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超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
蒼天孔
38/81

帝都奪還開始 1

「……はぁ」


 深い泥沼に頭までどっぷりと浸かったような倦怠感だった。

腰が痛い。

どれだけ眠っていたのだろう。


「つつ……」


 白衣のようなメンテナンス”胴着を纏った体は重い。

起き上がると少し頭が傷んだ。

机の上にはフルーツが置いてある。

果物ナイフと乾燥した皮が皿の上にとぐろを巻いていた。

痛む頭を手で撫でつつ自分の体にかかっている布団のシワを伸ばしまた、横になる。


「起きたか《鋼死蝶》」


 その声に蒼はびびって身を固くした。

右側にも置かれたベッドには一人の男がテレビをイヤホンをつけて見ていた。

全く気が付かなかった。


「あなたどうして……?」


 頭に包帯を巻いたソムレコフが隣の布団に横たわっていたのだ。

蒼と同じような胴着を着て、頭に巻かれた包帯を擦っている。


「負けたからここにいるのさ。

 分かるだろう?」


 蒼は体を起こす。

敵に無防備な姿勢なんてとる訳にはいかない。

マックスは一体何を考えて私と同じ部屋にこいつを置いたんですか。


「ふーん……?」


ソムレコフはそう言って蒼を上から下までじろじろと眺めた。


「なんですか」


「いや、出るとこも出てないなぁ、ってな。

 ある層に高値で売れそうだ」


蒼は少し困惑する。

何を言っているのか理解できていないのだ。


「高値で売れる……?」


「なんだ、案外世間知らずか。

 ベルカの艦艇の“核”は高値で売れるのさ。

 他の国よりも数が少ない上に何も知らない無垢な状態だからな。

 世界中の男に需要がある。

 安くても三億シグドぐらいの値はつくんだ」


「っ! 

 ……スケベ。

 下品です」


 罵倒し、思いっきり敵意を込めた目で睨んでやる。

いきなり私の体を値定めするなんてなに考えているんですかね。

金の勘定で濁った目線を布団で絶ちきる。

ソムレコフは首を横に振るとテレビに目を戻した。

その隙に蒼は自分の置かれた部屋を特定する。

医務室であることは間違いないようだ。

自分を“部品”扱いするフールもいない。

何より人の気配が自分とソムレコフしかない。


「まぁお前の貧相な体つきだと……。

 ふむ、一部のマニアックな層には強い需要があるな。

 だから、高値で売れるというわけさ。

 何、お前の姉も一度はなりかけたんだ。

 案外――」


それ以上は言われたくなかった。


「敗軍の将は何をしているんです?

 祖国に負けの方を伝えるための体力の回復ですか?

 それも敵地で」


攻撃的な言葉を並べた。

次に言われる言葉をあらかじめ阻止しておきたかった。

ソムレコフは少しムッとしたような表情を浮かべた。

なにか言い返そうとする素振りをしたものの押し黙る。

完全な沈黙になる前に蒼は言葉を続ける。


「マックスは殺さなかったんですね。

 あなたのことを。

 甘い人なのか優しい人なのかは分かりませんが。

 殺すのを忘れてるなら……。

 ……私がここであなたを殺してもいいんですかね?」


蒼は机の上のナイフを握った。

気がつかれたとしても構わない。

ソムレコフはテレビを見たまま動かない。


「…………ふん。

 貴様は兵器だ。

 上司の命令に口を出すのはよくないと考えるが?」


 ソムレコフ手に握ったリモコンをテレビへと向けた。

三十年ほど前のテレビは古くさい映像が写し出されている。

すぐに砂嵐がかかるほどに古くアンテナは安定していないらしい。

買い替えればいいのにそういう所にお金が回らないのは軍の常だった。


「まぁその通りですね。

 あくまでも私は兵器。

 あなたを簡単に殺せるのも忘れないで欲しいですね」


蒼はナイフをソムレコフへと向ける。


「ふん、血気盛んだな。

 その程度で勝ちを握った気になるなんてな。

 生身の《鋼死蝶》が鍛えた人間に。

 ……それも男に勝てると思ってるのか?」


 まさに一触即発と言ってもいい戦場を終わりにする音、扉が開く音が響いた。


「二人していきなり物騒な格好してるなぁ。

 勘弁してくれよ蒼もソムレコフもよぉ」


マックスだった。

後ろには副司令の姿も見える。


「なぁ、詩聖?

 何とか言ってやってくれ」


「二人して何やってるのよ……。

 特にソムレコフ、あなたは捕虜の身なんだから。

 蒼も喧嘩売らないの。

 いい?」


副司令のなだめて諭す口ぶりにソムレコフは鼻で笑った。


「やれやれ、二人目も桜花みたいな女だな。

 了解したよ、副司令さん」


 そう言い布団の中に潜り込んでいく。

副司令は腕を組み、ため息を二つつくと蒼を見た。


「蒼、あなたには話があるの。

 すぐに司令室まで顔を出してもらえるかしら。

 自室で、着替えてから――ね?」


「そういうことさ。

 ソムレコフお前はもう少し寝ててもらうぞ」


「へいへい。

 行ってら行ってら」


 蒼はナイフを机の皿の上に置き、病室を出る。

二人に「じゃああとで」と軽く言った後自室へと戻った。

全体的なだるさはまだ続いているが、だいぶましになってきている。

自室で自分の軍服に着替える。

軍服に身を包んでようやく自分が戻ってきた気がしてきた。

まだ朝早い時間帯の為かあまり兵士は見かけない。

たまに話しながら蒼の横を通り過ぎるだけだ。

ふと窓の外から海を見渡す。


「えっ……?」


蒼は息を呑んだ。


「嘘……?」


 目の前に広がる光景はとても自分達のセウジョウだとは思えなかった。

大量の軍艦が並んでいる。

ベルカの艦艇が、そこに大量に。

少し前ではとても考えることが出来ないぐらいに。


挿絵(By みてみん)


「そんな、なんで……?」


 《ネメシエル》が入っている第五乾ドックは今は《ルフトハナムリエル》の整備に使われており、《ネメシエル》の巨体は湾岸に係留されていた。

《戦艦も》、《空母も》、《巡洋艦》も《特殊制圧艦》も側に並んでいた。

《ネメシエル》の横に並んでいる巨大な影は《超常兵器級》だろう。


「ここがセウジョウ……?

 マックスに話を聞かないと」


 パタパタと駆け、司令部への道を急ぐ。

息が上がらない程度に走ったためすぐに司令室にたどり着く。

少しドキドキする胸を押さえ、蒼はドアを叩いた。


「蒼です」


「入れ」


 足を一歩踏み入れると中には皿一杯に盛られたお菓子があった。

当然のように飛び付く。

百メートルの選手も真っ青なスピードだ。


「うなっ、久しぶりのお菓子ですっ!

 プリンもありますです!

 マックスはありがとうございます!

 いただきます!」


「ちょっ、早いな!

 まだ食べていいとも――まぁ。

 たっぷり食ってから話を聞いてくれればそれでいい。

 次の作戦は少し危険だからな」


約五分。

その間にほとんどのお菓子は空になってしまっていた。

食べるときは食べる。


「ふぅー食った食ったって感じですかね」


蒼はそれでも食べたりないという顔をしていた。


「満足頂けてよかったわ」


副司令が食べ終わった包み紙などを集めてゴミ箱へと捨てる。


「マックス、私聞きたいことがあります。

 あの軍艦たちのことですが――」


空になったお菓子皿が下げられ、本題に入る準備が整った。

蒼はマックスの瞳を見つめる。


「うむ、蒼が眠っている間にまた事態は大きく変わってな。

 俺達はベルカ臨時政府を立ち上げたんだ。

 まだ天帝陛下はいないがな。

 蒼が眠っていた二週間の間に俺達の軍は大きくなった。

 連合の軍隊を押し戻すほどにな」


二週間……。

え、二週間ですか。


「私二週間も眠っていたんですか……。

 その間にどれほどの戦力が――」


「これよ。

 見る?」


 副司令が渡してきたデータを蒼は拝借する。

攻撃される前の《超空制圧艦隊》の半分程度の戦力にまで回復していた。

コグレをはじめとして多数の箇所に守りに最低限必要な軍隊が配置されている。

そしてここ、セウジョウは全ての総司令部としての機能を果たしているのだった。


「元々ベルカだった奴等の他にこの戦争に異を唱える奴等も加わっ てくれたわけだ。

 なにより、マスコミをこっちのものに出来たのも大きいな。

 これを見てみてくれるか?」


 マックスがそういって目の前にあるタブレットを蒼へと渡してくる。

そこに映し出されているのは蒼の《ネメシエル》と潜水艦のバトルだった。

その後にマックスのインタビューが入る。


「全世界へとあの潜水艦との戦いが報じられたんだ。

 世界中のテレビを持った人間がこの事実を知った。

 正義は俺達の側にあることが証明されたわけだ。

 ニヨも協力してシーニザー国民の誤解も解けるほどに。

 散り散りになっていた軍隊も、この通り戻ってきた」


マックスは頭を掻いた。


「といっても半分と少しぐらいだがな。

 残りは全て海の中というわけだ

 さて、我々はいよいよ帝都レルバルの奪還に乗り出す!」


 サングラスの奥の瞳はいつも表情を読み取らせない。

蒼はほーっと息を吸った。

やっと。

やっと祖国の帝都を取り戻すことが出来る。

逃げた時に見た光の謎も全てこれで分かる。

あの時は焼かれた、と完全に判断していた。

もしかしたら残っている可能性だって……。


「先ほどシエルカル地方奪還成功の報が届いた。

 お前の姉がうまいことやってくれているわけだ。

 その他地方も多数奪還に成功した。

 もう少し、もう少しだ。

 天帝陛下を帝都に戻すことが出来ればベルカは息を吹き返す。

 天帝陛下の所在他はいまだ不明だが……。

 まぁ、先に椅子だけでも用意しておかねばな」


マックスはそういうと自分の手を握りしめた。

手が震えている。


「全力で帝都を取り戻すことが第一目標でしたからね。

 そうすれば私達の祖国は帰ってくる。

 もう亡国の軍隊ではなくなるわけですね」


マックスは頷いた。


「そう言うことだ。

 ただ……少し気がかりなことがある。

 お前の兄、姉のことだ」


蒼は心がきゅっと痛んだ気がした。

兄と姉。

マックスが言っているのは《超極兵器級》の長兄、長女だろう。

《超空突撃戦艦ヴォルニーエル》と《超空突撃戦艦ニジェントパエル》の二隻。

今の今になってまで情報が伝わってこないところを見ると……。


「まだ沈んだと決まったわけではないんですよね?」


「そうだ。

 ただ、生存している確率は高い……と思う」


 マックスは副司令にコーヒーを頼むと、タブレットを反対側から操作した。

一枚の写真がある。

妨害視覚電波ではっきりとした写真ではない。

大体の形が何とか掴めるレベルだ。


「……?

 なんですか、これ」


「地方奪還に成功した、と言ったな?

 実は幾つかの地方は既に最初から奪還されていたんだ」


蒼の頭の上にはてなが浮かんだ。

説明を求める。


「俺達がたどり着いたときには既にその地方は別の軍によって連合 は壊滅に追い込まれてたんだ。

 ただそれがなんの仕業なのかは分からない。

 生き残りに話を聞いてもな」


「また……なんともまぁ……変わった話ですね……。

 それが私の兄や姉とは限らないわけですよね」


「そうだ。

 だから恐いんだ。

 恐ろしいんだ。

 もしかしたらシグナエの連中の仕業とも言い切れる。

 だからこそ注意してほしい」


「了解しました」


「帝都奪還は追って今夜ブリーフィングを大作戦会議室で行う。

 遅れないようにな?」


 蒼はもう一度写真を見た。

《超極兵器級》と思えるような思えないような。

何とも言えない歯がゆさがあった。


「はいな、分かりました」


不明瞭すぎる写真をあまり見ないようにして司令室を後にした。






     ※






 自室。

そこは心から落ち着ける場所だ。

自分だけの空間。

《ネメシエル》の艦橋と似たような空間は他者の干渉を許さない。

巨大な兵器も一つのネジが外れてしまえばそこから生じたボロで壊れる可能性がある。

それは大昔一度人類が滅びかけた大量殺戮時代の兵器も今の兵器も同じだ。

大空を、宇宙への道を覆い隠す人体の反応を検知し攻撃してくる巨大な宇宙兵器も全ては神を目指した人が作り上げたもの。

ネジひとつが狂えば壊れてしまう兵器にとってメンテナンスはとても大事な物の一つだ。


「はぁ……」


《超極兵器級》の“部品”のひとつである蒼も今日はメンテナンスの日なのだ。

二週間も眠っていたのだ。

体のあちこちが痛む。


「緊急コマンドは出来るだけ使わない方がいいですね……」


 最近は戦闘が終わってから気を失う事が多いように感じていた。

無茶な戦いをして自分の脳にある“レリエルシステム”に負担をかけまくっているからだろう。

その修復の代わりに長い眠りが必要になる、と。


「………………」


 自室の窓から外を眺めると、巨大な軍港の灰と何処までも広がる海の青が目に入る。

空へと飛んでいく軍艦もあれば《ネメシエル》と共に翼を休める軍艦もある。

窓枠のロックを外し、窓を開けてみた。

熱気と共にオイルと潮の入り交じった匂いが風と共に室内を駆け巡る。

鉄を打つ音やエンジンの呻きがまじりあい安心感が世界を覆っていた。


「蒼様、起きたか」


パシュン、と扉が開きフェンリアが入ってきた。

手には朝食と思わしき物を持っている。


「さっき起きました。

 春秋は、どうしていますか?」


「いつもと変わらない。

 ただ最近戦死した“核”の代わりに新しく自分の艦を割り当てられていた」


「そうですか……」


沈黙。

フェンリアが持ってきてくれたコーヒーを一口貰う。

苦い。


「私は……自分の艦が沈むときに自分も死ねと。

 そう親から命令されていた。

 自分の命は兵器として授けられたものだから。

 艦が沈めばそれは私の終わりだとそう思って生きてきた」


 艦が沈むと“核”も死ぬ。

それが普通だった。

だが春秋の《アルズス》は違った。

自分とのコンタクトを強制的に解除し、“核”を守ったのだ。

今になって改めて考えても信じられないですね。


「けど、ここは違う。

 “家”の連中とは違う。

 蒼様……そう思いませんか?」


「……全くです。

 マックスは私達を一人の人間として扱ってくれます。

 それは凄く……ありがたいですよね」


 “家”、ですか。

すっかり忘れていたあの場所は“核”にとってトラウマとなってもおかしくない。

“部品”は“部品”らしく。

それが普通の世界。

空月博士は、蒼達の産みの親はそこの研究者だった。

六人の兄弟はみんな平等に育てられた。

“部品”は成長が速い。

二年で赤子から成人のように体も脳も精神も成長する。

“核”が出来てから艦が作られる。

産まれた時すでにその“核”が乗る艦は決まっていると言っていい。

脳内の“レリエルシステム”の処理能力によって艦は決定される。

少なければ駆逐艦、多ければ戦艦や空母といった具合だ。

だからこそ“核”が死ぬ時は艦が死ぬ時であり艦が死ぬ時は“核”が死ぬ時と、そう教えられていた。

マックスは……死ねとは言わなかった。

艦が沈んでも春秋に新しいチャンスを与えた。

正直、蒼は驚いた。

死ななかったとしてもその基地にいる男性兵士の慰み者となる。

そして汚れもののように扱われ死ぬ。

“核”の一生なんて儚いものだ。

ゆえに嫌悪感を抱くものも多い。

ドクターフールもその一人だと言っても過言ではないだろう。

あからさまな敵意を向け、攻撃する。


「私達は兵器。

 だからこそ命令には絶対。

 今まで何も言わず、何も考えないようにしてきた。

 いつマックスが普通に、私達を差別し物扱いするのかと。

 待った、あえて期待しなかった」


「でも……その時は来ませんでしたね。

 前も、今も、マックスは変わらない。

 フェンリアさん私達は普通の態度でいいんだと思います」


フェンリアはぐっ、と自分の袖を握った。

その袖の中には大きな傷が多数刻まれている。

どれも自分の親――研究者につけられた傷だ。


「私達は、生かされている。

 蒼様、あなたによって。

 あまり喋るのが……私は得意じゃないが。

 貴女が旗艦で良かったと思う」


何ですか全く……。

蒼はフェンリアの頭を小さく撫でてやった。


「照れますね、フェンリアさん。

 そんなに褒められても何も出ませんですよ?」


「……残念」


「何か出ると思っていたんですか逆に……」


グオオオと、空を揺らすような音と共に窓の外が影で覆われる。

ちょうど真上を戦闘機と重巡洋艦が通りすぎていった。


「あっ、蒼様、今の重巡洋艦は春秋のものです。

 艦名は《アルズス》から代わりないとか」


「あれが新生アルズスというわけですか……」


《ラングル級》と比べてやはり小さい。

重巡洋艦だから仕方ない。

魚雷なども装備しているだろうからそれを見るのは楽しみだ。


「前の総力戦で敵は消耗されている。

 このタイミング以外で帝都奪還は当然だと判断する。

 マックスは……いい司令官だ」


「そうですね……。

 マックスがいてくれたからこうして私達は、サンドイッチを食べれふかふかの布団で眠れる。

 嬉しい限りです」


「そういえば蒼様、食堂のコーヒープリンの話だが――」


 そんな平凡な会話をして一時間。

フェンリアはサンドイッチのごみを手に立ち上がった。

腕時計が小さく鳴き、時間だという事を教える。


「……蒼様、私は哨戒の任務があるからこれで。

 夜また大作戦会議室で会いましょう。

 では」


「はいな、私はもう少しのんびりします」


 フェンリアが礼と共に出ていったのを確認して、扉にロックをかけた。

脱衣場へ入り、服を脱ぐ。

例え毎晩浄化装置へとぶちこまれていたとしても自分でシャワーを浴びる快感は何にも代えがたい物があった。

熱々のシャワーを全身に浴び、バスタオルを身に纏いながらクリーニングされていた服を着る。

冷蔵庫の中に絶えず補充されているプリンやおやつを片手に図書館から転送されてくる本を読む。

しばらくしてから昼食を食べ、少しまた眠る。

目が覚め、しばらくボーっとする。

窓の外に映る自分の戦艦にアクセスする。


「《ネメシエル》」


返事はすぐに帰ってきた。


(……どうした蒼副長)


「目が覚めたので。

 機関の調子はどうですか?」


(万全だ。 

 修理は既に完了している。

 いつでも行けるぞ)


《ネメシエル》に話しかけたのは話し相手が欲しかったからだ。

自分の今の気持ちを整理整頓したかった。

二週間の空白は何かしらいたたまれないものを蒼の中に残していた。


「次の作戦は帝都奪還らしいですよ」


(ああ、やはりか。

 艦艇ネットワークでも散々騒がれている事は正しかったわけだ)


「……あの時の光景覚えてますか?」


(忘れようがない。

 祖国の帝都を失った記憶は。

 私の中に芽生えたシグナル……人間で言うところの感情も)


屈辱的な記憶。

蒼が敵を憎む現況を作り出したのはあの時の光景だ。


「あの時私は誓ったんです。

 敵国の首都も同じように燃やし尽くしてやるって」


(蒼副長……)


《ネメシエル》の声はなにか言いたそうだった。

だが、それよりも先の言葉は蒼の気迫が言わせなかった。


「あなたは私の軍艦。

 ベルカの旧国名をその身に刻んだ最強の《超極兵器級》なんです。

 だから……最後まで私のものであり私に忠実であってください」


(ああ。

 私も蒼副長以外に操られるのは不可能だろうな。

 春秋の時は八割方私が補助していたしな。

 私が補助を解除してもなお空に浮き、戦えるのは蒼副長だけだ)


「嬉しいこといってくれるじゃないですか。

 《ネメシエル》、貴女は私のものです。

 誰にも渡さない私だけの場所なんです。

 最後まで生き残り、最後は勝利の証として記念公園で永眠しましょうですよ」


(ははは、そうだな。

 っと、蒼副長そろそろ作戦会議の、時間だぞ。

 着替えて向かったらどうだ?)


「もうそんな時間ですか……。

 あー面倒くさいですが仕方ないですね……」






     ※






 大作戦会議室は大きなスペースだった。

流石大がつくだけある、と蒼は思う。

正面に行くほど階段が下がって行き、大きなスクリーンが目の前に降ろされている。

全体的に防空壕のようになっており分厚い天井と鋼鉄が守ってくれているようだった。

一つの台がど真ん中に置いてありそこには原稿を持ったマックスと補佐するための副司令が座っていた。

“核”をはじめとして陸軍の隊長や空軍の隊長たちもいる。

何よりも強い興味を引いたのはマスコミがいるということだ。

作戦会議にこんな民間の情報機関を入れるなどもっての他だがマックスには考えがあるのだろう。

見知らぬ顔ばかりで混乱するがその内覚えればいいだろう、と判断し蒼は適当な所に座ろうとした。


「蒼先輩こっちっすよ!」


春秋の声に気をとられ目の前の男に思いっきりぶつかってしまう。

よろめきつつも、鼻を押さえながら謝る。


「っち、気を付けろ!

 何処の艦か知らねえが俺様にぶつかりやがって。

 これが原因で操艦ミスったらどうしてくれんだ、あぁ?」


面倒な相手に絡まれてしまいましたね……。


「すいません、ボーッとしてしまって」


「ったく……駆逐艦程度の“核”が戦艦の俺様を潰してしまったらよぉー。

 どうするつもりなんだよあーあーったくよぉ。

 黙って俺達についてくるだけで精一杯の役立たずがよぉー」


もう一度謝った蒼を突き飛ばすように男は前の方の席にどっかり座った。

その怒った男を横目に春秋の隣に座る。


「あの男の“核”きっと後で大恥かくっすよきっと。

 そん時が見物っすねぇ。

 あ、体調は大丈夫なんすか?」


「ええ。

 もう大分マシになりました。

 ありがとうですよ」


「しかしまぁ……また凄く眠ってたっすね。

 蒼先輩の体拭いたり世話するのは凄く嬉かっ……。 

 いや、大変だったっすけどよかったっす本当に」


どっかりと隣の椅子に誰かが座った。


「隣空いとるかいね?」


「お、蒼起きたん。

 久しぶりに見る顔な気がするわぁ」


 朱と藍だ。

空いているのかどうか聞いてきた瞬間にはもう座っていましたね……。


「二週間も寝ていましたからね……。

 逆に私が起きいてる時間の方が短いんじゃないかとか最近の悩みです」


朱は手に持っているジュースの缶を机の上に置き笑い転げた。


「あはっ、それおもろいな!

 ええネタ持っとるやん羨ましいわぁ」


朱は笑いながら椅子の背もたれを全開に倒す。

後ろには誰も座っていないからこそ出来る所業だ。


「まーマックスの話長くなるけん、のんびりしんさいや」


「あわよくば寝るぐらいの心構えがいいっすよね?

 朱先輩は完全に寝そうっすもん」


「あー言うな言うな。

 ねえへんねえへん」


 五分ぐらいすると会議室が暗くなり一枚の写真がスクリーンに写し出された。

画面中央には真っ黒なモヤモヤがかかっている。

その近辺は分厚い雲のようなものが渦巻きまるで台風の目のようになっていた。


「お前ら集まったか。

 さっさと終わらせるからちゃんと聞いてくれ。

 目の前にあるこの写真何か解るか?」


ざわざわとした声が広がる。

声を手で制しマックスは続ける。


「これは帝都の現在の様子だ!

 《宇宙航行観測艦》からの映像をリアルタイムで流している。

 中心のかつて天帝陛下の住まいがあった場所を中心として。

 この!!

 強力な視角妨害電波が出されている」


 マックスはポインターで真ん中の黒い部分を囲った。

なんか時空の歪みのようなものを感じさせる何かがそこにはあった。


「無人機で偵察させたのだが……。

 妨害電波によるコントロール喪失でこの真っ黒な部分を偵察する事は出来なかった。

 見るからに危険だが我々はここ、帝都へと進行せざるを得ない」


またざわめきが広がった。

特に大きなざわめきを放つのがマスコミだった。

本社へ電話を掛けるものもいれば熱心にカメラを回し続けるものもいる。


とうとうベルカ軍が自らの帝都へ向かって進行し、取り戻す。


「何もかも不明だと言うのに進行するのは危険だと思うだろう。

 だがチャンスは今しかない。

 もう少ししたら連合はまた軍隊を整え立ち向かってくる。

 その前に我々は帝都を取り戻すのだ」


 スクリーンに帝都の地図が表示された。

もちろん焼かれる前の帝都の地図だ。

人工台地で標高およそ千メートルにもなる地点にいくつもの防衛ラインといくつもの防衛兵器が置かれている。

中に道路が通った四角のパイプが街をいくつにも覆うように展開されそのパイプとパイプの間に住宅街やオフィス街などが並ぶ。

きっちりと区画整理され、美しい都市として人口八百万の帝都は成り立っていた。

川がその周りを覆っており空に浮く街、とも表現されることもある。

元々盆地にあった都市だったがおよそ四十年ほど前にベルカの超光化学を記念し、新しく建設が開始され、二十年の歳月を得て完了された。

中心には天帝陛下が住むための城がそびえその周りを覆うように八本の巨大なビルが連なっている。

遠くから見ると王冠のようにも見えるその街は新旧入り混じった姿でどこかベルカ人の心の奥底に潜む懐かしさをひっぱり出す。

そんな街――だったのだ。


「この帝都を全方位から攻める。

 ただし市街地にだけは攻撃するな。

 大昔の建物も残っているんだ。

 的確に敵だけを攻撃し、殲滅しろ。

 旗艦は《ネメシエル》。

 副旗艦に《ルフトハナムリエル》と《アイティスニジエル》を据える。

 各艦は三つに分かれ、それぞれの旗艦と所属を確認しろ。

 作戦開始は明朝四時。

 いいな、諸君!」


マックスは大きく息を吸った。


「明朝四時少し前今度は出撃港口へ集合してくれ。

 いいな?

 解散だほら散れ散れ!

 いっぱい飯食って寝ろ!」


全員がざわめきながら会議室から出ていく。


「蒼、晩御飯食べて行かん?」


「ああ、そうですね。

 ……朱姉様の奢りなら!」


「おっ、妹にたかられちょるねぇ。

 蒼―あんた甘え上手なんじゃけんもう少し手加減せんとあかんよ?」


「あっ、藍先輩奢ってくれるっすか!

 ごちになるっす!」


「えっ」


「……えっ?」






     ※






 明朝四時前。

全員が出撃港口に集まっていた。

朝日はまだ出てこない。

空が少し白くなっており、遠くの闇は切り裂かれている。

セウジョウのビルに灯った火とはまた別に港は光であふれていた。

各軍艦が放つ奇妙な模様があちこちに反射して光っている。

ベルカの紋章を持つ軍艦たちはエンジンをアイドリングさせ、“核”の帰還を待っていた。

その“核”は全員出撃港口におり手に盃を携えていた。

副司令が一人一人に酒を注いでいく。


「蒼は水の方がいいわよね?」


もちろん酒に弱い“核”には酒ではなく水がふるまわれた。

その水もベルカの神社にある井戸からくみ上げ祈祷を受けた神聖なものだ。


「全員に行きわたったか?

 来てない奴は手を上げろ……よし全員あるな。

 まぁここでグダグダ述べるのも俺らしくないからな。

 スパッと行くぞ。

 お前ら今日は勝ちに行くわけだ。

 負けるなよ。

 帰ってきた奴には飲み放題宴会が付いてる!

 いいか!

 諸君らには勝利の《陽天楼》が付いてる!」


 赤く染まった太陽が少しだけ顔を覗かせた。

セウジョウの暗闇が赤く染められ蒸発する。

《ネメシエル》の巨大な船体の模様が浮き上がる。

その光景はその場にいる全員に神の存在を再認識させるようだった。


「いいか!

 無理するな、死ぬと思ったら帰ってこい!

 諸君らの武運を祈る!」


全員がマックスと同時に盃に盛られた酒と水を飲み干す。


「おっと、割るなよ?」

 

高く掲げた盃を割る体勢に入っていたほぼ全員が体を固まらせた。

全く、マックスらしいですね……。


「俺達は生きてあえるかどうか分からない戦いに行くんじゃない。

 必ず勝ちに行く戦いに行くんだからな」


 水杯を割らないなんて、逆におかしな気分ですよ。

それは全員が同じ気持ちだったようだが、逆に割らないことで自信を強めたようにも見える。

全員の士気が高まり、それを背に《ネメシエル》の艦橋に乗った蒼は“レリエルシステム”へと自らを接続する。


(おはよう蒼副長。

 いよいよだな)


「そうですね……。

 この戦い、必ず勝てる気がします」


(そりゃそうだ。

 勝たなければ意味がない、だろ?)


「言うじゃないですか《ネメシエル》。

 その通りです。

 さあ出撃しましょう、出航シークェンススタート!」


(了解!

 出航シークェンス開始!)






               This story continues.

ありがとうございました!

なんかもう一話に一つ挿絵みたいになってきました。


でも何と言いますか。

いいもんですねぇ小説書くのは。

あーーーー。


学生のうちに書き終わりたいなぁ。

まぁ私ならいけるでしょ大丈夫大丈夫。


ありがとうございました!

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