過去の遺物
「つまり……どういうことです?」
「ああ。
簡単に噛み砕いて説明しよう。
《ネメシエル》率いる第一艦隊に少し改造を施している。
そして超超音速で帝都に突っ込んでもらう」
そう言ってのけたマックスに蒼は驚きを隠しきれなかった。
「……へっ?」
変な声まで出る始末だ。
超超音速……?
マックスが話したキーワードが頭の中でぐるぐると回る。
明朝七時現在、本来なら出撃し、戦闘状態にあるはずの時間だというのにセウジョウにはまだ大量の軍艦が残っている。
係留された軍艦の一部はドック内で何やら改造を施されているとかなんとか。
「そりゃまたなんでですか……?」
当然をはじめとする《超極兵器級》達もまだ港におり、その他戦艦達も出撃してはいない。
なぜ出撃していないのかはおおよそ八時間前にまで遡る。
※
「何があった!?」
穏やかな睡眠に入ろうとしていたマックスをいくつもの警報と呼び出し音が叩き起こした。
かわいい兎模様のパジャマの上から軍服をはおり、廊下に飛び出す。
既に廊下は非常事態体勢が敷かれており、赤い非常灯に切り替わっていた。
廊下の外では戦闘用パンソロジーレーダーがフル稼働し、八本の電波柱を展開させていく。
分厚い装甲の床が開くと中から“光波共震砲”がエレベーターに乗って現れ、連装の砲門を虚空へと向けた。
基地と街とを分ける壁の装甲壁面が開くと“光波共震砲”の砲門が奥から出現し、同期したことを示す緑色のランプを光らせる。
更に数々の機銃も壁の上部から展開されると共に、ミサイルハッチもその身を伸ばしはじめた。
開いた壁からレーンが伸び、《超極兵器級》にも迫る“穿通口”が山のように連なり発射口を開く。
夜間という事もあり何事か、と眠そうな兵士も多数いたものの基地はすでに臨戦態勢にあった。
「あなた!
遅いわよ!」
「仕方ないだろ!
状況を!」
司令室に駆け込んだマックスを青ざめた表情で見る副司令に指示を飛ばし状況の確認を急がせる。
「レーダー異常は?」
「周囲五百キロ近辺に敵影なし!」
「念のため空間軸スキャンもしておくように」
「了解しました」
「異空間ソナーも展開しろ!
シグナエの《天端兵器級》かもしれん!」
「――反応なし!
周囲五百キロに敵艦の反応はありません!」
周辺に敵が存在していないのに基地AIが臨戦態勢を選択した、ということは恐らく展開している別部隊の何かが攻撃を受けたのだろう。
別部隊とリンクしている基地の防衛システムが万が一を選択し、脅威レベルを満たしたため 勝手に起動したのだ。
人間が眠る間は基本セウジョウの防衛反応はAIに一任し交代制で夜間働く兵士達以外は帰宅してしまうため、このようなタイミングで起こされても仕方ない。
しかし最終チェックは人間の仕事だ。
しばらくレーダーを睨み、状況を逐次把握し、ようやく今現在すぐに戦闘状態には移行しない、とマックスは判断を出した。
臨戦態勢を維持しつつ、部下と共に再び状況の把握に戻る。
「どうだ!?
わかったか!?」
異常がないなら基地の防衛反応は普通あり得ない。
早く状況を把握し、攻撃を受けている部隊へと援軍を送らなければ最悪膠着している戦線が押し戻されてしまう。
「十秒で見つけろ!」
「五秒で足ります!」
マックスは近くにある椅子に座り、目の前に広がる液晶を眺める。
今回リンクを接続していた部隊の確認を急がせる。
ベルカ全土の地図にはあちらこちらに青色のマークが乗っている。
何処にどの艦がどれだけいるのか、という事を表しており一目見て味方の展開状況を把握できるようになっているシステムだ。
「司令!
《第四一偵察艦隊》消滅しています!」
「なんだと!?」
リストに表示された番号のうち、第四一は黒くライトが消えていた。
そこに並んでいた二つのマークは三角形をしており、駆逐艦だ。
《第四一偵察艦隊》が撃沈されたことを示す文字がそこに並んだのはすぐだった。
「副司令!
《第四一偵察艦隊》の撃沈直前映像を出せるか!?」
「出せるわよ!
少し待って!」
三枚ある大きなディスプレイのうち一枚が映像に切り替わる。
「これはたった今撃沈された二隻の常時記録映像よ。
帝都周辺の空域の偵察に向かわせた二隻の駆逐艦のうち最後に撃沈された方だから、なぜ落ちたのか理由がわかるはずだわ」
司令室の大きなディスプレイを眺めるマックスの瞳の前で映像がはじまる。
レーダー員達を除く残りの将校もそのディスプレイを見つめていた。
主に“核”の視点で流れる映像はとても新鮮でマックスはそれを食い入るように眺める。
カメラが切り替えられ、今度は艦橋を左から見下ろしたような視点になった。
目の前には偵察艦隊の旗艦であるもう一隻の駆逐艦の艦尾が見えている。
高度は凡そ六千メートルの上空だ。
風は南へと八ノット。
眼科には帝都へと伸びていた高速道路が血管のように張り巡らされていたであろう場所。
今となってはその高速道路も灰となっているだろう。
地図では帝都まであと百キロを切る地点だ。
本来ならば作戦空域ギリギリのためあまり好ましくない距離だが、駆逐艦の隠蔽率は非常に高いため大丈夫だとしたのだろう。
実際マックスもこの距離ならば航行のOKを出す。
『そういや、あの料理店入ったか?』
『いやーまだなんすよ。
これ終わったら先輩付き合ってくださいよ』
『しょーがねぇな。
さっさと帰って旨い飯食って寝ようぜ。
俺はもう疲れたわ。
あいにく何の異常もないし報告もさっさと終わるだろ』
沈む五分前から始まった映像に“核”同士ののんきなおしゃべりも記録されていた。
眼科の雲海には雷が帯電している。
おそらく雲の下は雨だ。
「原因はまだ分からないのか?」
「黙ってあなた。
今からだから……」
「……すまん」
『そういや《ネメシエル》の“核”、見ました?
やばくないですかあれ』
『な。
すげー小さかったよなぁ。
ビックリしたわ俺もさぁ』
『ああいうのが好きな“核”もいるんだろう。
専ら空月兄妹は美男美女しかいないって話だ。
俺達とは親の格が違うんだよ、格が』
『俺も戦艦に乗ってみたかったっすわぁー。
ロマンですよねぇあれは』
緊張感のない普通の会話。
とてもここから沈むとは思えない。
「今から……?」
また、映像を眺める。
何も見逃すつもりはなかった。
眼科に広がる雲海が突如、弾けた。
「まさか!?」
『っ!?
なん――――!?』
マックスの声と“核”の声は被り、一つの驚きの姿を表した。
赤い大きな灼熱の何かが目の前の駆逐艦を通りすぎる。
突如目の前の駆逐艦が弾かれたようにしてその身を揺らした。
次の瞬間にはその船体はバラバラに砕ける。
「これが基地の防衛反応を引き起こした攻撃ね……」
駆逐艦を一撃で破壊できるような力を持つ艦がいるならば、基地AIの判断する脅威レベルが最高になっても仕方ない。
ましてやそれがセウジョウに向かっているならばなおさらだろう。
基地の防衛反応はそういう意味では間違いではなかったようだ。
「…………」
原因が分かったところで今更映像を止めれるわけがない。
敵の姿を少しでも写しているかもしれないからだ。
誰もが話さずに静かに映像を見ていた。
『先輩!
今から助けますよ!』
落ちる全長百三十メートル程度の駆逐艦の船体が傾いた瞬間、そのおぞましい姿が明らかになった。
何もかもが無くなっていたのだ。
艦橋の設備も、多数乗っていたはずの砲台も。
食いちぎられたような微かな形跡と艦尾だけを残し艦中央から先は消滅していた。
駆逐艦を一撃で蒸発させることができるような攻撃を耐えるのは《超常兵器級》でも危うい。
『先輩……!?』
残された“核”は当然動揺する。
咄嗟に反射神経で駆逐艦の機関の回転数を上げ、大きく舵を左に切ると同時に高度を下げるために艦首を下へ向ける。
船体が軋み強烈なGに耐えるうめき声と共にカメラに写る高度はどんどん下がっていく。
真っ黒な雲を抜け、雨と雷が降る世界に駆逐艦は突き降りる。
『なんだあれ……セウジョウ!
聞こえるか!?
こちらは……っく!』
赤い塊がまたこちらを狙う。
それが駆逐艦の脇を通りすぎる。
『っぐうぉ!!』
それだけで駆逐艦が揺れる。
風に吹かれる木の葉のように。
『一体何が――!?』
確かめるために駆逐艦が進路を変える。
赤い塊が飛んできた方向へと舵を切り、あわよくば破壊しようとする鋼鉄の艦がスピードを上げる。
その正面から赤色の塊が飛翔してくる。
『っなにくそ!
ベルカを嘗めんな!!』
雷が鳴り響く。
その正面には何かがいた。
『山……こんなところに……?』
雷が落ちる。
突如カメラが赤色の物体に覆われる。
その赤色が消えたら、カメラには何も写ってはいなかった。
そして映像は終わった。
「……これって」
絶句し続ける部下達。
見たことのないタイプの兵器に恐れをなしているのだろう。
「ねぇ、あなた……この正体が分からない以上は……」
恐怖に飲み込まれてしまった副司令は帝都への攻撃を中止するべきだと提案するつもりだっただろう。
しかしマックスはその台詞を押し止めた。
「いや……恐らく俺は知ってる」
「えっ?」
マックスは立ち上がり棚に収録された資料を引っ張り出す。
長年そこで肥やしになっており、被っている埃を払いのけマックスはペラペラとページをめくる。
「こいつだ……恐らくな……」
「こんなの……。
一体またどうして――?」
まだ状況が理解できない部下達にマックスは命令を飛ばし始めた。
至急、《ネメシエル》の改造と共に《ネメシエル》率いる《第一艦隊》の高速化が指示されたのだった。
※
「《スカイダウン級歩行要塞》……?」
初めて聞いた名前に蒼は首をかしげた。
当然知るわけない。
《ネメシエル》が生み出されるよりも前の存在だ。
「そうだ。
詳しくは分からないがそうじゃないか、と俺は考えている。
第三次世界戦争の時に使われた巨大兵器の一種だ。
巨大兵器ぐらい、聞いたことはあるだろう?」
「少しくらいは……」
「一応説明する?」
副司令なそう言って蒼の頭を撫でた。
撫でられつつ
「お願いしてもいいですか?」
そう言う蒼の目の前で副司令は説明の為の資料を立ち上げた。
すぐにロードが完了し、目の前に巨大な図面が現れる。
説明には司令室にいるたくさんの他の兵士達もながらではあるが聞いているようだった。
「《スカイダウン級》……えーっと。
全長六七八四メートル。
総重量四十億八千万トン。
潜水能力があるには、あるわ。
製造国はヒクセス。
航行能力もあるから恐らくヒクセスから歩いてきたんでしょうね。
まったく、よくやるわねぇ。
詳しい兵装は――そうねぇ――」
「…………?」
そこで副司令はうつむいてしまった。
続きの説明は、無い。
次に話してくれるのを全員で首を長くして待っていたがなかなか話さない副司令に代表して蒼が続きを催促した。
「続きはないんですか?」
明らかにその言葉の後に副司令は狼狽した。
「それがね……。
えっと、あなた――」
「無いんだ。
本当に無いんだこればっかりは」
「説明とか出来るほどデータがなかったわね……ごめんなさいね?」
マックスの答え合わせをするように副司令は原稿を蒼達へと見せた。
先ほど読み上げたデータ以外にデータは存在していない。
「ええ……。
正体不明にも程がありますよ」
あまりのことにため息をつく。
敵の実力はさっぱり分からないということは、とても芳しいことではない。
少し愚痴を言ってやろうとマックスをふと見た蒼だったがその時気が付いた。
マックスの顔色が悪い。
更に額には汗も浮いている。
初めて見るマックスの姿に全員がうろたえる。
「ちょ、マックス?
大丈夫ですか?
顔色が――」
「気にしなくていい。
それよりも副司令、《ネメシエル》の改造の事を言ってやってくれ。
俺は少しトイレに行って来る……。
説明が出来次第出撃だ。
蒼、準備するように部下達に言っておけ……」
心配の声をざっくりと切り落とすとマックスは汗をハンカチでぬぐい席を外す。
ヨロヨロと扉から外に出て行った司令の背中は何かに怯えているような。
そんな雰囲気とかすかな疑問を残してマックスは司令室から消えた。
残された蒼達は指示された命令に従うしかない。
「分かったわよ、あなた――。
蒼少しいらっしゃい。
《第一艦隊》のみんなも混ぜてお話をするわよ」
※
「なんなんですかこれは」
『…………特殊任務っすか?』
『………………』
蒼を含めた三人は自分達の艦に乗ってやっとこさすっとんきょうな声を上げることができた。
本当にこれはひどい、と蒼は副司令に強い文句を言いたくなって通信を開こうとする。
そしたらあっちから来ると同時に他の艦との通信も開けたため、いいタイミングで三人の声が重なることとなった。
『え、蒼先輩もっすか?』
「春秋もです?」
『……私も』
それもそうだ。
蒼が文句を言いたくなるのも仕方の無いことだ。
『まぁそう文句を垂れないの。
これが《スカイダウン級》に対抗する唯一の手段なんだから』
「でもこんなの……」
蒼は自分の艦に新しく外に取り付けられた十基の“シュバイアルルロケットエンジン”を嫌な目で眺めた。
大きさは凡そ二百メートル前後。
太さはおおよそ三十メートルとかなり太め。
一言で現すならばまさにずんぐりむっくり。
円筒になっているその形状は全くもって美しくない。
ヒクセスが設計し、今でも使われている事がなにかと多いのがこのエンジンだ。
前にはノーズコーンが取りつけられ、後部には一つの大きなノズルがその異様すぎるほどの姿を晒していた。
それらが喫水上に色も塗られずに並んでいるものだから蒼は我慢ならない。
しかもその大きさゆえに後部の兵装の大部分が射界を制限される。
舷側に垂直に取り付けられたのが二本あり、どうやらこれがサイドスラスターとしての機能を果たしてくれるようだ。
「嫌ですよこれ……」
自分の美しい艦にこんなもの取り付けられた上に任務に赴くなどとてもではないが精神的に来るものがある。
隙あらば外してやりたいですね。
基本がヒクセスならば何をやってもあのセンス無さに繋がるわけですかね。
やっぱり蒼はヒクセスのセンスが好きになれないのだった。
『我慢しなさい。
《スカイダウン級》に唯一対抗出来るのがスピードでの近距離戦なんだから。
あら、あなた?
大丈夫?』
副司令の後ろからマックスが顔を出した。
顔色はまだましとは言いにくいが、前ほど酷くはなかった。
『ああ。
蒼、説明するぞ。
この作戦はとにかくスピードが命だ。
途中に出てくる敵は全部無視しろ。
《ネメシエル》につけた“シュバイアルルロケットエンジン”は急造品だ。
倉庫に残っていた部品から作ったんだ。
攻撃を受けたら一発でアウトだぞ。
そんで一回点火出来たらいいレベルの精度だ。
《スカイダウン級》の近くに来たらパージしちまいな。
そっちの方が問題はないはずだ。
まぁ弱いといえ攻撃されなかったら最高だ。
カタログスペック上はマッハ十二まで出るぞ。
マッハ十二でぶっ飛ぶ《超極兵器級》なんてワクワクしねぇか?』
マッハ十二……。
その倍ほどのスピードが出たら完全にこの星の重力を振りきって宇宙へと行ってしまってもおかしくないスピードだ。
それほどのスピードになったときの舵の効きが――。
「ああ、そのために舷側を向いているロケットがあるんですね」
妙な所で律儀な整備班に小さな感激を覚えつつ、そのロケットだけ噴射の向きを変えることが出来る事実にまた小さく感激した。
『《ネメシエル》は、《スカイダウン級》へ近づき、とにかく迅速に破壊しろ。
最大速度だと約三十秒ほどで懐にまで潜り込めるはずだ。
破壊が確認され次第、《スカイダウン級》の射程ギリギリに待機させておいた味方艦隊を投入、一気に敵を殲滅する。
いいな?』
ほとんどの敵は無視、と。
その上で包囲網を潜り抜け、三対一の状況で《スカイダウン級》とやり合い高速で撃破する。
「了解です。
やるしかないんですね。
行きますよ春秋、フェンリアさん。
敵に私達の力を見せるときです」
『了解っす!』
『とりあえず作戦空域までは他の艦艇も一緒に行く。
そこまでは《ネメシエル》が旗艦として仕事をするように』
セウジョウの軍港から何十隻もの軍艦が飛び立っていく。
四隻の《超極兵器級》はその翼を光らせ、帝都へと舳先を向けた。
亡国の軍隊ではない。
あるべき姿へと帰るための戦いが今から始まるのだ。
※
帝都中心街から百五十キロ地点。
マックスが言う《スカイダウン級》の最大射程ぎりぎりの所にベルカの残存艦艇のほとんどが集結した。
雲は晴れて太陽が出ている。
晴天の戦場だったがうっすらと霞がこのあたりにはかかっているように思える。
そのため実質視界はほとんど遮られていた。
『晴天より下りし、あまねく暗黒やね。
我が大天使クラースの使命と共に、いざ敵を鮮烈過激炎にて滅却するんじゃろ?』
『私めのデカマラを相手にぶち込めるのはまだですこと?
さっさとキメセクに持ち込みたいですことね』
『……今日の我はなんと決まっていることか。
イケメンにも程がある』
「この人たちは……」
変わらないその姿勢こそが強さの秘訣とでも言うつもりか。
「というか、朱姉様がいないとマジで藍姉様が何を言ってるのか分からないですね」
朱はまだ目を冷ましていない。
通訳がいないと、正直色々とキツイ。
『なん?
クラースの言葉は常に遠く、永久の時を醸すものじゃけんねぇ。
蒼に理解出来なくても仕方ないわ』
「はあ……」
『蒼、ちゃんと勝つのですことよ。
あなたのデカマラは敵をイかすためにあるんですことよ!』
「了解です」
姉達のエールを背中に受け適当に流し、自分の周りに並ぶ軍艦を眺める。
各地に必要な軍艦以外はここへ集まったため、今セウジョウ等に攻められればセウジョウが奪われる可能性があった。
そのため任務遂行は迅速に行われる。
『“シュバイアルルロケットエンジン”点火体制に入れ。
いいか、蒼、とにかく迅速に行え。
絶対にやつを沈めるんだ』
「了解です、分かっていますよマックス」
そういいながら“シュバイアルルロケットエンジン”に目配せする。
緊急で取り付けたものだからか中々オンラインを示す信号が来ない。
しばらく待ってようやく接続が安定したのか、オンラインを示す信号がやってきた。
『蒼。
奴の姉妹は俺の部下と、俺の艦を奪った奴と同じだ。
十分に気をつけて挑んでくれ。
もう……もう俺は部下を失いたくないんだ』
久しぶりに聞く真剣な声に聞いている全員が頷いていた。
「私が昔の兵器に負けるわけないじゃないですか、マックス。
次あなたと顔を合わせる時、帝都は私達のものですよ。
そしてヒクセスとの同盟を果たして、また平和な世界に戻るだけのことです。
そのためにも私は負けられない」
(その為とは言え私によくもまぁこんなものを付けようと思ったものだ。
全く、大したものだよ)
ぼやく《ネメシエル》だったが、そのぼやきは誰の耳にも届かなかった。
蒼が点火への準備に入ったためだ。
「それじゃあ行きますか《ネメシエル》。
特殊形成回路開きます。
第一から第十番まで、“シュバイアルルロケットエンジン”のエネルギー注入を開始。
私達三隻の後方艦は退避してください。
シュバイアルルプラグの接続を確認。
超高圧伝導開始。
点火まで三、二、一……点火!」
ノズルから青白い炎が吹き上がる。
加熱した空気が艦尾から広がり、空に浮いた雲を蹴散らしていく。
「これ……大丈夫なんですかね……」
最低の出力にしてもこの轟音と、エネルギーだ。
暴走されたら終わりだ。
『まぁでもやるしかないっすよ。
蒼先輩、命令を』
春秋は、そういってにやりと笑う。
それでこそ、自分の従属艦だと蒼は変な所で納得した。
「あなたも意外と腹が据わってますね。
私はこの戦いを楽しむとしますよ。
“イージス”最大出力で展開!
《ネメシエル》より旗艦命令。
全艦、全兵装解放。
エンゲージ!」
《ネメシエル》の艦尾についている十基の“シュバイアルルロケットエンジン”のノズルか青色の炎の長さが大きくなっていく。
エンジンの出力を上げたためだ。
その炎はシュバイアルル鉱石の持つ力を最大にまで引き上げた何億というエネルギーで《ネメシエル》の船体を押す。
それと同時に蒼は《ネメシエル》の機関をも最大出力にまで上げた。
「うっ………」
“シュバイアルルロケットエンジン”の出力は半端ではないものだった。
一瞬にして、マッハに迫りそうなスピードにまで引き上がったスピードに押され蒼がGに耐える声だけが漏れる。
すぐにGを圧し殺す程の“イージス”が艦橋に巡らされ、Gを軽減した。
「敵の姿が見えてきたらすぐに教えてください。
そうでなければ普通に……」
話している途中でマッハ十二に達した。
その瞬間から敵までの距離を示したストップウォッチが起動し、あと三十秒だと指し示される。
『蒼先輩。
高エネルギー反応』
「了解です」
目の前から赤く光る弾が接近してくる。
《スカイダウン級》に見つかったのだ。
焦らず、横に噴射できる“シュバイアルルロケットエンジン”を吹かす。
「っ!?」
しかし、サイドスラスター代わりとなる“シュバイアルルロケットエンジン”は起動しなかった。
エラーを吐き出した赤い光が点滅する。
「そんな――」
そのことで緊張の糸が切れてしまったようだった。
確実にこのままでは直撃する。
弾は《ネメシエル》の艦橋を狙っていた。
『蒼先輩!?
回避を!』
《ネメシエル》の中でも格別に分厚い装甲で覆われているが今はマッハ十二での高速戦闘中だ。
衝撃波を和らげるために“イージス”は前方に集中して展開されており、艦橋にまで回す余裕はない。
「死ぬ……?
私が?」
マックス十二のスピードであれだけのエネルギーをぶつけられたらいくら《ネメシエル》が《超極兵器級》とは言えバラバラになる。
“核”の制御を失った《ネメシエル》は轟沈、ベルカは負ける……。
『“イージス”最大出力……!』
赤く迫る弾を眺め脱力した蒼の視界にフェンリアの操る《タングテン》が滑り込んできた。
「フェンリアさん!?」
何をやっているのか、と怒鳴り付けようとしたがその時の通信には蒼へのフェンリアからの言葉が入っていた。
鮮明にその言葉は聞こえた。
『蒼さん。
ユキムラを……ユキムラを頼みます』
最後ににっこりとフェンリアは笑った。
あんなに無表情で、淡白だったのに。
蒼は手を伸ばそうとする。
硬く冷たい《ネメシエル》の鋼鉄が手に触れる。
「フェンリアさん!」
次の瞬間、《タングテン》の船体がバラバラに砕け散った。
全てがスローモーションに見え、全てのものの輪郭が濃くなる。
主砲も、船体も消し飛ぶように内部からの爆発に弾かれる。
今まで《タングテン》を形作っていた様々な部品は炎と共に地面へと落ちていく。
部品が《ネメシエル》に降りかかり、鈍い金属の音が響いた。
現実、紛れもない現実が口を開き、蒼を飲み込む。
昨日まで普通に話していた仲間が――。
「この……!」
落ちていく《タングテン》の船体にめり込んでいたのは巨大な鋼鉄の弾であり、表面にはうっすらとアルル重粒子が付着していた。
その鋼鉄の弾がさらに爆発する。
何メートルにも膨れ上がった爆炎が《タングテン》の船体を包み込む。
急に時が早く動き出す。
ばらばらに消えてしまった《タングテン》は何千もの部品に別れ空から消えてしまっていた。
『フェンリアさん!
蒼先輩、フェンリアさんが!』
春秋の叫ぶ声ははっきりと聞き取った。
味方が様々な事を話している中でそれだけは聞こえた。
だが、ここで作戦をやめるわけにはいかない。
「……春秋は“シュバイアルルロケットエンジン”を切り離して捜索に当たってください!
山とかに隠れるようにして。
私は……私は《スカイダウン級》をぶっ殺します」
蒼の表情に春秋は少し驚いた表情をする。
だからこそ何も言わないで命令に従う。
『了解したっすよ!
蒼先輩、死なないでください……!』
唇をかみ締め、今は考えないようにして前に、前に進む。
レーダーに映る仲間の敵。
その敵中心に守るようにして敵の艦隊が前面に押し出されて来た。
数は五。
どれも戦艦クラスの巨体を持ち、《ネメシエル》に垂直になるようにして砲を向けていた。
緑色の船体は紛れも無くシグナエの艦艇である証。
「どけ。
轢き殺しますよ」
敵戦艦から《ネメシエル》は集中砲火を受ける。
だが“イージス”がダメージを許しはしない。
艦首で全てを弾き返し、“イージス”が赤く光る。
“イージス”の壁でも避ける事が出来ない彼方から赤い弾が飛翔する。
艦橋を狙ってくるその弾を船体を傾けることで避ける。
邪魔になった左舷の“シュバイアルルロケットエンジン”を切り離す。
そして目の前に接近してきていた五隻のうちの一隻の舷側に《ネメシエル》の艦首が接触した。
「邪魔ですよ!」
《ネメシエル》の巨体にぶつけられたら戦艦といえども耐えることは出来ない。
火花を散らし、接合部から船体の形が崩れていく。
ぶつけられた場所から引きずられるようにして《ネメシエル》の艦首の形に船体がへし折れ、爆発する。
カモフラージュ代わりになった爆発で広がった爆炎を突き破り黒煙を引きずり、その巨体はそのままマッハ十二の速度を保ったまま進んでいく。
「あれですか……!」
まだ距離にして五十キロはあるはずだ。
しかしその巨体はもうすでに見えていた。
まず目に一番始めにつくのは二基の巨大な四連装砲だ。
その砲身だけで《ルフトハナムリエル》ほどあるだろう。
丸で足の上に町が乗っかっているような印象を受ける。
続いて目に入ったのは八本の足だ。
その足は地面にしっかりと着いており、主砲の発射の衝撃を和らげているのだろう。
足の付け根の部分が少し細くなっており、その部分には特に厳重な装甲が施されていた。
四連装砲の中心にそびえ立つビルのようなものが司令室だろうか。
ガラスが張られた窓が並び、中には何人もの人間の姿が見える。
クレーンがその周りに並んでいる。
あちこちに鋼鉄の装甲が何枚も何枚も重なりあい、全体的に重厚なその動きは大きさもあってとても遅く感じる。
足は航行する際には折り畳まれる形状になっているのだろう。
こんなのが本当に海を渡ることが出来るんですかね。
さらに数多くの砲があちこちに乗っかり、その砲門は全てが《ネメシエル》を見ていた。
ヒクセスの赤いレーザーがその砲門から吐き出され、空に網を築き上げる。
巨大な四連装の主砲は《ネメシエル》を射ようとその砲身を巡らせる。
「高度下げ!」
一気に三百ほど高度を下げる。
今まで《ネメシエル》がいたところを赤い弾が通過していく。
「《ヴェザーダウン》……?」
四連装の中心にそびえる司令室の壁にそんな名前が書いてある。
その名前は剥がれ、年月を感じるものだ。
番号は三番。
《スカイダウン級》の三番艦ということか。
(む、アルル重粒子の濃度が少し高い。
おそらくこの巨大兵器が原因だと考えられる)
「帝都がそんな環境汚染物質で汚されたらたまったもんじゃないですよ。
本当に……」
両舷には軍艦を出すことが出来るサイズのドックがついており、さらに駆逐艦用のカタパルトまでついていた。
航空機を出すことが出来る甲板も四枚ついている。
ヒクセス製だが、乗っている軍艦は全てシグナエ製のようだった。
さらにあちらこちらには新しく現代の技術で改造を施したであろう場所もある。
船、といっても《ネメシエル》のような形ではない。
歩く基地、とでもいうのが正しいだろう。
その大きさには蒼も唖然とするしかなかった。
(蒼副長、敵まで後五秒!)
距離はおよそ二十。
「もう見えてますよ《ネメシエル》!
全砲門開け!
敵へ攻撃開始!」
《ネメシエル》の船体のあちこちについている兵装が砲門を次々と開いていく。
“三百六十センチ六連装光波共震砲”が旋回し、《ネメシエル》の動きに会わせて自動的に“光波共震砲”の光を叩き込んでいく。
(敵、“伝導電磁防御壁”展開!
数は三十!)
「そりゃ持ってますよねぇ……!
ヒクセスの軍艦ですもんねぇ!」
弾かれる。
相手の船体の大きさを見れば、とてもその“伝導電磁防御壁”を無力化するためのエネルギーは計り知れない。
(“シュバイアルルロケットエンジン”の燃え付きを確認。
パージする)
船体についている“シュバイアルルロケットエンジン”と船体を繋ぐ支柱で小さな爆発が起こり、十基のロケットが切り離される。
「了解です!
“イージス”、全体へ均衡に配分を!」
敵との距離は五キロ。
視界一杯に広がる構造物の主砲はほとんど役目を果たさない距離だ。
(敵各部兵装の起動を確認。
猛烈な砲火が予想される。
気を付けろ!)
「言われなくとも!」
蒼は《ヴェザーダウン》の左を猛スピードで一度抜けると既に副砲へとエネルギーを開始する。
「兵装選択。
“ナクナニア光波放裂砲”、“ナクナニア光波共震拡散砲”用意。
エネルギー、伝達開始。
スピードこそが命なのに出し渋っていられません!」
《ネメシエル》の甲板、及び艦底に並んだ副砲が起動する。
エネルギーを装填するために、伝道管が開く。
ゴゴン、という鈍い音と共に武装用機関で作られたエネルギーが副砲へと伝わる。
蒼の視界の右端にその装填率が書かれたメーターが現れる。
(敵艦、全兵装を解放!
こちらを狙っているぞ!
ミサイルの発射を確認!
数は八百……いや九百……まだ増えているぞ!)
《ヴェザーダウン》の甲板が開くとその下に何百、何千のミサイルの発射口が存在していた。
口から何百もの対艦ミサイルが表れ、飛翔する。
さらに何千ものレーザーの砲門も《ネメシエル》を狙い、確実に沈めにかかってきている。
《ネメシエル》の何倍もの火力を持った化け物だ。
「分かってますよ!
こちらこそ負けるわけには行きません!
副砲へのエネルギーが貯まるまで寄せ付けないでください!
全兵装フルファイアー!」
《ネメシエル》と《ヴェザーダウン》の間で嵐のような攻撃の応酬が始まる。
何百ものミサイルは《ネメシエル》に弾頭を撃ち抜かれ、破裂する。
(第四、第八区画に被弾!
くっ、“強制消滅光装甲”でも間に合わないぞ!
なんて奴だ……!)
《ネメシエル》の船体に爆発の花が開く。
“三十センチ三連装光波共震高角速射砲”が直撃を受け、燃え盛る。
“イージス”と“強制消滅光装甲”の光、更に敵の“伝導電磁防御壁”が擦れあい、強い光を放つ。
お互いのバリアが擦れ合うほどの距離。
「この距離なら!
撃て!」
“三百六十センチ六連装光波共震砲”の光が《ヴェザーダウン》の司令室を直撃する。
何万度という熱に晒された敵の司令室にいた何十人もの人間が高熱で一瞬で意識を奪われる。
頭をもぎ取られたと言うのに《ヴェザーダウン》が止まる気配はない。
《ネメシエル》は攻撃しつつも少し敵から遠ざかる。
(あまり離れすぎると敵の主砲が――)
「敵の“伝導電磁防御壁”が一番薄いところは!?」
《ネメシエル》の言葉を遮り、知りたい情報を押し通す。
司令室らしき場所を攻撃したからと言って相手の攻撃が止むわけではない。
実際の四連装砲はまだ動き蒼を狙っていた。
となるとバランスを崩し、不安定な足の上に乗っている構造物を落とすしかない。
(おそらく足だと思われる。
あの周辺には敵の改造版のあとがあまり確認されない)
「了解ですよ!」
敵の四連装砲が《ネメシエル》に狙いを定める。
「左舷錨を投下!
この前、《ウヅルキ》に使った戦法をもう一度使います!」
(了解だ)
“シュバイアルルロケットエンジン”をパージしてスピードが下がったもののまだマッハ五は出ている。
その状況下でのドリフトだ。
「少しきついかも知れないですが……耐えてくださいよ……」
(ああ)
地面へと伸びる左舷の錨が地面へと突き刺さる。
(高エネルギー反応!
後ろだ!)
「《ネメシエル》……。
弔い合戦と参りましょうですよ」
赤い弾が《ネメシエル》の艦尾から迫る。
今からスラスターを使って舵を切ろうがもう間に合わない。
「フェンリアさん。
見ててくださいですよ。
今からあいつを……沈めますから」
左舷から落とした錨の鎖が張る。
《ネメシエル》の船体がスライドする。
後部のサイドスラスターを全開に吹かす。
(くっ、ダメだこれは避けれない!
一発、もらうぞ蒼副長!)
「構いません。
一発ぐらい……!」
左舷に落とした錨を一つのポイントとして《ネメシエル》はその巨大な船体を旋回させる。
当然その旋回によって後ろに迫っていた敵の赤い弾に対して舷側を晒したことになる。
「左舷“イージス”、“強制消滅光装甲”全力展開!
許可過負荷率五十パーセント!」
(了解!
それで何とか抑えるぞ!)
赤い弾が《ネメシエル》の“イージス”、そして“強制消滅光装甲”に触れる。
その二つであらかたエネルギーを殺し、セラグスコンで出来た装甲で物理的に押さえ込む。
「っぐ……痛ったい……!」
次に来る爆発。
それを特殊ベークライトを流し込むことで最小限にまで下げる。
「っはぁ……はぁ……!
このぉ……!」
食らった部分は半径百メートル程度の巨大な穴となっていた。
“イージス”と“強制消滅光装甲”でエネルギーをあらかた殺してこれなのだからまともに受け止めたら勝ち目など無い。
血のような色をした特殊ベークライトが流れ出し、船体の穴を覆っていく。
(破壊深度第八!
もう少し行っていたらバイタルパートにまで届く所だった。
自動修復装置起動。
修復完了までおよそ十八時間。
やれやれ、中々にキツイ事をさせやがる)
「まったくですよ……」
生じた爆発から逃げるように《ネメシエル》の船体が反転していく。
艦尾から雲が伸び、すぐに消えていく。
速度はマッハ三以下にまで落ちていたがもうそんなことは関係ない。
《ネメシエル》の艦首はすでに《ヴェザーダウン》の方を向いていた。
(副砲エネルギー充填率百パーセント。
発射体制に移行する)
蒼の視界HUDに大きな円形の丸と四角のアイコンが現れる。
両方を蒼の視線と同期させ、ロックオンする。
もう片方の錨も下ろし、地面に船体を固定する。
武装用機関の出力をさらに上げ充填率を引き上げていく。
副砲の砲門が回り、プラズマを周辺へと撒き散らす。
排熱のため、装甲版が開き赤くなった鋼鉄が陽炎を発生させる。
(敵艦、主砲を発射!)
敵の四連装砲がこちらに砲門を向けていた。
轟音、何層もの次元を突き破るほどのエネルギーが《ネメシエル》へと向かう。
「かき消してください!
“ナクナニア光波共震拡散砲”、及び“ナクナニア光波放裂砲”二門発射!」
回転、蓄えていたプラズマの光が一瞬消える。
次の瞬間にはいくつもの閃光が《ネメシエル》から飛び出していく。
赤い弾に正面からぶち当たった“ナクナニア光波共震拡散砲”ははじめは掻き消されていた。
「いけぇええ!」
続いて放たれた第二波が第一波に並んで赤い弾を押し返し始める。
やがて赤い弾はエネルギーを失う。
弾を粉砕し、“ナクナニア光波共震拡散砲”の光が分裂する。
“伝導電磁防御壁”を突き破った光は《ヴェザーダウン》の足へと殺到した。
一番始めに被害を受けた足は間接部分を撃ち抜かれ、溶けた装甲がくっつき動かすことができないばかりか、溶けた一瞬で無理な質量が足にかかり装甲がひしゃげる。
根元からひしゃげた部分を支えきれず、さらにひしゃげた部分は酷くなり金属の悲鳴と共に間接からへし折れ、帝都の地面へと落ちていく。
続いて二本目の足も同じく間接を《ネメシエル》は撃ち抜いた。
一本目と全く同じ出来事が起こり、これによって《ヴェザーダウン》の船体が傾く。
三本目は間接ではなく人間で言うところの脛の部分に命中した。
脛の半分程度まで突き進み、エネルギーはそこで消える。
普通なら耐えることが出来るレベルの損傷だったが前に二本の足を失っていたのが痛手となった。
強度が半分になってしまった足が《ヴェザーダウン》の質量に耐えれるわけが無い。
ぽっきりと命中した箇所を中心として折れ曲がる。
一度付いた傾きの勢いは衰えることなく、《ヴェザーダウン》は傾いていく。
やがてドックの入り口を地面に撃ちつけ、その巨体は地面に伏すこととなった。
続いて四連装砲のギアがその重さに耐え切れず、砲門が下に向く。
砂埃を立てて、《ヴェザーダウン》の崩壊が始まる。
「撃ちまくってください!
フルファイアー!」
恨みを晴らすように《ネメシエル》から追加の攻撃が《ヴェザーダウン》の船体へと叩き込まれていく。
はじめは“伝導電磁防御壁”が防いでいたが、すぐにその“伝導電磁防御壁”も役目を果たさなくなる。
あちらこちらに《ネメシエル》の大口径砲の命中を受け、爆発炎上する。
それでも敵は攻撃を続けようとする。
四連装砲の仰角をいっぱいにまで上げ、《ネメシエル》を狙うがそこに“三百六十センチ六連装光波共震砲”の光が命中した。
砲門が解け落ち、ばらばらになった鉄骨がまるで紙のように折れ曲がる。
続いて弾が爆発したのであろう、というほどの大爆発を起こし砲塔が根元から根こそぎ吹き飛ぶ。
それをはじめとして《ヴェザーダウン》の崩壊はさらに早まる。
ドックの入り口は重さを支えきれずに潰れ、中に待機していたであろう駆逐艦同士がぶつかり損傷する。
生じた火災によりミサイルが誘爆するまでそう時間はかからなかった。
《ヴェザーダウン》はその体のあちこちから炎を吹き上げる。
爆発により根元からへし折れた航空甲板が地面に突き刺さり残りの足も爆発の衝撃に耐えれるわけも無く、外れていく。
「なんとか……やりましたか……?」
(味方部隊に突入の信号を送信する。
まだこの戦いは始まったばかりだからな)
黒煙を上げて燃え盛る《ヴェザーダウン》を下に見てほっと小さなため息をつく。
このタイミングで不良品が出たのはどう考えても偶然ではないように思えた。
「フェンリアさん……」
ぼそっと、呟く。
すっかり沈み込んでしまった
『蒼先輩。
フェンリアさんなんすけど……』
だから春秋が沈んだ声で通信を入れて来ても期待などしなかった。
『やっぱり……ダメっす……。
遺体はもう……見る影も……』
「そう……ですか……」
仕方の無いこと。
これが戦争なのだから。
(敵の残存艦艇は味方に委託する。
我々は帰ろう蒼副長)
「そうですね……。
帰りましょう、《ネメシエル》」
《ヴェザーダウン》と殺りあってだいぶボロボロになってしまった船体を見て苦笑する。
まだずきずきと痛みを発している左舷の大穴を見たらドックのおじさんにまた怒られてしまうだろう。
他にもミサイル命中箇所が八箇所。
さらに多数の損傷。
修理だけで二日はかかるだろう。
機関を吹かし、味方にバトンタッチするために元来た道のりを戻ろうとする。
その際に残った敵戦艦には会わないように、慎重に進んでいく。
なんとか味方に合流した蒼はほっとしたため息をついた。
『よーやった。
大天使クラースも己の祝杯を用いて祝うっていいよるよ?』
『でもその顔は大事なものを失った顔ですことね。
蒼、フェンリアのことかしら?』
藍と真白はまず蒼をねぎらい、次にフェンリアのことを触れた。
正直触れて欲しくなかったが逆にその心遣いが蒼を安心させた。
『後は……我達が……。
蒼は……休め……』
「……はい。
真黒兄様、後はお願いしますです」
三隻の《超極兵器級》が味方艦隊を引き連れて、突き進んでいく。
今から帝都が、ベルカの元へと帰るのだ。
やっとここまで来た。
ふと湧き上がる疲れに蒼は背中を椅子に預ける。
これで終わる。
ヒクセスと同盟を組み、その同盟を元に平和を――。
【はー本当に使えないなぁヒクセスは。
これだから嫌いなんだよなぁ俺様はよぉ!?】
突如無線に飛び込んだその声に蒼は全身に鳥肌が立つのを感じた。
ぞくり、とした声は何度も聞いた声。
憎むべき敵の声。
「どうしてあなたがここにいるんですか?」
蒼は静かに尋ねた。
状況は圧倒的にこちらが不利だ。
損傷率が三十パーセントを越えている今、《ウヅルキ》とはやりあいたくない。
【あん?
そりゃお前……決まってるだろ。
今からお前を俺様の部下がぶっ殺すのを見学しに来たのさ!!
ひゃはははははは!!】
狂ってる。
やっぱり頭がおかしい。
この無線が聞こえているのはどうやら《ネメシエル》だけのようだ。
「私がやられるのを待ってからのお出ましなんて……。
趣味が悪いですね?
だから私はあなたが大嫌いなんですよ」
【言っとけ、言っとけ。
沈んだ奴は何も言う資格はねぇんだよ。
そしてお前はここで沈むんだよ!!】
何かが遠くで光る。
胸の中を嫌な予感が突っ切った。
「総旗艦として命令します!
全艦、これより後方に下がってください!」
『蒼?
あなたいったい何を――』
だが、遅かった。
強烈な閃光がこちらへと向かっていたのだ。
大空が歪む。
それほど巨大なエネルギーを持ったものが。
(高エネルギー反応!
これは――まずい!)
「いいですから!
第三艦隊、第四艦隊!
早く高度を下げて――!」
次の瞬間味方艦隊の五分の一程度がその閃光に飲み込まれた。
強烈な揺れがベルカの本土全てを揺らしたのではないかというような錯覚にとらわれる。
味方との無線が阿鼻叫喚の地獄に叩き落される。
地獄の釜が開いたのだ。
(っ、蒼副長!
南東に敵艦の反応!
数は一!
まっすぐ突っ込んでくる!)
レーダーに一隻の戦艦の反応が出た。
どうやら一騎打ちを望んでいるらしい。
【がんばれよ、《ソウイワン》?
俺様と夏冬を、失望させるな】
【お任せください】
南東から出現し、赴いてくる一隻の戦艦。
とっさに《ネメシエル》にデータを収集するように告げる。
「味方は全て後方へ!
私が相手をしますから!」
ボロボロの船体に鞭打ち、艦隊の一番前に出る。
日を背に敵は現れた。
緑色の装甲、シグナエの艦だ。
【どうも、《鋼死蝶》。
俺は《ソウイワン》。
《天端兵器級》だ。
どうか楽しませてくださいよぉ?】
This story continues.
ありがとうございます。
無事に更新することが出来ました!
はえー疲れた。
《ヴェザーダウン》ですがアーマードコアFAのスピリットオブマザーウィルのようなものを想像していただければ大丈夫です!
ああいう巨大な兵器はまったく、ロマンですねぇ。
さてと。
では、ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
P.S
→http://ncode.syosetu.com/n3228cp/
用語辞典も更新しております!
よろしければどうぞ!
それと、ピクシブにて《ネメシエル》のCGを公開中です!
よろしければこちらもどうぞ!
→http://touch.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=50215905




