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超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
解放への道
47/81

最後の戦争へ

 その夜、ベルカは沸いていた。

国民は皆空を見上げ、夜空に瞬くいつも通りの凶星を見てほっとため息をつく。

今まで空を埋め尽くしていた多国籍軍の軍艦の底はもうそこには無いのだ。

いつも砲門を下へ向け、怪訝な雰囲気があったら直接対地砲撃で制圧し、恐怖を、力を撒き散らしていた敵の姿はどこかへと消えてしまっていた。

 《ネメシエル》達と戦いその砲火によって砕け、蒸発してしまったのだ。


『とうとう帝都がベルカの元へ帰って参りました。

 その活躍を主に行ったのは制圧艦隊の《ネメシエル》と言われており……』


『この勝利は《ネメシエル》あってのものだと――』


『《超常兵器級》にも勝る《超極兵器級》の、五隻によって――』


 どのチャンネルを回しても、テレビでも、ラジオでも全てのメディアがこの事を嬉々として取り上げる。

そのニュースには必ず《超極兵器級》と《ネメシエル》の文字が入っていた。

《ネメシエル》の奮闘する姿はいつの間にか撮影されており、人々に希望を与えると共に勝利の象徴となっていた。


『我々は長い時間ヒクセスやシグナエの理不尽な圧力により強いたげられてきました。

 しかしもうその心配はありません。

 我々は帝都を、取り戻すことに成功しました。

 ここに正式な政府の樹立を宣言し、ヒクセスとの講話に挑むからです。

 我々は――』


ともかく今日は特別な日なのだ。

凶星の間に浮かぶ紫色の月が美しく町を照らす。

ベルカ人は帝都をようやく自分達の手に取り戻したのだ。

自分達の町からヒクセスやシグナエ等、敗退濃厚になってきた他国の軍隊が出ていくのを人々は石を投げるなど侮辱することなく見送る。

特にヒクセスには同情の目を向ける人も多かった。

多国籍軍が、去り荒れた町に残ったものは人々の絆と瓦礫。

その瓦礫を踏みつけ、ようやくベルカはまた国としての形を取り戻しつつあった。

ベルカの帝都が戻った今現在、残る奪還地域は技術島を含む多数の島だけ。

しかし、ヒクセスとの講和が可能になれば戦わなくともこれらの地域は返ってくる。

あちらこちらの町がお祭りムードになっている中


「いい風ですね……」


 帝都のすぐそばに《ネメシエル》は一隻だけで停泊していた。

セウジョウ帰っていたら見学の列が出来ることはもう分かっていた。

誰もかもが見せろ、拝ませろ、とやってきただろう。

あまり人が多いところが好きではない蒼にとってマックスのこの提案はまさに神の助けともいえた。

修理したがるセウジョウのドック要員を待たせ、こうしてここに来た理由は当然それだけではない。

高度二百メートル地点では霞もかかることなく帝都の全貌を見ることができる。


「ああ、全くだ。

 蒼、よくやってくれた」


 《ネメシエル》が先ほどから流している曲はレクイエムだ。

この空で今まで散って行ったたくさんの仲間たちへと送る曲。

停泊した《ネメシエル》の第一“三百六十センチ六連装光波共震砲”の近くで蒼、春秋、マックス、副司令の四人はいた。

二百メートル眼下では今現在、壊滅した帝都に万を超える重機ドローンがやって来て再建を始めていた。

クレーンなどがあることを示す赤い光が点滅する都には、もうすでに所々無事だった場所に人が住んでいるのか、明かりが点いているのが見える。

二カ月もすればあらかた見ることが出来る程度には都市機能を取り戻すだろう。

心配されていたアルル重粒子はあまり撒き散らされていなかったらしく、こうして蒼達は防護服を付けることなく外に出ることが出来る。


「当然のことをしたまでですよ。

 私は《ネメシエル》ですから」


蒼はマックスに少し笑いかけると手すりのない甲板の端まで歩き町を見下ろす。

紫色の月が落とす光に《ヴェザーダウン》だった物体が濃い影として浮かび上がっている。

重機ドローンがいる場所は元帝国議会など政治の施設等があった場所で建造もどうやらそういった政治施設からになるらしい。


「フェンリア……フェンリア大佐は……。

 すまん、なんて言えばいいのか分からん。

 司令官としての立場の物言いしか出来ん。」


「私も……なんとも言えないわ。

 副司令として何か言ってあげたいんだけどねぇ……」


マックスは目を伏せていた。

副司令の小さく鼻をすする音が響く。

建設ドローン達が鳴らす土木工事の音が小さく伝わってくる。

しかし、鼻をすすった音は消えるものではない。

副司令もそうだが、何よりも一番号泣しているのは春秋だ。


「うっ、ひ……っく……」


蒼は拳をぎゅっと握り締めた。

考えに考えなんとかフェンリアへの弔いともいえる言葉を絞り出す。


「――仕方ないですよ。

 むしろ……むしろ褒めてあげるべきです。

 彼女のお陰で私が生きているのですから」


 蒼も確かに悲しかった。

しかしその悲しみは兵器としての自覚にかき消され、春秋ほど感じることは出来ずにいた。

今まで沢山の仲間を失ってきたからこそ慣れてしまったのかもしれない。

兵器としての思考回路が人間としての思考回路を切断してしまっているようだった。

二百メートル下には《タングテン》だった艦がバラバラに部品を回収され、ひとまとまりとなって置いてある。

《タングテン》のセラグスコンは街の建造に使われることになっている。

あの時、被弾した《タングテン》が墜落してから綿密に入念に探索は行われた。

もしかしたらフェンリアは生きているかもしれないと、蒼も淡い期待を持ったりした。


「残念だけど……」


 そんな期待を抱いていた蒼と春秋に副司令が告げた現実はとてもキツいものだった。

フェンリアの遺体はほとんどバラバラにも近い状態で発見された、とのことだった。

マックスですら見るのをためらうほどだったらしい。

艦橋から地面に堕ち、炎上までしていたなら人体などすぐにバラバラになって当然だ。

とても個人の“イージス”では生き長らえることなど出来なかっただろう。


「ありがとうございました、フェンリアさん。

 必ず……必ず私達は勝ちます。

 だから――。

 だから、今は眠ってください」


蒼の言葉に春秋は我慢できなくなったのだろう。

嗚咽は次第に大きくなりやがて大泣きになってしまった。


「ひっ……く……うえ……フェンリ……さんっ……!」


しゃっくりのように泣き続ける春秋を副司令が抱き締め、慰める。

蒼はその光景を見て何か一言かけようとする。

でも喉に急に蓋が出来たようになり一言も発することは出来ない。

それはマックスも同じようだった。

サングラスの下、塞がっていない方の目には涙が貯まっていたように蒼には見えた。


「――立派だった」


「はい……」


蒼は“三百六十センチ六連装光波共震砲”の砲門全て真上に向ける。


「フェンリア大佐に……敬礼!」


マックスの指示と共に《ネメシエル》が弔いの空砲を鳴らす。

轟音は帝都に響き渡り、空の遠くにまで届くようだった。

セウジョウでは今頃はどんちゃん騒ぎだろう。

なんにせよ、今日は特別な日なのだから。






      ※






 特別な日は、帝都奪還だけで構成されていたのではない。

蒼達の戦闘艦隊とは別に編成された特殊部隊も特別な事に成功していたのだ。

それが天帝陛下の奪還だ。


「陛下は?」


「はっ、医務室にて休まれております」


「了解だ」


 《ネメシエル》から降りた蒼とマックスの二人は医務室へと向かう。

ただ、春秋は気分が優れないらしくさっさと自分の部屋に戻っていった。

正直蒼もあまり乗り気ではなかったがマックスがプリンをくれると言うのでその言葉に甘える。

天帝陛下をこちらの手に取り戻した、という事はあえて蒼達は公表していない。

混乱が起こるに決まっているからだ。

だがこれで立ち上げた臨時政府もようやく正式な政府として機能することが出来るようになるだろう。

発表はヒクセスとの講和に成功してからだ。

第三医務室でマックスは立ち止まる。

ドアの横についているスイッチを押し自分の身分を言う。


「セウジョウ及びコグレ最高司令マックスです」


「入ってくれ」


 中からくぐもったような声が聞こえた。

ドアが開くと中には二人のおじさんが楽しそうに談笑していた。

ヒクセスの首相ロバート。

そしてベルカの天帝陛下だ。

二人はにこやかに昔からの友人のように話していた。

国の全てを統括する天帝陛下を蒼も初めて生で見た。

みてくれはどこにでも存在してそうなおじさんだ。

まだ五十代後半ぐらいだろう。

しかし、蒼の中に流れるベルカの血が騒ぐ。

ついひれ伏さずにはいられないようなそんな強大過ぎるオーラがあるように感じ取る。


「おや、マックス君には子供がいたのかな?」


天帝陛下はベッドから起き上がろうとする。


「ああ、そんな、恐れ多いです!

 まだお体が――」


「む、そうか……。

 すまんな。

 寝たままで許してくれ」


再び布団に横たわる天帝陛下は蒼が昔テレビで見た時と大きく変わってしまっているようだった。

とても老けてしまっている。

顔には傷があり、捕えられたときに暴行を受けた形跡がはっきりと残っていた。

そこで初めて蒼は自分が掌にたっぷりと汗をかいていることに気が付いた。

知らないうちに気を張ってしまっているのだ。


「天帝陛下、こちらは私の子供ではなくてですね。

 今話題になっている《ネメシエル》の“核”です」


「―――!

 そうか、君が――!」


 天帝陛下は蒼を上から下まで眺めるとにっこりと笑う。

その笑顔はとても綺麗なもので、見ている人を和ませる。

蒼の緊張も少しは和らいだ。


「すまないね……。

 君たち“核”には国という大きなものを背負わせてしまって。

 本来は私、天帝が背負わなければならないというのに……」


「あっ、いえ!

 そんな、私達は兵器で、あっ、えっと――」


しかし予想外の謝罪に蒼はとっさに返すことが出来ず詰まってしまった。

その光景を見たロバートが助け舟を出してくれる。


「ふふっ、これがあなたの国の最強兵器なのですから……。

 かわいらしいものですなぁ?」


ロバートも蒼を見てにこにこする。

天帝陛下はロバートの言葉を聞いて口を開けて笑った。


「いやー、空月博士のお蔭ですかな。

 すまないね、《ネメシエル》。

 君達には本当に大きな迷惑をかけるよ……」


「いえ!

 本当に、私達は兵器ですから、あの。

 天帝陛下の手足のように、働くことが、幸せです!」


敬礼し、言い切った。

うん、うん、と天帝陛下は頷く。

そしてその目は今度はマックスを向いた。


「マックス君。

 君にも大きな面倒をかけたね。

 絶対に勝てないと思っていた戦争をここにまで持ってきた。

 大した手腕だ」


「はっ、ありがたき幸せでございます。

 といっても、私の無茶な作戦を支えてくれたのはこの《ネメシエル》です。

 彼女なしではとても無理でした」 


「あっ、えっ? 

 私というか、あの、マックスの作戦が素晴らしかったというかうな、はい!」


めったに緊張しない蒼だったが、今回ばかりは仕方がない。

何せ国のトップであり自らの所有者と話しているのだから。

いくら笑顔で緊張が和らいだと言え、申し訳程度のものだ。


「ははっ、少し落ち着きなさい。

 大丈夫、怒ったりしないから。

 ありがとう、《ネメシエル》」


「は、はい!」


蒼が落ち着いていくのをのんびり眺めていた天帝陛下だったが突如マックスを見ると低い声で話しかけた。


「――それで、マックス君。

 次の作戦なのだが今二人で話し合って決めたよ」


その言葉にロバートも頷く。


「おっ、して、どのようにいたしますか?」


二人の神妙な面持ちとはまた別にマックスはわくわくしているように見えた。

今から世界をひっくり返す算段をしているのだ。

どうもわくわくせずにはいられないようだ。


「《ネメシエル》単艦に私達二人が乗り込んでニューバークに赴くよ。

 細かい場所などは君に任せる。

 しかしやることはもう決まっている。

 そこで私達は演説を行うんだ。

 当然、それだけで効果があるとは思えない。

 だからその映像を全世界へと発信する。

 中継地点として《超極兵器級》四隻を貸してもらいたい」


 ニューバーグは今、ヒクセスの首都バリントンが消滅してしまった現在ヒクセスの実質的な首都として機能している。

もしものベルカの襲来に備えて、大量の税金をつぎ込んで要塞都市と化しているらしい。

さらにスパイからの情報によると最悪巨大兵器の主砲を設置することも検討されているとか。

兎も角時間がない。

乗り込むのが遅れれば遅れるほどニューバークは堅牢な守りを持つようになる。

講和目的で《ネメシエル》に二人を乗せ単艦で突撃講和をむすぶ、という算段である以上いくら《超極兵器級》と言えど長く持ちこたえる事が出来なければそれで終わりだ。


「一隻だけで大丈夫なのですか?

 もう少し護衛につけた方が――」


心配するマックスだったが、ロバートが手を振ってそれを遮る。


「心配いらないよ。

 私が乗っている、と示せばいいんだ。

 いまだヒクセスにはこの戦争に疑問を抱いているものが多い。

 私が乗っているとあらば、滅多な事では攻撃してこないさ。

 ここが政治家としての見せ所だよ。

 全世界にこの戦争の終結を知らしめるんだ」


その目にはヒクセス国民の思いが写っているのだろう。

必ずこの戦いは勝たなければならないと、ヒクセス首相も知っていたのだ。


「……了解しました。

 では詳しい算段は司令室にて作戦を立ててきます。

 お二方はもう少し休んでいてください。

 蒼、行くぞ」


「は、はいな!

失礼しました!」


医務室から出て、ようやく蒼は一息つくことができた。

あのままずっと医務室にいたら戦闘するよりもはるかに疲れが貯まっていただろう。


「蒼、お疲れ様だ。

今日はゆっくりと休むといい。

俺はこの戦争を終わらせるための最後の計画立案に入る」


マックスは蒼の頭を撫でると蒼の部屋の前で別れた。

自分の部屋に入ると蒼はまずシャワーを浴び、さっぱりするとベッドへと飛び込んだ。

しばらくじーっとしていたが、とてもたまらず《ネメシエル》に話しかける。


「《ネメシエル》、起きていますか」


(何万回と言うようだが私は眠ることなど……いや、構わない。

 どうしたんだ、蒼副長?)


「戦争が……終わるみたいです」


その一言に《ネメシエル》はしばらく黙ってしまった。

蒼の記憶を読んでいるのだろう。


(……そうか。

 ヒクセスと講話を結べばシグナエも講話を結ぶしかなくなるからな。

 シグナエにはベルカとヒクセスの両方を相手にする力は無い)


《ネメシエル》の言い分は最もだ。

しかし蒼は喉の奥に何かが刺さっているような気がしてならないのだった。


「あー……本当にそうなるんですかね。

私はもっと不安な何かがあるような気がしてならないですよ」


(というと?)


蒼は枕をぎゅっと抱いた。


「紫と夏冬の事ですよ。

 あの二人はとてもシグナエに属しているようには思えません。

 だからこそこんな日の夜こそ逆に警戒しなければならないんじゃないかと考えるわけです」


(マックスは蒼副長に怒られてからちゃんとやるようになったじゃないか。

 勝って兜の緒を締めているのだからなにも言えまい?)


 あの時蒼に叱られてからマックスは勝っても決して浮かれずまず自陣の周りを確かめ、敵の動きをなおさら警戒するようになった。

逆に兜の緒を締めすぎている気がしないでもないが、まぁ締めすぎるに越したことは無いといった所だろうか。


「敵は天帝陛下を私達が救い出した事を知っていますよね。

 ロバート首相を救い出したことも知っている。

 となるとやはりニューバークの守りは相当なものになっていますね……。

 オプション装甲の展開をマックスに申請しておいた方がいいですかね?」


(そうだな。

 正式な作戦発表はどうせ明日になるんだ。

 今日はそんな考えずに寝ていいんじゃないか?)


《ネメシエル》自身もしばらくはシステムの整備の為スリープモードに入るようだ。


「……本を読んで寝るとします。

 おやすみなさい《ネメシエル》」


(ああ。

 おやすみ、蒼副長)


 《ネメシエル》との通信を切り、本棚から本を取り出す。

分厚い一冊の書籍の紙をめくり、読み始める。

古代から起きたあらゆる海戦のデータと分析が書かれているこの本を読んで常に勉強しているものの、役に立ったことはあまり無い。

それだけ今の軍艦は昔と比べて別次元にまで進化してしまっているのだ。


「ふあーあ……」


 窓の外から見えるセウジョウの町はネオンが光る大きな都市だ。

以前までのようにヒクセス達の爆撃を今夜ぐらいは気にせずともよいのだから。

海に沈んでいる古い町の隙間を縫うように巡視船がサーチライトをつけて泳いでいる。

あの町の明かり一つ一つに人々の人生があるのだ。




挿絵(By みてみん)




「蒼先輩、いいっすか?」


トントン、と扉が叩かれた。


「春秋?

 いいですよ、どうしたのですか?」


入ってきた春秋の持つお盆の上にはお酒と多数の料理が置いてあった。


「フェンリア大佐を、忍んで一杯やらないっすか?

 こいつも……っこら、暴れないっすよ!」


春秋の胸がモゾモゾと動くと、中から一匹の猫が出てきた。

ユキムラだ。


「ユキムラ……」


ユキムラは蒼の部屋を珍しそうに眺めると蒼のベッドに飛び乗る。


「フェンリアさんから頼まれていましたっけ、そういえば……」


 ベッドでの自分の居場所を見つけたのかユキムラは布団の上で丸くなった。

春秋が餌もあげてくれたらしく持ってきた料理には見向きもしない。

折れ曲がっている耳がまたかわいいのだ。

少しだけユキムラを撫でると蒼は椅子に座る。

春秋はお盆を机の上におき、アルミホイルを取った。

十分すぎるご馳走がそこには並んでいた。

とても二人では食べきれないような量だ。


「蒼先輩、どうぞ」


春秋が差し出してきたのはベルカ酒だ。

喉越し爽やかなで、仄かな甘味が特徴とされており全世界ではベルカブランドのひとつとして飲まれている。

アルコールは五パーセントと普通で、とても飲みやすいため巷では女の子を酔わせてお持ち帰りするために使われたりするとかなんとか。

透明のグラスに少しだけ黄色がかかった液体が注がれる。

氷が溶け、からからと乾いた音が鳴り響く。


「春秋も」


お互いがお互いのコップに酒を注ぎ終わるともうひとつ春秋はコップを取り出した。


「フェンリアさんに」


そのもうひとつのコップにも並々酒が注がれる。


「乾杯」


一気に蒼は一杯目を飲み干した。

喉と胃が熱くなる。


「っくぅー!

 きくっすねー!

 これが最高っすよほんと!」


「お酒なんて久しぶりに私は飲みましたよ。

 そんなに飲まないですからねぇ普通は」


 本当に久しぶりに飲んだ。

ベルカでは十六歳から飲酒は許されており、蒼や、春秋“核”達は年齢に関係なく飲酒が許可されている。

当然、任務の十二時間前には飲んではならないと言った決まりはあるにはあるが兵器としての活躍を予定されて体が作られている“核”は、どれだけ飲んでも二日酔いや、嘔吐といった症状が現れにくい。


「そしてこの肉を一口……んー!

 最高っす心から!

 蒼先輩空じゃないですか、ほら、もっと飲むっすよほらほら」


だから酒豪が多いのだ。

男性タイプの“核”は特に。

春秋も脳は男だから酒豪になる片鱗が見える。

放っておいたら本当に浴びるように飲むのが目に見える。


「ちょ、春秋そんなに急かさないでください。

 やれやれ……いただきます」


「どうっすか?」


「最高ですね。

 これとお酒は絶妙に合います」


「そりゃよかったっす!

 ほら、まだまだお酒はあるっすからもっともっと飲むっすよ!」


そんなこんなで三十分もしたら完全に二人して出来上がってしまっていた。

蒼なんて真っ赤だし、春秋に至ってはいつの間にか下着だけになっている。


「春秋ー。

 見ててくださいよこれー」


「んっなにしてんすかもぉー!

 瓶で遊んじゃだめっふよぉー!」


春秋は自分でまたコップに酒をぶちこむと一気に飲み干した。

盛大なげっぷをすると机にコップを叩きたけるように置く。


「飲みすぎですよぉー春秋はぁー」


蒼は相当酔っぱらっている春秋から瓶を奪い取るとそのまま自分のコップに注ぐ。

それを飲もうとしたら先に春秋が手を伸ばして奪い取っていた。


「もぉー、春秋ー?」


それを今度はおつまみと一緒に水のように飲むとまたげっぷをひとつする。

本当におっさんみたいな行動を取る春秋は今度はだる絡みを始めた。

酔っぱらって絡んでくる人ほど質の悪いものはない。


「んにゃぷ、蒼しぇんぱいはー、うー。

 しぇんぱいはこの春秋様の気持ちをーちゃんと分かってるんすかぁ?」


 春秋は蒼のほっぺたをつつく。

面倒くさい、といった表情を顔に出しつつも春秋の問いに蒼はちゃんと答えてあげる。


「んー、ん?

 分かってますよー全部分かってますよー。

 私は旗艦ですからねーぇー」


「いんやー分かってないっすよ!

 なにも分かってないっす!

 うなな!っすよ!

 俺はこんなに蒼先輩のことが大好きだって言うのに!」


春秋は真っ赤に酔っ払った顔でわめき散らした。

蒼は机につっぷしたまま、答えを返す。

なんだそんなことか、といった態度だ。


「この前も聞きましたー!

 残念でしたー春秋ー。

 私もあなたのことはちゃーんと好きですよー。

 同僚の中でも一番好きですよぉー」


 蒼はもう一杯酒を飲もうと立ち上がった。

先ほどの瓶が空になったので新しい瓶を冷蔵庫から取り出すためだ。

しかし足元がおぼつかず、倒れようとする体を立て直すために椅子を持とうとしたが間に合わない。

そのまま蒼の体はベッドに倒れ込んでしまう。

ユキムラが迷惑そうに移動し、蒼の枕で丸くなった。


「蒼しぇんぱいはやっぱりなにも分かってないっす……。

 わかってないっすよー!!」


そう言いながら春秋も立ち上がり、起き上がろうとした蒼の手首を掴んだ。

そして、そのまま春秋は蒼を押し倒した。


「な、何するんにゃですか春秋ぃ!

 はにゃ、はにゃしてください!」


これには流石に蒼もビックリしたのか抵抗を試みる。

春秋の荒く、熱い吐息が蒼の顔にかかる。

強烈な酒の匂いに頭の神経が麻痺し、ぼんやりと視界が崩れる。


「何も分かってない……何も……」


その顔の近さに酒ではない別の動悸を感じ、あわてて顔を背ける。

このままではまずい、と本能が危険信号を鳴らしていた。


「春秋、はにゃしなさ……」


 抵抗しようとした蒼だったが、顔に雫が落ちてきたことに気がついた。

ポタポタ、と流れる液体は人肌に温かく春秋の目から大粒となって流れ出していた。

それを見て抵抗の意志が急激に萎える。


「ひっ、うっ……ぐすっ…………」


「え、えーっと?

 春秋?」


 一気に酔いが覚め、混乱がアルコールの代わりに頭に充満する。

慌てて慰めに入る蒼だったがもう、手遅れだ。

泣き始めた春秋は止まらない。


「ぐすっ…………ひっ、く…………」


春秋は頭を蒼の無い胸に埋めてくる。


「蒼しぇんぱいは……なにもっ……何も分かってないぃ……。

 俺達は……ぐすっ。

 あ、明日死ぬかもしれない……のにっ……。

 だからこそっ……俺は……蒼先輩を好きだ……ってことを…………伝え…………」


「だから私も同僚の中でも一番好きですって……」


 蒼がそう言うと春秋は首を左右に振って否定する。

鼻水がパジャマに付きそうなのを心配しつつ、余計なことは言わないようにしようと、蒼は心の奥で思う。

泣きながら首を振っている様はまるで駄々を捏ねている赤ちゃんのようだ。

泣き続け、何が言いたいのか分からない蒼の頭の上に更にはてなのマークが追加される。


「そうじゃなくって……!

 同僚……とかじゃなくて…………男女の……仲みたいに……」


ようやく聞けたかと思ったらこれである。


「えーと……えっ?」


そこでようやく蒼は理解した。

頭の中に詰まっていたアルコールが更に一気に抜けていく。

告白された、というか事実に心臓が早くなり、なんと答えるかひたすらに頭の中を文字が駆け巡る。

完全に蒼は春秋の気持ちを踏みにじっていたことをようやく認識したのだった。


「えっと、は……春秋……?」


 泣きながらも思いを春秋は伝えてきたのだ。

なんとしても失礼のないように返事を返さなければならない。

さもなければ春秋をまた傷つけてしまう事になる。

考えに考える。

なんといえば春秋は傷つかずに、蒼のことを諦めてくれるのか。


「んにゃ……蒼しぇんぱいの……胸……なんもない…………」


「やかましいですよ」


「蒼しぇん……へん……じは……」


「少し待って、くださいね」


「は……っす……」


蒼の胸に抱きついたまま春秋は話していたがすぐにその言葉は弱いものとなりやがて寝息だけが聞こえるようになった。

どうやら助かったらしい。

ほっとため息をつき


「……やれやれ。

 こんな私を好きになってくれてありがとうですよ」


春秋の頭をポンポンと撫で、眠る春秋の下から何とか抜け出す。


「風邪引かれたら困りますからねぇ……。

 片付けば明日にして私も歯を磨いて寝ましょうかね」


下着だけの春秋に布団をかけてあげる。

春秋は男の脳を持っている。

だからこそ女の蒼に恋をした。

“核”で、兵器だというのに。


「はー……。

 ややこしいですねぇ全く……」


 どうして女として生きたくない春秋に胸があるのに私には無いのだろう、と空月博士の趣味を多々恨む。

酒を飲んだせいでまだ火照っている体にシャワーを浴びて冷やす。

二回目だが、別に浴びすぎてもかまわないだろう。

歯ブラシを取り出し、歯磨き粉をつける。

この一連の動作で鏡に写っている自分は別段かわいいと思わない。

むしろこの低い身長、成長しない胸にしょうもなさを感じるのだ。

磨き終わり、ベッドに横になろうとして思い出す。


「あー……」


春秋とユキムラの二人にベッドが占領されてしまっているのだ。

自分のベッドをユキムラと春秋に取られた蒼はソファーをベッドにすることにした。






     ※






「どうだ、調子は?」


「まぁ……。

 どうもこうもないと言いたいですが……。

 はい、何事も最高という感じですかね」


「そいつぁ、よかった」


 お祭り騒ぎの翌日、第五乾ドックで蒼は憎まれ口を叩いていた。

そのお相手はソムレコフだ。

お祭りの次の日は大体仕事だと相場が決まっている。

軍隊でも寸分たがわずその規則は適応され、セウジョウはいつも通りの活動をすでに始めていた。

お祭りは昨日まで。

酒をかっくらって二日酔いなのか目の前を歩いていくおっさんは気持ち悪そうだ。

顔色が悪い。

白を通り越して青色にまでなっている。


「ふー……」


ソムレコフはタバコを口に咥え、《ネメシエル》に行われている作業を黙って見ている。

この人が軍艦を見にわざわざ来るなんて考え辛い。

恐らく、蒼と話に来たのだろう。


「――またなんであなたがここにいるんですか」


「なんだ、いちゃ駄目なのか?」


黙っていればずっと本題を切り出さないだろう。

だから蒼から話題を切り出したらこの返答だ。

ああいえばこういいますからねこの人は――。

黙っていればいい男……なのかもしれないですけども。

ソムレコフはいわゆるいい歳の取り方をした、とでも言えばいいだろうか。

シグナエ系の顔つきは歳をとるとかっこよくなるのだ。


「そういう風には言ってないじゃないですか」


「……まぁ……そうだな」


「…………」


「………………」


なんというか……。

すごく、話しにくい人ですね。

仲介役としてマックスか副司令がいてくれれば助かるんですが――。

いや、副司令はいるにはいるんですよね。

今現在ネメシエルにオプション装甲を追加しているドローンは副司令が操っているものだ。

ああ見えて彼女は結構メカニック心がある。

整備班に混ざり作業を手伝っていることも多い。

ドローンが《ネメシエル》の艦底に多数のオプション装甲が追加していく音がやけにうるさい。

潮風が開いた窓から中へと吹き込み、少し錆びている手すりにこびりついたペンキがゆらゆらと揺れる。


「どうなんだ。

 この戦争についてお前は……兵器としてお前はどう考えているんだ」


「考えているって……。

 私はただ兵器としてならば戦争する道具ですから何も考えを持ち合わせていないですよ。

 人間として考えるならば別ですが」


ソムレコフはタバコの煙を吐くと携帯灰皿にタバコを入れ、新しいのに火を点けた。


「じゃあ人間として教えてくれ。

 この戦争、どう思うかを」


「そうですねぇ……」


蒼は目の前を通り過ぎていくドローンを目で追う。

太陽を鈍く反射し、その丸い本体は青色のバイナルパターンを浮かばせながら飛んでいく。


「正直言って、私は――。

 うーん、難しい問いですね。

 何と答えればいいでしょうか……。

 強いて言うならばどうして戦っているのか分からない、としか。

 ヒクセスとベルカはあの事件があったとはいえそこまで悪くはありませんでした。

 天帝陛下とロバート首相との仲も別に悪くなかったんですから。

 ですから……やっぱりシグナエが原因なんじゃないか、と考えています」


「――そうなるよな。

 俺の祖国……だけども、シグナエが原因。

 うん、そうだよな……」


ソムレコフはタバコを携帯灰皿に入れると背中を壁に預けた。

そのまま第五乾ドックの高い天井を見上げる。


「空が見えやがるな……。

 何というか、お前らは愛されてるんだな。

 基地のみんなから」


「急にどうしたんですか?」


「いや……。

 俺は何のために戦っているのかなぁ、って考えちまってよ。

 亡国の兵士になってんのかなぁ、とかよぉ」


「何言ってんですか……」


「いや、まじめな話のつもりだぞ俺は」


「ふむ」


今度は左から右へと先ほどのドローンが帰って行った。

両腕には何やら道具が付いている。


「祖国のつもりで戦うとするならば……。

 俺はここでお前を殺した方がいいんだろうな」


「――そういうことになりますね。

 私達が今から行うのはシグナエの目論見を潰す事ですから」


「そうだよな。

 そうなるのは分かってんだ。

 だけど、なんか自分の中では信じられないんだよな。

 お前たちのこの基地に攻め込んだ俺が言えることじゃないかもしれないが……。

 とても……とてもシグナエがそんなことをするなんて思えないんだよ」


「はぁ……?」


ソムレコフはそういうとまた一本、新しいタバコをひっぱり出して火を点けた。


「まぁ……それだけなんだが。

 すまん、忘れてくれ……」


「ああ、はい……」


 黄色いランプがくるくる回り三回警報が鳴った。

艦底へのオプション装甲の取り付けが終わったのか乾ドックに海水が入れられるのだ。

深さが八十メートルもあるこの乾ドックに海水が入れられる時、その給水付近では渦潮が出来るほどに海水がうねる。

粘りが付いた海水がドドド、という音を立てて乾ドックへとなだれ込む。

《ネメシエル》がそれを受け止め、一億トンを超える巨体が揺れる。


「いつみても圧巻だな」


「私はこの視点から初めて見ましたよ」


船体にぶつかり、飛び散った海水が蒼達の所にまで飛んでくる。


「それと」


飛んできた海水に少し濡れながらソムレコフは蒼に背を向けた。


「?」


「マックスが司令室に来いとさ」


「―――ッ!

 それを先にいってくださいよこのクソじじい!」






     ※





「残り四人には作戦を説明し終わったんだが……。

 もう一度蒼のために作戦を説明するぞ。

 お前らは帰っていいからな」


「いったい何をしていたのですこと?

 春秋と朝帰りしたって私めは聞きましたわよ?」


「……おっ?」


「そんなことしてないですから!」


「蒼も片隅にはおけんいうことか?

 やれやれやなぁ?」


「おいお前らうるさいぞ。

 さっさと帰れ帰れ」


「んじゃあ、失礼するわ。

 ほな、さいなら」


どやどやと四人はドアから出ていく。

静かになった部屋でマックスはもう一度地図を出した。


「すいません……」


「いんや、仕方ない。

 ソムレコフに頼んだ俺が馬鹿だったんだ」


「はい……すいません……」


マックスは目の前に先ほど取り出した地図を置く。

その地図はヒクセス最大の都市、ニューバークだ。


「いいか、蒼。

 《ネメシエル》で敵の攻撃を掻い潜り、このニューバークを流れるワゴントン川に着水。

 そこで二人に演説をしてもらう。

 ヒクセスのマスコミはずっとこの戦争に異を唱え続けてきている。

 こちらからの打診に喜んで協力してくれるそうだ」


ニューバーク市内を流れるワゴントン川は幅二キロもある巨大な川だ。

《ネメシエル》一隻ぐらいの着水、軽く受け止めてくれるだろう。


「沿岸への被害は気にしなくていい。

 このワゴントン川の沿岸には高さ二十メートルにもなる堤防がある。

 思いっきり突っ込んだりしない限り大丈夫だ。

 なおこの作戦は全世界に流すために《超極兵器級》全てを投入した作戦になる。

 一隻でも欠けたらアウトだ。

 いいな、蒼」


「……それだけですか?」


「ああ。

 これで全てが終わる。

 ヒクセスとの、いや、全世界との戦争が終わりだ。

 世界連合との講和が実現されることになる」


「分かりました」


「強いて言うならば、演説を邪魔するものは何人たりとも邪魔を許すな。

 例えそれが俺だったとしても迷わずに撃ち落とすんだ。

 いいな。

 必ず二人を守り通せ。

 二人は甲板の上で演説をする。

 マスコミは沿岸からその演説を撮るだろう。

 だから、きっちりと周辺全てを守るんだ」


「敵地で敵を守るなんて皮肉ですね……」


蒼は地図を見て少しだけほくそ笑む。


「ヒクセスはもう敵ではない。

 いいな、蒼。

 失敗は許されない。

 出発は明朝七時。

 しっかりと寝て、体力を温存するんだな」






               This story continues.

ありがとうございました。

更新いたしました。


とうとうここまで来てしまいましたか……。

悲しいですねぇ……。


うっ、もうこのお話も終わり……なのか……な?


さてと。


ではでは、ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!

またぼちぼち用語集等も更新していきますのでそちらもよろしくお願いします!

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