばかりになった。


「うわ、来たぞ。

 《鋼死蝶》だ」


「信じられるか?

 人間を殺したんだってよ」


「味方を裏切ったとは言え……少しひどいんじゃないか?

 自分より上の立場のよぉ……」


「これのことですか、春秋?」


首が取れるんじゃないか、というぐらいの勢いで首を振った春秋に蒼はため息をついていた。

なるほど、こういうことですか。


「別に改めて気にすることじゃないと思うんですけど……」


「あ、そうなんすか?

 それならまぁ……」


「やれやれですことね。

 さぞ噂話が好きなんですわねぇ」


ヒソヒソ声で蒼に対して文句を言っているのは大方がヒクセスの“核”だ。

ヒクセスでは“核”は人間の道具として扱われている。

そして人間として扱われることはほとんど無い。

殺していい人間は敵だけ。

例え裏切り者でも、人間ならば殺さずに捕まえる事を徹底されているのだ。

そんな彼らからしたら蒼が裏切り者の士官の頭を撃ち抜いたのは野蛮で無礼な行動だと受け取ったのだろう。


「よく面を出せたもんだ」


「次は俺達かもなぁ。

 なんつっても元は敵なんだからな」


「ルシアは野蛮な奴ばっかりよねー。

 もっとお上品に行きたいわよねー」


言い返してやろうにも言い返すと面倒だ。

その言葉に我慢できずに反論するベルカの“核”もいる。

しかし、数に押され黙り込む方が多い。


「蒼先輩…………」


心配そうにこっちをまた見てくる春秋だったが、蒼は狼狽えるなと目で伝えた。


「力が無い奴ほどよくほざきたがるんですよ。

 情けない姿ですよね」


「またそんな風に言って――。

 反感を買うっすよ?」


「反感なんて買ってなんぼですよ。

 一人じゃ何も出来ない奴らに何が出来るって言うんですか?」


「でも…………」


「春秋、この話は終わりです。

 私は二回も同じ話をするほど優しくないですよ」


蒼達三人はベルカの“核”の間に入って座る。

しばらくしてからマックスが舞台の上に上がった。


「みんな、良く集まってくれた。

 今回集まってもらった理由はめっちゃ簡単だ。

 今後のセウジョウ基地に連合軍の司令長官がいらっしゃっているのだ。

 直に司令長官から今回の作戦について話があると思う。

 総員心して聞くように」


マックスは壇上から蒼達を見渡すと後ろに立っている司令長官にマイクを渡した。

でっぷりと太ったお腹にたっぷりと蓄えた白いひげが特徴的だ。

いかにも司令官と言った風貌は、蒼達の予想を裏切らない。

司令長官は、マイクの前に立つと口を開いた。


「諸君!!

 当然全員が知っているだろう!

 私が司令長官のバドンズ・ハインセイだ!」


予想以上にハキハキとしゃべる姿は確かに司令長官の風貌がある。

大音声で腹から響くような声は、聞いていて心地がいい。


「我々連合は無事にシグナエを追い詰めることに成功してきた!

 もう相手は首都と、その近辺である半径三百キロを残すのみとなった!

 しかし、《偵察駆逐艦》が……命と引き換えに相手の不可思議な敵影を撮影した!

 これを見てくれたまえ!」


 ホログラムで、映像が流れ始める。

はじめは白黒の映像かと思ったがどうやら夜明け前のシグナエの首都近辺の様子を撮したものらしい。

シグナエの首都は世界で第四の大きさを誇っていたがその大きな都市には明かりが全く灯っていない。

セウジョウよりも大きな都市のはずなのにその姿はまるで死んでいた。


「これはシグナエの首都近辺で撮られた映像だ!

 これがこの《偵察駆逐艦》の最後の仕事になってしまった!

 悲しいが仕方ないことだ!」


 そこで《偵察駆逐艦》が見つかってしまったのか、サイレンが鳴り響き攻撃が《偵察駆逐艦》へと飛翔し始めた。

反転し、逃げ始めた《偵察駆逐艦》だったが次第に正確になっていく砲撃に逃げ場所を失っていく。

“核”ならば見ているだけで掌にじっとりと汗をかいてしまいそうな映像だ。

しかし、この《偵察駆逐艦》の“核”は中々に腕がたつようだ。

のらりくらりと攻撃を交わして何とか逃げきれそうな気配を漂わせ始める。

それでもカメラを操作する余裕は無いのか、じっと首都の方を向いているカメラに不可思議なものが写った。

首都の奥の山が噴火したのだ。


「あの周辺に火山は存在しない!

 だから、この映像は不可解なものなのだ!

 恐らくシグナエの《天端兵器級》が、もしかしたら最後の一つが起動したのかもしれない!

 だからこそ、全力を持ってシグナエの首都を落としにかかるぞ!」


奥の山が噴火した衝撃は空を飛ぶ《偵察駆逐艦》のバランスを崩させた。

そしてバランスが崩れたタイミングに合わせるようにして相手の砲撃が《偵察駆逐艦》の船体を貫いた。

爆発する炎と乱れる映像が重なる。


「何があるのか分からん!

 どんな攻撃があるのかも分からん!

 しかし、シグナエに勝つためには進むしかない!

 総員かかってくれたまえ!

 戦闘開始は明後日午後二時!

 では諸君、よろしく頼むぞ!

 それとお知らせだ!

 言い忘れていたが、ベルカの“核”が無抵抗のスパイを殺した件についてだ!」


“核”のほとんど全員の顔が一瞬だけ蒼を向いた。

ヒクセスの目から蒼を守るようにベルカの“核”達はあえて伸びをしたりして蒼を隠そうとする。


「いいか諸君!

 その“核”は我々人間の代わりに汚れ仕事を引き受けてくれたのだ!

 感謝するべきなのだよ!

 それをこそこそと悪口を述べる奴は何も出来ない弱腰野郎は恥を知れ!

 今日は最後だ!

 また詳しい事が判り次第、諸君らにしっかり伝えてみせる!

 では解散!」






               This story continues

ありがとうございました。

次、シグナエ連邦の《天端兵器級》ですねきっと。


更新、遅くなって申し訳ありません。

微エロは難しいですね、でも素敵ですよね。

微エロもっと書きたいけどどうでしょうかって感じですぞい。


ではでは!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ