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超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
天空斜光
52/81

劣等感

「本当にすいませんでした……」


「………………」


 かまわぬ、と言ってくれているのだろう。

そうでなければ蒼は狼狽に狼狽を重ねるだけだ。

おそらく、かまわぬと言ってくれている《ジェフティ》の“核”は、片手を小刻みに振るだけだ。

困ったような表情を浮かべ、蒼の謝罪を淡々と受け入れる。

蒼は食堂前の通りで珍しく人に頭を下げていた。

頭を下げられているのは《ジェフティ》の“核”だ。


「まさか、最後微妙に抜くタイミングが遅れて《ジェフティ》まで……。

 私の責任です。

 本当に……すいませんでした……」


「……………………」


無言だがまた、かまわぬ、とでも言うように片手を小刻みに振る。

蒼は久しぶりに他人に対して申し訳なさを抱いたのだった。

あのシグナエの《天端兵器級》を海へ引き摺り下ろして三日が経過していた。

作戦では《天端兵器級》が落ちると同時に《ジェフティ》を引き抜くつもりだった。

が、予想以上に《ジェフティ》がしっかりと敵に突き刺さってしまっていたらしい。

そのおかげで重力アンカーを解除してもなお抜けないまま《ジェフティ》は海水を思いっきり被ってしまったのだ。

《天端兵器級》と共に《ジェフティ》も海に落ちてしまったわけだ。

予想以上の海水の嵐を受けたため、機関部の奥まで塩水まみれになってしまった《ジェフティ》のオーバーホールはまだ続いている。

オーバーホールとは、一度船全体をばらばらに分解して洗浄、修理することだ。

一度全てを分解するため普通のメンテナンスと違いものすごい時間がかかる。

思いのほか浸水の被害は激しく、《ジェフティ》はこの処置を施されることになったのだ。

まぁ、船からしたら寿命がはるかに延びるため願ったりかなったりかもしれない。

しかし戦えなくなった“核”からしたら生殺しなわけで。

誰よりも兵器として存在していたい蒼は《ジェフティ》に謝罪せざるを得ないのだった。


「もし、よかったらコーヒーでもこれで……」


蒼は黙って食堂で使える回数券を差し出した。

十二回分、二千円で売られているものだ。


「………………」


 《ジェフティ》は少しだけ困ったような表情を浮かべる。

そして鼻の頭を掻いて、回数券を受け取る。

これ以上謝らないで欲しいというような顔にもう一度頭を下げる。


「本当にすいませんでした」


「……………………」


 回数券をヒラヒラさせて《ジェフティ》は、一度だけ頷く。

そして速足に食堂へと消えていった。

蒼は下げていた頭を上げる。

いまいち謝罪を受けいれてくれたような感じがしない。

だが、めったに人に謝ったことがない蒼だったが自分の中では百点の謝罪だと解釈する。

人が混んで来た食堂を後にし、《ネメシエル》へと向かうのだった。






     ※






「ほら、新しい船ですよ《ネメシエル》」


(…………ふん。

 だからなんなんだ蒼副長)


高度を落とし、大きな波を立てながら全長五百メートルほどのコンテナ船団が着水してくる。

着水したコンテナ船団はそのまま海面を掻き分けて行儀良く並んだ。

今にもあふれそうな量の貨物を甲板に乗せ進んでいる。

コンテナ船は物によれば《ネメシエル》よりも大きなものもあるのだから民間の力はすごいと、蒼は思う。

港のシステムにコントロールされ、桟橋へと五隻は誘導されていく。

その光景を見ながら一言。


「コンテナ船の“核”って楽しいんですかね?」


(…………さぁな)


「同じところを毎日行ったり来たりするだけですよね?

 毎日同じような景色、私だったら絶対に飽きますよ」


(そうかい)


 軍港とは対岸にある民間用の港は軍港とどっこいどっこいの規模の大きさだ。

恐らくあのコンテナ船には鋼材が積み込んであったに違いない。

あの港から運ばれていく物資は軍艦修理か、痛手を受けた町の復興の為に使われるのだ。


「いつまで拗ねているんですか《ネメシエル》……」


(………………ふん)


 運ばれていく物資は修理のためのものだ。

《ネメシエル》ではなく、《ヴォルニーエル》もしくは《ルフトハナムリエル》用のだろう。

セウジョウは今や連日施設がフル稼働するほど忙しかった。

いつもなら第五乾ドッグは《ネメシエル》専用で、《ネメシエル》以外の船は入らないのだ。

しかし今はそこに四隻の戦艦及び、航空母艦が陣どっていた。

《ネメシエル》はどこかというと、第五乾ドックからはるかに離れた場所にある浮き桟橋の横に鎮座していた。

完全に行き場をなくした《ネメシエル》は、仕方なし桟橋にくくりつけられているというわけだ。


「まぁ、しょうがないんですけどね」


(しょうがなくない!

 私の家だぞあそこは!)


いつも静かなタイプの《ネメシエル》は珍しく今回は怒っていた。

自分の家……というか住処を取られたからだろう。

蒼はひとつため息をつく。


「やれやれ、《ネメシエル》?

 私達がいないだけで四隻もの大型艦を修理出来るんですよ?

 世界の半分と世界の半分が戦争をしているですから。

 フル稼働できる巨大ドックは使えるだけ使わないと、って事で。

 さすがに今回は文句も私は出ませんよ」


(だがな!

 ベルカの艦ではない艦になぜ……!

 こんの畜生がっ!)


「まぁまぁ。

 今は共に戦っているんですから。

 シーニザーの軍艦なんですから、ね?」


 あの戦闘が終わってから五時間後には軍港全ての占領に連合は成功した。

何万もの人材と何百もの艦艇が今や残された施設を使い、シグナエ及びセンスウェムの討伐の足掛かりに利用している。

面白いことにシグナエの統治から外れることを喜ぶ市民達も大勢いるらしい。

連合は喜ばれ、現地のヒーローにでもなったかのようだ。


(その武勇艦に対してすることがこれか!)


「やれやれ……」


《ネメシエル》の思考ルーチンを少しだけ蒼は覗いてみた。

どうも、全ての出来事が怒りに再変換されているような気がしてならない。


(くそ……こんな世の中……滅びてしまえ……)


「やろうと思えば出来てしまう私達って怖いですよね」


 《ネメシエル》の兵装リストを眺めて蒼はそう言った。

ずらり、と並んだ兵装の数は十種類だ。

そのうち二種類は迎撃用の兵装であり《ネメシエル》の管轄化に置かれていることが多い。

蒼が選択している兵装は今、セキュリティロックがかけられていた。


(こんなにも海風が冷たいものだとは知らなかったよ)


確かに今日は寒い。

真白とのデートの後から急に気温が下がり始めたのだ。


「ふぅ……。

 だから私も来て話し相手になっているじゃないですか。

 一人じゃ嫌だからって、“レリエルシステム”通じて私に話しかけてきて。

 《ネメシエル》、あなた一応軍艦なんですからもう少し……」


(仕方ないじゃないか。

 寂しいものは寂しいんだから)


「…………」


 ごう、と空気を揺らす轟音が響き《ネメシエル》の真上を八隻程の船が通りすぎていく。

《アイティスニジエル》率いる艦隊だ。

シグナエの首都へ向かう道を切り開きに行ってきたのだ。


『蒼!

 勝ったで!』


「知ってますよ。

 朱姉様流石です」


通信で朱は嬉しそうに話しかけてきた。

がっつりと意識を失っていたときとは大違いだ。

あの時のブランクは今や完全に取り戻していた。


『まーそりゃ、ね?

 この朱様に任せりゃ勝ちますわ!

 へへへ、水が上から下に行くみたいに当然のことやんな!』


「勝って兜のなんとやらですよ」


『んなん、知っとるわ!

 ん、じゃあまたの』


あの八隻が降りるのははるか先の第二十桟橋だろう。

たいした損傷も無さそうだし、修理の必要もない。

またすぐにでも任務が与えられるに決まっている。


(元気になって、何よりだな。

 本当に)


「ええ。

 少し元気すぎる気もしないでもないですが」


 蒼は机の上のコグレチョコレートの包み紙を開けた。

床に固定された小さな机に腰掛け、甘いものを貪る。

《ネメシエル》の艦橋内部は今、夕暮れのうっすらとした暗闇に包まれていた。

外の光景を取り入れるため、装甲窓が開いている。

すでに水平線の彼方へと半分以上沈んでいる夕日は赤い光を空に塗している。

そしてセウジョウ基地のあちこちに設置されたガラスの外灯に光が点りはじめる。

時刻は間も無く五時半になろうとしていた。

《ネメシエル》がふと気がついた。


(ん?

 蒼副長、雪だ。

 もうそんな季節になるんだな)


雪……。

ソムレコフを送っていった時に見ただけで触ったことはありませんでしたね。

蒼はふと好奇心がくすぐられた。


「雪……ですか。

 少し外に出てきますね、《ネメシエル》」


(了解。

 もう拗ねていない、大丈夫だ)


「心が読まれるのは複雑な気分ですよ」


全く。


(しょうがない。

 私は蒼副長であり、蒼副長は私なんだから)


「……そうですね」


 なぜか《ネメシエル》のその言葉が蒼の胸に大きく突き刺さった。

一言も発さずに艦橋から出て、艦橋基部から空を見上げる。

高角砲群の砲身のにうっすらと雪は積もり始めていた。

自分の吐いた息は白く滞留している。

海面よりも五十メートルほど上の《ネメシエル》の艦橋基部はセウジョウの光を丸々見ることが出来た。

天にまで伸びている摩天楼の集まり。

その窓にポツポツとつき始めた明かりを見ると蒼はふと真白の言葉を思い出す。


「私達とは百八十度違う所……ですか」


気がついたらその言葉が口から出てしまっていた。


「私、いったい何を……」


兵器として蒼は産まれた。

それが兵器としてではない生き方を望むなんて。

自分の馬鹿さに蒼は苦笑する。


(何を考えているんだ、蒼副長)


「いえ……少しだけ思うところが…………」


《ネメシエル》からそこに突っ込まれ、蒼は条件反射で否定する。

そんな訳ないんですよ、と。


「う、寒っ……」


空を見る。

どんよりとした気の滅入るような曇り空だ。

そこからヒラヒラとした真っ白な結晶が落ちてきていた。

雪の一つが蒼の鼻の頭に落ちると一瞬で水になってしまう。


「冷たい……」


鼻に落ち、溶けた雪を蒼は指ですくいとった。

《ネメシエル》の甲板に落ちた雪達だけは溶けずに層を重ねていく。

セウジョウはそんなに雪が降らないらしいのだが……。

そうしたらこの雪はニュースとなり一日の話題になるだろう。

街ではちびっ子たちが喜ぶに違いない。


「ねぇ、《ネメシエル》」


(どうした?)


降りてくる雪を手で受け止める。

ひんやりしたのは一瞬だけ。

蒼の体温によってすぐに水になってしまう。


「本来役目を終えた“核”は……。

 いったいどうなるんですかね?」


(さあな。

 艦の解体と共に処分、というところじゃないか?

 それか、マニアへの“核”のみの払い下げだな)


舞い降りた雪がふんわりと積もった高角砲群を撫でる。

ひんやりと冷たい鋼鉄の感触は蒼の暖かく柔らかい肌とは真逆のものだ。


「私は《ネメシエル》ですよね。

 そして《ネメシエル》は私」


(……そうだな。

 どうした、蒼副長?)


「いえ……少し変なことを考えてしまって」


今まで考えたことのない感覚だった。

自分が兵器に乗っていない人生を送るなど、と。

誰だったか、そんなことを言っていた気がしますね。

わざと思い出さないようにしつつこれもデートに連れて行った真白が悪い、と一方的に決め付ける。


「雪って、冷たいんですね。

 知りませんでした、こんなこと」


(私もだよ。

 とは言っても感覚なんてもの私にはないんだが)


「私とあなたは同じなのに、同じ感覚を共有出来ませんね」


(そりゃあ、な。

 ただ、蒼副長は“光波共震砲”を撃てない。

 表面は違えども、本質は同じものさ)


「“レリエルシステム”で繋がっていますからね」


(その通りだ)


 “レリエルシステム”。

蒼の脳と艦を直結させるのに必要不可欠な装置。


「だから考えていることも分かってしまいますからね。

 お互いの抑止力との事ですが」


(よくよく考えたら厄介なものだ。

 それがあるおかげで私達は被弾したら苦しまなければならない。

 考え事も全部相手に飛んでいくんだからな。

 オチオチ好きな艦のことも考えられない)


「いや、別にそれはいいんですけどね」


 自分の考えていたことを振り払い《ネメシエル》の艦橋を見上げる。

輝く曲菱形、“ワープダイヤモンド”の紋章がそこにはあった。

風が吹き始め、蒼の長い髪が空気を孕む。

ゆらり、と美しく揺れた茶色の髪の毛は外灯の光が反射する。


「寒っ……」


すきま風の入ってくる裾を抑えると自分の体の中でもっとも目立つものに触れた。

そっと、蒼は自分の服の袖をまくってみる。

真白にも言われたあの一言がまた蘇る。


「何故か百八十度以上ある気がしますよ……真白姉様……」


ため息と共に口から出て行った白い息は雪のように消えていく。

蒼の腕にも《ネメシエル》と同じ紋章がしっかりと刻まれている。

鈍く発光するその紋章は、しっかりと自分が兵器として作られていることを表していた。

ベルカの紋章は赤と黒に鈍く光っているのだった。


「んー……?」


自分の息が白く消えていく。

その先に蒼は目を細めて二つの人影を視認した。


「あれって……」


二人は《ネメシエル》を下から見上げていた。

《ネメシエル》のカメラを使い、顔を認証する。


(んー、データベースで照合したら一人?

 いや、二人のデータが的中したぞ。

 《超常兵器級天覆航空母艦メレジア》の“核”二人だな。

 いったいまた、どうしてここに?)


「さあー……?

 私少し声をかけてみますね」


捲っていた裾を元に戻し、舷側に設けられた階段から五分ほどかけて桟橋に降りた。

そこでようやく二人は気がついたのか蒼に小さくお辞儀をしてきた。


「どうしたんです?」


うわ、どっちがどっちか分かりませんね。

白色のメガネで右目に泣き黒子があれば姉のメレニウムだった気がするんですが……。

普通にしていれば二人ともかわいいというのに。


「イエ、少し……」


「?

 ジアニウム話せますか?」


話すのを戸惑う姉の代わりに弟に代弁を申し付けた。


「少し……キツイ……デス」


黒色のフレームの奥の目は気のせいか困っているように見える。

この二人の機械のようなしゃべり方が苦手な人も多いらしい。

話が通じないため基本、この二人は二人でいる。

逃げようにも蒼が許可を出さないと逃げれないほど階級に差がある為、二人はひたすらに蒼から目を逸らし続けている。


「このままなにも言わないなら……。

 基地警察に通報して、軍法会議にかけますよ」


言えない、つまりやましいことをするつもりだったわけだ。

そう判断した蒼は通報する素振りを見せた。


「えっと、アノ……すいまセン……。

 実は我々は……ソノ……《超極兵器級》に……あこがれてイテ……。

 少しだけでも…………触りたカッタんデス……」


軍裁判と聞いたメレニウムが何とか捻り出した。

蒼は理由を聞いて少し笑ってしまった。


「なぜ笑うんデスカ……!!」


メレニウムが顔を恥ずかしさに赤くして怒りはじめる。

ジアニウムはだんまりを決め込んだらしい。

ひたすら《ネメシエル》の艦橋構造物を見上げてはため息をついていた。

どうやら本当に憧れているらしい。


「あなた達の艦と何も変わりませんよ?」


笑いを抑え、蒼は遠くの桟橋に停泊している《メレジア》に目をやった。

あちこちボロボロになっていたが、それでも威風堂々とした姿だ


「中に入りませんか?

 外は寒いですし」


蒼の体が寒さでぶるっと震える。

雪がちらほらと舞っているような季節に薄着で外にいるのは愚の骨頂だ。


「了解デス……」

そのまま軍食堂へ向かおうとした二人を蒼は引き留める。


「何処に行くんですか?

 こっちですよ、こっち」


蒼が指差したのは《ネメシエル》だ。

憧れているなんて言われたら嬉しくなるじゃないですか。

その意味を一瞬で理解した二人はとても楽しそうな顔をした。


「いいんデスカ!?」


「ありがとうゴザイマス!」


二人を階段から上らせ、艦橋へと案内してあげる。

変わっている、機械のような二人だと思っていた。

しかし話してみれば何も変わらないただの人間と同じようにコミュニケーションが取れる。


「ココが……!」


「スゴイ!」


二人は《ネメシエル》の艦橋内部に入ったとき歓声にも近い声を上げた。

右のトイレから左の装甲窓までじっくりと眺めると窓に駆け寄り艦首側を眺める。

全長三キロ強もある《ネメシエル》は艦橋から眺めてもはるか先まで艦首が続いている。


「本当にこんなにオオキイんだ……」


「ありがとうゴザイマス」


二人は《ネメシエル》の“レリエルシステム”近辺を見てまたはしゃぎ、“イージス”の許容過負荷率を見てまたはしゃぐ。

何を見てもはしゃぐ二人に、蒼自信も嬉しくなってくる。


(よかったな、この二人を入れてあげて。

 ここまで喜ばれていいのかと考えたくなるよ)


「ですね……」


二人を落ち着かせ、《ネメシエル》の備え付けの椅子を二つ出してあげる。

簡易キッチンで作ったお茶を入れ、コグレチョコとのセットでお茶に誘うと二人は簡単に席に着いた。


「アノ……本当にありがとうございマシタ……」


「マシタ……」


お礼を言うメレニウムもジアニウムも両方ともなぜかカチコチに固まっている。

さっきまであんなにはしゃいでいたのに。


「何ですか、二人とも。

 またなんで固まっているんです?」


二人は顔を見合わせる。


「いえ……よく考えたら物凄い上官ダッテ気がついたノデ……」


姉が出されたお茶にそっ、と手をつけつつのべた。

弟の方はコグレチョコを一つしか食べていない。

何を今更、と蒼は肩の力が抜けた。


「そんなに固まらなくてもいいんですよ。

 私はそんなの気にしませんから。

 なにより、それは人間にのみ通じるんです。

 同じ“核”で“兵器”の私達には不要ですよ」


「シカシ……」


 何か言おうと口を開けたメレニウムだったが、なにか言うことも出来ずに閉じてしまった。

そういうところがムズムズするため、さっさと流れをスムーズにすることにする。


「じゃあ、上官命令です。

 普通に接するようにしてください。

 さっきのように」


「わ、分かりマシタ……!」


焦る二人を見て笑う。

初めて蒼の前に来た春秋のようで昔を思い出す。

あの時は夏冬も、フェンリアさんもいましたっけ。

そして数多くの仲間達も。


「ま、まさかそんなに柔らかいタイプの人だとは思っていませんデシタ……。

 てっきり―――」


「―――ヒクセスから送られてきた新しい分艦隊旗艦みたいに思いましたか?」


そういえばメレジアの属する艦隊はセンスウェムとの戦争が始まってからヒクセス軍艦と属する部隊が同じになったのだ。

お蔭様で苦労に苦労を重ねているという。


「ハイ……」

蒼はお茶に砂糖をいれ、スプーンでかき混ぜた。


「私はそんな奴とは違いますよ。

 ヒクセスの分艦隊旗艦はそんなに偉そうなんですか……。

 困ったものですね」


「本当デスよ……。

 《超常兵器級》の私達を前線に置き、ダメージを吸収させるなんておかしなモノデス」


「僕達二人は戦艦じゃなくて空母なんデス。

 装甲だって戦艦ほどある訳じゃないんデスよ。

 それなのに前に出てターゲットを取れ、だナンテ。

 沈んでしまいマス!」


二人は散々愚痴る。

いくらなんでも空母を前に置き、ターゲットを集中させるのは酷い。

マックスを通して抗議せねば、と蒼は心の中でメモを取った。

あらかた話をした後


「二人は人間として産まれたかったとか、思うんですか?」


突然蒼はそう訊ねてみた。


「え……?」

 

びっくりしたように二人はこっちを見る。

あわてて取り繕うとして謝る。


「あ、ごめんなさい。

 何でもないですよ」


「人間として……。

 無いことは、ないデス……」


メレニウムは蒼が切り上げようとしたのを無視して答えてきた。

それも割と熱が入って。


「だって、人間として産まれタラ!

 戦争で死なず、戦わなくてもいいんデス。

 お金だって儲けレル。

 かわいい服を買いにイケル」


「姉貴、そんな事考えてたノカ……」


「そらそうデス。

 私達と違う縛られていない生活は最高のはずですカラ。

 絶対に人間として産まれていた方が幸せに決まっていマス」


言い切ったメレニウムは、紅茶を啜りおやつを齧った。


「アノ……姉貴。

 謝ったほうがいいんジャ……」


「え……?」


ジアニウムが蒼を見て小声でメレニウムに伝える。

それに気がつきあわてて弁明する蒼。


「ああ、全然大丈夫ですよ!

 そういうわけじゃないんです、気にしないでください。

 別にそれぐらいで怒ったりしませんから!」


考え事をしすぎて額に皺が寄ってしまっていたらしい。

それを怒っていると勘違いしたジアニウムがメレニウムに伝えたのだ。


「実際、考え方なんて人それぞれですからね。

 でもメレニウムの言うことも筋が通っています。

 確かに人間として産まれた方が――」


緊急出撃のブザーが基地に鳴り響く。

女の人の澄んだ声で読み上げられた出撃艦隊の中には《メレジア》が含まれていた。


「すいません、行ってキマス!」


「お茶ご馳走様でシタ!」


慌てて《ネメシエル》から飛び出していく二人のために“リフト甲板”を貸してあげる。

《ネメシエル》から《メレジア》までこれで三分ほどで着くだろう。

二人の残した空のティーカップを洗浄機に放り込み、いつもの“レリエルシステム”がある椅子に座り込んだ。


(お疲れだ、蒼副長)


「《ネメシエル》こそ。

 あそこまで喜ばれて、愚痴られるとは思いませんでしたよ」


蒼は自分の手の甲を眺めつつ、すっかり暗くなった外をチラッと眺める。

雪がゆっくりと降り積もり始めたセウジョウ基地は静けさと寒さにも負けていなかった。

滑走路からは航空機が飛び立ち、海からは次々と軍艦が出撃していく。


(はは、それもそうだな。

 実際私はここでボケーっとしているだけでいいがな。

 主に話したのは蒼副長だろう?

 なら疲れているのは蒼副長だけだ)


「では、私お疲れ様ですね」


(そういうことだ)


「《ネメシエル》。

 なんていえばいいんでしょうか。

 私、今まで抱いたことがないですこんな――」


(感情のことを私に言われてもな)


「いや、知ってます。

 言葉だけしか知っていませんでしたが。

 これが劣等感、って奴ですか」


今まで蒼を突き動かしたことの無い感情。

人間に対して蒼は今まで哀れみにも似た感情を抱いていた。

しかしメレニウム達と話してそれが始めて劣等感だと気がついた。


(蒼副長、大丈夫か?

 感情指数が上昇しているぞ。

 一回落ち着くことを――通信だ。

 マックスからだ)





          ※






「来たか、蒼」


司令室でマックスが蒼を出迎える。


「わざわざ何用ですか、マックス?

 負け続けだから私の力を借りたいんですか?」


ドアから入るなり蒼はマックスに訊ねた。


「おいおい、何でいきなりそんなに不機嫌なんだ蒼。

 実は、敵《天端兵器級》――いや巨大兵器の話なんだ」


至って真剣な表情だったが、蒼はそれよりも今話したい事があった。


「ねぇ、マックス。

 それは後で聞きますから少しだけ、その。

 副司令との三人で話をすることは出来ませんか?」


「ん、ああ。

 じゃあすまないが、全員外してもらえないか?

 少しだけ話すことがあるみたいだからな」


司令室にいるのは蒼も含め、五人だ。

全員がコグレからセウジョウに移ってきたマックスの古くからの部下だ。


「了解しました。

 ロリコン司令、手を出しちゃダメっすよ!」


「ださねぇよ!

 さっさと席を外せボケ!」


三人の古い部下が席を外すと副司令とマックス、蒼の三人だけの部屋が出来上がる。


「それで?

 いったいどうしたのかしら?」


副司令は椅子に座ったままつけていたヘッドホンを外した。

椅子をくるりと回転させ、蒼を見る。

蒼も椅子に座ると二人と真正面から向き合う。

言うかどうか少しだけ躊躇ったが好奇心に押され、口を開いた。


「マックスと副司令は人間と“核”。

 選べるとしたらどちらを選びますか?」


質問はメレニウムとジアニウムにしたものと全く同じ内容のものだ。

“核”として生きたことのない人の意見も聞きたかった。

“核”という生命体が人間には劣っていない、と表明する。


「……ん、それはつまり?

 どういうことだ?」


「どういうことかしら。

 人間として産まれるか、“核”として産まれるかって事かしら?」


はじめは二人とも困惑した。

しかし、おっとしりた声で副司令は蒼の疑問を簡単に噛み砕く。


「そういうことです。

 もし今ここで選ばせてやる、ってなったら。

 お二方はどちらを選びますか?」


マックスは腕を組み、考え始めた。


「選べないわね、私は。

 人間としての生き方しか知らないもの。

 蒼、どうしたの?」


「少し、考える機会に恵まれたので。

 でも、兵器として産まれた以上抱いてはいけないのかな、と思いまして」


劣等感という感情も含め、抱いてはいけないもの。

そう蒼は今まで信じていた。

マックスは副司令の言葉を聴き、副司令と同じような言葉を返した。


「俺も選べないな。

 だけど人間としての生き方しか知らないからじゃない。

 両方とも素晴らしい所があるからだ」


「“核”は兵器としてしか生きれないんですよ?

 産まれた所はガラス製の子宮です。

 親のぬくもりなんて当然知りませんし。

 義務教育だって受けていません。

 素晴らしい所なんて――」


無い。

蒼の言葉を遮り、マックスはドヤ顔で蒼へと言葉を投げた。


「あるさ」


「“核”が人間に勝っているところ……ですよ?」


震えるような声で蒼は聞き返した。

本当に閃いたんですかね。

蒼はマックスの顔を見ながら、姿勢を変える。


「力、だ。

 “核”は力があるから、大事なものを守ることが出来る。

 人間には無理なことだ。

 人間一人が扱える兵器なんてたかが知れている。

 戦艦一隻なんて絶対に無理さ」


マックスはそういうとタバコに火を点けた。

煙が部屋に昇り始め、副司令が無言で換気扇のスイッチを押す。


「――なるほど。

 ごめんなさい、変なことを聞いてしまって。

 忘れてください、二人とも」


抱いていた劣等感を拭うことも出来ないで蒼は話を終わろうとする。

しかし


「ねぇ、蒼。

 あなたは人間として生きてみたいの?」


副司令は蒼の、空のように青く深い目を覗き込むような近さで聞いた。

顔が近い。

あわてて少しだけ距離を取りつつ、聞かれた本人は静かに首を左右に振り


「わかりません……」


と、一言だけぼそりと吐き出す。


「蒼、おいで」


「……は?」


「いいから」


おいで、と言った時マックスは蒼に向かって両腕を広げていた。

ユキムラ相手にしかしたことが無い行動をまさか自分がやられるとは思ってもみなかった。


「行ってみなさいな」


困って副司令を見る。

しかし、副司令も優しい目をしているだけだ。


「………………」


言うとおりマックスの前に立ってみる。


「ほら!」


「わ、わ!」


蒼は気がついたら大きなマックスの体の上で抱きしめられていた。

ゴツゴツとした筋肉と、硬く分厚い胸板が顔と手に感触として伝わってくる。

タバコのヤニの匂い、そして男性特有の汗の匂いを一瞬にして感じ取る。


「な、なにを――!」


慌てて離れようとするが暴れる蒼の頭にじんわりと柔らかい大きなものが当たった。

これもまた無骨で、硬い、女性の手とは全く違うものだ。


「何悩んでるんだ、蒼。

 お前らしくもないな」


「あ、あの、えっと……」


蒼はマックスにぎゅっとされてよしよし、されているのだ要するに。

よしよしはされた事があってもさすがに抱っこはなかった。

出会った時はマックスにちょっかいを出すことが多かったが最近はそういった事もしなくなっていた。


「元気出しなさいよ。

 蒼、あなたもし人間に成りたいなら――。

 いえ、今は何も言えないけれど。

 とにかく、あなたは私達の持っていないものを持っているの」


「むぐ……」


話そうとしてもマックスの胸板のおかげで話せない。


「そうさ。

 それは俺達人間には絶対に持てない物だ。

 蒼、お前は人間じゃない。

 だが、それに関して劣等感とかそういうものを抱くのは違うんじゃないか?

 お前はこの国を背負う為に生まれた《超極兵器級》。

 しかも《ネメシエル級一番艦》の“核”だ。

 この戦争が終わるまででいい。

 終わったら人間として生きることも――出来るかも知れないし……な」


「……………………」


ドクン、としたマックスの心臓の音が聞こえる。

嘘ではない、ゆったりとした音。


「あの……。

 そろそろ、離してもらえますか……?」


三分ほど、抱きしめられてさすがに蒼も気まずくなる。

いつまで抱っこされているんですかね、私は。


「おおう、すまん。

 まぁなんだ。

 人間になりたいならそういう方法も無いこと無い、って事をだな」


「いえ。

 今はいいです。

 私はこの戦争が終わってからそのことに関しては考えることにします」


マックスから離れると蒼は少し乱れた服を直し、副司令にもお礼を言う。


「ねぇ、蒼。

 私達子供がいないのよ。

 何でか分かるかしら?」


突然の問いに蒼は固まった。


「え……。

 えぇ……と……?」


副司令は妖艶まとった笑みを顔に貼り付け蒼を見る。

いつもおっとりとした雰囲気とはまた別の雰囲気に蒼は少しだけ臆す。

なぜかその理由を言ってはいけないような、そんな気がする。


「簡単よ。

 私もあなたたち“核”と同じ。

 あなたたち“核”は子供が産めない。

 ホルモン関係を弄られて、子宮が未成熟だからよ。

 私は人間、だけど子供は産めない。

 戦場で私、子宮を落としちゃったのよ、フフ」


副司令は自分のお腹を撫でつつ、蒼を愛おしそうに見た。


「だから私にしたらあなたたち空月兄妹は……。

 まるで自分の子供のように思えるのよ。

 だから、もし何か悩んだりしたら。

 遠慮なく聞いて欲しいわぁ。

 ねぇ、あなた?」


「そうだ。

 この基地にいる“核”の“家”はあの真っ白な技術島じゃない。

 このセウジョウだ。

 蒼、お前の家はここだ。

 人間として生きるのもここじゃ自由だ。

 親として俺達二人を慕ってくれてもかまわないんだぞ?」


「…………最後のは考えておきます」


外ではさらに強くなった雪が降り注ぐ。

もはや吹雪といっても過言ではないレベルのスピードだ。

風が強く吹いてきたのか窓ガラスがガタガタと揺れる。


「じゃあ蒼の悩みも消えたところで。

 詩聖、そろそろ部下を戻して次の作戦のことを話したい。

 いいな」


「了解よ」






               This story continues

ありがとうございます。

お待たせいたしました!

蒼、どうしたんでしょうかね。

きっと疲れているんでしょう。

おそらく。


よんでいただき、ありがとうございました!!

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