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超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
天空斜光
54/81

待ち伏せ

『占領隊がいうには《天端兵器級》の瓦礫に夏冬の姿は無かったらしいですわ。

 全く、どこにいったのやら』


「そうですか。

 まぁ、生きてるならそれはそれで。

 嫌ですけども」


真白の報告を聞きつつ、蒼は小さく頷いて見せた。


『にしても、紫さんはどこに行ったんすかね。

 あのうるさい感じが無いのは逆に不安定っす』


「確かに……。

 センスウェムとか言うのが姿を表してからまるで私も意味がわかりませんよ」


『そりゃ誰も知らないんですから仕方ないですわよ。

 私めだって知っていることはあるのに知らない感覚の方が多いんですことよ?』


『あー、つまりどういうことっすか?』


『あら、決まってますわ。

 それはセッ――』


「それはいいとしてセンスウェム……。

 実際シグナエはもうセンスウェムと考えた方が良さそうですね。

 センスウェムの正体はシグナエそのもの?

 いや、それだと新人類とか言っていた理由が……」


『本当にワケわからないデス』


(お取り込みのところ悪いな。

 高度一万メートルに到達。

 あとは自動航行でセウジョウまで行くぞ。

 曲性風が今日は強いな。

 艦が押されるようだ)


 艦橋についているスタビライザーが風を切って甲高い音が鳴り響いている。

外には遠くまで真っ白な雲海が広がり、巨大な積乱雲が自分自身の回りに風を纏っている。

その風に曳かれ、雲が渦巻き竜巻のように積乱雲の上を回っていた。

広がる雲海を突き破って山脈が時折顔を出し、快晴とも言える天気がそこには広がっている。

気温がマイナス五十五度のためか《ネメシエル》の窓に付着した水滴が凍っていた。

応急修理の完了した《ネメシエル》率いる《超空制圧第一艦隊》は四隻でエイリア要塞を占領隊に引き渡し、セウジョウへと帰っている途中だ。


(うーん、やっぱりダメだ。

 これはドックに入らないと直りそうもない)


機械が音を上げるなんてもう珍しくはない。

応急修理に演算の三割を割いているにも関わらずまったく自己修復が完了しない為か《ネメシエル》は作業を投げ出してしまった。

簡易キッチンのすぐ側にあるテーブルで《ネメシエル》の煎れた紅茶を飲みながら蒼は答える。


「分かりました。

 まぁ、仕方ないですよね」


(外装甲板は修復完了したんだが流石にタービン破損はどうしようもない。

 恐らくタービン区画の入れ換えになるだろうな。

 不調のレーダーくらいならすぐ直るんだが……)


「やれやれ、またドッグですか……」


 砂糖を一つ紅茶に入れ、スプーンでかき混ぜる。

《ネメシエル》の三番、四番噴射口は今や完全に停止していた。

いつもなら紫色の光を携えているノズルは今は暗く沈黙している。

《天端兵器級》の銛が綺麗に機関部を射抜いていたのだ。

そして“レリエルシステム”に侵入したかと思うと蒼に変な夢を見せつけた。

修理をするために五日間、占領に成功したエイリヤ要塞に停泊してきたがドックに備え付けられている大型機械ですら《ネメシエル》損傷が大きいうえに損傷箇所が深すぎて使えないと来たものだ。

《超極兵器級》の欠点は大きすぎるって所にあるのかもしれませんね。

それゆえに整備の手間もかかってしまいますから。

蒼は三キロを超える船体の大きさをクッキーをかじりつつ頭に思い浮かべた。

国家予算の五パーセントをつぎ込んでもらった恩は当然忘れているわけではない。

しかし蒼自身ネメシエル一隻ではなく、もう十回りほど小さな《超常兵器級》をいくつも作った方がよかったのでは、と密かに思っていたこともあった。


「んーと。

 あぁ、そっちはどうですか、真白姉様?」


ずっと赤信号を出し続ける機関区画からの信号を切断し、こちらも紅茶を飲んでいる真白に聞く。


『兵装システムがダメみたいですわ。

 応急修理でも直せませんわね。

 このままだと戦えませんし……。

 やっぱりセウジョウに帰るしかないみたいね』


四隻の中でもっとも損傷が大きいのは《ニジェントパエル》だ。

あちらこちらの兵装はまだボロボロに焦げている上に、内部機器が丸出しになってしまっている箇所もある。

艦橋の一番上にある兵装管理システムが吹き飛ばされてしまっており、今の《ニジェントパエル》は一つの目標を追尾することすら出来ないのだ。

その代わりに“イージス”や“強制消滅光装甲”はまだなんとかなるようだ。

先程修理が終わったのか《ニジェントパエル》の回りを“イージス”が軽く包んだ姿が見られた。


『すいまセン。

 被害担当艦を任せてシマッテ。

 もう少し我々が前に出るベキでした』


 唯一艦隊の中で無傷なのは《メレジア》だけだ。

艦載機の八分の一が溶かされてしまったと言っていたが、艦載機ぐらいならいつでも補充することができる。

船体の痛みがすぐに轟沈に繋がる装甲の薄い空母が最前列に出てもやることは何もない。


『出たって何も出来なかったっすよ。

 後ろからの援護、めちゃナイスだったっすよ?』


春秋はにこにこしながら《メレジア》にそう言うと、ぐっと親指を立てて見せた。


『なにもあなたが責任を感じなくてもいいの。

 私めは《超極兵器級》ですことよ?

 これぐらいなんともありませんわ』


「その通りです。

 案外何ともないものなんですよ。

 《超極兵器級》ってそんなもんです」


『……ハイ。

 次はもっとお二方を楽に出来るようにシマス!』


「そうしてくれるとありがたいですね。

 信頼のおける空母がいるのといないのでは全然違いますからね」


『相手の空母とか艦載機に記ゆくはまらなくて』


『そうですわよ。

 それが一番ですわね』


とか言ってる《ネメシエル》よりも《ニジェントパエル》の方が損傷は大きい。

先ほどから真白が苦労して直そうとしているがいっこうに直らないとのこと。

破壊力の大きな《天端兵器級》の一撃は重く、大きいものだったのだ。


『セウジョウまであと三時間もかからないっすからね。

 俺の《アルズス》も直してもらうっすよ』


まだ少破程度だったが《アルズス》もバカにできない損傷を受けていた。

“イージス”を張ることすらこのままでは厳しいだろう。

過負荷率は九十パーセントに近いものだった。

セウジョウにある機械じゃないと溜め込まれたエネルギーを取り出すことが出来ないのだ。


「みんな手痛くやられましたね。

 私もボロボロです。

 間違いなく敵は強くなってきています。

 私達ももっと強くならないと……」


『そうですわね。

 もっと訓練をしなければなりませんわ』


『ゲ、訓練……デスカ。

 また朝早く起きなければならないのデスカ……。

 ため息がデマスね…………』


「朝早く起きるぐらい……何とかしてくださいよ」


『はぁーい……』


「まったく……」


紅茶をもう一口飲み、窓の外を眺める。

美しい風景を見ながら飲む紅茶は最高ですね。


「……んも?」


クッキーを食べていた蒼はくぐもった声で疑問を己へと投げ掛けていた。

《ネメシエル》たちよりも上空に何か、キラリと反射するものを見つけた気がしたのだ。


「んー……?」


紅茶でクッキーを流し込んだ蒼は、キラリと光った地点をじっと眺める。

ぞくっ、とした嫌な予感が背中を突き抜けた。


「っ、ね、《ネメシエル》!

 至急“イージス”を展開!

 空域を離脱しますよ!」


紅茶を溢し、蒼は“レリエルシステム”と繋がるために椅子に座る。

殆ど椅子に飛び掛かるようにして座ったために強打した右手が痛む。

その様子を見て三隻の従属艦が目ざとく反応を返してきた。


『なん?

 どうしたんや?』


『なんかあったんすか?』


『旗艦?

 どうされましタカ?』


「至急“イージス”を展開!

 この空域を離脱します!」


三人の問いに一気に答え、《ネメシエル》の周りに“イージス”を展開した。


『また、どうしてですの?

 レーダーにも何も映っては……』


「ステルスです!

 それも一隻や二隻じゃないですよ!」


蒼がその台詞を言い終わるか、終わらないかの絶妙なタイミングで艦隊四隻に緊急警報が鳴った。


(高エネルギー反応多数接近!

 回避行動を!)


『っち、なんでこのタイミングでくるのよ!

 まったくもってうざったいですことよ!』


「《ネメシエル》、セウジョウに援護を要請してください。

 国籍を特定しつつ、全速で逃げますよ。

 全艦、余り離れないようにして敵の攻撃をやり過ごしてください。

 セウジョウに要請した援護には海域までダッシュでお願いしますって伝えます」


《ネメシエル》の機関音が上がるが、主機の半分が死んでいるのだ。

何時ものような快速は出ず、音速にギリギリたどり着かないレベルのスピードしか出なくなっていた。

それを見越してか敵は余り距離を詰めてこない。


「セウジョウの援護さえ来れば……こんな奴ら……!

 全艦、私から離れないで下さいね!

 必ず逃げ切って帰りますよ!」


 蒼は艦隊をぐるりと囲う敵艦隊を見て啖呵を切る。

そうでもしないと蒼は負ける気がしていた。

今見えているだけでも三十はいる。

恐らく雲のなかにもまだまだ潜んでいるだろう。

敵艦の色、姿、形は蒼も見たことがないものだった。

船はどれもこれも小さめで大きなものでも三百メートル前後と《ラングル級》と変わらない大きさだ。

しかしその船体に見合うような大きさの主砲がついている。

艦首には金色に光る金属でコーティングされた部品が付いており、その金属の上には赤色の宝石のようなものが紋章のように美しく光っていた。

面白いことに艦中央に立っている煙突から黒い煙を吐き、船体のあちこちからも白や黒の煙も沸いている。

パイプのようなものも船体に走っており、まるでスチームパンクの世界から丸ごと抜け出してきたかのような風貌は蒼の目に新鮮に映った。


「全速前進!」


『了解!』


『蒼先輩、ついていくっすよ!!』


『…………了解デス』


艦隊の周りに緑色に光るレーザーが飛翔する。

さらに白い噴煙を自分の形跡のように残しつつ多数の物質が《ネメシエル》を囲むようにして襲いかかってきた。






挿絵(By みてみん)






(ミサイルだ!

 数は……四十五!

 四方八方から襲いかかってくる!)


「こんな一斉攻撃してくるなんて――!

 “強制消滅光装甲”起動!

 迎撃開始!

 それと同時に見えている敵軍に照準を合わせ攻撃!

 全兵装解放!エンゲージです!」


『いきますわよ!

 《ニジェントパエル》エンゲージ!』


『《メレジア》エンゲージ!』


『あ、《アルズス》エンゲージっす!』


敵の光は威力を保ったまま地上へと落ちていき、地面に触れたところで炸裂する。

雲海から顔を出していた山を削り、吹き飛んだ瓦礫が土煙をあげる。


「くっ、数が多い……!」


敵の数が少ない方へと蒼は無意識のうちに舵をきってしまっていた。

それはセウジョウとは違う方向であり、機関がやられている今の蒼がとっさにとった本能とも言える行動だった。

飛翔したミサイルは《ネメシエル》の弾幕に射抜かれ落ちていく。

しかし、潜り抜けたいくつかが“強制消滅光装甲”にぶつかり爆発する。

爆風に煽られ、《ネメシエル》の近くを航行していた三隻が揺れる。


『航空機を出しマスか?』


「少しは時間稼ぎになるといいんですがね。

 恐らくこの弾幕では近づくことすら敵わないでしょう。

 《メレジア》、艦砲射撃用意。

 あなたも主砲で……っんく!」


真下から突き上げるようなミサイル攻撃に蒼は舌を噛みそうになる。


「撃って撃って撃ちまくってください。

 私の前に三隻がいてください。

 私が盾になりますから」


『了解!』


『私めも兵装システムさえ直れば――』


『うっうお!

 今のは危なかったっす……』


 《ネメシエル》が果敢に撃ち返すが敵艦にたどり着く直前に黒い霞のようなものによって“光波共震砲”が無効化される。

ミサイルの形は一般的なものと同じだったがどこか違和感を感じる。


「《ネメシエル》、データベースは――!」


(全部検索してみたが出てこない!

 蒼副長、あの船はこの世界のものではないぞ!)


「そんな馬鹿な!

 では、私達がデータを持ち帰ります。

 全長や、シルエットを収集したらすぐにセウジョウに送ってください!」


『前方は敵の数が少ない!

 逃げれるっすよ!』


「進路このまま!

 あいにくそんなにスピードは無いみたいです。

 さっさと――」


 爆発が《ネメシエル》の艦尾を襲った。

巨体が揺れ、直撃を受けた補助機関が悲鳴を上げる。

エンジン出力が落ち、スピードがさらに下がる。

先程とはまるで違う規模のレーザーが飛んできたのだ。

後ろを振り返った蒼は絶句する。


「あれってまさか――」


 《ネメシエル》の後方には巨大な艦影が存在していた。

その姿は所々が違うだけで《ネメシエル》とほぼ同じ。

たった今迷彩を解いたのか透けていた形がゆっくりと元の濃さを取り戻していく。

蒼は気がつけば叫んでいた。


「《ウヅルキ》ぃぃぃい!」


【久しぶりだな《陽天楼》!

 《鋼死蝶》とか呼ばれてさぞかしいい気分だったろ!

 だが俺様が来たからには悪いがここまでだ!

 沈んでもらうぞ!】


まるで呼応したかのように紫の声が蒼の頭に直接叩き込まれてくる。


『わ、蒼先輩まずいっすよ!

 今のままでは勝ち目なんてないっすよ!』


焦った春秋が恐れたように蒼に話しかける。

当然だが蒼は理解していた。


「分かっています。

 何とかして逃げるしかないですからね。

 攻撃を前方艦全てに集中。

 敵の一番外側を食い破ることだけを考えてください」


『了解!』


《ネメシエル》の壊れた機関と機関を繋ぎ、何とか復活したエンジンの一つを起動させる。

それでもスピードはマッハ一と少しが精一杯だ。

襲いかかってくる攻撃を交わしつつ距離を開けていこうとする。


「反撃です!

 “三百六十センチ”撃て。

 目標、《ウヅルキ》以外の小型艦!」


全速力で逃げつつ、向いている砲門の全てを攻撃に割り当てる。


【逃げるのか《陽天楼》!】


「今あなたの相手なんてしてられないんですよ!

 第一こんなボロボロになっているところを狙うなんて卑怯じゃないですか!?」


【戦争に卑怯も何もあるか!

 全艦、《ネメシエル》に攻撃を集中!

 ぶっ殺せ!】


さらに烈火のごとく降り注ぎ始めた攻撃が《ネメシエル》の“イージス”の消えた装甲を叩き始める。

爆発、黒煙が上がり吹き飛んだ高角砲と機銃が炎上する。


「撃ち返してください!

 少しでも相手から逃げ切る可能性をあげるにはそれしかないんです!」


《ネメシエル》の砲撃をずっと食らっていた小型敵艦にようやくレーザーが突き刺さる。

“イージス”のようにどうやら受けれる攻撃に限りがあるようだ。


「よし、一隻撃沈!

 次に行きますよ!」


『了解っす!』


【全艦、他の艦には目もくれるな!

 《ネメシエル》だけを狙え!】


「全く、いやらしい奴ですよ」


散らばっていた攻撃が《ネメシエル》だけを狙うように集中する。

“三百六十センチ六連装光波共震砲”が二つやられ、右舷予備艦橋が根元から溶け落ちる。

へし折れた鉄の悲鳴と共に上がる黒煙は長く血のように垂れ流れ、次第に撃ち返す数が減っていく《ネメシエル》に尚敵は砲撃をやめない。


「こんなに大量には流石に――!」


“ナクナニア光波断撃砲”を使うにしても機関がやられてしまっている上、艦首に“イージス”が張れない今自殺にしかならない。

無理に攻撃チャンスを作ろうと思って舷側を向けたら《ウヅルキ》の絶好の攻撃タイミングになるうえに、主要区画をぶち抜かれる可能性も高まってしまう。


「私はこのまま敵艦を食い止めます。

 ですからあなた方三隻は戦線を離脱。

 出来ますか?」


蒼は出来るだけ笑いながら三隻にそう告げた。


『は?

何言ってるんすか!

そんなのダメに決まってるっすよ!』


「でもそうする以外方法はありません。

 そうしなけれ――痛っ、この!」


 黒煙で艦後方のほとんどが見えないぐらいに燃える《ネメシエル》が三隻の中で一番損傷が大きいのは目に見えて分かっていた。

まだほとんど無傷の艦を逃がし、自分はここで沈む。

紫にやられるのは癪に障りますが仕方ないですよね。


『ダメですよ』


聞いたことのないような強い言葉に蒼ははっとさせられる。

蒼は春秋が言ったのかとはじめ思った。

しかし実際発言していたのは《メレジア》の“核”のメレニウムだった。


「しかしこの損傷具合だと――」


反論しようと思った蒼だったがそれを畳み掛けるように二人は言って来る。


『いいですカ?

あなたが死んだらこれから先連合軍はどうなるんデス?

《天端兵器級》に対抗できる船はあなたしかいないんデス。

 だからここで沈んじゃいけないんデス』


メレニウムとジアニウム二人の視線が蒼を見る。


「でもこの状況で――」


『私達がやりマス。

 十五分はもたせてみせマス。

 ですからさっさと逃げてくだサイ』


「ダメです!

 あなたは――」


しかし《メレジア》はすでに艦隊から離れ敵艦のほうへと艦首を向けていた。


「《メレジア》!

 戻ってください、あなたが沈んだら意味が――!」


必死に呼びかけて艦隊に戻らせようとする。

しかし《メレジア》はさらにスピードを上げていく。


『ありマスよ。

蒼さんあなたが生きてくれればそれでイイんデス』


「《メレジア》!

 それ以上隊列から離れるなら軍法会議にかけますよ!

 早く艦隊に戻ってください!」


“イージス”でレーザーを弾きながら《メレジア》は進んでいく。

あんなに大きかった艦が小さくなっていく。


『じゃあ、生きて帰ったら軍法会議でも何でも受けマスよ。

 ねぇ、ジアニウム?』


『デスね、メレニウム』


「二人とも――。

 すいません」


『へへッ。

 じゃあお元気で』


見えていた二人の顔が砂嵐の向こうに消える。


(通信が切られた……。

 蒼副長、今のうちにスピードを上げて味方と合流するんだ)


「そうですね……。

 ねぇ、《ネメシエル》。

 私達ってそんなにまでしてみんなが沈めたくないのでしょうか」


周囲で起こる爆発で艦が揺れる。

黒煙をあげながら進む《ネメシエル》は確実にスピードが落ちている。

機関への攻撃で《ネメシエル》の半分の足は潰されてしまっていた。

補助機関も燃え、主機も噴出口が潰れている。


「別に悲しみとかそういうわけじゃあないんです。

 私ってそんなに大きな存在なんでしょうか。

 たかが一隻の軍艦です。

 もし私が軍艦じゃなく、普通の人間だったら。

 フェンリアさんやメレニウム、ジアニウムは庇ってくれたんでしょうか」


(何を言っているんだ、蒼副長!

 最近少し変だぞ?)


困惑した《ネメシエル》はそんな当たり障りのない答えを返すことしか出来ない。

それがさらに蒼の思考を混乱させる。


「今私が感じる破壊された痛み。

 これは本来あなたの痛みであって私のものではない。

 人間ならばこんなに仲間を失うこともないんでしょうか」


【お?

 なんだたった一隻しかも空母で何が出来る!

 全艦、やっちまえ!】


《メレジア》に攻撃が集中する。

“イージス”も“強制消滅光装甲”そう長くは持たないだろう。

蒼はその様子をぼーっと眺めていた。


「普通の人間として産まれたなら。

 私はみんなから今みたいに扱ってもらえるんでしょうか。

 みんなは私が好きなんじゃなく、私が《ネメシエル》だから好きなんじゃないでしょうか」


(蒼副長……。

 それは――)


『当たり前っすよ。

 蒼先輩が蒼先輩としての扱いを受けれるのは《ネメシエル》だからっすよ。

 蒼先輩はベルカの、連合の希望なんすよ……!

 だって蒼先輩は、《ネメシエル》は英雄なんすから!!』


「春秋……」


『蒼さぁ。

 今悩むことじゃないですわよ。

 あなたは兵器。

 兵器として産まれ、兵器として生きるの。

 そして兵器として最高の力を持っているんですことよ。

 普通の人間とか、ああいう次元じゃないの。

 あなたはベルカで一番、世界で一番の力を持っているのですことよ?

 恥じるな、前を向け。

 人間に劣等感を感じるな、ですわ』


「真白姉様……」


兵器として生まれ、兵器として生きる、ですか。


「そうですよね。

 私は兵器。

 それも《超極兵器級》。

 春秋……真白姉様……すいません今考えることじゃなかったですよね。

 なんとしても私は沈まずにセウジョウに戻ります。

 《ネメシエル》修復系は機関を最優先に」


(了解!)


「《メレジア》……。

 必ず勝ちますからね」


一隻で突っ込んでいく《メレジア》をみて蒼はそう呟いた。






     ※






「流石にこれ以上はきついデスね……」


あちらこちらから鳴り響く警報と熱気、煙が艦橋内部にも立ち込め始めていた。

窓の奥で小さくなっていく三隻を見ながらメレニウムはほっとため息をついた。

どうやら私達は無駄な犠牲にならなくて済みそうデス。

さっきまで仲良く話をし、産まれてからずっと一緒だったジアニウムはもう動かなかった。

飛び込んできたレーザーが吹き飛ばした破片はジアニウムの心臓を一突きしていた。


「ジアニウムよくがんばってくれマシタね」


メレニウムはそういうと横で頭から血を流してぐったりしているジアニウムを抱きかかえる。

ジアニウムから艦の制御を受け継いだメレニウムはジアニウムのおでこにキスをすると再び“レリエルシステム”に腕を差し込んだ。


「最後までやってやりマスよ!

 いくよ、《メレジア》!」


まるで《メレジア》が呼応してくれたかのようだった。

機関が吼え、片方の砲身がひしゃげた砲塔が吼える。

舷側に叩き込まれるレーザーはスカスカの格納庫を貫通するばかりで主要区画に全くダメージを与えていない。


「《ウヅルキ》へ突っ込みマス!

 機関全速!

 艦首に“イージス”を集中展開してくだサイ!

 行きマスよ!」


《メレジア》の撃った主砲が相手の艦を落とす。

一隻、二隻。

だが時間が経つごとに《メレジア》に刻まれた傷も増えていく。


「あと少し……!」


そのとき《メレジア》が揺れた。

敵の攻撃が主要区画を射抜いたのだ。

爆発した《メレジア》の右舷から機関の部品が零れ落ち、スピードが落ちる。

それでも歩みは止まらない。

すでに敵を向く砲はひとつも残っていなかった。

ただ相手に少しでもダメージを与えようと機銃の頼りない光が伸びるだけ。


【たかが《超常兵器級》の空母一隻だぞ!

 何を手間取ってやがる!】


「《超常兵器級》デスから……ね!

 嘗めないでくだサイ!」


【早く落とせ!

 このバカ共がぁ!!】


《メレジア》の艦首へ《ウヅルキ》から伸びた“三百六十センチ六連装光波共震砲”ではない光がたどり着く。

分厚い“イージス”を切り裂くとその光は《メレジア》の艦首を溶かして船内へと入り込んだ。

装甲板を打ち砕き、スカスカの格納庫内部を通り抜けるとさらにその奥にある機関部へとたどり着いた。

ひしゃげたカムシャフトが弾け、ギアが吹き飛ぶ。

爆発の衝撃は装甲甲板をぶち抜くとその衝撃だけで《メレジア》の竜骨を叩き折った。


「ぐ、ま、まだデス……!

 まだ行けマス……!!

 《ウヅルキ》!!

 蒼さんは……殺させない!!!」


【クソ!!

 “イージス”緊急展開!

 やってくれるじゃねぇかクソ野郎が――!

 たかが空母ごときがよぉおおおおおおおおお!!!!!!!】


 紫の視界が《メレジア》の巨大な船体だけで一杯になった瞬間大空に金属同士がぶつかり合う鈍い音が空気を震わせて鳴り響く。

《メレジア》の艦首が《ウヅルキ》の甲板へと突き刺さる。

すでに船体が崩壊している《メレジア》だったが質量だけは変わらない。

《ウヅルキ》の甲板に並んでいるかつてベルカ製だった兵装は重みに崩れ始める。

まるでケーキのように崩れ落ちた兵装は、ショートの火花を上げて沈黙する。

燃え盛っていた《メレジア》の火は《ウヅルキ》に燃え移る。

続いて崩れ始めた《メレジア》の船体が《ウヅルキ》の上に覆いかぶさっていく。

メレニウムとジアニウムのいた艦橋が根元からそぎ落ち、燃える業火を撒き散らしていく。


「蒼さん……!

 後はお願いしマス……」


もはや原型の無くなった《メレジア》を突き破って《ウヅルキ》の船体が飛翔する。

あちらこちらに損傷を受けているものの、《ウヅルキ》は全く戦闘行動に異常を抱えなかったようだ。

だが、前方ほとんどの砲は全滅。


【っち……。

 手負いの虎をしとめ損なったか……】


流石にこれでは戦えないと判断した《ウヅルキ》は全艦に追跡中止の命を出す。


【《陽天楼》――!

 協力者には申しわけねぇ結果になっちまったなぁ。

 まぁいいあいつらのことだ。

 流石に殺しはしないだろう。

 次こそはてめぇとの決着、つけさせてもらうぞ!】


もう点よりも小さくなった《ネメシエル》を見て紫は一人そう息巻いた。






     ※






 セウジョウに付いた蒼達は目の前に蹲る一人の将校に冷たい視線を注いでいた。

真白は気分が悪いと、自室へと帰ってしまった。

春秋は男の顔を見た瞬間に憎悪の表情を浮かべる。

燃え盛っていた《ネメシエル》の火はすでに消え、燻った黒煙だけが空に昇る。

船体の三分の一が炎で覆われていた《ネメシエル》の損傷は酷いものだ。

降り注ぐ真冬の雨がただただ冷たく、空を曇らせている。

一体何事かと、周りには人だかりが出来ていた。


「こいつだ、蒼。

 こいつがセンスウェムのスパイだ」


 蒼の前に跪いている一人の男。

その男の顔はボコボコに殴られており、全身青あざが出来ていた。

たくましい体になかなかに整った顔立ちも金髪も今となっては台無しだ。

連合軍の名誉ある軍服は剥ぎ取られ、パンツ一丁の背中には鞭のような跡まである。

マックスががっちりと手錠を捕まえており、観念したのか男はうな垂れたまま動かない。

蒼は春秋や他の人のように感情を一切出さずに男を見たまま、命令を出す。


「顔を上げてください」


あげた顔面は傷の無い所を探す方が難しい。

腫れた目、切れた唇からは血が流れていた。

鼻血もまだ止まらないらしくずっと流れ続けている。

青色の瞳はヒクセス人としての血も入っていると、蒼に語りかけていた。


「センスウェムに通信を送っているところを発見したんだ。

 こいつが蒼達の情報を流して待ち伏せさせたんだろう。

 聞きだせる情報を自白剤を使って吐かせたんだがどうやらもう何も知らないらしい」


男はマックスの言葉を聞くと体を震わせた。

傘をさしたマックスは濡れていないが、男は違う。

真冬の雨に晒され、その体からは熱気がみるみる奪い取られていっているようだ。


「あなた本当に何も知らないんですか?」


蒼は目を細めて問う。

しかし、男は何も答えない。


「ねぇ、私は聞いているんですが」


男の指をそう言いながら思いっきり踏みつける。

グキリ、と骨が削れたような音がして男が小さな呻き声を上げる。

スパイクのついた軍靴と鋼鉄の床の間に挟まれた男の手は逃げ道がない。

また男は何も言わないで俯く。


「せめて返事だけでもしたらどうですか?」


 答えない男に苛立ちを感じた蒼は少ししゃがむと男の顎をつかんでまた顔をあげさせた。

目と鼻の先にある男の瞳をじっと見つめる。

男の瞳には畏怖の色が見え隠れしていた。


「ねぇ?

 ワタシの言葉、分かりますよね?

 何で返事ぐらいしないんですか?」


まるで機械のように聞く蒼に男はようやく答えるために口を開く。

その口のなかも血でいっぱいになっており歯がいくらか抜け落ちていた。


「………………何も知らないんだ本当なんだ」


「喋れるんじゃないですか。

 はじめからそうすればいいのに。

 まずあなたは私を、連合軍を売ったんですよ」


顎に優しく触れていた手を離し、蒼は立ち上がる。

ウジ虫を見るような目で男を軽蔑する。

侮辱する。


「私たちの代わりに何を望んだんです?

 地位ですか?

 お金ですか?」


「何も、何も望んでいないんだ……。

 本当なんだ信じてくれ……頼む……」


「ふーん?

 何もないのにセンスウェムに協力したと。

 つまりそういうことですか」


「知ってることは全て話した!

 解放してくれ!」


男の言葉を無視して蒼はせせら笑いを浮かべたままマックスに尋ねた。


「もう用済みなんでしたっけ?」


「あ、あぁ。

 そうだ」


「《ネメシエル》起動。

 “六十ミリガトリング”用意。

 せめてもの情けです。

 私が直々にあなたを殺してあげますよ」


何事かを見定めようと集まっていた全員がぎょっとする。

港に浮いたままの《ネメシエル》の一番小さな兵装が動き、男に銃口を向けた。

野次馬達は巻き添えを食らいたくないので包囲網を広くして誰もが男から十メートル以上距離をとる。


「本当に何もないんですね?」


最後のチャンスと言わんばかりに蒼はしつこめに聞く。


「本当だ!!!!

 本当なんだ!!!!」


雷が鳴り響き、さらに雨が強まる。

あまりの音に男が必死に発する声が聞こえなくなっていく。

蒼の袖からちらりと見える紋章が鈍く光っている。

雷の光が蒼の目に止まったように少し瞳孔が光を携える。


「分かりました。

 では、さようならですね」


 その瞳孔がすっ、と細まる。

必死に命乞いをする男だったが蒼は助ける気もなく、少しも心が揺らぐ事はなかった。

ただただ、《メレジア》へ少しだけ恩返しが出来たと思うだけだ。

“六十ミリガトリング”から放たれた細い一本の“光波”の光は男の心臓を綺麗に射抜いた。

衝撃波を浴びたように男の体が被弾の反動で吹き飛び地面に頭から落ちる。

ビクビク、と硬直した男の体には大きな穴が開いており、出血といった類いは見られない。

十万度を超える熱で焼かれたのだからそのまま蒸発したのだ。

野次馬達が悲鳴を上げ、死亡確認のためマックスが男の腕をとり脈を測る。


「死んでますか?」


「ああ。

 あれだけの口径だ。

 死なない方がおかしい」


苦しませてから殺してもよかった。

柄でもなく敵討ちをしてしまいましたね。

人間のことは人間に任せておけばうまくいくというのに。


「《鋼死蝶》……か」


「ああ……。

 恐ろしいもんだ……。

 躊躇いもないんだからな」


野次馬の誰かがぼそりと呟く。

誰もが静かに口を開かない。

蒼は自分に傘を差し続けてくれていた春秋に小さくお礼を言うと戦果報告のために司令室へと向かったのだった。






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ありがとうございます!

更新、でございます。

何気に拷問というか、こういうシーンが好きだったりします。

少しグロ注意だったかもしれませんね……。

挿絵久しぶりですねぇ。

お待たせいたしました。

やっぱり軍艦は最高です。


ではでは!

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